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第三十五章

結局その日はもう1日大学を休むことにした。

佐伯さんには連絡を入れて、すっかり回復したことを伝えると、ご飯のおかずに困らないようにたくさん作り置きを用意したから、大学が終わったら家に寄りたいと言われてしまった。

一緒に添付された画像には、積みあがったタッパーに入ったおかずが映っていた。

無碍にすることも出来ず、女性を部屋に入れるのは考えものだけど、了承する旨を伝えた。


昼過ぎになって溜まっていた洗濯物も干し、掃除機もかけて長らく横になっていた布団も干した。

やがて予定していた時間になり、インターホンが鳴った。

あの日突然押しかけて来たエリザのことを少し思い出しながら、その後連絡がないけど親から怒られなかっただろうかとふと考えた。


「薫くん、お邪魔します。ごめんね、病み上がりなのに・・・」


「いえ、全然・・・こちらこそ気を遣わせてしまってすみません。」


俺が佐伯さんが差し出す紙袋を受け取りながら言うと、彼女はちょっとむくれた表情を返す。


「あ~・・・また敬語に戻ってる・・・リサって呼んでとも言ったのに~。」


「あ・・・はい・・・。」


苦笑いを返してダイニングテーブルに袋を置くと、たくさんおかずが入ったタッパーが入っていた。


「わ・・・たくさん、ありがとうございます・・・じゃないや・・・」


側にくっついてじっと俺を見つめる彼女に、言葉遣いを改めた。


「ありがとう、リサ。大事に食べるね。」


タッパーを取り出しながら言うと、彼女はニコニコ笑みを浮かべて嬉しそうにした。


「えへへ♡うん。あ!そういえばさ~・・・」


「ん?」


佐伯さんは何か話しかけてピタリと止まった。


「あ~・・・ううん、何でもない。」


「・・・え?なに?」


微妙にひきつった彼女の顔が何だか気になって聞き返した。


「・・・ううん、いいの。ごめんね?大したことじゃないから。」


頑なに答えようとはしない佐伯さんに、俺は少し意地悪な聞き方をすることにした。


「冷蔵庫に入れとくね、おかず。」


彼女が丁寧に仕舞う横から、俺は紅茶のペットボトルを取って、先にソファに腰かける。

パキリと蓋を開けて一口飲んでテーブルに置き、紙袋を畳むリサに視線を送った。


「リサ、おいで。」


俺がそう言うと、彼女はポカンと俺を見つめて、次第に顔を赤らめて、ゆっくり隣へやってきた。

ちょこんと座る彼女は、まだまだ外が暑いからか、今日はTシャツにショートパンツというスタイルだった。

露になった生足が、俺を誘うように目に触れるけど、組んだ彼女の手にそっと自分の手を重ねた。


「大したことないなら教えてほしいな・・・何を言おうとしたの?」


「え・・・えっと・・・」


リサの顔をそっと覗きこんで、じっとその瞳を見つめると、彼女は赤面したままぎゅっと目を閉じた。


「・・・う・・・可愛くて見れない~~。」


「・・・教えてくれないの?」


俺は重ねた彼女の指を絡めるように、一本ずつ掴んでは離した。


「あ・・・あのね?ホントに大したことないけど・・・あの・・・帰りにね、大学の前で朝野くんを見かけてね・・・。その・・・女の子と仲良さそうに一緒に帰ってたなぁって・・・単なる目撃情報なの・・・。でもほら・・・朝野くんはそんなの薫くんに知られたくないかもしれないから、勝手に言うの違うかも、って思って・・・今言っちゃったけど・・・。」


「はぁ・・・そうなんだ。」


本当に大したことじゃなかったな・・・と心の中で思いながら、意地悪な聞き方をしてしまって少し申し訳なくなった。


「ね・・・そういうの聞いたら・・・薫くん的には焼きもち妬いちゃう?」


「ん~・・・特に・・・。だって俺なんかより朝野くんの方が絶対モテるだろうし。本人はモテたことないなんて言ってたけど、絶対気付いてないだけだしね。」


「そっかぁ・・・。」


俺がさっと手を離すと、リサは体をぴったりくっつけた。


「手ぇ握ってて?」


甘えたような声に思わずドキっとして視線を合わせると、茶色い綺麗な瞳に自分が映っている。


「・・・リサは・・・」


「ん?」


「本当はシャイなのに・・・俺に対しては頑張って積極的になってるの?」


「・・・えへ・・・そうだよ?ホントは嫌がられないかな、とか・・・どう思うかなってばっかり考えちゃうけど、薫くんにドキドキしてほしいんだもん。」


彼女は自信なさげに笑みを落として、俺の手をそっと掴む。


「ホントは・・・薫くんとなら私・・・付き合ってる関係じゃなくても・・・キスも・・・エッチもしたいよ?」


ストレートな誘いに、思わず彼女の太ももに視線が行く。


「・・・もしかして、ショートパンツを履いてるのは、露骨に誘ってるの?」


「ん~・・・ちょっとだけ・・・。好きな格好だし楽だから、薫くんも好きならいいなぁって思った程度だけど。」


「そう・・・。好き嫌いは特にないし、リサに似合ってると思うけど・・・」


俺は握られた手をぎゅっと恋人繋ぎにした。


「そんなこと言われても襲い掛かったりしないよ?」


「・・・そうなの?」


俺が微笑むとリサもニッコリ笑みを返してくれた。


「しないよ。だってその誘いに乗って食べちゃったら・・・今までリサを傷つけて捨ててきた男たちと同じになるんじゃないかな?」


そう言うと彼女からふっと笑みが消えた。


「リサみたいな可愛くて純粋な子にさ、自分に気があるならいっかって男は安易に手を出すんだよ。お手軽に食べさせてくれるならと思って。好意を持ってる相手を誘うのは別に悪いことじゃないけど、よっぽど真面目な人じゃない限り、そういうことは付き合ってからにしようねって言ってくれないよ。リサは自分を可愛く見せることが得意に思えるし、男がどういうことをされたら反応してくれるのかもわかってるみたいだから言うけど・・・たくさん教養を身につけて自分を磨いたんだからさ、軽く自分の体を差し出しちゃだめだよ。」


そこまで話して、また説教じみた事言っちゃった・・・と若干後悔した。

リサは俯いて叱られた子供のようにしゅんとした。


「あ・・・ごめんね・・・言い過ぎた・・・。」


「ううん・・・図星だから何も言い返せないの・・・。ありがとう薫くん、ちゃんとダメって叱ってくれて。今までもね?散々振られるたびに友達に叱られてたんだよ・・・でも全然身になってなかったんだね・・・反省します・・・。」


絵に描いたようにわかりやすく落ち込む彼女を見て、何だか少し可愛く思えてしまった。


「えっと・・・素直に悪い所を認めて反省出来ることも、リサのいいところだと思うよ?」


「・・・ふふ・・・ありがとう。あのね・・・だってね・・・朝野くんが薫くんのこと好きなんだって知って・・・焦っちゃって・・・きっと朝野くんの方が私より仲良しなんだろうなって思ったら・・・。北風と太陽の・・・北風状態だったね~私・・・。」


「・・・誘い仕方は太陽っぽい気がしたけどね・・・。」


「我慢できなくなっちゃうんだもん・・・。えへへ・・・薫くん~私のこと好きって言って~♡」


リサは少しふざけながら俺に抱き着いた。


「もちろん好きだけど・・・俺は二人とも好きなんだ・・・。」


そんなことを平然と言ったのに、リサは腕を回したままパッと顔を上げて、またニカっと笑顔になった。


「そうなんだぁ。薫くんは愛に溢れた子なんだね。人の良いところがちゃんとわかって教えてくれるもんね。・・・私ね、薫くんの冷静で丁寧に話してくれるところも、ちゃんと男の子でドキドキしてくれるところも、友達として一緒にいて楽しいところも、ぜ~んぶ大好きだよ♡」


リサのそのデレデレした笑顔を見ると、夕陽のことを思い出した。


「俺も、大好きを子供みたいに素直に伝えられるリサが好きだよ。」


リサはまた俺にギューッと抱き着いた。


「えへへ・・・その好きを・・・独り占めしたいって思っちゃうの・・・。ごめんね?ヤダよね・・・」


そっとリサの背中に腕を回して、抱きしめ返した。

こんな距離感で好きだと言いながら、どっちか迷ってます、なんて堂々と言ってる俺は相当ヤバイ奴だと思う。

それでも二人の気持ちは、恐ろしい程真っすぐで一途だ。

俺という人間を全肯定してくれる二人に、甘え切ってしまっている。


「っていうかごめんね?薫くん、病み上がりなのに・・・押しかけて抱き着いて・・・」


思い出したように離れてリサは言った。


「俺は大丈夫だけど・・・風邪がリサに移ってないといいな。夕陽もそなへん気にせず看病するもんだから・・・」


「ふぅん・・・昨日朝野くん泊ってたんだよね・・・?」


「うん。俺が子供の頃病気してた話をしてたから・・・過剰に心配してくれてたみたいだね。」


「そっかぁ・・・」


「っていうかお茶も出さないでごめんね!今コーヒーでも・・・」


自分だけペットボトルの紅茶を飲んでいたことに気付いて立ち上がると、リサはパタパタとキッチンに向かう俺の後をついてくる。

その様子が何だか可愛くてクスっと笑みが漏れた。


「ふふ・・・なあに?」


「え?薫くんを近くで見てたいから・・・ダメ?」


自分は男として背が小さい方だけど、10センチもさらに小さいリサを見下ろすと、何とも言えない愛おしい気持ちがこみあげてくる。


「・・・風邪移ってても俺に文句言わないでね?」


「言わないよ~私がもらって薫くんが元気ならそれでいいし~。」


「そういう自己犠牲みたいな精神はよろしくないよ?」


「は~い・・・」


さっとコーヒーをかき混ぜて仕方ない笑みを返すと、リサはまた満足そうにニコニコしていた。


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