第十六章
朝野くんの言葉の真意がわからないまま、辺りがゆっくり暗くなった。
スクリーンが光を帯びて、大音量でCMが始まる。
良い人をやめる、か・・・
こないだ気になっている人がいるって言ってたし、今回は思い切ってアピールしていこうと思ってるっていう決意かな。
もしかして・・・これから恋愛相談することがあるからよろしくって意味なのかな。
俺が佐伯さんとデートした話をしていたから、自分も頑張ろ!って気になったってことかも。
まぁ・・・俺はただ一緒に出掛けてるだけで、佐伯さんが意中の相手という意識はないけど・・・。
ボーっと近日公開する映画のCMを眺めながら、そんな風に予測していた。
やがて本編がゆっくりと始まって、周りにいる人たちが集中する空気を感じた。
有名なハリウッドスター主演のアクション映画で、その俳優さんを取り囲む役者たちも実力派ばかり。
話題作なだけあって、その演技と演出で一気に世界観に引き込まれてしまった。
いつの間にかまるで、長いジェットコースターに乗っているような感覚に陥り、緊張と緩和の連続に周りを気にせず没頭していた。
その間はまるで時間感覚を失って、一つ一つのシーンを噛みしめるように味わっていた。
そのうち物語が終幕へと向かい始めると、ああ、もうすぐ終わるんだな・・・と勘が働いて、すっかり感情移入していた自分に気が付く。
そして最後にはわざとらしく感動させる展開があるでもなく、主人公を体現するかのような粋な演出で場面は暗転した。
ゆっくりと壮大な音楽と共にエンドロールが流れ始めると、ふぅと肩から脱力する。
心の中で、はぁ・・・すごかった・・・ハラハラした・・・と一人感嘆の声をもらす。
そして思い出したように隣に座っていた朝野くんをチラリと伺うと、同じように満足気に息をついていた。
劇場を後にして飲み終わっていないジュース片手に、流れる人波に任せて歩き進めた。
「いやぁあ~~~良かったな~。」
朝野くんは伸びをしながらそう言って、目を輝かせて俺を見た。
「うん、予想以上にハラハラしたし、最後の演出も最高だった。」
「な!なんつーか続きがもっと見たくなるし、色んな想像働いたし・・・いやすげぇわ・・・。元々ない語彙力がさらに無くなる・・・。」
「はは、確かに、言葉が出なくなるほど作品として良かったね。」
その後モール内のカフェに入って休憩しながら、尚も二人で映画の感想を語り合い、同じ監督や役者が出ている作品をお勧めし合ったり、それだけで1時間くらい店に滞在していた。
二人で時間を忘れて語り合っていたことに気が付いて、その後少し遅めの昼食をファミレスでとった。
多趣味な朝野くんはその後も話題に事欠くことなく、洋服を選びながら友達の話をしたり、テレビやSNSで得た豆知識を話しながら、時々俺に昔のことを聞いたり自分の幼少期の話をしてくれた。
歩いてショッピングモール内を巡っているだけでそれなりに時間が経ち、トイレ休憩した後二人で人並みを眺めながらボーっと座っていた。
「どうすっかぁ・・・カラオケとか行く?てか薫ってカラオケ行くの?」
「ん~・・・実は行ったことない。」
「ええ!マジでか!そっか・・・。行きたい?」
「ん~・・・俺音楽聞かないからさ・・・歌えるものがないんだよね。流行の歌は聞き覚えあるなぁくらいに知ってはいるんだけど、歌えるようになろうとか、作業用に聞こうと思って家で聞いてたこととかないんだよ。」
「ほ~・・・そっかぁ・・・。まぁ習慣的に音楽鑑賞しないんだったらそうかぁ・・・。じゃあ・・・もう家帰って勉強してぇなぁってうずうずしてたりする?」
朝野くんは冗談めかしに言ってにやりと俺を見た。
「ふふ、そんなことはないよ。でもまぁ・・・人込みに疲れてはいるかな。」
正直にそう言うと、朝野くんはふと真顔になって視線を逸らせた。
その後少し黙って手をこまねいていた彼は、映画の感想を言い合っていた時と同じくらいの調子で言った。
「じゃあさ・・・薫が良ければだけど、家行っていい?」
「うち?ああ・・・うん、別に構わないけど・・・。特に何も遊べるものないよ?本はわりとあるけど・・・テレビゲームとかないし・・・。」
「いいのいいの、別に俺ゲームはそんなしないし・・・。大学から近いんだろ?行ってみてぇなぁってちょっと思ってたけど、機会を逃してたからさ。」
「そっか。じゃあ行こっか。」
二人して腰を上げて、ショッピングモールを後にした。
3駅離れた自宅へ向かうため電車に乗り込み、不規則に揺れる車内で、気だるげにドアにもたれる朝野くんを眺めた。
「ねぇ朝野くん」
「・・・ん?」
「朝野くんさ、他の友達と遊ぶときはどういうところに出かけてるの?」
「ん~・・・そうだなぁ・・・。普通に映画行く時もあるし、カラオケ・・・ボーリング・・・飲み会・・・たまに合コンとか。」
「・・・・飲み会は・・・まだ未成年じゃないの?」
「そうだな。だから俺は飲んでないよ。年確されるようなところは行かないし、だいたい皆宅飲みだなぁ。」
「そっか。・・・合コンってさ・・・俺行ったことないけど、どういう感じなの?」
「え、何、興味あんの?」
朝野くんは苦笑いを浮かべる。
「興味はあるね。どういう感じで皆過ごしてるのかなぁとか。想像してるような展開が本当に起こるのかな、とか。」
「想像してる展開って・・・例えば?」
「ほら、女性陣がトイレに入って誰を狙ってるとか会議したり、誰かが誰かのアシストしたり、そのままお持ち帰りしたりとか。」
「あ~・・・・」
朝野くんは窓から景色を眺めながら、少し考え込んだ。
「まぁそうだな、たぶんあると思うそれくらいなら。・・・ちなみに俺は送り狼になったりお持ち帰りしたことはない。」
彼はキッパリそう言うので、何となく笑みを返し、ちょうどついた最寄り駅で降りた。
時刻はまだ16時前だった。
家のマンションに着くと、玄関のドアを開ける俺の後ろに立ちながら朝野くんは言った。
「結構新しいマンションなんだなぁ、綺麗だし・・・。」
「そうだね、住むところに困ってた時に知り合いのツテで紹介してもらってね。」
リビングに入った朝野くんは、辺りをぐるっと眺めてキッチンに立つ俺に振り返った。
「朝野くんコーヒーでいい?」
「ん、ああ・・・。」
彼は少し落ち着かない様子でソファに腰かけた。
アイスコーヒーを二人分淹れて、ローテーブルに置いて座ると、朝野くんは礼を言いつつ静かに口をつけた。
「・・・友達のうちに来てそんなに緊張する?」
俺が少しからかうようにそう言うと、朝野くんは困ったような笑顔を作りながらまたグラスを置いた。
「ん~・・・静かな場所で二人っきりになると途端にちょっと緊張はするな。いやまぁ・・・説明しづらいけどさ・・・。許してよ、俺結構今色々考えて困ってんの。」
朝野くんは俯きながらぼやくので、彼の考えてることを思案したけど見当がつかなかった。
「・・・どういうことだろう・・・。なんか相談事があってうちに来たってこと?」
「いやぁ違うかな。」
朝野くんは視線を逸らせたり合わせたり、どこか煮え切らない様子を見せる。
「まぁ・・・別に言いにくいならいいんだけど。映画のDVDくらいならあるから何か観る?」
そう言って立ち上がろうとしたとき、彼は俺の手首を掴んだ。
「や・・いい・・・あのさ・・・別に相談事じゃないんだけど、聞いてほしいことはあんだよ。」
真剣な表情が返ってきて、反射的に何か心配になった俺は、そのまま大人しく座りなおして、コーヒーを一口飲んだ。
「何だろう・・・俺で良かったらいくらでも聞くよ。それで協力できるかどうかは内容によるけど。」
「・・・いやまぁ・・・今のところ聞いてほしいだけかな・・・。」
朝野くんは落ち着かない様子でコーヒーを一口飲み直して、ふぅとため息をついた。
「あ~~・・・のさ・・・何だろう・・・その・・・思い返せばもう最初っからなんだけど・・・時間が経つにつれて確信に変わったっていうか・・・どうしたらいいかわかんなくなってきて・・・。でもさ・・・薫にデートした話とか聞かされると、焦ったって言うかさ・・・」
そう言われて俺は何となく察した。
そうか、やっぱり恋愛相談なんだ。好きな人の話を聞かせてくれようとしてるんだ。
朝野くんから自身の色恋の話を聞いたことはなかったので、俺は半ば楽しみな気持ちがこみあげて来た。
微笑みそうになる表情を堪えながら、彼の次の言葉を待つ。
やがて朝野くんは短い沈黙の後、まるで怒られるのを恐れる子供のような目で俺を見た。
「俺さ・・・薫のこと・・・好きなんだ・・・。」




