第二十五章
騒がしく響くお囃子と、賑わう人たちの声。
目の前を可愛い子供たちが走り去ったり、浴衣を着たカップルが仲睦まじく歩いていたり、お祭りは何だか騒がしいけどとても暖かい空間だと知った。
そんな中佐伯さんと二人、休憩所に座ってオムそばを食べていた。
「美味しいですね。」
「でしょ~?私のイカ焼きもちょっとあげる!」
そうして割り箸でイカ焼きをつまんで、佐伯さんはまた自然に俺の口元に運んだ。
恥ずかしくなりながらもそれをパクっと食べて、噛みしめて味わうと、香ばしいソース味のイカが美味しい。
「うん・・・イカ焼きとか滅多に食べないけど、美味しいですね。」
「ね~♪・・・薫くんあのさ・・・敬語で話さなくていいからね?」
可愛い上目遣いが返ってきて、この間家に来た時も同じお願いをされたことを思い出した。
「あ・・・す・・・ごめん。普通に話してた方が楽?俺結構敬語が癖になっちゃってて・・・」
佐伯さんはニッコリ笑ってまた大きな目を瞬きした。
「ありがと♡無理にお願いするのもあれだけど・・・その方が仲良くなれる気がしたの。先輩後輩とか気にしてほしくないし。」
「そうですか・・・じゃない・・・。そっか。」
「んふふ♡」
佐伯さんと一緒に居ると、何とも優しい気持ちになる。
女性の一番の化粧は笑顔だって聞いたことあるけど、本当にその通りだな。
「あのね、ここのお祭りね、実は子供の頃に何度か来たことあって・・・20時頃に花火も少し上がるんだけどさ、ちょっと近くの高台に上がったらよく見える穴場があるの。」
「へぇ、そうなんだ。空に上がる花火ってテレビでしか見たことないな・・・。」
「そうなんだ!じゃあ今日は薫くん初めてのことだらけだね。」
唐揚げにかぶりつきながら佐伯さんは楽しそうに言った。
俺たちは沢山の食べ物屋台で食事を済ませた後、射的をしたり、金魚すくいをしたり、粗方遊びつくして、それから佐伯さんお勧めの穴場スポットへ向かった。
運よく誰も見つけていないそこは、木々が多いものの、休憩できるベンチもあって、花火を待つ場所として最適だった。
「薫くん、大丈夫?疲れちゃった?」
買った飲み物を二人で開けながら、佐伯さんはそう気遣って俺の顔を覗き込んだ。
「大丈夫、明日以降に疲れが来そうだけど・・・今は花火が楽しみかな。」
「ふふ、私も!今はデートだし・・・ハイになってる感じする。でも何より・・・薫くんが楽しそうでよかった。私ちょっと・・・色んなところ一緒に行きたいなぁって思ってるけど、振り回しちゃダメだなって思ってて・・・」
佐伯さんは少し俯いて考え込み、またそっと顔を上げた。
「ね・・・私、薫くんに迷惑かけてない?」
不安そうなその言葉と、堪えたような微笑みが、二人との付き合い方に悩んでいる自分に似ていた。
けれど表面上の付き合いをしたくないし、自分をさらけ出すという意味でも変な嘘はつかないことに決めた。
「迷惑なんて思ってないよ。ホントはその・・・夏場だし屋外のイベントって体力的に自信ないなって思ってたんだけど、でも佐伯さんと一緒にいるのは安らぐし楽しいよ。何より初めてのお祭りを十分堪能できたと思うから。」
「そっかぁ♡えへへ・・・よかったぁ。」
佐伯さんはまた柔らかい笑みを浮かべて、隣にある俺の手をそっと握った。
「・・・佐伯さん・・・あの、ちょっとお願いがあって・・・」
「なあに?」
「俺が・・・高校生活最後に書いた短編小説があるんだけど、ノンフィクションをテーマに書いたもので・・・自分を知ってほしいって意味でも、読んでほしいなぁって思ってるんだ・・・」
「え、読みたい!いいの?」
「うん・・・自分の話の一部分でしかないんだけど、それを読んでもし、俺と合わないなと思うなら、もう縁はそこまでかなって思うんだ。」
夜空の下で広がる屋台の明かりをぼんやり眺めながら、そう落とすように言うと、佐伯さんは少し黙ってからまた静かに口を開いた。
「そっかぁ・・・きっとじゃあ、昔の薫くんが赤裸々に書かれてるんだね。なんかちょっと楽しみだけどドキドキするなぁ・・・。私はなんか話せることあるかな・・・。そうだ、私ね、自分の好みってハッキリしてるわけじゃなくてね、今まで付き合ってきた人も結構タイプがバラバラだったりするんだぁ。直感型っていうか・・・。それに、好きな人がいるともうこの人しかいない!って周りが見えなくなっちゃうから、いつも友達に心配されてるというか・・・。」
「ふふ・・・そうなんだ。」
「うん、それでね?友達に好きな人とか付き合ってる人のこと話すと、最終的にはその人やめといたら~?って言われちゃうの・・・見る目ないのかなぁって落ち込んだり、成長してないなぁ私・・・って思いつつ、このままじゃダメだなぁって思って、色んなスキル身につけて自分磨きしてたこともあるし・・・でも肝心な時に上手くいかなかったり・・・んふ・・・パッとしないんだよねぇ私って。」
佐伯さんはそう言いながらまた手元を見つめて、俺の手をぎゅっと力を込めて握った。
「スキルって・・・例えばなに?」
「え・・・ああ・・・えっと、料理とか裁縫とか・・・着物の着付けも出来るし、ピアノとかお琴習ってたり・・・お母さんに勧められて生け花教室に通ってたこともあるよ。近所の子に家庭教師したり、お料理教室してあげたり・・・履歴書に書けるスキルってわけじゃないんだけど、教養があるに越したことないかなぁって。」
「へぇ・・・すごいね。」
「ううん、別に・・・何か賞を獲ったことあるとかじゃないし~、お金貰って教えてたとかじゃないしさ、ホント習い事の延長で、お手伝いしてた~って程度なの。あ、後ママさんコーラスのピアノ伴奏とか。」
控え目な笑顔で微笑む佐伯さんの手を、指を絡めて俺もぎゅっとした。
彼女の人懐っこい笑顔は、たくさんの人の輪の中で培ってきた、コミュニケーション能力の高さを物語ってるんだ。
「俺からしたら十分すごいと思うなぁ・・・。俺は・・・習い事とかしたことないし、佐伯さんみたいにサークルで何かを作ったりっていう経験も無いし・・・。誰かに何かを教えたこともないよ。それだけ誰かと関わって、出来ることがあるって、教養と協調性がある証だよ。」
「・・・えへへ♡薫くんがそう言ってくれるなら、私いっぱい出来ることあるんだぁってこれからは自慢しよっかな。」
佐伯さんは顔を赤く染めて、恥ずかしそうにまた正面を向くと、あ!と言って立ち上がった。
その瞬間聞き慣れない大きな音がしたと思うと、夜空に大輪が咲いた。
「わ~!始まったよ!」
ドンドンと花火が上がる音と、それが散っていくパラパラという火薬のような音。
打ちあがる音が耳をつんざくほど響いては、光を放って落ちていく。
佐伯さんは呆然としていた俺の手を改めて取って、ギリギリまで近くで見える場所へ駆けて行った。
煌々と辺りを照らす花火が、夜の闇をかき消して、昼間の太陽の明るさのように空を埋め尽くした。
テレビの画面の前で光っていたものとはまるで違う。
大きな音で、隣にいる佐伯さんの声は少しかき消されてしまっていたけど、彼女は満面の笑みで空を指さしては、俺の目をあっちこっちに引いた。
子供のようにはしゃぐ佐伯さんの姿が、何だか愛おしくて仕方なくて、けれどその色っぽい浴衣姿にギャップを感じて、自分の心臓まで騒がしく響いていることに気付く。
ニコニコしながら目を輝かせる彼女の頬にそっと触れた。
花火に目を奪われていた佐伯さんと視線が合って、そのまま吸い込まれるようにキスをした。
少しして唇が離れて、瞬きもせず見つめ返す瞳が、花火の明かりで何度もキラキラ光った。
「ロマンチックだね・・・なんか・・・。」
「え?なんて?」
俺の袖を引いて聞き返す彼女に、そっと屈んで耳元で言った。
「連れて来てくれてありがとう。」
笑顔を作って少し恥ずかしそうにする佐伯さんが、背伸びして同じように俺の耳元へ口を寄せた。
「こちらこそありがと♡薫くん、大好き。」
芽が出た恋心に、鮮やかな蕾がついた気がした。




