第二十二章
目の前で煙が立ち上るのをボーっと眺めていた。
「ほら、薫、カルビ焼けたぞ。」
「・・・ああ、うん。」
脳に焼き付いた佐伯さんの顔を思い浮かべたまま、美味しい肉を口に運んだ。
「・・・おいし・・・」
トングをかちかちさせながら朝野くんはじとっと見た。
「な~んだよ・・・ボーっとして・・・。」
「・・・駅に向かう途中、佐伯さんに会ったんだ。」
俺がそう言うと朝野くんはピクリと眉を動かして、真顔になる。
「普通あんなこと言われたら嫌な気持ちになって怒るよなぁ・・・ってこと言っちゃったんだけど・・・佐伯さんは真面目に受け止めるし、前向きに捉えるんだ。ちょっと尊敬するな・・・俺、性格悪いしひん曲がってるからさ。」
「ふ・・・んなことねぇだろ・・・。」
彼は何枚か肉を網に乗せて、焼けた肉を自分と俺の皿に入れた。
手早く口に運んでもぐもぐと咀嚼しては、ゆっくり箸で肉を掴む俺を凝視していた。
「食べ放題はいいよなぁ、時間内だったらいくら食ってもいいわけだし・・・。薫・・・俺は好きな人を食えない代わりにいっぱい食うから、お前も食えよ~。」
肉をひっくり返しながら朝野くんは淡々とそう言った。
「夏休みに焼肉食べ放題なんて最高だよね。ありがと、誘ってくれて。」
幸せな気分で肉を頬張ると、朝野くんは堪えるような苦い顔をしながら視線を逸らせた。
「んだよ・・・可愛い笑顔すんな・・・。」
「それこげるよ、朝野くん、早く取らなきゃ。」
「ま~た朝野くんに戻ってんじゃん。」
メニュー表を広げてご飯を頼もうか悩む。
「そう簡単に呼んでもらえると思っちゃだめだよ・・・。やっぱりご飯食べたくなっちゃうから頼も・・・」
「ケチケチすんなよぉ奢ってやるっつってんのに~。」
そろそろ不貞腐れて来た朝野くんに、またニッコリ笑顔を返した。
「夕陽、もっといっぱい食べて筋肉つけて、モテるといいね。」
「・・・え・・・なに、筋肉ある男の方が好きなの?」
「まぁ若干は?」
「そっか・・・わかった。」
「・・・からかわれたり振り回されたりしてるの気付いてる?」
また一口、タン塩を口に運びながら聞くと、朝野くんはニヤリと笑った。
「気づいてるよ?別に本望だわ。」
「・・・・ふぅ・・・。」
朝野くんに嫌われようとするのは難しいみたいだ。
ここ一月、二人と親密な付き合いを持って何となくわかったことは、二人とも同じくらい大事な友達、ということだ。
厄介だ・・・おまけに二人とも相当一途な人らしい。
一度わざとらしく距離を置くのもいいだろうか・・・俺も頭が冷えて、どちらがより一緒にいたいのか明確になるかもしれない。
目の前で美味しそうに肉を頬張る朝野くんは、普通に学生生活を送っていてモテる方だと思う。
容姿云々というより、人付き合いの上手さと気遣いの細かさで。
「・・・ねぇ、夕陽・・・」
「んあ?」
「聞こうと思ってたんだけど・・・夕陽は俺のどこがいいの?」
佐伯さんにも尋ねたその質問をすると、朝野くんは変わらずもぐもぐと口を動かしながら、俺をじっと見つめた。
「どこ・・・かぁ・・・。考え方とか、立ち振る舞いとか、話し方とか、笑顔とか、言葉の選び方とか、仕草とか、あ~あと声も好きだよ。もちろん顔立ちとか体つきとかも。」
「・・・・・・はぁ・・・・そうなんだ。」
「何で納得できねぇって顔すんだよ。」
「じゃあ同じような女性か男性を見つけたら、その人も好きな人になるの?」
「あ~・・・それは違うかなぁ・・・・。なんていうかなぁ・・・俺が知らない薫のもっともっと深いところにある内面がさ、話し方とか振る舞いに出てて好きなんだよきっと。見てるともっと知りたいなぁって思わせんの。自分でも不思議だよ、講義室で一目見た時から、な~んか気になるなぁって直感が働いて・・・そんなん偶然じゃんか。そりゃ普通に友達意識として話してた時は、好きだなぁって思ってたわけじゃねぇよ。けどさ・・・薫の一つひとつの挙動が、後々俺の脳内にこびりついてて、何度も思い出させて、そのうちな・・・頭撫でたいなぁとか、触れたいなぁとか、抱きしめたいなぁになっていったんだよ。わっかんねぇよなぁ、こればっかりは。」
じわじわと変わるグラデーションの心境。
朝野くんは佐伯さんと違って、一目惚れっていう急激な惹かれ方ではなかったんだ。
「朝野くんモテるだろうにねぇ・・・。何で俺なんだろ。」
「知らねぇよそんなん・・・。好きだと思ったら・・・もうダメなんだよ・・・。」
また一つお互い焼けた肉を口に運んで、じゅ~っと香ばしい音を聞きながら、彼は付け加えるように言った。
「言っとくけど、男である薫を好きになったこと後悔してないからな。薫のことを考えて、でも男なんだよな~なんて考え方はしてないし、別に俺は周りからどう思われようが薫のこと好きだから。俺の気を他に逸らせようとしてんのバレてんぞ?」
割り箸を俺に向けながら、朝野くんはそう啖呵を切った。
「じゃあさ・・・俺のことを好きな人として、友達や家族に話せる?」
「ああ、話せるよ。」
「それで人間関係が壊れても?」
「ああ、そんなんで壊れる人間関係ならクソくらえだ。好きになる気持ちは尊いもんだろ?迷惑かけたり誰かを傷つけてなければな。薫がもう、迷惑だし気持ち悪いからやめてくれっていうなら、俺は好きでいるの諦めるよ。けどそうじゃなくて、お前はちゃんと俺と佐伯さんを天秤にかけて、自分の気持ちを確かめようとしてんだろ?俺はそういう薫っていう人間が好きなの。薫は頭いいし、ずる賢いとこもあるし、自分が劣悪な環境下で育ってたことも、他人から酷い目に遭わされたことも、結局は客観視して誰も傷つけ返そうとしなかったんだろ?お前がどういう紆余曲折な考えでそう至ったのかはわかんねぇけど、俺は薫が一生懸命自分の人生と向き合ってることを尊敬してるし、そこも含めて好きなんだよ。」
朝野くんがそう言い終わって、自分の割り箸を持つ手に力が入って、みしっと音を立てた。
「・・・そっか・・・。」
「そ~~。・・・今どういう気持ち?」
ふっと笑みを落として、脇にあったお冷を飲んだ。
「・・・話せることを・・・いや、話したい事を順不同に雑多に話すよ。小児白血病で死にかけた俺を、母さんは献身的に支えてくれたんだ。もちろん父さんも治療費のために身を粉にして働いてくれた。二人の仲が悪くなったのは自分のせいでないとわかっていても、退院してから自分のことに専念できるようになった二人を、これ以上縛っていたくなくて、離婚も再婚も了承したんだ。自分の子供が生きるか死ぬかの瀬戸際で、それでも支えて働き続けなきゃならない現実を与えてしまったから、俺は二人を自由にしてあげることしか返せることがなかったんだ。年を誤魔化してバイトしていた俺の弱みを握って、俺をレイプした店長も、女みたいだとからかって俺をいじめてた生徒たちも、結局は俺の人生に深く関わることなんてないからどうでもよかった。ただ運が悪くてそういうことになっただけだからね。きっと大人になっても理不尽なことが沢山待ってるんだっていう教訓になったし、それでも大好きな先輩がいたから日々が幸せだったよ。今は朝野くんっていう友達が出来て、しばらくは大学生活をエンジョイしてたし、勉強もはかどってるし、悪いことなんて一つもないんだ。二人のどちらかを選べなんて迫られてるつもりもないし、どちらと一緒によりいたいかで、必要としてるかじゃない。必要なものは今全部足りてるんだよ。どういう気持ちかって聞かれたら、どうでもいい身の上話を、朝野くんに聞いてほしいなっていう気持ちではあるかな・・・。」
俺がそう話すと、朝野くんはどこか安堵したような表情で微笑んだ。
「朝野くんに・・・俺が書いたノンフィクションの小説を読んでほしい。」
「おう・・・是非読ませて。」
またお冷に口をつけて、佐伯さんにも読んでほしいな、と思った。
俺は二人に、受け入れられたいんだ。




