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第三十二章

翌日何か柔らかい感触を覚えて目を覚ました。


「あ、薫おはよう♡」


「・・・・・・・・・おはよう・・・」


思ったように声が出ない・・・。どうやらのどを痛めてしまったようだ。

むくりと若干痛い体を起こす。


「・・・エリザ・・・さっき俺に何かした?」


「え?キスしただけよ?それで目ぇ覚ましちゃうなんて、ふふ♡私の方が王子様みたいね。」


「・・・・・・・はぁ・・・・」


もうツッコミきれない・・・。


「父さんは帰りの便の予約を取ってくれると言ってたはずだけど、連絡は入ってる?」


「ん?ちょっと待ってね・・・・うん・・・・お昼前の便を取ってくれてるみたい。大丈夫よ薫、私日本の電車はちゃんとわかるし、日本語話せるから駅員さんにも聞けるから、ちゃんと羽田空港まで行けるよ?」


「今何時?」


「8時よ。」


エリザは置いてあった俺のスマホを手渡した。


「ありがとう・・・。」


開くと朝野くんからのメッセージが立て続けに入っていた。

確認してみると、訪問してきたエリザが何者だったのかとか、厄介なことになっていないかとか、かなり心配性が発動してしまっていたようだ。

とりあえず簡潔に要点をまとめてメッセージを返し、掛布団をどけて立ち上がった。

その瞬間立ち眩みが起こって視界が揺れた。


「薫!!」


慌てて支えてくれたエリザが俺を抱きしめる。


「大丈夫?」


「・・・ごめん・・・ありがとう・・・。ゴホ・・・はぁ・・・ちょっと体調崩したかも・・・。マスクを持ってくるから、あんまり近寄らないで。」


俺が彼女の体を引き離すと、安心させるように笑顔を返された。


「大丈夫よ、私体は丈夫な方なの。それに・・・離れろって言っても、私さっき薫にキスしちゃったし~。」


「・・・・・今度したら怒るよ。」


「え!・・・・怒られるのやだぁ・・・。ねぇ薫、どうして昨日の夜・・・ベッドの近くに来てくれたのに、入ってこなかったの?ちゃんとゴム用意してるって言ったのに・・・」


「あのねぇ・・・ゴホ・・・・ごめん、もう話すのつらいから・・・。」


「ごめんなさい・・・」


彼女はしょげて仕方なさそうに荷物をまとめ始めた。

戸棚の中からマスクを取り出し、洗面所へ向かった。

ボーっと眺める自分の顔は、だいぶ疲れが残った顔色をしている。

若干寒気がするし体も怠い・・・。

とりあえずうがいをしてマスクをつけ、朝ごはんを用意しなきゃ・・・と思いながらも、体は思うように機能しない。

そのままふらふらソファに戻ると、エリザが心配そうに俯いた俺を覗き込んだ。


「・・・薫?ベッドで休んだ方がいいよ?」


「・・・うん・・・。ホントに一人で空港へ行ける?」


「うん、大丈夫。心配しないで。例え言葉が通じなくても日本人は親切だもの、ちゃんと帰れるわ。」


「そう・・・。誰でも同じだけど、親切が下心の上で成り立ってる時があるんだ、相手をきちんと見て判断出来るようにね。」


俺がそう言って立ち上がると、彼女はさっと肩を貸してくれた。

ゆっくりベッドに横になると、エリザはそっと俺の首元に触れた。


「薫少し熱があるかも・・・。待ってて、まだ時間はあるし、近くでご飯と必要なものを買ってくるね。」


「・・・いいよ・・・とりあえず水分摂って寝てればいいから・・・。」


「ダメよ、お母さん言ってたもの、風邪を甘く見ちゃいけないって。話すのつらいと思うから、スマホで必要なものがあれば連絡して?私は地図アプリを見れば薬局やコンビニくらいわかるから。」


急にテキパキ看病するスタイルになったエリザは、さっとスマホを確認してやがて部屋を出た。

彼女が出て行ったドアの音を聞きながら、体調を崩した時のために買い備えていたものを思い出す。

元々体が丈夫な方でないため、ある程度の常備薬はあるし、災害時用の水も食べ物もある。

一人暮らしが長いが故に、体調を崩した時の自分がいかに面倒かわかっている。

家にあるだけのものがあれば便利なのも知ってる。

スマホをゆっくり開いて、エリザに二人分の朝ごはんだけを頼んだ。

家族がいれば、心配して面倒を見てくれる人がいれば、気を遣わせてしまう。

それが当たり前だと言ってくれたとしても、大病を患っていた頃の自分を思い出してしまう。

看病されなければ、生きていけない自分が大嫌いだった。

いつも点滴が繋がれて、ドナーを待ちながら白い病棟で暮らしていた自分が。

たまたま骨髄バンク登録に適合者が存在して、運よく俺は助かった。

莫大な治療費と手術費、入院費をかけて命を取り留めた。

きっと母も父も、それまでのキャリアで得た収入のほとんどを使ってしまっただろう。


けれどそれでも、母はお金のことは気にしなくていいと、優しく微笑んでいてくれた。

俺の頭を撫でて、必ず元気に学校に通える日が来ると言い続けてくれた。

父は忙しい合間を縫って病院にやってきては、俺が好きな本をたくさん持ってきてくれた。


忘れたわけじゃない。

ずっと俺は大切にされてきた。

退院した後、二人が忙しく家を空けていても、どれ程寂しくとも構わなかった。

生きて学校に通えていることが奇跡だったからだ。

周りから疎外されていじめられて、不憫な目に遭っても、それは些細なことでしかなかった。

俺はたくさんの人のおかげで助かったのだから。

けど・・・・それでもどうしても・・・寂しいと思う自分がいて、それが許せなかった。

どれ程恵まれているか理解しながら、広いリビングで一人食事をして、誰もいないテーブルに涙を流していた。

やっと手に入れた命を、捨てたいと思う自分が許せなかった。

沢山の本を読んで、人間どれ程健康を手に入れても、心の健康が伴わなければ生きていけないのだとわかった。

知識を得れば得る程、俺の悩みは何度も些細なことへと変わった。

それでも寂しいと思い続けて、もう人間であるがゆえにしょうがないと、諦めるしかなかった。


俺にとって寂しいことは当たり前で、伴わず、報われず、心の中に何かが足りないことが、ごくごく当然のことになった。


体中が熱くて、けれどそんな中、額に優しい母の手が置かれていた。

心配そうに俺を覗く父の顔があった。

目を閉じているはずなのに、その風景が映っていた。

何度も何度も、二人に会いたいと思っていた。

ずっと一緒に居たかった。


夕陽に「愛してる」と言われたあの日

自分の中の寂しい気持ちが決壊して、ふとした拍子に涙が止まらなくなったりした。

けど哀れで浅はかな俺は、そんな自分を知られることすら怖くて、二人へ抱く淡い恋心で誤魔化している。

「家族」というものが恋しい自分を、忘れたかった。

忘れたかったのに・・・


重い瞼を次に開くと、エリザが俺の顔を覗き込んで優しく微笑んだ。

目じりを伝って流れていた俺の涙を、彼女は黙って拭い、ストローを刺したペットボトルの水を飲ませてくれた。

俺がキッチンの戸棚に常備していた薬をナイトテーブルに置き、いくつか買って来た朝食を見せていった。


「おかゆのレトルトもあったの、冷蔵庫にネギとかもあったし、いくつか足して作ってあげる。のど飴も一応買っといたよ。それから、体が温まる生姜湯の粉末も。おにぎりやサンドイッチも買ったんだけど、それは喉が治ったら食べてね。後はいくつかお昼や夜に食べられようなレトルト食品買っておいたから。」


声が出ないので仕方なくスマホに文字を打って彼女に見せた。

彼女はそれに目を通すと、またニッコリ微笑む。


「お礼なんていいよ。いきなり来た私のこと迎えてくれてありがとう。病人を残して帰らなきゃならないの心配だけど・・・飛行機に送れるわけにはいかないから・・・ご飯を作ったら帰るね?誰か頼れる人はいる?薫彼女いないの?」


俺は画面に指を滑らせて、容体が悪化した場合は救急車を呼ぶし、友達を頼れそうなら連絡する旨を伝えた。


「わかった・・・ごめんね、看病してあげられなくて。今度来るときはちゃんと連絡入れるね。」


苦笑いを返すと、彼女はまた子供らしい可愛い笑みを向けて、俺の額にそっとキスを落とした。


「薫・・・どれだけ離れてても私は薫の家族だし、大好きな人だよ。きっとお父さんもそう思ってるの。今度は無理やりにでもお父さんを連れてくるね。」


彼女はそう言い残して俺のうちを後にした。


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