第三十六章
残暑の日差しであっという間に乾いてしまった洗濯物を、リサは代わりに取り込んでくれた。
「ん~?・・・薫くん、これ随分大きいTシャツだけど薫くんの?」
「あ~・・・それは昨日泊ってた夕陽のだね。俺の服を貸したから・・・。」
そう答えながら、取り込んだ洗濯物の中から夕陽のものを選別しようした。
「あれ・・・?パンツも貸したけど・・・あれ?これ俺の??あれ・・・あ、そういえば俺が寝てる間に夕陽洗濯回してくれてたんだっけ・・・」
タオルを畳んでくれているリサの隣で、箪笥を何段か引いて下着を探した。
「ん~?似たようなの履いててわかんなくなったかな・・・」
俺がボソボソ言いながら探していると、リサがひょいと同じく箪笥を覗いた。
「ねぇねぇ薫くん、このハンカチ薫くんの?」
並べた隅にある一つを、リサは指さした。
「あ・・・それは・・・・」
それは入学前に、最後に先輩と二人きりで会った時、あげると言われてもらったものだった。
「なんかこれだけ薫くんの持ってる物の雰囲気と違うなぁと思って・・・」
「あ~・・・えっと・・・貰い物だね。」
「そうなんだ。それでか~。貰ったものだとなかなか使わなかったりするよね。」
「本当は・・・使いたいんだけど・・・」
「・・・ん?」
そっと先輩のハンカチを取って見つめた。
「・・・二人で話していて、俺が泣いちゃって・・・これやるからもう泣き止めよってくれたものなんだよ。」
「・・・そっか・・・・。朝野くんから?」
「いや、違うよ。ほらあの・・・小説に書いてた好きだった先輩から・・・」
「あ~!そうなんだ!それは思い出の品だね。」
リサはまた丁寧に洗濯物を畳み、きちんと洋服とタオル類を分けて置いてくれた。
ハンカチをしまって箪笥を閉じ、どちらかわからなくなってしまったパンツはもう諦めた。
別に夕陽はそんな些細な事気にしないだろう。
「あれだね、男の子同士だと、洋服とか下着とかも貸し合いっこ出来るからいいね。」
「・・・あ・・・ああ、まぁ・・・そうだね。その・・・リサはさ、同性同士の恋愛って抵抗なく聞ける人なんだね。」
「ん?うん、別に異性同士とそんなに変わらなくない?それに朝野くんってすっごい高身長だし、薫くんちょっと小柄だから、並んだらお似合いなのかなぁとか考えちゃった・・・」
「・・・俺は確かに男としては小さ目だけど・・・リサと並んだ時はちょうどいい身長差にならない?」
リサは嬉しそうに目を細めて、にやけるのを隠すように口元に手を当てた。
「えへへ・・・そうだねぇ。薫くんちょっと身長伸びてたよね。168センチくらいにはなってる?」
「そうかもね。」
ニコニコ嬉しそうにまたぴったり俺にくっつくリサを見て、昨日夕陽に、いちゃつくのはなしな、とか言われたことを思い出した。
リサの積極性を考えたらそれは無理なんじゃ・・・と思ったけど、抱きしめたり手を握ったりしても、それ以上はないようにしようと、理性を保つことは出来ていた。
「普通それは理性保たねぇよ。」
翌日、貸していた小説の続きと、洗濯された衣服を受け取りに夕陽がうちに来た。
そしてリサとのやり取りを話していたら、そう返答された。
「そう・・・なの?」
俺が紅茶を淹れながら聞き返すと、夕陽は本棚の前に立ったまま不思議そうに首を傾げた。
「あれ~?薫は女の子に対して性欲働いてねぇんじゃねぇの?」
「そんなことないよ?」
ゆっくり茶葉を引き上げて、少しだけミルクを注ぐ。
夕陽は俺の隣に来て、そっと俺の腰に手を回した。
「じゃあ・・・俺に対しては?」
彼の顔をゆっくり見上げると、いつものようにニコニコ微笑んでいた。
「え~っと・・・」
質問に素直に答えてしまうと、それは露骨に夕陽を喜ばせることになる。
彼はそれをわかっていて聞いているのかもしれないし、興味本位なのかもしれない。
もしくは俺を口説く目的でわざとそういうことを聞いてるんだろう。
けどいずれにしても、両者に対して誠実であろうと自分の中で誓っていたので、本音を言うことにした。
「・・・俺はバイセクシャルだから、リサに生足で迫られたら、そりゃドキドキして襲い掛かろうかなってちょっと思っちゃったし・・・夕陽にそんな風に迫られたら、ドキドキして身を任せたいなとも思うよ。どっちも本人の自覚ないくらい魅力的な人だからね。」
「ふぅん・・・?なるほど?ライバルが強敵だからなかなか薫を落とせないわけだ。けどホントよく耐えたなぁ、そんな誘われ方して。」
夕陽はくつくつ笑いながらソファへ座った。
「・・・夕陽がリサにそういう誘われ方したら食べちゃう?」
紅茶を持って彼の隣に腰かけると、夕陽は乾いた笑いを漏らした。
「佐伯さんが俺を誘うことなんてないだろ。でもまぁ・・・なんか見た感じ普通に可愛かったし、人当たり良さそうでいい子そうだし・・・モテそうだよなぁ・・・。仮に薫と出会ってなくて、友達として家に来てそういうこと言われたら、俺ならするよ。」
「・・・何でするの?」
俺が無表情に問いかけると、少し責められてると思ったのか、夕陽は眉をしかめた。
「いや・・・単純にエッチしたいよって言われて、生足見えてたらもうそれは・・・思考じゃなくて本能で動くよ。」
「そうなんだ・・・」
「・・・逆に薫は何でこらえられたん?」
大事に淹れた紅茶に口をつけると、同じく夕陽もそれを手に取った。
「リサが・・・そうやって男性を誘うことで落としてきたんだろうなぁっていうのもわかったんだけど、同時にそうしてきてしまったから、軽くおもちゃみたいに扱われてきたんだろうなぁっていうのが・・・わかったからかな。」
ゆらゆら揺れるミルクが混ざった茶色を見つめると、リサの綺麗な瞳を思い出した。
「多少のあざとさはあると思うよ?でもたぶんリサは、ホントはすごく臆病で周りの目が気になる子なんだよ。その自分の中にある不安をかき消したくて、好きな人に一直線になってるところがあるんだと思った。そうしてる間は自分を見つめ直すより、相手のためにどうしたらいいかっていう思考でいっぱいに出来るからさ。自分でもそれが恋に盲目になってるっていう自覚はあっても、今までのやり方を変えられないんだよ。だから好意を相手に向けても、心と体を差し出すのは、相手をもっと理解してからでいいってわかってほしかったんだ。つまり・・・単なる俺のエゴでそう言ったんだよ。」
夕陽はまたいつもの穏やかな笑みを返した。
「そうか・・・。薫はあれだな・・・エゴと言いつつ、相手のためになること言えてるんだから、単純に良い奴だな。」
「ふ・・・良い人だねぇって皆に言われる夕陽が言うなら、お墨付きってやつだね。」
「おお、そうだぞ~。まぁでも多少悔しさはあるなぁ・・・佐伯さんいい子だもんなぁ・・・。な、期間限定でどっちとも付き合ってみたらいいんじゃね?」
「・・・他人事みたいに言うねぇ・・・。そんなことしても今と状況変わらないよ・・・」
夕陽は頬杖をついてボーっとついてないテレビを眺めた。
「そうかぁ?どっちがいいかなぁってちょっとは考え変わると思うけどなぁ。」
「どうして?」
「・・・試着してみないと自分と合うかどうかわかんねぇだろ。見た目だけで服買うのか?」
「試着・・・」
「だから~~・・・相性があんじゃん。心も体も。付き合い始めて体合わないとなんか気まずくなるぞ。」
「・・・・へぇ・・・それは経験談?」
「んなわけ・・・俺の話をしてんじゃねぇっての!実際大事なことだろ?セックスもコミュニケーションの一つなんだし、それが上手くいかないと結局別れるって人なんて五万といるよ。」
「まぁ・・・確かにそうかもね・・・。でも・・・お試しで付き合うなんて出来ないなぁ。」
「なんで?」
紅茶のカップを置いて、平然としてる夕陽を眺めた。
「あのねぇ・・・二人とも俺に理解を示してくれてるみたいだけど、二人とも好きだから迷ってますって結構なことだよ?それがお互い遊び程度で付き合いたいなぁって思ってるならまだしも・・・真剣に考えてくれてるなら、お試しで付き合うなんて後々両者とも気まずくなるうえに、どちらかは確実に後味悪く傷つく羽目になるよ。夕陽がそれでいいって納得したとしても、そもそもリサが了承しなきゃ成り立たない話でもあるしね。」
「まぁそうだなぁ・・・」
「破綻してる話をしないでよ・・・。」
またカップを取って足を組むと、夕陽はため息をついた。
「俺はさ・・・劣勢だと思ってんの、今の状況。だったら決定打が必要だと思って妙案を振ったんだよ。てか佐伯さんに提案しなくても、俺と一旦付き合ったらいいじゃん。それで不満だったら俺は治すし、それでもやっぱり佐伯さんがいいんだってなったら、それは薫の本心なんだろうし・・・。どっちがいいかわかんないって、そういう無理やりな答えの出し方も必要だろ?」
「・・・一理あるけど・・・。服を試着するのとじゃ訳が違うよ。人の心を弄ぶ行為に思えるし・・・そんな選ばれ方をしたり、後々振られたりしたとき・・・夕陽は正気でいられるの?」
背もたれにもたれて、どこか心ここに在らずな様子の彼を見やった。
「・・・わかんねぇ・・・。けど絶対傷つかない恋愛なんてないしなぁ・・・。これでも二回、付き合ってた彼女と別れた時、結構傷ついてきたよ。今度こそ相手を悲しませないようにしなきゃって2年くらい経つけど・・・。けど振られた時のこととか考えて付き合いたくねぇから、もし付き合ってくれたら・・・薫を未来永劫幸せにしてやるって覚悟でいるよ。」
そんなことを真っすぐ言うもんだから・・・俺はまた迷ってしまうんだ。
「ま、お互いがいくら口説いても、薫は考えすぎずに直感で選んでいいと思うよ。選択を間違えたら死ぬってわけじゃねぇんだし。相手を傷つけるかもしれないってことを、そこまで怖がる必要はないから。人間は誰だった生きてりゃ誰かを傷つけることなんてあるし、傷つけられることだってあるよ。薫は好きだったあの先輩に振られた時、傷ついた自分に謝られて許せないって思ったか?もう死にたいって思ったか?」
「・・・思ってない・・・。先輩が幸せになれるなら、幸せになれる誰かと一緒にいてほしいって思ってる。」
「そうだろ?」
夕陽は体を寄せて俺の肩を抱いた。
「薫がそう思える奴だから、俺も佐伯さんも好きになったんだよ。そんな俺らが、お前に振られて傷ついたからって恨まねぇし、この先一生を棒に振るってわけでもねぇよ。薫が選んだ相手なら、その人と幸せになってほしいなって俺だって思うよ。」
「うん・・・」
「まぁ・・・俺は振られたとしても、諦めねぇし諦められねぇし・・・結婚する・・とか言われない限り、チャンスは伺うけどな・・・」
「ふふ・・・そうなんだ・・・」
夕陽は俺につられるように笑って、その大きな手で頭を撫でてくれた。




