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第四章

今日最後の講義を終えて時刻は16時を過ぎていた。

幸いにも今日はバイトがない。

佐伯さんが掲示板に貼っていた情報を元に教室へ向かうと、扉の前ですでに賑やかに話す女子たちの声が聞こえて来た。


「特に何も張り紙とかないけど・・・ここで合ってるよな・・・」


俺は恐る恐るドアを引いて覗いた。


「・・・失礼します・・・」


「あ!さっきの1年生!ホントに来てくれたんだ~!」


何人かいる女性たちがこちらを見て、その輪の中から佐伯さんがパタパタ走ってきた。


「マジで来てくれると思わなかったぁ。絶対社交辞令だと思って~。」


「え・・・来ない方が良かったですか?」


「え!全然!むしろありがとう、バッチリ勧誘させてもらうね!」


他の部員の方も快く迎えてくれて、挨拶もそこそこに隣の教室へつながるドアを抜けて、そのまま佐伯さんに手を引かれて行った。


「とりあえずここ座って~。」


「はい・・・。」


調理室の隣の部屋は、手芸用品がたくさん飾ってあった。

ぬいぐるみやら、刺繍が沢山あしらわれたドレス、ビスクドールまで・・・。

素人目に見ても相当レベルの高い作品の数々に見える。


「一応これ勧誘用の~案内というかパンフ作ってあって、良かったらこれ見ながら話し聞いてほしいかなぁ。」


「あ、どうも。」


「ちょっと待っててね~。」


佐伯さんはまた調理室の方へ引っ込むと、すぐに戻ってきてグラスに入ったジュースを机に置いた。


「良かったらどうぞ~。」


「ありがとうございます、お気遣いいただいて・・・。」


「ぜ~んぜん♪」


俺がジュースに口をつけて彼女をチラリと見ると、すでに満足そうな笑みを浮かべて何かワクワクしている様子だった。


「とりま来てくれてホントありがとう。改めまして~あたし去年からこのサークル入ってる佐伯 リサです。よろしく~。」


「どうも・・・。えと、柊です。法学部1年です。」


「え~法学部なんだぁ。マジ柊くん頭良さそうって思って。めっちゃ成績いい優等生系?」


「・・・どうですかね。」


「絶対頭いいでしょ~謙遜してる感じだ。あたしなんかホントギリでここ受かって~このサークルなかったらマジ息抜き出来ない生活なんだよねぇ。」


「そうなんですか。」


パンフだというそれに目を落として、一つずつページをめくった。

主な活動内容や今までの作品展の情報、ホームページやSNSでの公開活動も記されている。

俺が真剣に読み込んでいると、佐伯さんは座った自分の足に頬杖をついて言った。


「現状を説明すると~、1年生何人か入ってくれないと結構ピンチで・・・。うち4回生多めだから。文化祭とか作品展に応募するにも、やっぱそれなりに人数いた方がいいし・・・。作品造りが主だから、皆料理の方で休憩してお茶しつつ、長期間かけて作ってる感じで・・・。」


「そうですか・・・。確かに、かなりクオリティ高い物多いですもんね・・・。」


「そ、結構いい賞貰ってる先輩とかも多くてさ。柊くんが興味なかったらぁ・・・興味ありそうな子に勧めてもらえたりすると助かるんだぁ・・・。あたし今のところ新入生の知り合い皆無だから、何とかつながりを・・・。」


佐伯さんは拝むようなポーズを取って見せた。


「そう・・・なんですね。でも生憎ですけど、俺も女性の知り合いが多いわけではない・・・というか皆無で。」


「マジ~?」


「もし知り合って勧誘できそうな人がいたら勧めてはみますけど・・・。」


「ありがとう、それだけでも助かる!・・・ちなみに、柊くんは手芸とか料理好き?」


佐伯さんは小首を傾げながらまた上目遣いで尋ねた。


「ん~・・・手芸は縁が無かったので好きも嫌いもわかりませんけど・・・。飾ってあるものを見る限り、芸術品だなぁと感心はしました。」


「ホント?嬉しい~。あ、待ってね・・・。」


佐伯さんはパッと立ち上がって、飾られている端の方のぬいぐるみを掴んで戻ってきた。


「じゃん、これあたしが作ったやつ。どう?」


それは可愛らしいあみぐるみのウサギだった。


「すごいですね・・・。器用ですねぇ・・・こんなの作れる気がしないな・・・。」


「結構簡単だよ?ちなみにあたし料理も得意で・・・えっと・・・ほら、これ。」


スマホを差し出されたそれは、綺麗に撮られた料理の写真だった。


「美味しそうですね。アクアパッツァかな?」


「そ~鯛が安かった時にさ、作っちゃった。美味しいよねぇ。イタリア料理好きでさ、あたしおじいちゃんがイタリア人で、遊びに行くとよくトロットリアに連れてってもらったんだぁ。」


「そうなんですか。俺も料理はする方ですけど、イタリア料理だと・・・パスタ系くらいしか・・・。あ、でもカプレーゼとかも好きです。」


「カプレーゼは作りやすいもんねぇ。知ってる?イタリア料理ってドルチェ・・・いわゆるデザートが少ないの。有名なのだと、ティラミスとか、アフォガードとか・・・それくらいなんだって。まぁ今は流行廃りがあるし色々出してるかもしんないけど。」


佐伯さんの話を聞いていると、勧誘というよりこれはただの雑談のような・・・


「あ、てかさぁインスタやってる?柊くんフォローしたい。」


「・・・いえ、SNSは特にやってなくて・・・。」


「え、ガチ?TwitterとかFacebookとかも?」


「はい・・・。」


佐伯さんはポカンとしつつ、じゃあ・・・と口元に手を当てて考えた。


「普通に連絡先聞いていい?」


「・・・ええ・・・まぁ・・・。」


何だろう・・・大学に入ってから立て続けに連絡先を聞かれるイベントが起きてるな。

二人とも他意はないんだろうけど。


「さすがに連絡アプリは入れてるよね~。ね、柊くん休みの日とか何してんの?」


にしても佐伯さんの距離感の詰め方は、人見知りをしたことない人のそれだ。


「えっと・・・試験勉強とかですかね。」


「ん?試験?テストとかのってこと?」


「まぁそれもですけど・・・。弁護士目指してるので司法試験のべんきょ」


「え!!弁護士!?マジで!?すっご!わぁ・・・住む世界違う人だぁ。」


「そんな大げさな・・・。」


「ふふ・・・てかヤバ、あたし普通に柊くんのことナンパしてるみたいだよねぇ。」


佐伯さんはこらえきれずにニヤニヤした口元を隠して言った。


「・・・こないだもナンパされましたよ、連絡先教えてくれって。」


「え!そうなの?やっぱあれだ、柊くん女の子にモテんだぁ。そんな感じすんもんね、可愛いし。」


俺が冗談で言ったのに、佐伯さんは自然にそう返した。


「いえ・・・冗談ですよ。ナンパというか同じ学部の学生に友達になろって聞かれただけです。」


「あ、そなの?それはそれでいいナンパだね♪」


佐伯さんは相変わらずニッコリそう言って、悪意ないその対応に少し違和感すら感じた。

たぶん俺が人と関わってきて、好感を持って接してくれる人が少ないかったから。

佐伯さんはスマホを眺めながら雑談を続ける。


「でもさぁ・・・実際モテるでしょ?」


「いえ全然・・・。」


「え~?じゃああれだよ、気付いてないだけだよ。所謂目立つイケメン・・・あ!うち同じ学部で2年生の人でめっちゃイケメンいんの!」


「・・・そうですか。」


「でも柊くんはそういうタイプじゃないもんなぁ。大人しく教室の隅で読書してる秀才くんっていうか、隠れファンが多いけど、誰も親しくなれない・・・みたいな?」


佐伯さんは俺の目をじーっと覗き込むように眺めた。

次第にカーテンの開いた窓から夕日が降りてきて、彼女の白い肌がオレンジ色に染まる。


「ね・・・あたし柊くんに別にサークルに入ってくれなくてもいいからぁ・・・個人的に仲良くなりたいかも。」


「はぁ・・・ありがとうございます。」


「あれ?あたし今口説いたつもりなんだけど、ふふ・・・」


笑った佐伯さんの靨が可愛くて、思わずつられて笑みが漏れる。

先輩ならこういう時、そうなの?とか言って爽やかな笑顔を返したりするんだろうなぁ・・・。


「すみません、女性に慣れてなくて・・・気遣いある言い回しも社交辞令も、粋な返しも出来なくて。」


俺がそう言うと、佐伯さんはまた真顔で俺をじっと見つめた。

それを見つめ返すと、彼女の瞳はカラコンではなく元々の茶色い目だとわかった。


「ふふ・・・なんか不思議な感じ。柊くんちょっとおじいちゃんに似てる気がする・・・。」


「・・・・え・・・?」


「ごめんごめん、別に変な意味じゃなくて何となく雰囲気の話。・・・ね、今度連絡入れたら週末遊んでくれたりする?」


「・・えっと・・・」


これは素直なデートの誘いなんだろうか・・・。都合もあるけど、普通に友達と出かけるという意味では問題ないのだと思う。


「・・・まぁ、都合が合いましたら。」


「え~よかったありがと~♪また連絡するね。」


これは捉えようによっては単なる社交辞令なのかもしれない。

佐伯さんの人間性がわからない限り、どれが本気でどれが冗談なのかは判断できない。

その後も少しサークルの案内を受けて、30分程経った後、教室を後にした。


「ん~・・・。」


女性との会話はやっぱり難しい。

彼女たちは建前と本音を上手く使い分けながらも、相手の反応を伺っては手札を見せずに作戦を変更しながら会話をしている気がした。


もらったパンフを握ったまま大学を後にした。

すっかり日も落ちてきて暗くなり始めて、先輩を思い出すロマンチックな時間は終わってしまった。


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