第三十四章
夕陽の思わぬ告白にフリーズしていた。
「え・・・と・・・」
「ごめんな、こないだちゃんと話聞いたのに。わかってるよ・・・薫がちゃんと考えたいって思ってることは。けどさ・・・俺、薫が付き合ってもいいって言ってくれたらさ、一緒に住みたいんだよ。もう一人で飯食わなくていいし、一人で眠らなくていいし・・・一人で悩まなくていいようにしたいんだよ。」
それを聞いて、何か夕陽の中で俺に対する意識が変わったのだと思った。
「俺はさ・・・薫の」
「やめて」
思わずそう言葉が出た。
「それ以上言わないで。」
「・・・え・・・なんで?」
夕陽の人生を、狂わせてしまう瞬間な気がした。
「わかってるよ・・・夕陽が何をどう考えてそう言おうとしたのか・・・何となくだけどわかる。でも・・・俺がまだ決められないように、夕陽ももう少し考えてみて。」
俺が平静を装ってそう言うと、彼は少しムッとした顔で続けた。
「何だよそれ、俺の何がわかるって?もう少し考えろって具体的にどういうことをだよ。」
「だから・・・夕陽はさ、将来を見据えて一緒に居たいって思ってるんでしょ?」
「そうだよ、そうじゃなきゃ言わねぇよ。」
「夕陽の人生なんだよ?男と一緒になっていいって本気で思ってるの?」
問いただすようにそう言った。
核心をついてしまえば、本音が露呈するのは明らかだ。
狙ったわけじゃない。どうしてもそれは聞かなきゃならないことだと思った。
夕陽は食い入るように俺を見据えて、震える手で俺の頬を撫でた。
「俺の人生なんだよ・・・本気で思ってるよもちろん。薫はなにか?俺が一時のトキメキに身を任せて、後先考えずに突き動かされて、盲目になってるって言いたいのか?」
「いや・・・だって・・・夕陽の家族や・・・大切な友達とか・・・・夕陽を軽蔑したりしたら・・・・俺は・・・」
「前も言ったろ・・・家族だろうと友達だろうとちゃんと話せるし、どう思われたって構わねぇよ。軽蔑するような人たちじぇねぇよ、大丈夫だ。」
「でも・・・」
また涙が溢れてきて、それ以上何も言えなかった。
夕陽はまた俺を抱きしめる。
「わかってねぇなぁも~・・・。まぁ・・・急いだこと言った俺も悪いか・・・。ごめんな、薫。けど俺の気持ちは余すことなく伝わったよな?・・・愛してるよ。」
彼の優しい背中に腕を回して抱き着いた。
心底、夕陽を傷つけたくなかった。
彼が傷ついて泣くようなところを見たくなかった。
俺の前で涙を流さなくても、隠れて一人泣くようなことがあったら、俺は一生自分を許せない。
二人に対する気持ちが、揺れながらも次第に大きく変化していく。
いつかどちらかに偏って、もう変えられないと思うんだろうか。
そう思えた時が本当に俺の中で答えが出た時かもしれない。
その時ふと俺のお腹が大きく音を立てた。
「ふ・・・腹減ってるもんな、ごめんな。」
「・・・うん・・・いただきます・・・。」
改めておにぎりにかぶりつくと、夕陽は頭をもたげて、俺を撫でながら言った。
「俺のことも食べて~薫~。」
「・・・病人に言う冗談じゃないんだよ。」
「はは!そうだなぁ。」
やっといつもの夕陽の笑顔が見れて、思わず顔が綻んだ。
「・・・やっと笑ってくれたわ・・・。かわい・・・好きだよ。」
そう言った夕陽の顔が、以前にも増して愛おしそうで、優しくて甘い表情で、お米をゴクリと飲み込みながら、顔を熱くなっていくのを感じた。
それを見た彼は、少し驚いたようにキョトンとする。
「ふ・・・なんだよぉその反応は~・・・。顔真っ赤だぞ?」
「・・・熱が・・・まだあるから・・・」
また一口、二口と食べ進めて彼から視線を逸らせた。
その後もニヤニヤ俺を見つめる夕陽を時々諫めながら、まだ熱はあったのでご飯を食べた後しっかり薬を服用した。
ベッドに横になって潜り込むと、夕陽はまた丁寧に俺に掛布団をかけた。
「ゆっくり休めよ。さっき言った通り、お前がどう言おうが俺は今日ここに泊るからな。」
「・・・いいけど・・・あのソファ、夕陽が横になると小さいだろうな・・・。」
「かもな・・・でもいいよ。薫の側に居られるなら。それに・・・あそこじゃなくてお前の隣で布団敷いて寝るとかなったらさ・・・たぶん我慢できずに襲いそうだし・・・ソファがちょうどいいんだよ。」
夕陽はそう言ってまた微笑むと、また一つ俺の頭をそっと撫でて寝室を出た。
家の中に誰かが居る気配がすると、落ち着けないものかなと思っていたけど、そうでもなかった。
夕陽がシャワーに入る音や、片づけをして電気をぱちっと消す音さえも、耳障りじゃなかった。
むしろ居てくれる安心感を覚えた。
思えばこの10年間、両親と家の中で過ごしていた日々は、数える程しかなかった。
外出をしたことがあっても、それは3人揃ってではなかった。
寂しさを拗らせてここまで大きくなった自分を、もう惨めだと思うことをやめた。
客観視してみて、そんなの当たり前だ。
寂しい自分はもう変えられない。でもこれから、自分の家族を持つことは将来的に出来るかもしれない。
そう思って目を閉じた。
翌日、朝8時頃に目が覚めた。
リビングから物音がしていたので、体を起こして脇に置いてあった水を飲み切った。
すっかり軽くなった体は、喉の傷みもほとんどなくなって、一応体温計で計ってみたものの平熱に戻っていた。
ベッドから出て着替えを持ち、寝室を出ると、ダイニングテーブルに座ってパンをかじる夕陽と目が合った。
「んあ、おはよう、今朝はどうだ?」
「うん、大丈夫。熱も引いたし、喉もましになったよ。・・・心配かけちゃったね。」
「ん・・・薫が元気になったんなら良かったわ。夜も時々眠れてるか様子見てたけど、熱ぶり返すこともなく熟睡出来てたみたいだから安心したわ。」
「そうなんだ、ありがとね。夕陽今日は1限から?」
「そ~だから仕方なく起きた~。」
もぐもぐとパンを頬張りながら言うので、俺は少し考えてから浴室へ向かった。
「俺は2限から。今度改めてなんかお礼するね。」
「え・・・おい、病み上がりなんだから今日も大学は休んどけよ。無理してまた熱出たら最悪だぞ?」
「ん~・・・・」
服を脱ぎながら考えていると、夕陽は更に言った。
「どうせ講義被ってるし、必要なら授業中スマホで音声録音とかしといてやるからさ。バイトも今日は行くなよ?」
「ふふ・・・過保護だなぁホントに・・・。いいの?俺が今日も休んでると、佐伯さんがお見舞いに来ちゃうかもよ。」
後で連絡しておかなきゃなぁと思いながら、寝巻を洗濯籠に入れると、ガチャっと夕陽は洗面所を開けて入ってきた。
半裸のままビックリして見上げると、ちょっと意地悪な嘲笑を浮かべた。
「別にいいよ~?俺が頼んだんだしな・・・心配してるだろうし、同じく安心させてやれよ。けどイチャイチャすんのは絶対なしな。」
「・・・あのねぇ・・・それは夕陽に言われるようなことじゃないよ。後・・・堂々と入ってこないで・・・。」
一つ彼を睨むと、今度は少しデレデレした顔でにやつく。
「ふ・・・ごめんごめん。確かに心臓に悪いわ・・・。食べ終わったし、一旦帰りたいから俺もう出るな。」
「うん、ありがとね。」
そう言って夕陽は部屋を出た。
一人シャワーを浴びながら、俺は二人のことを思った。
夕陽の言う通り、無理に考え続けることをしなくていいのかもしれない。
友達でいるという時間も、きっと貴重なことだと思うから。
それにこんな曖昧な気持ちじゃ、絶対どちらかを選んで付き合うべきじゃない。
関係値を積み重ねなくちゃ・・・
それが今の俺に分かる確かな気持ちだった。




