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第四十一章

その日は二つの予定があった。

久しぶりに先輩に連絡を取った理由は、先輩にもらったハンカチを返すためだ。

先輩はそれをあげると言ってくれたものだけど、あれから半年以上の月日が流れて、自分の周りも自分の気持ちも徐々に変化していった。

突然先輩が視界に入れば、いつもドキマギしていて落ち着かなかったけど、今なら面と向かって友達として接することが出来る気がしている。

もう気持ちを引きずってはいないんだと、自分自身のために証明したい。

先輩に気を遣わせるような後輩でいたくない。

そして今までくれた気遣いくらい返して、対等な友達でいられるようになりたい。

自分の中の目標をかかげながら、大きく深呼吸して家を出た。


大学から徒歩5分ほど離れた所に、いつも先輩と用事がある時立ち寄っていたカフェがあった。

先輩と久しぶりに再会した去年、そこで少し話をしたものの、心中は穏やかでなく、終始目の前にいる先輩が尊くて仕方なくて、何を会話していたかももう覚えていない。

人との待ち合わせ自体何となく緊張するものだけど、少し落ち着かない気持ちが足を速めて、案の定予定の20分前に店の前に着いてしまった。


どうしよう・・・店内に入っていようかな・・・


そう思いながらスマホを開いて、先輩に一報入れようか迷っていた時、ふいに声をかけられた。


「薫さん?こんにちは。」


パッと顔を上げると、側には制服を着た小夜香さんが立っていた。


「あ・・・ああ・・・こんにちは。ご無沙汰してます。」


ビックリしすぎて他人行儀な挨拶をした俺に、小夜香さんは小さな顔を少し傾げて可愛らしく笑った。


「うふふ、ご無沙汰してます。待ち合わせですか?」


「ええ・・・はい。」


どうしよう、先輩との用事だと正直に話していた方がいいのかな・・・。

わざわざ説明する必要ないかもしれないけど、後々話していなかったとなると、まるで俺が先輩に対して妙な気がある前提だったように思えなくもない。

そんなことを約2秒間くらいの間で考えながら、何か何気ない会話をしなければと思考を働かせた。


「小夜香さんは・・・学校帰りですか?」


時刻は15時半、部活や用事がなければ高校生が帰路に就く時間帯だ。


「はい、学校すぐそこなので。・・・薫さんは、もしかして咲夜くん待ってます?」


そう聞かれて心臓が跳ねた。


「あ・・・はい・・・。あの・・・借りてた物を返したくて・・・」


「あ、そうなんですね。咲夜くん今日は用事があるって言ってたし、よくここのカフェで薫さんと会ってたって話してたから、もしかしてと思って。」


そう言う小夜香さんは相変わらず何の邪心もないようで、可愛らしい微笑みを絶やさない。

改めて近くで見ると、美少女過ぎて緊張するな・・・

小夜香さんはリサより少し身長が高いように見えるけど、柔らかな茶髪と長いまつげは似ている気がする。

化粧っけはないのに整った顔立ちと綺麗な肌で、見る物はすぐに魅了されそうだ。

俺が思わず見惚れていると、小夜香さんは不思議そうにしたのち、そっと近づいて俺に手を伸ばした。

呆然と可愛い顔を見つめていると、彼女はそっと髪の毛に触れた後またニコっと笑顔を作った。


「糸くずついてました。」


「あ・・・りがとうございます・・・。」


「ふふ、薫さん別に私に敬語使わなくていいですよ。」


小夜香さんは鈴を転がすような声で笑うと、またも俺をビクリとさせる声がかかった。


「薫っ!小夜香ちゃん!」


横断歩道を渡って駆け寄ってきた先輩が、俺たち二人を揃って笑顔で眺めた。


「咲夜くん!」


「何だ二人して・・・」


「えへへ、帰り道偶然に会っちゃった。じゃあ私そろそろ失礼しますね。咲夜くんまたね。」


「うん、気を付けて帰ってね。」「あ、また・・・」


ペコリと一礼して彼女を見送ると、先輩ががしっと思いっきりを俺の肩を組んだ。


「お~ま~え~~~人の彼女に色目使ってたろ?」


「え!まさか!そんなことしませんよ!」


「ホントか~~?」


疑う先輩にぐちぐち言われながら店内へ入り、二人してまた窓際の席に座った。


「結構久しぶりだな、こうやって会うの。」


「そうですね・・・。先輩は、小夜香さんとお付き合いされたの最近なんですか?」


「ん~?えっと、今年の春からだから・・・まぁ半年弱くらいかな。」


「そうなんですね、おめでとうございます。」


素直にそう言うと、先輩は嬉しそうな笑みを浮かべた。


「おう、ありがと。ちなみに・・・まぁ最初からそのつもりだったんだけど、小夜香ちゃんの誕生日にプロポーズしたんだ。だから今は婚約中って感じ。まぁ別に周知させなくていいんだけど・・・薫には結構相談乗ってもらったしな。」


「そうだったんですか、良かったですね。いつ頃入籍されるんですか?」


自分でも驚く程スムーズに会話していた。

結婚すると言われても、嬉しそうな先輩をほっこりした気持ちで眺めていた。


「ん~まぁ・・・小夜香ちゃんが成人した頃くらいかなぁって考えてるけど、そなへんは臨機応変にと思って。小夜香ちゃんうちの医学部受けるらしいからさ・・・ほら、医学部は6年間通うじゃん。だからまぁ・・・今は未定かなぁ。」


「なるほど、そうなんですね。・・・結婚式されるなら、是非呼んでください。」


「ふ・・・気が早いけどまぁ・・・そん時は呼ぶよ。」


終始嬉しそうに語る先輩は、コーヒーに口をつけて窓の外を眺めた。

貴重な時間を取らせるわけにもいかないので、俺は鞄の中に手を入れた。


「あの先輩・・・」


「ん?」


「わざわざお呼びだてしてそんなことかと思うかもしれないんですけど・・・以前ここでお会いした際に、いただいたハンカチ・・・返したくて・・・」


あの時持ち帰って、洗濯してアイロンがけしたそれを差し出した。

先輩は不思議そうにそれを見つめて、また俺に視線を戻した。


「・・・いらないの?」


少し意地悪そうな笑みを見せて、先輩はそう言った。

その端正な顔立ちは、街で見かけようが学食で会おうが、図書室でぶつかって会い見舞えようが、とても綺麗で素敵で、先輩の人間性の良ささえ滲み出ているようで、憧れであることは変わりない。


「いらないというか・・・もう大丈夫だなって思えたんです。先輩はきっと、俺がふと心が折れた時のために渡してくれたんだろうなって思ってました。そうだとしたらもちろん、俺の役に立っていましたし、先輩を恋しく思う度に、何となく手に取って見つめて、色んなことを思い出して自分を慰めることは出来ていました。でも今は・・・好きな人がいるんです。」


先輩は真剣な表情で真っすぐ俺を見つめて聞いていた。

いつだってそうだった。先輩は俺を裏切ったりはしないし、真摯に受け答えし続けていた。

決して俺に嘘をつく人でなかった。だから俺もそうありたい。

先輩は差し出されたハンカチを静かに受け取った。


「・・・形勢逆転したな」


「・・・え?」


「前は俺、薫に好きな人がいるけどどうしたらいいかなぁっつって、小夜香ちゃんのこと相談してたろ。今や俺は上手くいった先輩だぞ?なんか相談する?」


にこやかにそう言う先輩に、俺も釣られて笑みを返した。


「・・・イケメンで頭もよくて人当たりも良くて、おまけに女性の扱いにもなれてる先輩に相談なんて恐れ多いですね。」


「は~?別にそんなの関係ないだろ。扱いに慣れてるっていうのは否定しねぇよ、でも心底好きになった人と一緒になれたのは、小夜香ちゃんが初めてだし、俺も同じくただの大学生のガキだよ。」


「ふふ・・・そうですか・・・。あのでも・・・お話したいのは山々なんですけど・・・このあとデートの予定があって。」


「え~マジか~!良かったな、じゃあもう帰るわ。用事はこれだけ?」


先輩はハンカチをポケットにしまいながら、コーヒーを持って立ち上がった。


「はい、すみません世話しなくて・・・」


「いいよ。・・・ちゃんとまた状況報告しろよ~?んで俺にも、おめでとうって言わせてよ。」


爽やかな笑みが眩しくて、やっぱり周りから女性の視線は刺さっていたけど、同じくコーヒーを持って笑顔で答えた。


「はい、もちろん。」


店を出た先で最後の告白をここでしたことを思い返しながら、俺はもう少し勇気を出してみることにした。


「先輩」


「ん?」


180センチ程ある背の高い先輩を見上げて、初めて好きになったあの日から何年も経っているわけではないのに、何だか先輩がすごく大人に見えた。


「これからも友達でいさせてください。」


「ああ、いいよ?」


「それでその・・・もうちょっと親し気に付き合いを持ちたいので・・・敬語やめていいですか?」


「ふ・・・ああ、別にいいよ。」


「・・・なんて呼んだらいい?」


「ん・・・ん~別に好きに呼んでいいよ。変なあだ名じゃなけりゃ、別に気にしないから。」


先輩はカーキのトレンチコートのポケットに手を入れて、静かに俺を見下ろしていた。

少し考えて、夕陽やリサのことが頭に浮かんだ。


「じゃあ・・・咲夜って呼び捨てにしてても・・・大丈夫?」


「ふふ・・・ああ~いいよ~~?」


先輩はくつくつ笑いながら、俺の頭をクシャっと撫でた。


「え・・・生意気って思った?」


「いや?なんか可愛いなぁって思っただけだよ。薫年相応に可愛いんだから、もっとあざとく生きろよ。好きな人なんて秒で落とせるぞ。」


「・・・落ちなかったくせに・・・」


俺がじとっと見上げて言うと、先輩は声を上げて笑った。


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