第十七章
「・・・・・・・・・・え・・・・?」
俺が硬直すると、朝野くんは思った通りのリアクションをされたと言わんばかりに、呆れ顔を見せた。
そして先ほどの緊張の糸が解けたのか、隣にある俺の手を片手で握った。
「だからぁ・・・好きだよって・・・。」
視線を落としてそれを見ると、彼の大きな手が重なって、自分の手は見えなくなってしまう。
「言っとくけど・・・俺男を好きになったの初めてだからな・・・。まぁ最初見かけた時は女の子かなぁってちょっと思ったけど・・・。それでも、男だってわかって友達になってからもさ、一緒に過ごしてて・・・どんどん惹かれてったっていうか・・・。」
朝野くんは恥ずかしそうにキョロキョロ視線を動かして、少し顔を赤らめながらまた俺に視線を合わせた。
「ごめんな・・・」
「・・・何が・・・?」
「いや・・・こんなこと言われるって思ってなかったろ?俺だって困らせるってわかってて言ったんだよ・・・。でもさ・・・さっきも言ったけど、薫を狙ってる人が他にいるってわかってて、傍観してらんねぇなぁって。そこまでいい人でいるつもりもないし、自分の気持ちに嘘ついて何となく過ごしててもさ、たぶん薫と友達でいられなくなるほど、苦しくなっていくってわかったから。結局俺は・・・自分が苦しみたくないから打ち明けたんだよ。」
そこまで聞いて、朝野くんが今日までどれ程悩んできたのか、少しだけ見えた気がした。
「俺が好きって思ってるからって、距離置かれるのはきついし・・・薫が友達でいたいっていうなら、俺はもちろん今まで通り楽しく過ごせる友達の一人になる・・・でも・・・好きになってほしいから・・・俺もそれなりにアピールはしていきたい・・・って思うし・・・迷惑じゃない程度に。」
朝野くんは俺の返事を伺うように、また子供のような可愛い目をした。
「・・・うん。」
応える言葉が見つからなくて、握られた手に力を込めた。
朝野くんはその手をゆっくり解くかと思いきや、改めに恋人繋ぎにして、少しだけ俺の方へ距離を詰めた。
「な・・・佐伯さんだっけ・・・二年生の・・・」
「え、うん・・・」
「その人とデートしたとき・・・手繋いだ?」
「・・・そうだね、繋いでたよ。」
「そっか・・・。キスは?」
朝野くんは繋いでた手を解くと、俺の髪の毛にそっと触れた。
「・・・してないよ・・・。前も聞いてたね、そういえば・・・。あの時もしかして、焼きもち妬いて聞いてたの?」
「・・・そうだよ・・・。んじゃあれだな・・・俺はまだ同じスタートラインに立ててるわけだ・・・。」
そう言って彼はやっと笑顔を見せてくれた。
ぎこちなく俺が笑み返すと、打って変わって朝野くんは真面目な顔つきになった。
「でももう良い人でいるの辞めるって言ったろ?・・・けどさ、さすがに望んでない相手に、さっとキスするほどイケメンなこと出来ないんだよ。」
「・・・ふふ・・・そっか。」
俺は内心どうしようか、何を言えばいいのかと思案していた。
全く予想外なことが起こって、頭は何も上手く働いていない。
朝野くんはそんな俺の次の言葉を待たず言った。
「薫・・・キスしていい?」
そう言われて、朝野くんを見つめ返すことしかできなかった。
その一言で、彼の今までの態度や発言が、好きな人へのそれだったのだとわかった。
むしろどうして気付かなかったのだろうとさえ思う。
男だから無警戒だった?いや、女性であったとしても、朝野くんくらいさり気ない関わり方をしていたら、恋愛対象として見られているなんて予想出来なかったはずだ。
それこそ本当に、良い人だなぁとしか思えていなかったんだから。
佐伯さんと違って、朝野くんはあまりにも自然だった。
『家に行きたい』という言葉は、意識し合ってる男女なら何かが起こることだし、そうでなくとも男女だと、何かあってもそれは構わないと、暗に了解していることだ。
俺はバイセクシャルでありながら、そうであるかどうかわからない相手に、あまりに無防備だった。
「・・・えっと・・・」
「ふふ・・・ごめんごめん。そんなあからさまに困られたら、さすがにしないって。」
彼の大きな手が俺の頭を撫でて、何か気恥ずかしくて視線を逸らせると、その指が愛おしそうに俺の頬を伝った。
「頭で思ってることのさ・・・一部しか告白出来てないんだよ本当は。俺がさ・・・ふとした瞬間に、あ~可愛い・・・とか思ってたの気付いてた?」
「・・・気付くわけないじゃん・・・。朝野くんはいつも自然だったよ。それに・・・特に可愛くはないよ・・・。」
「・・・何言ってんだか・・・。薫は本気で好きになった人がいたんだろ?だったらわかるだろ、俺の気持ち・・・。でもそんなのわかられたら、気持ち悪いって思われるのが関の山だよなぁ。」
朝野くんはそう言ってまた手を握りなおすと、コテンと俺の肩に頭を預けた。
「・・・言ってることはわかるよ。でも皆そんなもんじゃないかな・・・。俺だって先輩のこと好きだった頃は、ずっと気持ち悪いこと考えてたよ。」
「まぁそうかぁ・・・。じゃあ俺が今どんなこと考えてるか当ててみ。」
朝野くんのふわふわした髪の毛の感触と、香水の香りかわからないけどいい香りが漂って、何だかそれが優しい彼に合う気がして、動揺してた気持ちが安らいでいく。
無理に自分の気持ちを押し付けることが、俺を追い詰めるとわかっているから、受け答えしやすい会話をしているんだ。
「当たらないよきっと・・・。」
「そうかぁ・・・?じゃあ薫が逆の立場で、好きな人がこんな近距離にいたら、どんなこと考える?」
「・・・ん~・・・」
俺はあの頃、先輩と部室で二人っきりで過ごしていた時を思い出した。
「ずっと・・・この時間が続けばいいのになぁって思うかな。・・・報われなくてもいいから、長く長く続いてほしいなぁって。」
朝野くんは頭を起こして、また俺をじっと見つめた。
「そっか・・・。そんな風に思ってたんだな。」
「・・・え・・・誘導尋問?」
俺が苦笑いすると、朝野くんはいつもの爽やかな笑顔を見せた。
「違う違う!ほら・・・そういう話聞きたいなぁとは思ってたけどさ、振られたって言ってたから、あんまり思い出すようなことを聞くの悪いなって思ってたんだよ・・・。」
「そっか・・。どこまでも優しいんだね、朝野くんは。」
「・・・・俺も・・・・同じように思ってるよ。優しいかどうかは別として、俺はもうちょっと欲張って・・・薫の一番になりたいなって思っちゃうなぁ・・・。」
小さな子供がねだるようなその言い方に、やっぱり朝野くんは俺とは違うと思ってしまった。
「俺はそんなもんじゃなかったよ・・・。本当はね・・・先輩をどうにか懐柔して、自分だけしか見えないようになってほしいって思ってたし、どうにか弱みでも握って、俺以外の誰とも関わらないようにすらしたかったし、先輩にめちゃくちゃに壊されるくらい愛されたかったし、愛したかったよ。でも・・・そんなこと叶わなかった。見誤ってたんだ。先輩は俺が手出しできる程、懐柔出来るほど中身が小物じゃなくて、飄々としてるのに世の中を俯瞰的に見てて、俺のことを・・・ただのそなへんに転がってる石ころくらいにしか見てない目をしてた。酷いことを言わないように、傷つけないように気を付けてくれてるのに、ただの友達以上にすら扱ってくれなかった。俺の好意を知っていたから、腫物に触るように・・・扱ってるように見えた。俺はそれがさらにもどかしくなってさ、振り向かせたいって、かき乱したいって奮闘してみたけど、結局先輩の眼中にすらなくて・・・きっともう・・・俺のことを思い出しすらしないんだよ。」
ずっと思っていた吐き出せない気持ちを、よりにもよって、自分を好きだと告白してくれた人に垂れ流した。
最悪な気分になることをわかっていながら・・・。
俯いて話していた俺を、朝野くんは何も言わずに聞いていてくれた。
「この世で・・・・一番先輩が好きだった・・・・。目の前にいるだけで動けなくなるくらい・・・何も考えられなくなるくらい・・・。だから俺はいつも、まともに思考が働いてないのに、受け答えだけはちゃんとしなくちゃって・・・口八丁手八丁で・・・そんなんじゃ可愛げの一つもありゃしないのにさ・・・先輩の好きな人は、そんなタイプじゃないのに・・・。ごめん朝野くん・・・こんなこと・・・」
ただただ自分が情けないことだけがわかった。
けれど彼は、俺の頭を撫でながら、そっと体を引き寄せて抱きしめた。
「ごめんごめん・・・俺が言わせちゃったな・・・。そっか・・・全部捨ててもいいくらい、その人のこと好きだったんだなぁ。思い出して傷つくこと言ってごめんな・・・。」
尚もそんな優しい言葉をかけられて、喉元でつかえていたものが、涙になってじんわり浮かんできた。
「・・・朝野くんは何も悪くないよ・・・。」
いくつか零れ落ちた涙が、抱きしめてくれた彼の服に吸い込まれていく。
俺は何でこんな話をして泣いてるんだろう。
勇気を出して告白してくれた彼に対して、勝手に愚痴って勝手に思い出して・・・。
朝野くんは俺を抱きしめたまま、甘えるように言った。
「なぁ・・・いくらでも愚痴は聞くしさ、薫がしてほしいことは何でも叶えるからさ・・・。そろそろ俺のこと・・・名前で呼んでほしいなぁ・・・なんて・・・」
鼻水をすすりながら体を離して、ボーっと見つめ返すと、彼は困ったように微笑みながら、俺の涙の痕を拭った。
俺なんかが、彼の名前を呼ぶことに本当に意味があるだろうか。
どうして朝野くんみたいな優しくていい人が、俺を好きになるんだろうか。
「えっと・・・夕陽くん・・・」
ポツリと呟くと、彼はくしゃっとまた笑顔を見せる。
「いやぁ・・・夕陽、でいいんだけど・・・」
「じゃあ・・・夕陽。」
「・・・薫さ・・・こないだ出かけた時、夕日は特別好きだって言ってたよな。」
「・・・ああ・・・よく覚えてるね、そんなこと・・・」
朝野くんは少し顔を傾けて、またおずおずと俺の手を取った。
「あれは、何で?」
「・・・えっと・・・その・・・高校の時部室で、いつも夕日が降りてくるくらいに、先輩と過ごしてたから・・・。」
俺が気まずく答えると、朝野くんは合点がいったように、あ~と声を漏らした。
「なるほどな。・・・そっかそっか・・・。」
そして何故か、今日見た中で一番の笑みを浮かべて彼は言った。
「まぁいいや。今度からは、俺を思い出すから好きだって言わせて見せるからな。」
その可愛い答えが俺の心臓を鷲掴みして、その時ばかりは愛おしいと思ってしまった。




