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第四十章

大学の帰り道、初めてタコパが何なのか夕陽から教わった。

そして週末、出かける前にリサに、二人っきりの部屋にはお邪魔できない旨を伝えると、こちらの気持ちを汲んでくれて、来週末外でデートすることになった。

今日は少し久しぶりに電車に乗り、材料はいらないと言われてしまったので、俺は手土産だけ持って夕陽のうちへ向かった。

最寄り駅に着いて夕陽を探すと、やはりどこにいても頭一つ抜け出ている彼は目立つもので、人がごった返す駅前でもすぐに見つけることが出来た。


「夕陽、お待たせ」


イヤホンをした彼に声をかけると、パッと目の前の俺を見ていつもの笑顔を見せた。


「お~・・・わざわざ悪いな。・・・あ~・・・」


夕陽は俺を上から下まで見て口元に手を当てる。


「なに・・・?」


「うん・・・可愛いわ・・・あ、ちが・・・いや、着てる服装的にはモノクロだしモード系だしカッコイイんだろうけど・・・うん・・・薫小柄だけど細いからそういう服装似合うよなぁ。イケメン度増してるぞ。」


「・・・・ふふ・・・」


何だかよくわからないけど、夕陽は好きな人フィルターがかかっているんだろうな。

俺は思わず鼻で笑ってしまった。


「何だよその嘲笑は・・・」


「いや・・・恋は盲目だなぁって。」


「いや!ちゃんと客観視してるっつの!ほら・・・行くぞ。」


俺の背中を押して夕陽は歩き始めた。

時刻は18時で秋めいてきた最近は、これくらいの時間でも少し暗くなり始めている。

半歩後ろを歩きながら、夕陽はまた他愛ない雑談を始めた。

でもその声は心なしか、いつもよりウキウキしているように聞こえる。


「な、ところで持ってるその紙袋なに?」


「え、夕陽のご家族への手土産だけど・・・」


俺がしれっとそう言うと、夕陽は驚いた表情で返した。


「え~!マジで?俺友達とタコパするから呼ぶわ~って言ったくらいで、別に恋人紹介するわ~って挨拶によこす話してたわけじゃねぇぞ?手土産なんて気ぃ遣いすぎだって。」


「・・・うん・・・まぁ俺も恋人であるつもりないけど・・・。でも初めてお伺いするんだし・・・それに夕飯の材料買わないでいいって言ったじゃんか。それって用意してくださってるってことでしょ?だったら手土産くらい普通じゃないかな。」


夕陽は俺の言い分に納得したように笑みを返して、さっと自然に手を繋いだ。


「まぁ薫がそう言うならいいけどさ。次回からは別に土産なしでいいからな。」


相手に気を遣わせない主義の夕陽は、そう言ってまた前を向いて歩き出す。

やがて住宅街に入ってコンビニを過ぎたあたりで角を曲がり、彼は足を止めた。


「ここ~」


周りに立ち並ぶものと変わらない、ごく普通の一軒家で鍵をかけていないのか夕陽はそのままガチャリとドアを引いた。


「ただいま~。友達連れて来た~」


彼が気だるくそう言うと、パタパタと足音が聞こえて女性がリビングから現れた。


「あらあら、いらっしゃい。どうも、初めまして~」


「あ、お邪魔します。初めまして、柊と申します。あの、これよろしかったらご家族で召し上がってください。」


「え!あらぁ!そんな気ぃ遣わなくていいのよ!ありがとうございます~。さ、上がってちょうだい。」


「母さん後で色々取りに行くから、鉄板の用意だけ頼むわ。」


「はいはい、わかったわ。柊くん、どうぞどうぞ、うちだと思って遠慮なく寛いでね。」


「ありがとうございます。」


忙しそうにエプロン姿のお母さんが去っていくと、夕陽は二階へと手招きした。

上へあがって廊下を歩き進めると、ふと夕陽が通り過ぎた部屋を見る。

そのドアには『朝陽』と書かれたネームプレートがかけられていた。

夕陽はその隣の部屋を開けて入る。

後に続いて足を踏み入れると、何とも男の子らしいというか・・・簡素だけど趣味が現れた部屋に見えた。

壁にポスターが少し貼られていたり、部屋の隅に段ボールが置かれ、その上に漫画が積みあがっていた。

パソコンデスクとソファにローテーブル、勉強机などはなくベッドと奥にはベランダがある。


「適当に座ってて」


鞄を下ろしながらソファに腰かけ、キョロキョロと部屋を眺める俺に彼は苦笑いした。


「んな珍しい?」


「ああ、いや・・・友達の部屋とか初めて来たからさ・・・。本棚がないね・・・」


「あ~棚に入れる程本持ってないからなぁ。色々準備するもん取ってくるから待ってて。」


「あ、俺も手伝うよ。」


部屋でたこ焼きをするというのがどういうやり方かはわからないけど、たくさん持ってくるものがあるのかもしれないと立ち上がった。

夕陽はまた気遣いを見せて客は座ってろとか言ってたけど、軽くあしらいながら一緒について一階へ降りた。

リビングに入って夕陽のお母さんが用意してくれる飲み物などを受け取った。

準備されている夕飯の美味しそうな匂いの中、部屋を見渡すと奥に引き戸が見えたので、あちらが和室だろうと気づいた。


あるとするなら和室かな・・・。


夕陽と二階へ上がって、また必要なものを取るのに2往復した。


「よし、これでオッケ・・・。コンセントさすか~」


「夕陽ごめん、ちょっとトイレ借りていい?」


「ん?ああ、一階の階段の裏だよ」


「ありがとう」


気遣い屋の夕陽に悟られないように済ませるため、ささっと階段を降りる。


「あの・・・すみません」


「あら、どうしたの?」


リビングにいた夕陽のお母さんは、優しそうな笑顔が夕陽にそっくりだ。


「よろしければ・・・お線香あげさせていただきたいんですけど・・・妹さんの・・・」


俺がそう言うと、少し意表をつかれた表情を返されたのち、安堵したように微笑まれた。


「ありがとう、あの子朝陽のこと柊くんに話してるのね。どうぞ・・・こっちよ。」


引き戸を開けて通された和室は、電気がつけられると立派な仏壇が目に入った。

座布団を引いていただいて、そっとそこに座ると遺影の中の朝陽さんと目が合った。


「・・・可愛らしい方ですね」


「ふふ・・・そうね、夕陽と違って旦那に似てね、ハッキリした顔立ちの子でしょ」


目鼻立ちの整った活発そうな子に見えた。

夕陽からどんな兄妹だったかは聞いていないけど、たぶん仲が良かったんだろうな・・・。

線香をもらって火をつけ、そっと立てる。

静かに手を合わせて、心の中で挨拶した。

立ち上がってまた一つお母さんに礼を述べて、さっと二階へと急ぐ。


部屋に戻ると、たこ焼きの粉を溶かしていた夕陽がぐるぐるかき混ぜながら、俺を心配そうに見た。


「だいじょぶか?お腹いたい?」


「ううん、全然。鉄板温まった?」


その後慣れない手つきで生地を流しいれる夕陽にソワソワしながらも、少しずつ手助けをして具材を入れて、二人して竹串を持って構えた。


「・・・これって・・・・タイミングいつ?」


「わかんねぇ・・・けど結構時間かかるぜ」


「屋台で見るたこ焼き屋さんはさ、すごい速さでひっくり返してるよね」


「そうだな・・・あれはプロの技だわ。んでも屋台のたこ焼きってあんま食べないじゃんか・・・手作りよりうまいんかな・・・」


俺はそう言われて以前お祭りに行った時のことを思い返した。


「リサと夏祭りに行った時、たこ焼き食べたけどそれなりに美味しかったよ。」


「あ~・・・そうなんだ。ま、作り手によるってことかもなぁ。」


その後少し待って二人してたどたどしくたこ焼きをひっくり返しながら、手慣れてきた頃夕陽は問いかけた。


「な~・・・あのさぁ・・・薫が好きだった先輩とさ・・・まだその・・・連絡取ったり友達付き合いあったりすんの?」


「・・・あ~・・・連絡は取るけど、友達付き合いっていう程会ってるわけではないかな。約束して会ったのも、入学前のことだし・・・。どうして?」


「いや・・・さっき薫が離席してる時に、スマホの通知画面見えちゃって・・・会うんかなぁって・・・」


「ああ・・・そうだね、ちょっと借りてて返したいものがあるから、都合の付く日を聞いたんだ。」


「そっか・・・」


夕陽は納得したようにぎこちなく微笑むと、良い焼き加減になってきたたこ焼きを皿に移し、俺にソースやマヨネーズを差し出した。

しっかり手順を守って入れる具材も美味しかったからか、たこ焼きは美味しく出来上がった。

二人して焼いては食べ、焼いては食べを繰り返して、味付けに変化をつけさせながら、夕陽の友達の話を聞いたり、最近観た映画やテレビ番組の話で盛り上がった。

楽しそうにしてる夕陽の横顔を眺めながら話を聞いていると、ふとこないだ部屋でしたことを思い出してしまう。


夕陽は・・・今更だけど・・・男の俺に本気なんだよなぁ・・・

元々女の子が好きだった人なのに、そういうこともあるんだ・・・まぁそりゃあるか・・・


そんなことを思いながらも、夕陽に対してどこか深い所には触れられていないような、隠されているような感覚が否めなかった。

それがもどかしくても、言葉でどう表現したらいいものかもわからない。


「そうだ、夕陽って妹さんと仲良しだったの?」


さっき見た妹さんの遺影、そして自分にも義理の妹が出来てしまっていたので、何となく気になってそう聞いた。


「え・・・あ~・・・まぁ・・・仲良しな方だったかな。全然口きかねぇとか、喧嘩するとか・・・友達の兄弟の話ではそういうの聞くけど、俺どっちもなかったわ。普通に会話してたし、朝陽はいわゆるお兄ちゃんっこっぽかったな。」


唐突に質問してしまったけど、夕陽は何も気にすることなく答えてくれていたので、少し安心した。


「そうなんだね・・・。俺はエリザが来た時いきなりお兄ちゃんって言われてもピンとこなかったし、むしろ違和感で困惑したけど・・・夕陽みたいなお兄ちゃんだったらそりゃ懐くよね。」


そう言うと夕陽はまたいつもの優しい笑みを浮かべて、改めて俺の隣にピッタリ座りなおした。


「なに~?薫も別に甘えていいよ?」


夕陽は俺の頭を撫でて愛おしそうに見つめた。

あからさまにデレデレしてる彼が、最近少し可愛く思えてきた。


「俺さ、家族で誕生日ケーキ囲んでお祝いする、とかしたことなくて・・・こういう皆でご飯作って食べるってやり方もしなかったし・・・家族団らんっていうのかな・・・きっとそういうのが日常なんだよね。」


夕陽の家の中の雰囲気でそれが伝わってきていたし、羨ましかった。

温かい食卓を、今は友達の俺と共有してくれていることが嬉しかった。

自分の頭の上に置かれていた夕陽の大きな手がすっと降りて、ちらりと彼の顔を見ると、その表情は急に影を落として黙りこくっていた。


「・・・どうしたの?」


俺は急に怖くなって思わず尋ねた。

夕陽は瞬きもしないまま視線を落として、口を開かなかった。

俺は自分の言った言葉を振り返りながら、夕陽のことを考えた。

妹さんのことを聞いたのはやっぱり軽率だったろうか・・・。

何と声をかけようか迷っていると、夕陽はまたいつもの笑みを見せた。


「もう俺もさ、誕生日祝ってもらうような子供の年じゃねぇし・・・そういうのはねぇかなぁ・・・」


無理に口角を持ち上げたその笑顔が、少し眉をしかめてついには瞳を潤ませた。


「あ・・・ご・・・ごめん夕陽・・あの・・・」


「いや・・・大丈夫。俺じゃなくてさ・・・大事な娘失くした母さんと父さんの方がさ・・・死ぬ程毎日辛いのにさ・・・心配かけねぇようにっていつも通りにしてくれてて・・・でも・・・俺の誕生日の時は・・・さすがに色々こみあげて辛ったみたいで・・・二人ともわんわん泣いちゃってさ・・・俺に申し訳なさそうにしながら・・・。って・・・そんなこと薫に関係ねぇよな。ごめん・・・」


ポロっと一粒涙を流して、俯く夕陽を抱きしめた。

夕陽はまだ親しくなる前、去年妹が死んだと言っていた。

だとしたらまだ1年程しか経ってない。到底家族が立ち直れる時間でもない。

落ち込んだ素振りを、夕陽は普段少しも見せていなかった。

それは妹さんが亡くなってから、いつも通りに振舞おうと両親の前で毅然としていた自分を、外でも突き通していたからだ。

辛くて寂しくて気遣い屋な彼に、軽率に羨ましそうに日常の話をして、それが壊れた彼に平気で甘えたように会話してしまった。


「夕陽・・・ホントにごめん・・・。普段から優しい夕陽が、親御さんや妹さんたちと、このうちで大きくなったんだろうなって思ったら羨ましくて・・・空気読めないこと言ってホントにごめん。」


彼は鼻水をすすりながら、鼻声になってしまったこもった声で無理に笑った。


「はは・・・いいって・・・。家に帰ってこない親を待ってた薫の方が・・・ずっと寂しかったよな・・・。」


尚もそんな気遣いを見せて抱きしめ返すので、回した腕に力を込めた。


「・・・はぁ・・・薫めっちゃいい匂いするわぁ・・・。一緒にたこ焼き食ったのに・・・何か香水でもつけてる?」


「つけてないよ・・・」


「え~?んじゃああれかな、フェロモン?」


涙の痕を残しながら笑う夕陽の顔を、自分の指でそっと拭った。


「なぁ薫・・・俺の方が甘えていい?」


「・・・キス以外ならね」


俺がそう返すとまたくしゃっと表情を崩して笑う。


「ふ・・・バレてんじゃねぇかよ~・・・。んじゃ・・・今日泊ってってよ。」


「また・・・論外だよ・・・」


「何もしねぇって。親居るのに妙なことするわけねぇじゃん・・・。」


「夕陽のそれはもう信用してないよ・・・」


その後残りのたこ焼きを食べ終わり、小一時間程ゆっくりして、帰宅されていた夕陽のお父さんにお邪魔しましたと挨拶を述べて家を後にした。

夕陽は駅まで送ると言ってきかなかったので、少し涼しくなった夜道を二人して歩いた。

閑静な住宅街から駅はかなり近い。10分もかからないその道のりを、夕陽は俺に歩幅を合わせるようにゆっくり歩く。


「なぁなぁ薫・・・」


一目がないことをいいことに、夕陽はそっと俺の手を繋いだ。


「・・・なに?」


「伝わりにくいかもしんねぇけどさ・・・こやって薫と手ぇ繋いで歩いてんの、俺めっちゃ幸せなんだよなぁ。なんつーかこう・・・うわ~好きな子と手ぇ繋いでるわ~!っていう高揚感とか浮足立った気持ちじゃなくてさ・・・あぁ、このままずっと一緒に居てぇなぁっていう・・・安心感とか愛おしさとか・・・そういう感じ。」


ちょうど月明かりに照らされた笑顔がとても綺麗で、夕陽のくせ毛かかった髪の毛が、青黒くキラキラして見えた。

その言葉とシチュエーションのせいだろうか、かつてない程心臓が激しく音を立て始めた。


「薫・・・?」


ボーっとしていた俺に夕陽は心配げに名前を呼んだ。

何も言えない自分が、まだ夕陽を傷つけてしまう気がして、尻込みしていることがわかる。

俯いて大きく息をついて、何もロマンチックな言葉を返すことも出来そうになくて、無難な対応をするしかなかった。


「ありがとう・・・。受け取った気持ちを返せるのかどうか、まだ考えてるから・・・その時まで待ってて・・・。」


「おう、いいよ。いくらでも待つよ。」


夕陽の弱さを垣間見たはずなのに、何だか俺は別の意味でまたモヤモヤし始めてしまっていた。



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