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第二十一章

夕方までダラダラと朝野くんと過ごして、バイトに行く準備を始めた。


「薫さ・・・若干身長伸びて来たよな。」


「そうだね・・・まぁ元が小さいし・・・170もないけど。」


荷物を確認する俺の横に、朝野くんはさっと立った。


「俺がでかいから、カップルとしてはいい身長差じゃね?」


「あ~・・・そうかもね。毎回見上げるのちょっと疲れるけど。」


「ふふ・・・薫はそのサイズ感が可愛いんだよ。」


俺は昼間食べこぼして若干シャツを汚したことを思い出して、ボタンに手をかけた。


「あのねぇ・・・言っとくけど、俺可愛いって言われて嬉しいとは思わないよ?」


朝野くんは急に黙ってしまったので、俺が改めて彼を見上げると、じっと俺の手元を見つめていた。


「な、なに?」


「・・・ん~?何でも?」


いつもの穏やかな笑顔でそう言うので、ボタンをはずしながらクローゼットに向かった。


「てかさ・・・一人暮らしにしてはここ結構広いよな。」


「そうだねぇ・・・2DKだし・・・。学生が住むには高いだろうし、広めだね。」


シャツを脱いでTシャツを手に取り、若干汗をかいたので全部着替えることにした。

朝野くんが側にあるベッドに腰かけた気配がして、パッと振り返る。

彼は後ろ手をついて、ボーっと俺を眺めていた。


「・・・夕陽、俺の着替え眺めないでよ。」


「あ~・・・感づいたかぁ・・・。俺への警戒心レベルは上げないでよぉ。」


残念そうにほくそ笑みながら、朝野くんは立ち上がった。


「はぁ・・・夕陽は付き合う前の女の子に対しても、そんな態度とってるの?堂々と着替えを見ようなんて、場合によっちゃ引っ叩かれるよ?」


「んなわけ・・・。部屋に呼んでくれる子だったら、着替えてる時はもうセックス終わった後だよ。」


さらりとそう言ってリビングに戻る彼の背中を見ながら、ふと考え込んだ。

着替えを済ませて、またソファに座る朝野くんの隣に腰かける。


「まだ時間あんの?」


そう言ってさり気なく俺の肩を抱く彼は、何とも女性慣れしている風に思える。


「まぁかなり近いからねバイト先。あのさ・・・女性とセックスするのってどんな感じ?」


「・・・・・はぁ?」


少し焦った様子を見せながら、朝野くんは眉を寄せた。


「どうって・・・・なんで?」


「ほら、俺男性とはしたことあるけど、女性とはないから。」


「あ・・・ああ・・・。え~・・・?それを説明したら、へ~俺もしてみたいなぁってなるじゃんか。」


「・・・そりゃ・・・。ていうか説明されなくても、本能的に誰もがしてみたくなるもんじゃないの?」


「まぁそうか・・・。どうって言われてもなぁ・・・・相手に寄るよ。まぁ基本的に男は気持ちいいもんだと思うけどさ、女性は相性によってはそうでもない時もあるらしいわ。そんなに気になんなら、佐伯さんとすればいいだろ。」


朝野くんは投げやりにそう言った。


「しないよ。良い子なんだよ、遊びでして傷つけたくないし、そういう自分になりたくない。」


「ふぅん・・・?どんな感じか説明してもなぁ・・・ずっと規制かかるような下ネタの会話になるし、バイト行く前にそんな会話したくねぇなぁ・・・。俺はずっと薫としたいって気持ち我慢してんのにさ・・・生殺しもいいとこだよ。」


「はは・・・まぁそうだね、ごめん。」


「お前なかなか性の悪い言動とってんの気付いてるか~?」


朝野くんは自分の足に頬杖をつきながら、俺をジトっと横目で見た。


「気づいてるよ?」


「んだよ、わざとかよ!」


「わざとというか自然体だよ。嫌いになった?」


俺がそう言うと、朝野くんは体を起こして背もたれにもたれながら、またニヤリと笑みを返した。


「そんなんで嫌いになんなら・・・こんなにヤキモキしてねぇんだよ。」


俺がふっと笑みを落とすと、彼はまた俺の肩を抱いて顔を寄せた。


「好きだよ薫・・・。」


髪と耳にキスされて、咄嗟にぐいっと押し返した。


「セクハラとみなすよもう・・・」


「うえ~ごめん。怒んなよ~まんざらでもないくせによぉ。」


仕方なく立ち上がって、そろそろ行こうと声をかけて二人で家を出た。

彼がする行動の一つ一つが、もちろん嫌なわけではないし、可愛らしいなぁとさえ思う。

けれどそれを受け入れてしまう自分は、もしかしたら先輩にそうされたかったからかもしれないんだ。

高身長なところは似ているし・・・。

けどそんな受け入れ方、朝野くんがあまりにも不憫だ。

彼自身を心から好きな人と報われてほしい。

それが俺でないのかもしれないなら、無為に翻弄してはいけないんだ。

なんだか馬鹿みたいに正解を探して考え続ける自分が、時々愚かな気がしてならない。

バイト中、本を陳列したり整頓したり、レジを打ったりしながらも、時折朝野くんの顔がちらついた。

うるさく脈打っていた心臓が、嘘のように静まり返っているのに、何度もあのキスを思い出した。

佐伯さんのことを思い出させないように、彼は上書きしたつもりなんだ。


わからないなぁと思っていたけど、俺は今、朝野くんのことも、佐伯さんのことも気になってるんだ。


「だからって二人ともキスするのはまずかったよなぁ・・・。」


モヤモヤと過ごしたバイトの時間はあっという間に終わって、着替えるロッカーの前でそんな独り言が漏れた。


季節はお盆時期に突入した。

自然と佐伯さんからも朝野くんからも連絡は途切れて、バイト先の客足もまばらになる。

皆がまとまって休暇を取る中、実家や田舎を持たない俺は、全ての日数をバイトと勉強にふった。

毎年のことだけど、バイト先の人に必ずと言っていい程、帰省しないのかと尋ねられてしまう。

両親と疎遠になったことをいちいち説明するのも億劫だけど、説明された側も気まずそうにしてしまうし、最近は適当な嘘をつくべきだろうかと考えてしまう程だ。

けれどそんなことは些細なことでどうでもいいので、毎日みっちり司法試験の勉強をしながら、空いた時間は裁判の傍聴にも行くようになった。

たまに気分を変えたくて大学の図書室に赴いて、本の匂いに包まれて勉強するのも、落ち着いた時間で好きだった。

盆が明けてそんな風に勉強していたある日、静寂を破るように着信音が鳴った。

周りに誰もいなかったので、俺は小声で電話に出た。


「もしもし・・・」

「会いたいんだけど・・・」

「・・・えっと、どうしたの?」

「いや、どうもしねぇけど・・・。母さんと父さんの実家に帰省して今日帰ってきたわ。・・・薫に会いたくて仕方ない。」

「・・・悪いけど今日は一日集中して勉強したいから・・・。」

「え~?どこにいんの?」

「学校の図書室だよ。」

「ふぅん・・・。夜は?どっか食いに行かね?」

「ん~・・・」


俺が答えを渋っていると、朝野くんはダメ押しとばかりに言った。


「奢るから焼肉行こ。」

「焼肉・・・!」

「お、行きたそうじゃん。食べ放題行こうぜ。」

「・・・でも・・・おごってもらうのは悪いしなぁ。」

「いいじゃん。こないだセクハラしたお詫び。」

「・・・詫びる気はないでしょ。」

「そうだよ?何かと理由つけて一緒に居たいだけ。俺は佐伯さんとやらと薫を取り合ってんだよ。先越されたくねぇの。」

「・・・それじゃあまるで、お金を払ったらセクハラを容認するみたいじゃんか。」

「そういうんじゃねぇよ。わかってるよちゃんと。薫は俺にも佐伯さんにも、そういう態度取るのは悪いって思ってるから、距離を保とうとしてんだろ?だったら友達が焼肉奢ってやるぜ~って言ってんだから、ラッキーやった~!って来ればいいんだよ。」

「・・・わかったよ。友達として夕陽を信じるよ。」

「・・・おう。」


通話を終えて積み上げた本を片付けに向かった。

朝野くんが指定した駅に向かうため、大学を出て駅方面へ歩き始めると、後ろから駆け寄る足音がした。


「薫くん!」


振り返ると、満面の笑みで駆けて来た佐伯さんが息を切らしていた。


「佐伯さん・・・こんにちは。」


「あ・・・はぁ・・・奇遇・・・はぁ・・・。もしかして、大学になんか用事できてたの?」


「いえ、用事というか図書室で勉強してました。」


「そうなんだ!私はちょっと近くのカフェでサークルの子たちと集まってて・・・。どっか行くところ?」


「・・・はい、友達と予定が出来て・・・。」


「そっかそっか、私も一緒に駅まで行っていい?」


「ええ。」


佐伯さんはハンカチで汗を拭って、俺の隣をいそいそと歩き始めた。


「ね・・・お友達ってどんな子?」


唐突にそう聞かれて、思わず視線が泳いだ。


「え~・・・と、同じ学部の同級生です。」


「そうなんだぁ・・・。仲良しなの?」


「仲良し・・・まぁそうですかね。親しい方だと思います。」


当たらず触らずの答え方に、佐伯さんは何かを察したようだった。

それ以上個人的な質問をすることなく、彼女はサークルの話を聞かせてくれた。

そしてもうすぐ駅に着くかという頃、佐伯さんは思い出したように尋ねた。


「ねぇねぇ薫くん、夏祭りの時、私浴衣着て行ってもいい?」


「・・・ええ、もちろん。そういう時でないとなかなか着るタイミングないですもんね。」


「そうなの、薫くんは浴衣持ってたりする~?」


「いえ、残念ながら・・・。」


やがて駅に着いて改札の前まで来ると、佐伯さんは俺の手を握って、人並みを避けた端っこに連れて行った。


「じゃあじゃあ・・・お祭りの前にもデートしたいし・・・空いた時間があったら、一緒に薫くんの浴衣買いに行かない?」


可愛い上目づかいで見つめられて少しドキっとした。


「・・・えっと・・・浴衣はそんなに着る機会もない上に、少し高いイメージなんですけど・・・」


「そうだねぇ。ピンキリではあるけど、安い物だったら五千円くらいからあるよ。それくらいだったら私出すよ?」


「え!?いや、買ってもらうのはさすがに申し訳ないですよ。」


「でも最初にデートしたときも薫くん食事とか全部奢ってくれたし・・・。お祭りも私が行きたいって言ったから付き合ってくれる感じでしょ?私の我儘に付き合わせちゃうならそれくらい買うよ。安心して!日雇いのバイト何個かして結構稼いじゃったし!それに、帰省した時おばあちゃんにお小遣いもらっちゃったんだぁ。」


これは困ったな・・・

付き合ってもいない女性から買ってもらっていいもんなんだろうか。

もし誕生日とかイベントがあったなら、それくらいの値段のものはプレゼントするのかもしれないけど・・・。


「じゃああの・・・デート先でかかるお金は今後も俺が払う前提でっていうのはどうですか?」


「え~・・・ん~・・・薫くんは何か条件がないと受け取らないの?」


佐伯さんは困ったような笑みを浮かべて俺の手をぎゅっと握る。


「そうじゃないとフェアじゃない気がします。」


「私は好きな人に貢ぎたいだけなんだけどなぁ・・・」


「・・・佐伯さん、そういうのは周りからやめろって言われたことないですか?」


俺がそう言うと、彼女はぎく!っと驚いた表情を返す。


「え・・ええ~?そんなこと・・・」


今までの彼女の言動からなんとなく察していたけど、佐伯さんは意中の相手に献身的な人に思える。

お金がかからないことでも、お金がかかることであっても、率先してやろうとしてしまう癖なのかも。


「確かに・・・ダメ男製造機とか友達から言われるけどさぁ・・・。」


そうぼそりと呟く彼女を見て、ため息をついて考えた。

彼女のしてあげる精神は立派だが、それに甘えても慣れてもいけないだろうな。


「って薫くんはダメ男なんかじゃないもんねぇ。」


「・・・さぁ、どうでしょうね?気もない女性に流されてキスした男ですよ?俺は俺で自分がダメなところは出ないようにして、治していかないとと思って生きてはいます。佐伯さんはどうですか?自分の中で、理想の男性像とか、理想の恋人像がもしかしたらハッキリあるのかもしれませんけど、俺は少女漫画に出てくる王子様ではないので、恋に恋しない方が賢明ですよ。」


呆然と見つめ返す佐伯さんを見て、ちょっと言い過ぎてしまったかも・・・と後悔した。

彼女は握った俺の手をじっと眺めて、わずかに微笑んだ。


「そうだよねぇ・・・。私・・・人間らしい薫くんをもっともっと知りたい。薫くんが自分でダメだなぁって思ってるところも含めて知りたいし、私のことも知ってほしいなぁ。表面上の付き合いじゃなくてね?少しずつ正直に曝け出していける関係になりたいな。後・・・やっぱりデートの時に毎回払ってもらうのはヤダから、浴衣買うのは諦めるね。私は着て行きたいから着るんだけど・・・薫くんの浴衣姿はきっと贅沢だし、今の私にはもったいないから、いつかの楽しみにしとく!」


そう言って佐伯さんは目じりを垂らしていつもの笑顔を向けた。


「・・・可愛い。」


「・・・へ・・・?」


彼女のその抜けた高い声で、自分の心中が声に出ていたことに気付いた。


「あ・・・いや・・・。ああ・・・の、友達待たせてるのでもう行きますね。」


目を丸くする彼女の手をそっと解いて、さっと改札を通った。

顔が熱い・・・。

足早にホームに向かいながら、恥ずかしくて振り返ることが出来なかった。



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