第二十四章
早く眠ってしまった翌日、朝方に目が覚めた。
むくりと怠く持ち上げた体が、十分な睡眠を取れてスッキリしているのに、内心憂鬱でならなかった。
ベッドから出て、淡々と着替えを出してシャワーを浴びた。
寝室に戻って、ほっぽり出していた鞄を手に取り、存在を忘れていたスマホを取り出した。
充電を確認しようと開くと、そこには朝野くんのメッセージや着信の通知が出ていた。
見てみるとそれは、余計なことを言って悪かったと書かれた謝罪文と、時間を空けての着信履歴だった。
マンションの前で別れてから0時を過ぎる頃まで、それは定期的に送られていた。
彼の混乱した様子がよくわかったので、パソコンを開いて、書かれていたアドレスにとりあえず小説のデータを送った。
そしてメッセージに、心配かけてしまって申し訳なかったということと、朝野くんは何も悪いことをしていないから気にしなくていい、という内容を送った。
時間があるので洗濯機を回し、さして汚れてもいないリビングに掃除機をかけた。
冷蔵庫を開けて食材を確認して、作れそうなおかずを作って保存パックに入れた。
やがていつも起きる時間くらいになった頃、キッチンの戸棚にあったいつ買ったかも忘れたホットケーキミックスを発見した。
ギリギリ賞味期限内だったので、卵も牛乳もあるし朝食にと拵えた。
無事に焼きあがって皿に上げた時、スマホからアラームではない音が響いた。
「・・・もしもし」
「おはよ・・・。昨日はごめんな。」
「・・・何も謝ることはないって言ったでしょ。」
「うん・・・ありがと。メッセ来てから、さっきまで送ってくれた小説読んでたんだ。短編だったけど、めっちゃ読み応えあった。俺が知らない薫がいたわ。」
「・・・そうだろうね。」
「・・・あのさ・・・素直な感想とか言っていい?」
「・・・どうぞ?」
「当時の・・・薫の様子がすげぇわかって・・・今の自分とめっちゃ重ねてた。心底・・・薫がその先輩と結ばれてほしかったって思って・・・涙出た。薫はきっと・・・その先輩に愛されたかったよな。だからごめん・・・俺なんかが、愛してるなんて軽率に言って・・・。」
「・・・違うよ。」
「え・・・?」
「嬉しかったんだよ。ずっと誰かの唯一無二になりたかったから。でも・・・家族のこととか、先輩のこととか、遠い昔のこととか・・・未練がましく引きずってることが多すぎて、色んな気持ちが駆け巡っちゃって・・・それで涙出たんだ。わかるように説明出来ないけど・・・夕陽の気持ちが痛いくらい嬉しかったよ。」
「・・・そうか・・・。そっか・・・良かった・・・。」
「けどさ・・・俺・・・夕陽の気持ちに応えられるほど自分に余裕がなくて、何となく流されて気持ちを合わせるように付き合うなんてことはしたくないんだ。正解なんてないのはわかってても、心から惹かれた相手に、自分から気持ちを伝えたいんだ。・・・だから・・・まだ何も答えは出せない、ごめん・・・。」
やっとちゃんと、紛れもない本心を伝えることが出来たと思った。
「そっか、わかったよ。ごめんな、気持ちが先走って色々困惑させて・・・。薫に選んでもらえるように、地道に頑張るわ。」
「・・・・ありがとう。」
その後朝野くんは、またデートに誘いたい時に連絡すると言って通話を切った。
来週は佐伯さんといよいよお祭りデートに行く予定だ。
誘ってくれた場所とはいえ、迷ったり段取りがないのはいけないので、下準備として色々調べておくことにした。
自分の未熟さや不甲斐なさに打ちのめされるのは、一晩で終わらせたい。
それから一週間淡々とした日々を送っている間、あまり朝野くんから連絡が来ることはなかった。
朝野くんとやり取りしたメッセージを、時折食事中に眺めて思った。
底抜けに良い人な彼を、俺は振り回し過ぎている気がする、と。
佐伯さんに対してもそれは同様かもしれないし、これからは言動には気を付けようと思った。
大事な友達を、大事にする方法すら初めてでよくわかっていない自分が、誰かとお付き合いするなんてもってのほかだ。
自分が根本的に欠陥があることをわかっていながら、相手の好意に甘えてはいけない気がする。
パソコンを立ち上げて調べものをしていても、司法試験の勉強をしていても、ふと思考は脱線して、今後の関わり方を綿密に考え込んでいた。
悩むほどの人付き合いなどしてこなかったから、こればっかりはしょうがないことだけど、間違っても二人と縁が切れるような付き合い方はしたくなかった。
夏祭り当日、指定された駅の改札前で待っていた。
辺りはこれから暗くなってくるというのに、これからが本番と言わんばかりに、人が溢れかえっていた。
そのほとんどが、家族や友人、恋人と待ち合わせをしてお祭りに行く人たちだ。
独特の高揚感と熱気に包まれた様子が、神社に入る前から感じられる。
体調が悪くならないように万全を期してきたつもりだけど、少し不安になっていた。
スマホに視線を落として時間を確認するも、まだ10分前だ。
するとこちらに向かって来る下駄の音に思わず顔を上げた。
「薫くん!お待たせ!」
浴衣に身を包んだ佐伯さんは、少し慌てた様子で早歩きで目の前にやってきた。
「いえ、まだ時間ありますよ。」
「えへへ・・・薫くん早めに来てるかなぁって思って・・・はぁ・・・。」
てっきり佐伯さんは明るい色の浴衣を着てくるものと想像していたけど、黒地にピンクや赤の花模様が描かれた浴衣だった。
可愛らしいというより、大人っぽい落ち着いたイメージだ。
着崩れしていないか気にする佐伯さんの、少し乱れた前髪にそっと触れた。
「素敵ですね。良く似合ってます。」
佐伯さんは目を合わせて丸くして、目じりを垂らして微笑んだ。
「えへ・・・ありがと・・・。んふふ・・・♡」
「何ですか?」
「え~?ふふ・・・普通に男の子に言われて嬉しいセリフだけど、薫くんが言うとすっごく上品な褒め言葉に聞こえるなぁって思って・・・。頑張って着付けしてきてよかった!今この一瞬だけでもう、幸せだなって思ってるもん。」
「・・・そうですか・・・。」
佐伯さんはニコニコしながら俺の手を取って歩き始めた。
彼女の魅力は、ストレートに自分の気持ちを伝えられるところだろう。
本当はシャイな人なのかもしれないけど、俺に対して積極的になろうとしている振る舞いがよくわかる。
「薫くんお腹空いてる?」
神社までの人波を並んで歩きながら彼女は尋ねた。
「そうですねぇ・・・お祭りは食べ物の屋台がたくさんあるんですよね?是非食べてみたいなぁって思ってたので、お昼以降は何も食べてませんよ。」
「そうなんだ!じゃあ色々見て回って、気になったやつは食べて行こうね!」
張り切った様子で繋いだ手を引く佐伯さんは、いつもより少し派手目なメイクで、目元がキラキラしていて可愛らしい。
ご機嫌に歩く彼女の隣にいると、騒がしくて暑い空気の中でも、一緒に楽しみな気持ちが高まってくる。
大きくて真っ赤な神社の鳥居を抜ける前から、夏祭りの熱気は最高潮で、密集した人と屋台がひしめき合っているのが見えた。
一つ一つの屋台に取り囲まれながら歩くのが新鮮で、提灯で照らされる淡い明りに思わず笑みが漏れた。
「薫くん、食べ物先に見てみる?」
「はい、色々目移りしますねぇ・・・」
「ふふ、とりあえずは王道かなぁ?タコ焼きにフランクフルトに唐揚げ、焼きそばにイカ焼き・・・甘い系だと綿あめとかりんご飴もあるよ。」
「へぇ・・・学園祭みたいですね・・・。ん・・・?これ・・・」
呼び込む声が響く中、通りかかった屋台のお菓子のようなものが気になって立ち止った。
「これ・・・なんですか?」
「ああ、それベビーカステラ!美味しいよねぇ。色んなキャラのやつとかあるんだけど、お土産とかに買って帰ることもあるよ~。」
「ベビーカステラ・・・・・・?カステラって・・・・でもこれ・・・・??」
「薫くんもしかして食べたことないの?」
どう見ても丸くて茶色いパンのようなお菓子が、カステラという名前がついているのに困惑した。
「食べたことないですね・・・。」
「そうなんだ、じゃあ帰りに買ってかえろっか。」
「は、はい。」
頭の中で想像するカステラとまったく似通っていないお菓子に、一つ目の混乱を覚えた。
その後も引率される子供のように、佐伯さんの手を取ってあちこちを回った。
考えていた段取りなどよそに、ただただその場を楽しむことが正解なのだとわかった。




