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第二十三章

食べ放題で満足いくまで肉を食べつくした俺たちは、幸せいっぱいなお腹を抱えて帰路に就いた。


「小説はどうやって見ればいいの?」


「パソコンのアドレスを教えてくれたらデータ転送するよ。」


「おっけ・・・。」


生暖かい夏の夜の空気は、日が落ちても変わることなく、絡みつくように汗をにじませる。

騒がしい飲み屋街の雑踏から逃れるように、駅方面へ二人して歩いて、何でもない話をしようと思えば出来るのに、朝野くんは珍しく何も話さなかった。

背の高い彼が、俺に歩幅を合わせてくれている。

わざわざ車道を歩いて、彼氏みたいに気を付けてくれてる。

10分かそこらの駅までの道のりが半分くらい過ぎた頃、朝野くんは意を決したように言った。


「薫・・・手・・・繋ぎたい。」


そんな時ばかりはどうしてか、いつものふざけたような笑みを見せずに、真剣な面持ちで言った。


「・・・・外だよ?」


「あ?わかってるわ・・・。ダメ?」


「・・・」


何も返せなかった。拒絶することで、朝野くんを傷つけたくはないから。


「・・・無言はよしとみなす。」


そう言って朝野くんはさっと俺の手を取って、恋人繋ぎした。

そのまま変わらず歩き進めて、その時ばかりは、どうか自分が周りから女性に見られますようにと思ってしまった。

朝野くんが周りから変な目で見られることが怖かった。

俺のそんな心配をよそに、チラリと様子を伺った彼は、穏やかな笑みを浮かべて、また俺を見て嬉しそうにした。

駅に着いて改札を抜けても、彼は構わず俺の手を取ってホームまで降りた。


「ねぇ・・・もう離していいんだよ。」


電車を待つ人たちに紛れながら言った。


「なんで~?いいじゃんか・・・。」


その時ふと気が付いた。


「・・・ていうか、朝野くん反対方面じゃないの?家・・・・」


「気づいたかぁ、いいじゃん、送って行きたいからさ。」


その時ばかりは浮かれた様子の彼に呆れた。


「送らなくていいよ・・・女の子じゃないんだから・・・。」


「何言ってんだよ、前痴漢に遭ったことあるし、ナンパもされたことあるって言ってたじゃねぇかよ・・・。心配なんだよ。ほら、夏場は夜になると変な輩いるとこもあるしな。」


「そんな輩がたむろしてる所は近所にないよ・・・。」


朝野くんの半分本心と半分言い訳を受け流しながら、結局説得できずに仲良く電車に乗り込むことになった。

車内の扉の前で向かい合って立っていたけど、彼は終始俺の顔を眺めているだけで、俺が持てない高いつり革を悠々と持ちながら、他愛ない話すら振ろうとしなかった。

やがていつもの駅に降り立って改札を出て、俺は改めて朝野くんを見上げた。


「ありがとね、今日は。ごちそうさまでした。」


お礼を言うと朝野くんは、またニッコリ微笑んで、俺の手を繋いだ。


「俺は家まで送るつもりでいるんだけど?」


「え・・・いいよ、もう住宅街を歩くだけだし・・・。」


「ほら、行こうぜ。」


彼は構わず俺の手を引いて歩き始めてしまった。

店を出る時から感じていた、朝野くんから出る妙な雰囲気に、流石に口を挟まずにはいられなかった。


「夕陽・・・前に言ってたよね?」


「ん~?」


「合コンの話を聞いた時、送り狼になったこともないし、お持ち帰りしたこともないって。」


「・・・そうだな。」


「それはどうして?」


半歩後ろから彼の大きな手に隠れた自分の手を眺めた。


「どうして・・・まぁ・・・そういう関係でもいいやぁって割り切ってる子と、そんなに関わりたいと思わなかったからかな。別にそれが悪いわけではないんだけど、そういう気分の時はそうなることもあるだろうし、否定してるわけじゃねぇんだけど、ホントに好きな子なら、最初からそういうのはなってなっちゃうな。」


「なるほどね・・・。」


暗い住宅街でも、朝野くんは道を間違えることなく、俺のマンションまで歩き進める。


「夕陽のお眼鏡に叶う人は、合コンしたときに一人もいなかったわけだ。」


「ふ・・・まぁそうだなぁ・・・。」


朝野くんがいったいどんな気分で、どんな表情で俺の家に向かっているのか、何もわからなかった。

ただ考えてることだけは、何となくわかっていた。


「後さ・・・薫俺がモテるとか言ってたけど、モテたことねぇからな?付き合った人も今まで二人とかだし、好きだなぁっていい感じになってて結局振られたことあるし、友達との集まりで女子がいたとしても、俺目当ての子なんて一人もいたことないし、告白されたこともなければ、佐伯さんみたいに、弁当作ってくれてガンガンアプローチしてくる子もいなかったよ。」


「そうなんだ・・・。俺の思い違いだったんだ。」


「そうだよば~か。」


子供のように悪態をつく朝野くんは、俺を振り返って可愛い笑顔を見せた。

釣られて笑みを返すと、いつの間にかマンションの前に着いて、朝野くんはピタリと足を止めた。


「・・・ありがと、送ってくれて。」


俺が手を解こうとすると、彼はまた力を込めた。


「・・・・・俺が・・・・何考えてるか察してるくせに・・・」


朝野くんは少し怯えながら俺を見下ろして、その手から熱がドンドン伝わってくるのを感じた。


「・・・そんなつもりないってこないだ話したはずだよ。」


「じゃあ・・・今度こそ佐伯さんといい感じになって、家に行きたいって言われて断れなかった薫が、部屋にあげて・・・誘惑されて・・・そのまま流れでセックスしても、俺はそういうこともあるもんなぁって我慢しなきゃいけねぇの?」


「・・・そんなことするときは、ちゃんとその人と付き合おうって思った時だよ。」


「わかってねぇなぁ・・・。気持ちが曖昧なままでも、お互いがしたいって思ったら衝動的にすることもあるんだよ。本能なんだから、そこに思考は働いてねぇの。一回キスしてんだからわかるだろ?」


「・・・そ・・・そうだとしても・・・そういうことが起きたとしても、傷つくってわかってて朝野くんにいちいち報告したりしないよ!」


俺にとっては至極当前のことを言ったつもりだった。

けど彼の顔を見上げた時、心底悲しそうな表情を見て、俺は言葉を間違ったんだと気づいた。

いや、その前に、どちらも好きだなと思いながら、関わっている俺が間違っているのかもしれない。

自分は足りてる、必要としてないと言っておきながら、俺は二人がいて嬉しくて救われているのに、贅沢を言っているのに、二人の幸せが何なのかまで考えてあげられない。


「ごめん・・・その・・・二人ともに対してそんなことをするつもりないんだ。だから佐伯さんに家に行きたいって言われても、今度からはちゃんと断れるよ。言われた通り・・・一回キスしてしまったんだから・・・自分の不用意さはよくわかったからさ・・・。」


俺がそう言うと、朝野くんはそっと繋いでいた手を解いた。


「薫・・・良い人じゃなくなった俺は、やっぱ嫌い?」


「・・・そんなことないよ・・・。嫌いだったら一緒にどこかに出かけないよ。」


「そっか・・・。わかった、ありがとな。困らせるようなこと言って悪かったよ。焦ってたんだ・・・ごめん。薫・・・」


朝野くんは俺の頭をそっと撫でて、その手をゆっくり頬に滑らせて、優しく微笑んだ。

人気のない住宅街で、そこまで遅い時間でもないマンションの前で、朝野くんはそっと俺を抱きしめた。


「あ・・・夕陽・・・?」


たくましい腕がすっぽり俺を包み込んで、彼は拒絶されるのを恐れるように優しく抱きしめていた。


「薫・・・愛してるよ。」


その言葉に、心臓からドクンと体に痛みが広がった。

今にも泣きそうな声だった。

そして何故か俺も、そう言われて涙が込み上げてきた。

遠い記憶の中で、もしかしたら父や母が、俺に言ってくれたかもしれない言葉。

その言葉だけで、朝野くんの腕の中で俺はまた、涙を流していた。

そんなことを誰かから言われる未来があるなんて思っていなかったから。

体を離して俺を覗き込んだ彼は、我に返ったように慌ててハンカチを取り出した。


「薫・・・?ごめんな?あの・・・俺・・・」


そのハンカチを受け取らず、自分で涙を拭って踵を返した。

ただ走ってマンションに入った。

朝野くんが追ってくることはなかった。


小説を読んでもらうより前に、俺がいかに愛に飢えてる人間か晒してしまった。

どうしてか恥ずかしくて・・・そうだ・・・・俺は・・・ずっと自分が恥ずかしかった。

普通の家庭で育っていない自分が。

大病を患って厄介な息子だった自分が。

親から一切気にかけられなくなった自分が。

恋焦がれた男性のことをずっと引きずっている自分が。

佐伯さんや朝野くんに甘えながらも、なかなか本心を話せない自分が。

全部が恥ずかしかった。

そんな自分が嫌だった。

けれどもどんなに毒を吐こうとも、冷たく振舞おうとも、それでも好意を向けてくれる二人が、心から好きだ。

こんな俺に、屈託ない笑顔を見せてくれる二人が。

俺はこんなにも浅ましくて、世間知らずで、不器用で恥ずかしいのに。


気が付いたらベッドに倒れ込んでいた自分の体を、ぎゅっと縮めて布団をかぶった。

優しくて愛に溢れた二人が、俺を好きになってくれる道理なんてないんだ。

ドロドロした感情がどんどん溢れて、ただただ申し訳なかった。

暗い布団の中で、ごめんなさい、と言葉を漏らして目を閉じた。

今の自分では、とてもじゃないけど二人にふさわしくない。


朝野くんみたいな、普通の青年に生まれたかった。


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