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第三十章

バイトが終わり帰宅するころ、鞄にしまっていたスマホが鳴った。


「もしもし?」

「よ、今大丈夫?」

「うん、バイトから帰ったとこだよ。」

「そっか、俺も終わって帰り道。あのさ・・・貸してもらってた小説、読み終わったからまた続き借りたいんだけど。」

「ああ、そうなんだ。じゃあ明日持って行くよ、講義室で渡すね。」

「・・・家にはやっぱ行っちゃダメかぁ。」

「そうだね・・・。」

「んでもさ、手ぇ出さないって誓えるなら別に友達なんだから行ってもいいよな?」

「・・・こないだもそう誓ってたはずだけど・・・。」

「う・・・まぁ・・・いや・・・でも・・・・お前が大好きとか言うから・・・・・」

「それは別に誘う意味で言ったわけじゃないんだよ。本心なんだよ。」

「・・・・そっか・・・。それは・・・友達としてってことだよな。」

「それもあるし・・・恋愛対象としても好きだよ・・・。」

「・・・・・は?え・・・?え?」


電話口の朝野くんは混乱した様子で沈黙した。


「・・・それは・・・・え?そういうこと?」

「えっと・・・その・・・佐伯さんに対しても同じだからさ・・・」

「・・・え~?そうなんかぁ~・・・・え~?マジかぁ・・・・・まぁそうだよな・・・。へぇ~?どうすんの?」

「俺・・・思ってたんだけどさ・・・」

「おん」

「佐伯さんと一緒に居る時の自分と、朝野くんと一緒に居る時の自分じゃ、当然だけど立ち位置が違うんだよ。」

「まぁ・・・そうだな。」

「女性と居る時は俺は男として、彼氏として隣に並ぶわけだけど・・・男性と居る時は、どちらかというと俺は女性側になると思うんだ。わかりやすく考えたらそうなだけで、別にそこまで性別が重要なわけじゃないんだけど、ほら・・・よく聞く受け攻め的なことを考えればそうだよね。」

「だなぁ・・・。」

「だからその・・・二人のことが俺は好きだけど、結果的に選び方としてはさ、どっちと一緒に居る時の自分が好きかで選べばいいのかなって思ってるんだ。」

「・・・なるほどな。」

「それに関してはまだ答えが出ないよ。」

「そっかそっか・・・。なぁ薫・・・」

「ん?」

「薫は真面目だから考えすぎねぇかちょっと心配だからさ・・・、無理しないようにな。しんどかったり疲れたりしたらさ、別に無理に考えなくていいよ。俺も佐伯さんも、お前が考えること辞めたって、いつまででも好きだと思うし・・・少なくとも俺はな。どちらか選んでくれなくてもさ、友達として貴重な時間を一緒に過ごせるのもいいだろ?」


それを聞いて、何とも彼らしい答えだと思った。


「そうだね・・・。そう言える夕陽が本当に人として尊敬してるよ。」

「んだよ・・・それはそれで照れるわ。」


キッチンに立って飲み物を淹れようとしたその時、不意にインターホンが鳴った。


「・・・誰か来たか?」

「うん・・・こんな時間に誰だろ」

「宅配とかじゃねぇの?夜に来ることもあるだろ。」

「いや・・・何も買った覚えないけど・・・」

「・・・・・薫、見て来ていいよ、でもちょっと心配だからこのまま電話繋げてて。」

「うん・・・」


そっとインターホンのカメラを見ると、マンション下の玄関ホールに映る金髪の女性の姿が見えた。


「・・・・??佐伯さん・・・じゃないよな・・・。」


少し不審に思ったものの、気になったので声をかけることにした。


「はい・・・」

「!あ、え~っと・・・カオルさん・・・ですか?」

「・・・・はい・・・失礼ですがどちら様でしょうか」

「あ、私あの・・・貴方のお父さん再婚しました、娘のエリザといいます」


片言で話すその女性はどうやら日本人でないようだった。


「・・・・・えっと・・・」

「あの・・・私カオルさんのことお父さんから聞いて・・・勝手にお父さんのメール見て来ました!どうしても会って見たくて・・・お父さんわざわざ日本くる嫌がりました。だから私・・・いっぱいいっぱい日本語特訓して来日しました!」


状況が・・・わかるようでわからない・・・

確かにここに引っ越した際、一応所在を伝えるために父にEメールを送りはしたけど・・・


「あの・・・エリザさん・・・とりあえずその・・・上がってください。」

「!!ありがとうございます!」


俺は再び置きっぱなしにしていたスマホを取った。


「夕陽・・あの・・・」

「だいたい聞こえてたわ。大丈夫か?あげちゃって・・・」

「わかんない・・・でもエントランスで話してても埒が明かないしちょっと可哀想だから・・・」

「まぁそうか・・・。俺一旦切るけど、なんか手に負えないようなことになったら連絡して、まぁないとは思うけどさ。」

「うん・・・ありがとう、じゃあ・・・」


朝野くんと心もとない会話を終えると、ちょうどまた玄関前に着いたらしい女性からのインターホンが鳴った。


「・・・どうぞ。」


ゆっくりドアを開けると、俺より少し背の低い金髪の白人女性が立っていた。

俺の顔を見るなりパッと笑顔になる。大きなリュックを背負い、紙袋を手にしていた。


「こんばんは!ありがとうカオルさん!お邪魔します。」


「いえ・・・日本語お上手ですね。」


嬉しそうにはにかむ彼女が、そのまま靴であがろうとしたので思わず止めた。


「あ、靴は脱いでくださいね・・・」


「あ・・・そでした・・・。」


招き入れた彼女はリビング内をキョロキョロさせて、青い瞳を輝かせていた。


「あの・・・・お茶淹れますので、ソファにどうぞ。」


「はい!」


頭の中で混乱を抑えるように色々考えた。

父さんの再婚相手の子供・・・ってことは連れ子ってこと・・・だよな

もしくは昔から関係があって本当の子供・・・?でも俺とさして年変わらないように見えるし・・・いや、海外の人って見た目じゃ年齢わかりにくいな・・・

とりあえずコーヒーを淹れてソーサーに砂糖を添えた。


「どうぞ・・・」


ローテーブルに置いて俺も隣に座ると、彼女はじーっと不思議そうにカップを眺めた。


「これ・・・お茶ですか?」


「え・・・いえ、コーヒーです。」


「そうですか!いただきます!」


エリザさんは用意された砂糖を入れてかき混ぜ、ゆっくりそれを飲んだ。


「あの・・・それで一体ご用件は?」


「用件・・・?私カオルさんに会ってみたかったです。子供の頃からお父さん、お母さんと一緒に仕事してました。その時からお父さんよくカオルさんの話してました。」


「父が・・・?」


特に父さんと仲が悪かったわけではないけど、父さんが周りの人に自分のことを・・・ましてや俺のことを話すような人柄だったように思えないので意外だった。


「それで・・・俺に会いに来て目的は果たせましたか?それとも観光が目当てですか?」


エリザさんは少しキョトンとした顔を返して、カップをそっと置いた。


「私・・・カオルさんに会ってお話したかったです。お父さんきっと、カオルさんにアメリカ来てほしい思ってます。カオルさんはどうですか?」


「・・・?いえ、行く気はありません。」


「へ・・・!あ・・・あの・・・でもお父さんカオルさんのこと恋しいと思います・・・」


「・・・はぁ・・・。会いたいなら会いに来るはずですし、連絡をくれるはずです。けど父はここの所在をメールで送った時も返信はありませんでしたし、電話や手紙なども一切送られたことがありません。まぁ・・・昔からそうだったので、どうということもありませんが。父が俺の話をしていたとしても、恋しくて一緒に暮らしたいと思っているというのは、エリザさんの見当違いかと思われます。」


呆然と俺の顔を見つめる彼女は、少し絶望の色が見える。


「すみません・・・もう少しわかりやすくゆっくり話しますね?」


捲し立てるように言ってしまったことを悪く思いながら、頭の中で言葉を選んでいると、エリザさんは少し俯いて言った。


「お父さん言ってました・・・私に会わせてあげたかったって・・・でも・・・今更父親面出来ないって・・・。父親面が何なのか私よくわかりません・・・父親なら父親らしくして悪いことありますか?この世でたった一人しかいない人です・・・私・・・お父さん小さい時亡くなりました。でも今のお父さん、会えるのに会えないって変だと思いました・・・。」


「・・・・それは・・・俺にじゃなくて父に言うべきことなんじゃ・・・」


エリザさんはまた俺に向き直って真っすぐ視線を返した。


「カオルさんは会いたくないですか?」


「いえ、会いたくないってことはないですよ。」


「ホントですか!?」


身を乗り出して食い入るように見つめる彼女を、落ち着かせるように肩に手を置いた。


「えっと・・・けどその・・・わざわざ渡米してまで会いに行きたいわけじゃないですし、向こうで暮らしたいと思ってるわけではないです。俺は大学生ですし、とりあえず目標としてることがたくさんあるので、こっちで働いて自分の生活が落ち着かないことには・・・」


なだめるようにそう言うと、エリザさんは納得したのか頷いた。


「そ・・・ですよね。突然訪問してすみませんでした・・・。」


「いえいえ・・・。それより・・・勝手に来日したこと、親御さんは心配されてませんか?」


俺がそう言うと、彼女は小首を傾げてとぼけたように答えた。


「はい、お母さんにはもう今朝電話きて怒られました。」


「そう・・・ですか・・・。えっと・・・今晩はホテルに宿泊を?」


「1泊だけして帰るつもりでいました。あ!これお土産でした!!」


彼女は紙袋を手渡し、ニッコリ微笑む。


「アメリカのチョコレートです。」


「あ、どうも・・・」


ニコニコ俺を眺めながら、エリザさんはスマホを取り出した。


「お兄ちゃん初めて会った記念、撮りたいです。」


「おに・・・・・・あの・・・ホテルまで自分で帰れますか?」


「ホテル・・・取ってないです。日本漫画喫茶いっぱいあります、そこシャワーもあって宿泊出来るって聞きました!」


「ええ?いや・・・」


エリザさんは嬉しそうにメッセージアプリを起動して俺の連絡先を尋ねた。

何やら色々心配になってきたので、とりあえず連絡先を交換した。

何だかこのままやり取りを続けていても埒が明かない気がしてきたので、最終手段ではあるけど、父の電話番号にかけることにした。


「エリザさん、父の番号はこれであってますか?」


「ん?・・・はい、たぶん。」


少し電話をかけることは緊張するけど、話すことは決まっているのでかけやすくはある。

こっちが夜だから・・・向こうはまだ昼間だろうか・・・仕事中だと出られないだろうか

そんなことを考えてコール音を聞いていると、諦めようと耳を離そうとした時、コール音が途切れた。


「・・・もしもし?薫か?」


久しぶりに聞く父の声は、特に何の実感もなく知らない人のように感じた。


「はい、父さんあの・・・エリザさんという方がうちにいらっしゃってます。本当にお父さんの再婚相手のお子さんですか?」

「なに・・・?エリザが?」


俺の隣でエリザさんが何やらわたわた慌てて小声で何か言っていた。


「エリザさん?代わりましょうか?」


俺がスマホを差し出そうとすると、彼女はぶんぶん首を振って腕でバツを作る。


「薫、すまない。そっちは・・・今は夜か?」


「はい、彼女はどうやらお母さまにはもう日本にいることが知れて、連絡は取っていたようですが、聞いたところホテルを取らずに来てしまったようで・・・学生だと思いますし、若い女性をそなへんで泊らせるわけにもいかないかなと思いまして・・・。どうするべきですか?」


俺が淡々とそう尋ねると、父は少し黙っていた。


「はぁ・・・・迷惑かけてすまん・・・。エリザに代わってくれ。」


俺が黙ってスマホを彼女に差し出すと、エリザさんは観念したようにゆっくりそれを耳に当てた。

そして案の定怒られているのか、電話口から英語で叱責する声が聞こえて、彼女も弱々しくそれに返事をしていた。


・・・・なんだこの状況・・・・


時間が経っても話が進んでも、よくわからない状況には変わりなかった。


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