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第二十章

佐伯さんと自宅で過ごした翌日、メッセージが届いた。

予定が空いていれば、8月末にある近くの夏祭りに行かないかという誘いだ。

正直気乗りはしなかった。

人がごった返す上に暑い中、疲れずにいられる自信はなかった。

けれど昨日のデートは、佐伯さんが気を遣って図書館に来てくれた。

気にしなくていいのにと言われてしまうだろうけど、色んな所に連れて行こうとする彼女に、付き合うことは嫌いじゃなかった。

それに祭りに行ったことはないし、何事も経験だなぁとも思う。

俺は佐伯さんに了承する旨を伝えて、また嬉しそうにする返信に目を通して、自然と笑みが漏れた。

すると不意に朝野くんからの着信画面に切り替わった。


「もしもし?」

「あ~薫、今大丈夫?」

「うん、家にいるよ、どうかした?」

「いや、あのさ、ちょっと用事で近くに来てて・・・済んだから、暇だったら家寄って小説返そうかなって思ってさ。」

「ああ、もう読んだんだね。いいよ、どうぞ。」

「ありがと、んじゃ10分くらいで着くから。」


通話を切って、何となく自然に了承してしまったけど・・・ほいほい家に上げるのはやっぱり無防備だろうか・・・。

いやまぁ・・・朝野くんに限って無理やり押し倒したりすることはないだろうけど。

佐伯さんに対してもだけど、そういうつもりがないのなら、そもそも家の中でスキンシップを取るべきではないよな・・・。

そんな風に思いながら昼食の食器を片付け、家のチャイムが鳴るのを待った。

軽くリビングに掃除機をかけ終わった頃、朝野くんは訪ねて来た。

ガチャリとドアを開けて、ギリギリドア枠に収まる彼を見上げる。


「いらっしゃい。」


「よ、悪いな急に。」


「いいよ、特に忙しかったわけじゃないから。」


朝野くんは玄関で靴を脱ぎながら、俺にコンビニ袋を渡す。


「飲み物な。今日薫バイト?」


「ありがと・・・。うん、今日は夕方から夜まで。」


「そっかそっか、俺も夕方からバイト入ってる。」


「・・・朝野くんってなんのバイトしてるんだっけ。」


貰った飲み物を開けてグラスを出すと、洗面所で手洗いする彼の声が響く。


「チェーン店のファミレス~。ウエイターしてる~」


ファミレス・・・。高身長の朝野くんがウエイターをしているとさぞ目立つだろうな・・・。

二つ分のグラスをテーブルに置いてソファに腰かけると、朝野くんは鞄から小説を取り出しながら戻ってきた。


「これありがとな。そういう薫は何のバイトしてんだっけ・・・俺聞いたことあったっけ?」


「聞かれたかな・・・俺も覚えてないや。本屋だよ、大学の最寄り駅の構内にある・・・」


「え・・・ああ~!マジで?あっこかぁ!え~・・・今度冷やかしに行こ・・・。」


「来なくていいよ!」


ニヤニヤする朝野くんを見ながら貰った飲み物に口をつけた。

受け取った小説を本棚に戻そうと立ち上がると、朝野くんはポツリと呟く。


「てかさ・・・ここ座って気が付いたんだけど・・・なんか女の匂いがする。」


「・・・・へ??」


続きの一冊を手に取りながら振り返ると、彼はソファにもたれて俺をじっと見た。


「連れ込んでんなぁ・・・」


「つ・・・連れ込んでるって・・・すごい語弊が・・・。」


尚もじとっと視線を返す彼に、小さくため息をついた。


「例えそうだったとしても、朝野くんには無関係でしょ?」


栞が挟みっぱなしになっていないか、手に取った本を弾くとふっと背後に影がかかる。

振り返る間もなく、朝野くんは後ろから俺を抱きしめた。


「そうかもなぁ・・・。薫がそんな意地悪な言い方すんなら、俺もいじめたくなるなぁ。」


「・・・っ・・・ほら・・・目的の本はこれだよ。」


回された彼の腕を解こうと手をかけたけど、力負けする上に更にぎゅっとそれは強くなった。


「本は口実で・・・目的は薫だって言ったろ・・・。聞きたくないから聞かないけど、俺のことも連れ込んだんだから嫌がんないで・・・。」


許しを請うような言い方が、いじめるなんて言葉とは裏腹に、とても優しくて弱々しい気持ちが伝わってきた。

振りほどく力が抜けると、肩に顔をうずめていた朝野くんは、音を立てて俺の首筋にキスを落とした。

ドクンと心音が体に響いて、思わずビクリと震えた。

クスリと笑う彼の声が聞こえて、耳や頬にもキスが落ちてきた。


「あ・・・朝野く・・・」


力が入らないまま身をよじると、彼の気だるげな低い声が耳元で響く。


「何で・・・苗字呼びに戻ってんの?」


「・・・夕陽・・・あの・・・離して・・・。」


彼はゆっくり腕を解いて、どうしたらいいか動けない俺の頭を撫でると、ふふっとからかうような声を漏らした。

目を合わせるのが何だか恥ずかしくて逸らすと、向き直った彼は腰を折り、そのまま自然に唇を重ねた。

口から出そうになっていた心音が響くよりも、朝野くんを押し返そうと掴む俺の震えた手で、きっとそれは伝わってしまっていた。

朝野くんは俺の手を反対の手で優しく握って、そっと唇を離しては、また角度を変えて深く重ねた。

昨日この部屋で、佐伯さんとしたキスを思い返しながらも、強引なのに優しく触れる彼のキスに、昨日とは違う興奮がこみあげてくる。

やがて絡めていた舌がゆっくり離れると、まともに思考が働かずボーっとした。


「あ~・・・ヤバ・・・」


朝野くんは一つ息をついて、チラリとベッドを見て俺の腕を掴む。


「ま・・・夕陽!」


「なに?」


まだ震える体をあっという間にベッドに座らされてしまったので、今度こそ彼の目を真正面から見た。


「妙な態度を取った俺も悪いけど!これ以上は・・・」


朝野くんの手首を掴んで、今度ばかりは力を込めて引きはがした。

肩で息をしながらそう言うと、彼は掴まれた腕を静かに下ろした。


「・・・わかった。ごめんな?」


「ううん・・・俺の方こそホントごめん・・・。浅はかだった・・・。」


昨日今日とどうにも、快楽に身を委ねがちな自分に不快感さえ覚える。

朝野くんは黙って俺の頭に手を置いて、ゆっくり撫でた。


「獣のように襲うところだったわぁ・・・。ごめんなぁ・・・。」


ちょっと冗談めかしに言いながら、彼は乾いた笑いをこぼす。


「朝野くんは別に普通だよ・・・男性として。最低なのは俺だよ・・・。付き合う気もないのに・・・」


「ふぅん?・・・それは~・・・佐伯さんともキスしたってことかやっぱ・・・。」


「・・・聞きたくないって言いながらやっぱり聞くんだね。」


朝野くんはずるずるとベッドから体を下ろして床に座った。


「だって・・・気になんじゃん・・・。あれだなぁ・・・男を好きになったの初めてだけど、別に女の子を好きになった時とやっぱ変わんねぇんだなぁ・・・。焼きもち妬くし、他の仲良くしてる奴の話なんて聞きたくないし・・・。」


「・・・朝野くんは友達だから・・・俺は何でも正直に聞かれたら話すよ。」


同じく隣に座ると、彼はじろりと睨んだ。


「とりあえず夕陽って日常的に呼べるようになってよ・・・。」


「そんなに名前にこだわる?」


俺が嘲笑すると、朝野くんはいつもの可愛い笑顔を向けた。


「うん・・・だって嬉しいんだよ・・・。自分の好きな人が、自分の名前呼んでくれんの・・・わかるだろ?」


「・・・・まぁ・・・・わかる・・・けど・・・・。強制されて朝野くんを喜ばせなきゃいけない理由は俺にはないじゃん。」


「はは!それは確かに最もだなぁ。・・・んでも・・・それでもやっぱ呼んでほしい・・・。嫌なんだったらいいけどさ、これは俺からの薫へのお願い、だよ。」


「だったら・・・その気もないのに喜ばせるのはおかしいかな・・・。思わせぶりになる気がするし。」


「んだよぉ・・・。あ・・・さては怒ってんな?無理やりキスしたから・・・。」


朝野くんは俺のほっぺをそっとつまんだ。


「・・・怒っへひゃいよ。」


彼はくつくつ堪えながら笑って、いつも見ていたその愛おしそうな目を向けた。


「はぁ・・・やっぱ好きだわ・・・。」


静かな部屋で呟いた朝野くんの声は、泣きそうなのを我慢しているかのようだった。

その後彼は気を取り直したように話題を変えて、夏休みの過ごし方について熱弁してきた。

正直に佐伯さんとお祭りデートすることになった旨を伝えると、苦々しい顔をしながら、俺ともデートしろと駄々をこねるように言った。

これじゃあまるで、二人をつまみ食いしながら天秤にかけてるようだ・・・。

食べてはいないけど・・・。

二人に対して同時に友達付き合いしているだけとも言えるけど、好意を知っているうえで過ごすのは、やっぱり罪悪感が付きまとう。

どちらも傷つけたくない、は絶対的に無責任だとわかっているので、どういう選択をするのかは自分次第にしても、どっちつかずなことはこれ以上出来ない。

とりあえず・・・朝野くんに対してもうちょっと警戒心を持たなきゃならない・・・。


飲み物のおかわりを淹れながら考え込んでいると、朝野くんはテーブルに突っ伏した顔をこちらに向けて、気だるげに尋ねた。


「難しい顔してどうした~?」


「・・・男性に対して警戒心レベルを上げようと思って。」


「・・・ふ・・・。お~そうしろ~?可愛い子だなぁって外でナンパされちまうぞ?」


「ナンパも痴漢も経験済みだよ・・・。」


「え・・・マジか・・・。」


途端に心配そうな表情に変わる彼がおかしくって、思わず笑みが漏れた。


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