第三十七章
リサが綺麗に畳んでくれていた洗濯物から、夕陽のものを取って手渡した。
「はい、これ。パンツは申し訳ないんだけど俺のとわかんなくなっちゃったから、もしかしたら夕陽のじゃないかもしれないけど・・・」
「・・・そなの?」
受け取ったパンツとTシャツを小脇に挟んで、夕陽は徐にズボンに手をかけた。
ベルトを外してチャックを淡々と下ろし、俺に見せた。
「これ薫のだったりする?」
「・・・・わかんない・・・。渡したそれと同じく黒だもんね・・・。同じメーカーのやつ買ったのかなぁ・・・。」
サイズを見ればいいかとパンツに手を伸ばそうとして、思い立ってひっこめた。
「・・・なに?」
「いや・・・さすがに触るのは失礼かと思って・・・。サイズM使ってるんだけど俺・・・」
「あ~残念、俺もMだわ・・・。」
「じゃあいいや、確認めんどくさいから。」
諦めて他の洗濯ものを取ろうと屈むと、ふわっと後ろから夕陽の香りがして抱きしめられた。
「ちなみに~・・・ベッドの上ではSだよわりと・・・」
耳元で囁かれて思わずビクっと体が動いた。
「はは・・・薫ホント素直に反応するなぁ。からかい甲斐ありすぎ・・・・・・・薫?」
そのままへたり込むように膝をつくと、夕陽は心配そうに座ってのぞき込んだ。
「おい・・・」
「・・・あのさ・・・俺は・・・夕陽のこともそういう対象として意識してるって言ったよね?だから家に呼ばないようにしようって二人に対して思ってたけど、今回は看病してくれたし、二人に感謝してるからそれぞれ敬意を払って、自宅に来ることを了承したんだよ。なのに・・・リサからは案の定誘惑されるし・・・夕陽には付き合って試してみろだの、目の前でズボン脱ぐし・・・!いい加減にしてよ!」
自分の中でフツフツと湧いていた言葉を言い放って、夕陽を睨んだ。
「リサの前でも俺は我慢してたけど、俺だって人並みに性欲くらいあるよ!それは男女とも両方に対してなんだよ!今となっては夕陽もそうでしょ?俺は絶対に二人に流されて手を出すなんてことしたくないんだよ・・・。そりゃ・・・取り合ってるなら口説くのは当然かもしれないけど・・・目の前で脱ぐのは!おかしいでしょ!!」
肩で息をしながら溢れて来そうになる涙を堪えた。
それと同時にうるさく脈打つ鼓動が、もうずっと性欲を抑え込んでいる。
黙って俺の文句を聞いていた夕陽は、涙で滲んだ向こうで、呆然と瞬きもせずに俺を見つめ返していた。
「・・・ごめ・・・悪かった・・・」
案の定平謝りする彼を見て、何だか馬鹿らしくなってきた。
正しく選ぼうと悩んでいる自分が。
「比べて相性を考えてみろって言ったよね?あれは本心?」
自分の中でもやついていたそれを問うことを、もう止められなかった。
「・・・・・・」
黙る夕陽を見て、何て年相応に浅はかなんだろうと思った。
「それでワンチャン自分と試しに付き合ってくれた俺と、セックスしまくりたいだけでしょ?」
夕陽を責めたいわけじゃないのに。
「だったら俺はリサに同じ提案をして飲んでもらったら、リサから先に付き合うよ。付き合う前から俺を誘惑する彼女と、毎日でもここに呼んでセックスするけどいいの?俺は男として生まれたし、男として女の子がほしいって思ってる時もあるよ。夕陽は毎日いちゃいちゃ下校する俺たちが、部屋でやってんだろうなぁって思いながら数か月過ごしたとして、その後じゃあ俺とも・・ってなれんの?そんな関係になったら・・・俺は間違いなくリサを選ぶよ!」
夕陽は次第に俺と同じように眉をしかめて、涙を浮かべた。
「夕陽が・・・悩んでる俺にそういう選び方もあるって教えてくれたことはわかるし、確かにって思ったけど・・・。けど・・・俺・・・・佐伯さんとやってみたらいいじゃんって前も言われたけど・・・そういう言われ方を・・・他の友達ならまだしも、夕陽にだけは言われたくなかった・・・。夕陽は俺とリサがやってても傷つかないんだって思って・・・」
「んなわけ・・・」
「劣勢に思えるって?俺は・・・男を好きになって嬉しそうにしていても、戸惑ってる夕陽を見てると・・・どうしても先輩を好きだった自分を思い出すよ・・・。かつての自分を救うために夕陽を好きになっていってる気がした・・・。でも違うんだよ・・・夕陽の人間性がすごく好きなんだ。だから・・・・お願いだから・・・・中途半端に俺を惑わせないでよ・・・」
ボロボロ落ちる涙を拭うと、夕陽は静かに俺を抱きしめた。
「ごめん・・・ごめんな?薫・・・ごめん・・・」
俺の言い分はリサに対しても言えるはずだ。
けどどうしてか、夕陽に対しては甘える恋人のように注意してしまう。
きっとリサに対しては、女の子だから丁寧に諭してあげなきゃって気持ちが働いてるんだ。
彼女に対しては、護ってあげたいっていう男側の気持ちが発動してる。
けど夕陽と居る時の自分はまるで違う・・・。
「夕陽・・・ごめん・・・別に責め立てるつもりはなくて・・・。我慢を抑えきれなくなりそうだったから言っちゃったんだ・・・。イラついてごめん・・・」
「・・・いいよ、今のはホント俺が悪かった・・・。からかいが過ぎた・・・。悪いとこ出ちゃったわ・・・。ふざけながらじゃないとさ・・・素直に甘えられなくて・・・。触れたくて仕方なくて・・・薫に許してほしくて、意地悪過ぎて・・・ごめんなぁ・・・。」
そう言って彼も鼻水をすすりながら泣き始めてしまった。
「うん・・・わかったから泣かないで・・・。俺も泣いてるけど・・・」
涙でべちゃべちゃになった顔をお互い拭って、真っ赤になった目を見つめ合った。
「・・・・夕陽、待ってて・・・」
洗濯物を抱えて寝室に戻り、服を仕舞い終えてから、自分のハンカチを取り出した。
ベランダの側で座り込んだままの夕陽の前に戻って、また同じように座って、真っ赤になった垂れ目から流れる涙を拭った。
「・・・これあげる。」
夕陽はハンカチを受け取って、口元を緩めた。
「え・・・へへ、くれんの?」
「今日話したことを忘れないでほしいから・・・。」
「わかった・・・忘れない。・・・ありがとう。」
噛みしめるようにそう言うと、夕陽はハンカチを幸せそうに眺めた。
「あと・・・今からすることは忘れて。」
「え?」
普段は手を伸ばしてやっと届く量頬をそっと掴んで、奪うようにキスした。
驚いて固まる夕陽に容赦なく強く重ねた。
音を立てて唇を重ね続けると、夕陽は強引に俺の体を抱き寄せた。
彼の首にすがるようにしながら、次第に深くなるキスが止められなかった。
柔らかくて暖かい感触が気持ちよくて、夕陽の優しく撫でるような舌が愛おしくて、頭の中は真っ白だった。
強引だった重ね方からゆっくり丁寧なキスに変わっていくと、優しく抱きしめたまま夕陽は床に俺の体を倒した。
吐息を漏らしては名残惜しくてまた重ねて、夕陽は優しく俺の頭を片手で抱えて、もう片方の手で俺の体を撫でながら伝った。
そしてついにズボンの上から掴まれて、思わず抵抗しようと手を伸ばすと、夕陽のそれも太ももに押し付けるように当たった。
甘いキスが脳を溶かしていく。
それからがどう加速していくかわかっている。
夕陽が唇を離して、飢えた獣の目で見下ろすと、俺のベルトに手をかけた。
「夕陽!!や・・・待って!」
「ここまで来てとめんの?」
「だから・・・!忘れてって言ったんだよ・・・。」
「えぐいことすんなぁ薫ぅ・・・」
ベルトから手を離した夕陽は、ズボンの上から尚も俺のを掴んでこすった。
半身を起こして夕陽に目を合わせると、見たことないオスの顔でニヤリと笑みを見せた。
心の中で思った。
ここから先に身を任せることがどれ程容易なことで、愚かなことか。
今までの自分だったら、何とも思っていない相手との行為であれば、まぁいっかと流されていたかもしれない。
けど夕陽は違う・・・
気持ちのいいそれを止められなくても、頭の中は意外と冷静だった。
「ま・・・ってってば・・・!」
「それは~・・・ベッドでしようの待って?」
一つ息を整えて、思い切り夕陽の手首を掴んだ。
力を込めると、夕陽はそっと動きを止めてまた俺にキスをした。
「なぁ・・・忘れるからしようよ。」
「・・・俺はいつも間違った言い方をしちゃうみたいで・・・結局夕陽を振り回してるのかな・・・。少しだけだから甘えさせてほしくてさ・・・。それ以上のことは言わないでよ・・・頭の中狂いそうなんだ。」
夕陽の顔を見れなくて、俯きながら言うと、またその大きな手が優しく大事に俺を撫でた。
「何となく言いたいことはわかるし、薫の気持ちもわかる・・・。じゃあ・・・鎮まるまで待ってたらいいの?」
「・・・うん・・・ごめんね。」
「・・・薫にそんな風にお願いされたら従うしかないなぁ・・・。可愛いなぁホント・・・。これから先も一生大事にしたいから、今日は諦めるよ・・・。」
そう言って夕陽の手が離れたので、思わず彼の顔を見上げた。
「待って・・・頭撫でててよ・・・」
情けない自分を自覚しながらも、足りない気持ちを埋めるにはそれしかなかった。
夕陽は優しく目じりを垂らして、また俺を抱きしめて撫でてくれた。
「好きだよ~薫・・・」
その優しさにまた涙が出そうになって堪えた。
「そういえば・・・リサが昨日言ってたよ・・・。夕陽が女の子と仲良さそうに下校してたの見たって。」
「ん~・・・?あ~・・・榊さんかな・・・。共通の友達の誕生日近くてさ、一緒に買いに行って、そのままバイト行ったんだよ。」
「そうなんだ。」
夕陽は尚も抱きしめながら、俺の首元に顔をうずめた。
「な~に~~?焼きもち~?」
「・・・・そうだね・・・気になってたからきっと焼きもちなんだよ。・・・そうだ、そういえば夕陽って誕生日いつなの?」
「あ?あ~・・・6月17日。」
体を離してじっと見つめ返すと、夕陽はまた笑顔になる。
「何だよ・・・可愛いな・・・。」
「過ぎてるね?」
「あ?おん・・・え?それがなに?」
「何で言わなかったのさ。」
「え~?聞かれてねぇし・・・。薫は?いつ?」
あっけらかんとそう言う彼は、俺に祝われてないことを何とも思ってないらしかったので、まぁいいかと納得せざるを得なかった。
「俺は2月・・・12日だよ。」
「真冬だな~!つかまだ10月にもなってねぇし、先だな・・・。よしよし・・・なにほし~?」
「・・・ふぅ・・・ずるいよ、俺は全く祝ってないのにさ・・・。」
夕陽はケラケラ笑った。
「俺はもう薫から色んなもん貰ってる気がするし・・・。つーかこのハンカチくれるんだろ?薫が使ってたもん貰えるとかやば・・・十分だよ。・・・そだ・・・薫の誕生日が来るまで絶対落としてみせるからな。だから薫に『誕生日は夕陽がほしいよ』って言わせてみせるわ~~。」
いつものデレデレした様子の夕陽を見てると、呆れるよりも釣られて笑みが漏れた。
「リサに落とされてたらどうするの?」
「えっ・・・・・」
ついつい意地悪が出てしまって、固まる夕陽に謝ろうとした。
「いや、ごめ「そん時はぁ・・・なんかプレゼント考えて買って来る、普通に・・・。んで、産まれて来てくれてありがとな~って言う。」
ベランダのカーテンの向こうから、夕日が降りてきて、差し込んだ光で夕陽の顔が良く見えない。
「俺も言いたかったよ。」
「そ?んじゃあ来年祝って。」
「・・・毎年祝うよ?」
「はは・・・ありがと。」
夕陽のその少し寂しそうな笑顔を、俺は見逃さなかった。




