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第三章

その日も淡々といつものように図書室で勉強していた。

切りのいいところになると、ふぅと息をついてカフェで買ったコーヒーをぐいっと飲む。

空きコマで次の講義までまだ時間がある。課題もやってしまうか・・・。

パソコンを開くと、俺の顔を覗き込むように誰かが側へしゃがみ込んだ。


「よ・・・さっきから隣の本棚で物色してたけど、ホント気付かないな柊。」


「あ・・・朝野くん、お疲れ。」


彼はニカっと笑って隣に腰かける。


「邪魔はしないから続けて~。ま、俺結構話しかけちゃうけど。」


同じくコーヒーを口にしながら、朝野くんは頬杖をついた。

俺が苦笑いを返しつつ課題のレポートを始めると、彼の視線が隣から刺さる。


「なぁ・・・なんか元気ない?」


「・・・え?」


「いや、前よりちょっと調子悪そうかなぁって何となく、違う?」


「ん~・・・ちょっとお腹空いたな、とは思ってるよ。体調悪いことはないかな。」


「ほ~ん、そっか・・・。」


朝野くんはそれ以上詮索することはなかったので、また画面に向き直ってパチパチキーボードをはじく。


「俺はさぁ・・・結構今元気ないんだよ、やな夢見ちゃって・・・。」


「・・・やな夢?」


俺が指を動かしながら尋ねると、朝野くんは机に突っ伏しながらボソボソと説明し始めた。


「妹がさ、元気なさそうに帰ってきて、どうしたんだって聞いたら告白して振られたっつって・・・。慰めてやってさ、元気出せ~ってバニラアイスあげたんだ。そしたら「ありがと」って可愛い笑顔見せてくれてさ・・・そういう夢・・・。」


彼の話をきちんと聞きながら作業していたつもりだったけど、今の話の嫌な要素がわからなかった。


「・・・それのどこがやな夢なの・・・?」


俺が率直に聞くと、朝野くんは机に体を預けたまま少し黙っていた。


「あのさ・・・知り合ったばっかの友達にこんなこと言うとやなやつかもしんないんだけど・・・柊は懐がでかそうだから言うっていうか・・・。ただ俺が愚痴りたいだけっつーか・・・。」


「うん・・・」


「妹はさ、去年死んだんだ。」


思っていた以上に不幸な事実が耳に入ってきて、思わず手が止まった。


「ごめん・・・重いよなやっぱ。」


「いや・・・。」


「交通事故に遭ってさ・・・。久しぶりに夢に出て来たなぁって思ってたけど・・・あんまりにも自然な日常の夢で起きた時さ、俺現実に戻ってきてんのに妹がまだ生きてるみたいに勘違いして、スマホ取ってメッセージ送ろうとしちゃって・・・。そんで・・・結構前のトーク履歴見てさ、あれ・・・俺何やってんだ・・・?ってなってちょっと自分が怖かったっつーか・・・。」


彼はそこまで言うとついに黙ってしまった。

朝野くんはきっと聞いてほしいだけで、何か気遣われたいとか、元気を出せと言われたいわけじゃないのはわかった。

俺はそのまままたパソコンに文字を打って作業を進めた。

ただ、そのまま何も話さないのも彼を追い詰める気がした。


「俺もやな夢見たよ、こないだ・・・。」


「・・・そなの?」


「うん。俺・・・バイセクシャルなんだけど、高校の時ずっと好きだった男の先輩がいて・・・一つ年上で今も同じ大学だから近くにはいるんだけど・・・なんていうか・・・2回くらい体の関係を持ってたから、夢の中でちょっとエロめな展開になってさ、途中で目が覚めたんだ。どうせ叶いもしない恋なのわかってるのに、未練がましいなぁって思いつつも、ずっと現実受け入れられてないのかもなぁってモヤモヤする夢。」


俺も朝野くんを信用して、半ば暴露する気分で説明した。

彼は頭だけをこちらに向けて、特に何でもないようにわずかに微笑んだ。


「へぇ・・・それはそれできっついなぁ・・・。夢ん中でいちゃつけてどうなるんだっつー話だよな・・・。」


「ふふ・・・そうでしょ?でも現実では先輩は好きな人と幸せそうだし、これからもそうあってほしいなって思うんだ。本当は心の底では独占欲はあるんだけど、不可能なんだから納得せざるを得ないしね。」


「そっかぁ・・・。ままならんなぁ現実って・・・。」


朝野くんの大きな背中は、その年でもう哀愁を感じた。


「へへ・・・っつーか俺ら今、だいぶヤバイ会話した気がする・・・。」


彼はそう言いながら組んだ腕に顔をうずめる。


「そうだね・・・。」


「でも・・・俺と柊で、一つたぶん共通してる気持ちがあるってわかった。」


「何?」


俺が手を止めて伺うと、朝野くんはパッと顔を上げて少し赤くなった目を向けた。


「相手に対して、会いたいなぁって気持ち・・・。当たり?」


そんな風に聞く彼を見て、思わずつられて涙が溢れた。


「そ・・・んな・・・比べちゃダメでしょ・・・。亡くなった人には二度と会えないんだし・・・。」


「はは・・・まぁそうだけど・・・。てか・・・柊が泣くなよ、ごめんって・・・。」


朝野くんはさっとハンカチをポケットから取り出して差し出した。


「ごめん・・・ありがとう・・・。」


「いやいや、俺の方こそ聞いてくれてありがとな。別に泣かせるつもりなかったのになぁ・・・。柊って感受性豊かなんだな?」


朝野くんは和ませるようにおどけて言った。

その後彼は学食で美味しかったメニューや、最近見た映画の話をしてくれた。

課題は無事終えて、空きコマの時間を朝野くんが埋めてくれた。

次の講義も同じものを取っているようだったので二人して向かった。


講義を終えるとなんとなしに「またな~」と言って彼は真っすぐ帰って行った。

俺は次の講義のために移動しながら、踏みしめる足元を見た。


一歩ずつ進みながら時々、この足がどこへ向かっているのかわからなくなる時がある。

積み重ねる日々が、どこに届くためなのか曖昧だ。

そして時々、本当に時々だけど・・・死の淵を覗くことがある。

精神的に不安定にならないこと、これも日常で心掛けていることだった。

あり得るかもわからない未来に怯えることは滑稽だし、人間なんていつ何時死ぬかわかったもんじゃない。

それに俺はもう・・・今まで二度も死にかけた。


少し薄汚れた白の廊下をふと立ち止まる。

誰もが自分を見えていないかのように通り過ぎる。

そしてふと視線の先、廊下の掲示板に張り紙をする女性が目に入った。

何となく近づいて掲示板に目をやると、今までゆっくり見る機会はなかったけど、色んな広告が貼られている。

イベント事の宣伝から、サークル勧誘、その他諸々・・・

ボーっと眺めていると、隣にいた張り紙を終えた女性がこちらをじっと見た。


「・・・あの・・・もしかして、サークル悩んでる系?」


明るめな茶髪に染めた女子は、ピアスのついた耳に髪の毛をかけて言った。


「あ・・・ええと・・・」


「1回生だよね?あんま見たことないしたぶん。良かったらさ、うちのサークルちょっと見学しない?」


彼女が貼っていた紙を見ると、そこには「手芸&料理サークル」と書かれていた。


「あの、この後講義があるので・・・」


「あ、そなんだ?ん~・・・じゃあ終わった後時間ある?」


なかなか食い下がるな・・・。

ニコニコ笑顔を崩さない彼女は、小柄な俺より背が低く、後ろ手を組んで上目遣いでこちらを伺っていた。


「・・・えっとじゃあ・・・終わった後、少しなら・・・」


「ホント!?わ~い、ありがとう!1年生勧誘頑張る~って先輩に意気込んできちゃったんだよねぇ。あ、あたし経済学部2年の佐伯。サークルやってる場所ここ書いてるから、後で来てね~。」


「はい・・・。」


佐伯さんは嬉しそうに手を振ってその場を去っていった。

断り切れなかった・・・。こういう癖も直さないとなぁ・・・。


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