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第二十六章

まるで少女漫画のようなデートだったと思う。

花火を見終わった俺たちは、そのまま何事も無かったかのように帰路について、やがて駅に着いた。

以前朝野くんに家まで送ってもらったことを思い出して、電車の時間を確認する佐伯さんに尋ねた。


「あの、佐伯さん・・・駅から家まで離れてるなら送ろうか?」


前回と違ってすっかり外は真っ暗だし、お祭り帰りで人も多いと少し心配だった。

すると佐伯さんはポカンとしてから、可愛らしく小首を傾げる。


「あ・・・えっと・・・そこまで離れてるってほどじゃないけど・・・10分くらいかなぁ・・・。あの・・・薫くんうちに来たらあがる?」


その言葉に一瞬何のことかと考えて、すぐに察した。


「あ・・いや、下心があって送ろうかって言ってるんじゃないんだ。もう暗いし・・・女性を一人で帰らせるのもなぁって。」


「そうだよね!えっと・・・大丈夫だよ、明るい道通って帰るし。」


「そっか。じゃあ・・・最寄り駅についてからと、家に着いたら連絡してもらっていい?」


「うん、ありがとう気ぃ遣ってくれて。じゃあ薫くんもおうちついたら教えてね。」


頷き返して改札前でお互い手を振り合った。

綺麗な浴衣姿の彼女は、電車でも人目を惹くだろうな・・・。

ナンパされたりしないかな・・・心配だな・・・

少し過保護気味かもしれないけど、別れた後に何かあったら後悔しかない。

そう思いながら自宅の最寄りに着いた時、佐伯さんから駅に着いたというメッセージが届き、その後自宅に着いた連絡も無事貰った。

安堵して寝室で洗濯物をしまい、お風呂に入った。

今日一日のデートを心の中で振り返りながら、同時に朝野くんと過ごした先日のことも思い出していた。


シャワーノズルに手をかけながら、ぬるめの湯を浴びて曇った鏡を拭った。

中途半端な顔立ちの自分が映る。

自分が例えば男性をまた好きになったとして、抱きしめて「愛してる」なんて言う自信が果たしてあるだろうか。

先輩にカフェの前で最後の告白をしたときの自分は、胸の内が降る雪の冷たさとは裏腹に煮えたぎっていた。

先輩から返ってくる言葉が予想出来なくて怖くて、これから先、もう二度と想いを伝えることなんてやめようと思ってのことだった。

諦めたかったからだ。気持ちを断ち切りたかった。ぐちゃぐちゃに心を刺してほしかった。

先輩の前で少しだけ涙を見せてしまったものの、その後は家に戻るまで堪えていた。

そして眠る前になってポロポロといくつか零れて、そのまま気絶するように寝たんだ。


あの時から何かを拗らせたんだろうか。

それとももっと前から?

純粋な二人の好意を受け止めても、真正面から向き合おうと思っても、何かその度にモヤモヤする自分がいた。

言い知れない淀みが、胸の中に残ってる。

汗を流して体を拭いて、男の体でしかない自分を見下ろして、女の子だったら何かもっと変わっただろうか、と思ってしまう。

じわじわ侵される毒が抜けきっていない気がする。

それを確信したのは、夏休みが明けた後だった。


俺のノンフィクション短編を読んでくれた佐伯さんは、何故だか大絶賛で、俺の気持ちに寄り添いながらも、もっと作品が読みたいと期待してくれた。

そしていつもの水曜日の空きコマの時間、少し遅れて図書室を訪れると、いつも俺が座っている場所で、朝野くんが頬杖を突きつつ窓の外を眺めて待っていた。


「お・・・やっときた・・・。おつかれ。」


「・・・お疲れ、夕陽。」


俺が長机に荷物を置くと、彼はニヤリとしながら机に寝そべるように俺を覗き込んだ。


「・・・ふ・・・今日は名前で呼んでくれんだ?」


朝野くんのその表情が、心底嬉しそうな目に少しきゅんとしてしまった。


「・・・まぁ・・・。」


歯切れ悪く答えながらノートパソコンを出して、本棚へ向かった。

いつも漁っている棚を物色したけど、目当ての書物がなく、もしかして別ジャンル扱いで仕舞われているのかと思い、少し離れた棚へ向かった。


「もしかしてこなへんに・・・・」


本棚の合間を縫って進み、ジャンルが書かれた棚の上を眺めながら歩くと、不注意で人とぶつかった。


「あっ・・・!すみません!」


声を抑えつつ謝罪すると、思わぬ声が頭上から降りそそいだ。


「薫?・・・悪い。」


見上げるとその人は先輩だった。

自分でもびっくりすることに、先輩の顔が視界に入った途端思考は見事に停止した。


「あ・・・お・・・久しぶりです・・・」


「久しぶり、前は学食で会ったけど、まぁ薫は図書室通い詰めてそうだし、ここで遭遇する確率の方が高いよな。」


先輩はそう言って自分の目当ての隣の棚の前に立ち、一番上に置かれている本にも悠々と手を伸ばして掴む。

いきなりの遭遇に、ただその様子を眺めてしまった。

それと同時にいつか夢で見た光景を思い出した。

ゴクリと喉を鳴らして、一呼吸ついてそっと隣に立った。


「薫は何の本探してるんだ?」


「あ・・・えっと・・・」


本の種類を説明すると、先輩は棚の端から端までざっと視線を動かして、もしかしてこの辺りかも・・・と腰を屈めて指さした。


「あ・・・ありがとうございます。こういうのがよくて・・・。」


「ん。」


人気のない図書室で、空調の音だけが静かに聞こえて、そっと目当ての本を手に取った。

尚も本を物色する先輩をチラリと見ながら、何だかそのまま何もなく机に戻るのが惜しく思えてしまった。


「あ・・・あの・・・・」


「ん?」


どうして挙動不審になっているのか、自分でもよくわからない。


「せ・・・・・・・咲夜さん・・・」


どうしてそんな前に見た夢の内容をハッキリ覚えているのかも謎だ。

俺は愚かにもそう呼んでみた。

けれど先輩がどんな顔をしているのか見る勇気は湧かず、本を抱えたまま目を伏せていた。


「・・・なに?」


先輩の声色は特に変わらず、何でもないようにそう返事をした。

心の中で意味不明な動揺を抱えながら、ゆっくり先輩を見上げた。

優しく微笑むでもなく、困った表情をしているでもなく、ただ小首を傾げて俺を見る先輩に、何故だか俺は酷く傷ついた。

なんて勝手なんだろう・・・俺はまた自分に幻滅しなきゃいけない。

今更何を・・・


「あ・・・何でも・・・」


「薫?いたいた・・・」


その時、俺を探しに来た朝野くんがひょいと顔を覗かせ、俺と先輩の二人を視界に入れると、どういう状況か探るように視線を動かした。

俺がどんな顔をしていたかなんて自分じゃわからない。

けど朝野くんは俺の顔を見た後、半身を振り返っていた先輩を睨むように見た。


「友達か?なんか用事あんなら後で連絡してくれ、俺これ借りてすぐ戻らなきゃだから。じゃあな。」


先輩は淡々とそう言って本棚をスッと離れて歩いて行った。

残されたのは、何かを期待してそれが外れて抜け殻になった自分と、俺を心配そうに見る朝野くんだった。


「薫・・・大丈夫か?」


「え・・・ああ・・・・えっと・・・大丈夫。別に何も・・・」


正直、小説を読んでもらったものの、リアルで先輩を前に動揺している自分を晒したいわけではなかった。

情けない上に、自己嫌悪に陥る。

なかなか頭が冷えなくて、先輩に見つけてもらった本をボーっと眺めた。

朝野くんは特に何か詮索するでもなく、そっと俺の頭を撫でながら他愛ない話を小声で話し始めた。

俺が生返事しか返さないのに、彼は安らぎを与えるBGMみたいに、俺に寄り添っていた。

あんなに一生懸命に自分に思いを伝えてくれた人に、俺はやっぱり何も返せない。

朝野くんが今どんな気持ちかすら想像もできない。

俺の頭の中は、久しぶりに見た先輩の顔が焼き付いて、その存在に動揺を隠しきれなくて、どうして今更そんなに心乱されるのかもわからず、いつもの自分に戻れる方法を探していた。

傷つく自分も、朝野くんが傷ついていないか考えられない自分も、大嫌いだった。



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