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第三十三章

キッチンで病人食を作ってくれたエリザは、俺が再び寝入ってしまった後に帰ったようだった。

また目を覚ました時、怠い体を無理やり起こすと、ナイトテーブルにラップがかけられたおかゆと、薬が置かれていた。

ノロノロとスマホを確認すると、正午頃だった。

俺の返信にさらに返信してきていた夕陽のメッセージに目を通していると、お昼休みだからか立て続けにメッセージが来た。

通話をかけていいか、という問いかけだったので、俺は具合を悪くして声が出ないことを伝えた。

体感的に恐らくだけど、そこまで大袈裟に熱が高いわけではなさそうだ。

ただの風邪だと思うけど油断はできない。

お腹は空いていたので作ってもらったおかゆに口をつける。

尚もせわしなく通知音が鳴った。そこには短く「後で見舞いに行く。」と書かれていた。

思わずため息が漏れた。

夕陽のことだ、移るから来なくていいと言ったところで構わず来るだろう・・・。

見舞いはありがたいけど・・・ホント過保護だなぁ・・・。

俺は返信せずにスマホを置いて、お粥を綺麗に平らげた。

薬を飲んで再び布団にもぐると、夢を見る間もなくグッスリと眠ることが出来た。


心配してくれる人がいるというのはとてもありがたいけど、申し訳ないという気持ちがやっぱり先立つ。

人に甘えることに慣れていない俺は、昔からとても可愛げのない子供だっただろう。

ある程度成長した後でも、周りにいる大人は皆口を揃えてこう言った。

「柊君はホントにしっかりしてるねぇ。」と。

それは裏を返せば、扱いやすくてありがたい子供、ということ。

嫌なことで溢れていた時代に、そんなことばかり言われてしまって、俺は危うく永遠に大人が嫌いになるところだった。

けどそんな大人たちも皆含めて、愚かな人間なだけ。

悪いことに目を背けて、悪に染まることだけは簡単で、考えることから逃げて、哀れな子供を救えない人たちなだけだった。

それは何ら不思議なことではなく、大半の人がそういう人間だ。

だったらそんな哀れな人間たちが、出来るだけ正しくあろうと作り出した法律で、裁かれるときに裁かれるべきだと、俺は弁護士になろうと思った。

本当に苦しむ人たちが救われるように。残酷な現実にぶち当たって、思い通りに行かない人生でも、少しでも報われる気持ちを得るために、祈り続けるように手助けできる人間になりたい。

母はとても勤勉な人で、同じく正しくあろうとする弁護士だった。

当時自分にとって巻き起こった大きな事件の一つで、まだいたいけない中学生の俺の弱みに付け込み、俺の体を弄んだバイト先の店長は、しっかり俺が確保した証拠によって、母の手助けの元、法で裁かれ、慰謝料を得ることが出来た。

高校に通うために内緒でバイトをしていたけど、その一件で母に叱責された。

けれども得た慰謝料で入学には困ることは無くなり、母からはバイトを禁止された。

その頃から六法全書を読むようになり、弁護士という仕事に改めて興味を持つきっかけになった。

もちろん禁止されようがその後もバイトは色々していた。

先輩と知り合って文学の楽しさを知った高校生時代も、バイトと勉強に明け暮れていた。

今とさして変わらない。


インターホンが遠くで鳴っている。

夢の中だろうか・・・。

いや・・・違うな・・・


むくりと体を持ち上げて、もう一度なるインターホンに引き寄せられるように向かい、ボタンを押してエントランスのドアを開けた。

重い体を引きずるように玄関へ行き、座り込んでもう一度呼び出しが鳴るのを待った。

目を閉じそうになった時、ドアの前でノックの音がした。


「薫、俺だ。」


靴箱に手をかけて何とか体を起こして、ドアノブに体重をかけるように押した。

視線を上げて夕陽の顔を見ると、フラフラになった俺を見て、彼は慌ててドアを掴んだ。


「大丈夫か?悪いな・・・しんどいのに・・・」


俺の体を支えるように掴んで、ゆっくりドアを閉めて施錠した。

そして背負っていたリュックと荷物を玄関脇に置くと、さっと俺を抱きかかえた。

ふわふわした頭の中で、俺を運んでいる夕陽をボーっと眺めた。


何もお姫様抱っこしなくても・・・


難なく俺をベッドに運んだ夕陽は、大事に掛布団をかけ直してくれた。

しゃがんで俺の額に手を当てて、心配そうにのぞき込む。

その様子がかつての父とおぼろげに重なった。


「薫・・・もう大丈夫だからな。俺今日バイトないし、親には友達のうちに泊ってくるって言ったから。」


そう言われて自分のバイトのことを思い出した。

スマホを握って画面に打ち込み、夕陽に見せた。


「ん?・・・・ああ・・・わかった。バイト先には俺が代わりに電話してやるよ。」


大学もバイトも、無遅刻無欠席だったのに・・・

代わりに休む旨を伝えてくれた夕陽は、ペットボトルのストローを向けて言った。


「普段から頑張ってくれてるから、1日2日くらい休んでもらっても大丈夫だって。優しそうな店長さんで心配してたぞ。薫が親と疎遠なのもわかってるから、そんなに頑張りすぎなくていいって言っといてくれだってさ・・・。」


水を飲みながら、良くしてくれている職場の人たちを想った。


「薫・・・お前が頑張ってるのは皆わかってるし、ちゃんと見てくれてる人は皆心配してるよ。大学出る前に偶然佐伯さんにも会ったから、明日は俺バイトで忙しくて様子見に来れねぇし、まだ回復しないようだったら佐伯さんに来てもらうように頼んどいたわ。しんどくて倒れちまった時くらい、目一杯甘えていいんだぞ。」


俺の頭を大事に撫でながら夕陽は言った。

暖かくて大きなその手が気持ちよくて、見つめていた彼の顔が涙で歪んだ。

それがポロポロ零れると、夕陽はそっと掬うように拭って、同じく泣きそうな程優しい笑顔を見せた。


「抱きしめたいしキスしたいけど・・・病人だし我慢するわ。」


甘えていいと言われても、どうしたらいいかわからなかった。


「飯・・・は食べたみたいだな。薬も飲んだなら大丈夫か。食器片づけとくな。まだ夕方だけど、夜は食べられそうか?何かいる物あるなら買って来てやるから。」


もうこの状況が既に甘えてることにならないだろうか。

俺はスマホを再び持って文字を打った。

「熱で体が熱くてまだ怠くて眠い」と彼に見せると、夕陽は他に症状がないか尋ね、大したことはなかったので、スポーツドリンクと冷えピタを買って来ると言って家を出た。


明日は佐伯さんまで見舞いに来ようとしてくれてるのか・・・

明日には熱が下がってましになってるといいなぁ・・・

二人に移したくないなぁ・・・

熱に浮かされながらボーっとそんなことを考えていると、また深い眠りに落ちた。

日頃の疲れもあるんだろうか・・・泥のように眠るとはこのことだ。

その時、変な時間に寝てしまったからか、少し嫌な夢を見た。


まだ中学生くらいの自分が実家にいると、父と母が珍しく同時に帰ってきたが、二人とも目さえ合わせようとせず、そのうちグチグチと口喧嘩が始まってしまった。

俺は見ていられなくて部屋に戻ったが、その後リビングから聞こえて来たのは、喧嘩ばかりしていると薫が可哀想だ、と母が言い出し、だったらどちらかが引き取って別居するしかない、と父が言い出した。

すると母は、自分がずっと病気の時も支えて来た大事な息子だと言って譲らず、父は金銭面では自分が支えて来た、それに大きいも小さいもないだろうと反論していた。

父も母も、何ら間違ったことは言っていなかった。

ただ、一緒に居ることがだんだん苦痛になってしまったんだろう。

それはお互いの疲れだったり、タイミングの問題だったり、子供である俺の問題だったりもした。

やがて言い合うことも辞めてしまった二人は、一人ずつ家を出て行ってしまった。


それは夢というより、現実の記憶に近かった。

一人残された俺は、いたたまれなくて、どうしようもなくて、ただただ寂しかった。

寂しいから一緒にいたい、とか・・・仲良くしてほしい、とさえ言えない息子だった。

情けないな・・・


そしてまた目を開けた時、まるで熱いお風呂に入っていたような体の感覚から、温かいコタツの中にいるくらいの感覚になっていた。

ゆっくり体を起こすと、怠さもましになっていた。

充電器がささって置いてあったスマホを取ると、夜の8時を回っていた。

微かにリビングからテレビの音が聞こえる。

立ち上がって引き戸を開けると、ソファに座っていた夕陽がパッと振り返った。


「おお・・・大丈夫か?」


「・・・うん、だいぶましになったよ。まだいてくれたんだね。」


「ん?ああ・・・いや、泊るって言ったろ?」


「・・・そうだっけ・・・?どうして?」


眠る前の記憶が曖昧でそう尋ねると、夕陽はばつが悪そうにぽりぽり頭をかいた。


「いや・・・心配だし・・・誰もいない間に容体が悪化したりしたら、お前一人なのにどうすんだよ・・・。」


「まぁ・・・そうだけど・・・」


キッチンに入ってお茶を汲んで飲み、冷蔵庫を開けた。

美味しそうなサンドイッチとおにぎりを取り出す。


「そんなこと言ったら、すべての一人暮らしの人はそうじゃんか。」


「まぁそうだけどよぉ・・・」


夕陽は俺の側にやって来て、後ろから抱きしめて来た。


「薫は病気してたくらいなんだし、そんな体丈夫じゃねぇだろ?拗らせて肺炎とかなったら大変だし・・・誰かいるに越したことねぇかなって思ったんだよ。」


「そっか・・・。それはどうもありがとう。・・・まぁかつて白血病だったわけだし、癌が再発しないとも言い切れないしね・・・。」


俺がそう言うと夕陽はスッと腕を解いて、俺を心配そうに見下ろした。


「・・・大丈夫だよ。ゆって10年間何もないからさ。今や癌なんて二人に一人はなる時代だよ?夕陽も生活習慣には十分気を付けてね。」


「ああ・・・そうだな・・・」


「それよりお腹空いちゃったや・・・。夕陽何か食べたの?」


「おう、買って来たもん適当に食った。」


「そっか。俺は残ってたおかずチンして・・・このおにぎりとサンドイッチ食べちゃお。」


「なぁ・・・・家に押しかけてきた外国人の女の子は、どんな感じだったん。」


「どんな・・・ん~・・・なんか知らないうちに懐かれてたよ。最初は迷惑極まりないなぁって思って鬱陶しかったけど、別に悪い子じゃなさそうだったね。父さんのことを甚く気に入ってるみたいで、その息子だから会いたかったって感じなのかな。」


夕陽は納得したようなしてないような、微妙な表情をしながらまたソファに座りなおした。


「またライバルが増えたとかじゃなけりゃ別に俺はいいんだけどさ・・・」


「・・・俺をアメリカに連れて行きたがってたから、ある意味ライバルかもね。」


「はぁ!?マジで!?」


「そんなビックリする?」


俺がご飯を持って夕陽の隣に座ると、彼はこらえきれない様子でまた抱き着いた。


「無理・・・・・」


「なにが?」


「無理だって・・・どっか行かれんのはマジで・・・。な・・・無理。いやでも・・・薫が・・・家族と居たいなら・・・・しょうがねぇよな・・・・」


「行かないよ・・・。例え父さんに言われようと行かないし、行く理由もないよ。」


俺がそう言うと、体を離して尚も心配そうに夕陽はじっと俺を見た。


「ホントに行かないのか?」


「・・・・うん・・・。」


「そっか・・・。」


「勝手に夕陽が葛藤しなくていいよ・・・。家族が恋しくて住む土地を変える程、もう子供じゃないしね。」


夕陽は考え込むように俯くと、また視線を合わせて真剣なまなざしで言った。


「薫、俺と付き合って。」


「・・・へ・・・?」


おきぎりの袋を開けようとした手を止めて、思わず情けない声が漏れた。


「どっちも好きなんだろ?じゃあもう俺にして。」


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