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第二十八章

その日の晩、ある物だけで簡単に拵えた俺の手料理を、朝野くんは終始嬉しそうに食べてくれた。

食べ終わった後、朝野くんは他愛ない雑談をしながら食器をささっと洗い、あっという間に丁寧に拭いて片付けてしまった。

それは普段からキッチンに立って、手伝いをしている手際の良さだった。


「なぁ薫・・・・・・泊っていい?今日・・・」


食後に紅茶を二人で飲んで寛いでいると、ふと朝野くんはそんなことを言いだした。


「・・・・・ダメだよ?」


「ですよね~・・・。」


「無意味なこと聞かなくていいでしょ。」


「ぐっさ~・・・無意味って言われたわぁ。」


その時テーブルに置きっぱなしにしていたスマホから通知音が鳴った。

なんとなしに手に取って確認してみると、佐伯さんからのメッセージだった。

そこには、夏休みにもっと遊びたかったという惜しい気持ちと、以前話していた通り、俺の都合がいい時にお昼のお弁当を作っていくから、一緒に食べないかという誘いだった。


「・・・誰から?」


「ん?佐伯さんだよ。」


「へぇ~?」


朝野くんはぐいっと紅茶を飲み干して、スマホをポケットにしまった。


「・・・じゃあ・・・俺はそろそろ帰るわ。ありがとな、ごちそうさま。」


「うん、こちらこそありがとね。駅まで送るよ。」


朝野くんは立ち上がって鞄を持ち、またいつものデレデレした顔になった。


「え~?送ってくれんの?・・・でもいいや、もう外暗いし、歩かせたくねぇから。」


「・・・別に俺を女の子扱いしなくていいんだよ。」


「してねぇよ、華奢でひ弱そうな薫が心配なんだよ。」


「あれ?俺馬鹿にされてる?」


「ふ・・・ちげぇって、そういうとこも好きだよ・・・。じゃなくて・・・いや、違わねぇんだけどさ・・・薫は小柄だから、変な奴に目つけられやすいかもしんねぇじゃん。防犯グッズでも持ち歩いてくれてんならいいけどさ・・・。」


「まったく・・・心配性だね・・・。まぁいいや、そこまで言うなら。マンションの下までにするよ。」


納得してくれた夕陽と靴を履きながら、何だか普通のカップルみたいなやり取りだな・・・と思ってしまった。

マンションの廊下を歩いていると、パッと夕陽は俺の手を繋いだ。


「今日はノーカン・・・もうキスしちゃったし。」


俺に何かを言われる前にそんな言い訳をする彼が、ちょっと可笑しくて握り返した。

エレベーターのボタンを押して、静かにドアが開いたそれに乗り込むと、夕陽は手を離してそっと俺の腰を引き寄せた。


「な・・・エレベーターの中でのキスはあり?」


「・・・なしだね。」


俺が意地悪に笑みを浮かべると、夕陽はジト目を返して仕方なさそうに顔を逸らせて、腰に触れたままの手を少し動かした。


「・・・・この手は何?セクハラ?」


「いや?ほせぇなぁって思って撫でてる。」


「つまりセクハラだね?」


俺がその手を取ってどけると、エレベーターはちょうど1階に着いた。

名残惜しそうにする夕陽に手を振って別れて、一つため息をついた。


何となくだけど、夕陽と佐伯さんのことを考えていた時、どちらかを選ぶとしたらこういう選び方をするべきなのかもしれない、という糸口をつかんでいた。

そのためにはもう少し時間をかけて二人のことを知りながら、一緒に過ごすべきなのかもしれない。

俺も二人と同じくらい、恋人になりたい、好きだっていう気持ちを持ちたかった。


9月はまだまだ残暑が厳しい上に、大気も不安定だった。

翌日、この間うちでたくさん作り置きおかずを拵えてくれた佐伯さんに、お礼の意味も込めて俺も弁当を作って行った。

お弁当を交換し合うなんて、何だか可愛らしい昼休みだけど、佐伯さんの口に合うのか少し不安を抱きながら、中庭のベンチに向かった。

風が少し強めだけど快晴だったので、そこそこランチをしている生徒たちがいた。

お弁当片手に空いたベンチに腰かけて待っていると、少しして彼女の声が聞こえた。


「薫くん!お待たせ~。」


パッと声のする方を見ると、飲み物とランチバッグ片手に佐伯さんが小走りでやってきた。

涼し気なオフショルと短めのスカートを履いていた彼女は、俺の側までくると息を整えながら、お弁当をベンチに置いた。


「はぁ・・・ちょっと友達につかまって・・・ごめんね。」


「いえ、そこまで待ってないですよ。」


いつもの笑顔を返しながら乱れた前髪に触れる彼女が座ろうとしたとき、不意に突風が吹いて佐伯さんのスカートが持ち上がった。


「わっ!!」


思わず目をつぶった彼女は、慌ててスカートを抑えた。

けれど残念ながら、下着が俺の目の前に広がった後だった・・・


「ビックリしたぁ・・・。」


佐伯さんはさっと俺の隣に腰かけて、黙る俺を覗き込んだ。


「薫くん・・・?・・・・あ・・・・えっと・・・・もしかしてその・・・お見苦しいもの見せちゃった?」


「い、いえ・・・・すみません・・・・。」


謝ることしかできずに俯くと、佐伯さんも恥ずかしそうにしながらお弁当を開けた。


「えへへ・・・ごめんねぇこっちこそ・・・やだぁ・・・・もっと可愛い下着履いてくればよかったなぁ・・・。」


冗談めかしに呟きながら佐伯さんはお弁当を見せた。


「じゃ~ん、今日はのり弁っぽくしてみたよ~♪」


「あ・・・ホントですね、美味しそう・・・。俺、特に芸のないお弁当作ってきちゃったんですけど・・・。」


「全然!薫くんが作ってくれるお弁当美味しいに決まってるもん!」


「そこまで期待されるほどじゃないですけど・・・。」


佐伯さんはピッタリ俺にくっついてお弁当を覗いた。

服装のせいで肩も胸元も見えて、何とも目のやり場に困った。

狼狽える俺をよそに、佐伯さんは楽しそうにお弁当を交換して食べ始めた。


「うん!おいし~!薫くんやっぱり料理上手なんだね。私も負けてらんないなぁ・・・。」


「ふふ・・・まぁでも俺はあんまり彩とか考えて作ってるわけじゃないので・・・ただの家庭料理ですけどね。」


佐伯さんは頬張ったおかずをもぐもぐして、やがてゴクンと飲み込んでから言った。


「バランスと節約重視の料理だね。芸術性求めないならそれが一番いいんだよ?」


「そうかもですね・・・。その点では佐伯さんの料理は、どっちも兼ね備えてて可愛いお弁当ですよ。」


「えへへ・・・そう?まぁでも趣味の一つだからね、こだわりだすと色々手の込んだ感じになっちゃうよねぇ。まぁ美味しく食べられればそれでおっけ~って感じだけど。」


そう言いつつふと彼女は黙って食べてる俺を見つめた。

視線を感じて見つめ返すと、佐伯さんはまたお弁当に視線を落として言った。


「薫くんってさ・・・・・・恋人いるの?」


「・・・え?・・・いえ・・・・どうしてですか?」


佐伯さんはまたチラリと俺を見てから、困ったように口をつぐんだ。

彼女の動揺した様子の意味がわからず箸が止まった。

問いかけようと俺が口を開くのと同時に、佐伯さんはまた小さな声で言った。


「・・・首のとこ・・・・キスマークついてるから・・・」


そう言われてさっと血の気が引いた。


「え・・・え、ホントですか?」


まずい・・・いつだろう・・・いつだ?

昨日朝野くんと部屋にいた時、キスしてしまった時、そんな隙あっただろうか・・・けど正直、どさくさに紛れてされたかもしれないので、何も断定出来ない。

佐伯さんは鞄からコンパクトを取り出して、鏡を見せてくれた。

そっと受け取ると、見えにくいけどわずかに赤い痕がついていた。


「・・・・・えっと・・・・」


言い訳に困っていると、また一口ゆっくりおかずを口にしながらも、佐伯さんの顔色はどんどん悪くなっていった。


「えへへ・・・薫くんきっとモテるもんね・・・。そういう人がいても不自然じゃないし・・・・。」


「あ・・・いえ・・・違うんですその・・・・」


「ね・・・薫くんにとっては、私のこと遊び?」


思わぬ問いかけをされて硬直してしまった。

見つめ返した佐伯さんの瞳には、わずかに涙が滲んでいた。


「ちが・・・います。そんなつもりなくて・・・・あの、これも別にそういうことをしたからついてるわけじゃなくて・・・不可抗力というか・・・・」


全部説明しなきゃ・・・

頭の中でそう思った。

けれど佐伯さんがポロっと涙をこぼしたのを見て、酷く胸が痛んだ。


「あ、あのね・・・別に私・・・薫くんが遊びのつもりでも・・・そういう関係の人がいたとしてもさ・・・責めるつもりないし、諦めるつもりもないし・・・」


佐伯さんは涙を拭ってご飯を箸でつまんで食べた。

そして気持ちを無理やり切り替えるように、笑顔を作って見せた。


「あの・・・佐伯さん・・・」


「・・・なあに?」


彼女の声が涙声で震えていて、胸の内はどんどん痛みを増していった。


「きちんと話したい事があるんです・・・。明日もし時間があったら、うちに来てもらえませんか?」


「・・・・うん・・・・いいよ。」


その後何でもないようにまた会話を続けて、俺に食事を促してくれた佐伯さんに、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。



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