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第十五章

だんだんとセミの声を聴くようになってきた頃、大学生として初めての夏休みに入った。

長期休暇の間、出来ることは山ほどあれど、とりあえず稼ぎ時なのは間違いないので、週5でフルタイム働いていた。

家事は朝少しこなして、バイトに行って夕飯前に帰り、料理を作って食べ・・・、家事を済まして司法試験の勉強をし、一日を終える。

そんな生活を半月程過ごしていた頃、朝野くんから電話が入った。


「もしもし」

「よ、今大丈夫?」

「うん、大丈夫。」

「何してた?」

「ん・・・片付けして、これから勉強しようかなって感じだった。」

「そうなのか、相変わらず真面目だなぁ・・・。ほら、休みに入る前話してたけど、映画観に行こうぜって。」

「ああ、そうだね、近場のショッピングモールにでも行く?」

「おう、こないだ靴買いに行ったとこの映画館、実はもう調べてて・・・薫、今週末の土日どっちか行ける?」

「ちょっと待ってね・・・。えっと・・・日曜日空いてるよ。」

「オッケ、じゃあ日曜な。結構人気だしチケット取れるか確認して、時間また連絡するわ。」

「うん、わかった。ありがとう。」

「おう、んじゃな~。」


事務的にやり取りを済まし、通話を切って画面を見ると通知がついていた。

確認してみると、ちょうど同じく佐伯さんが通話をかけて来ていたようだった。


「折り返してみよ・・・」


通話ボタンを押すと、少しコール音がしてすぐに出た。


「・・・もしもし薫くん!ごめんね、忙しかった?」

「あ、いえ・・・友達からちょうど通話がかかってきてたので・・・」

「そうなんだ、ありがとう、わざわざかけ直してくれて。えっとね・・・夏休みもし空いてる日あったら、どっか遊びに行かない?」

「・・・えっと、デートですか?」

「あ・・・うん・・・そう・・・デート・・・。二人っきりはヤダ?」

「いえ、そんなことないですけど。・・・どこか行きたい所がある感じですか?」


美術展に行った前回同様、誘いたい場所があるのかと思いそう尋ねると、佐伯さんは歯切れ悪く言った。


「ん~そういうわけじゃないんだけどね・・・。どこがいいかなって色々考えてたの。海とかプールとか、映画館とかピクニックとか・・・遊園地とか夏フェスとかもいいなぁって・・・。薫くんは夏だしこういうとこに行ってみたいなぁっていうのあったりする?」

「そうですねぇ・・・。」


佐伯さんに提案されたどの行先も、自分が一緒に行って本当に楽しめるんだろうかと思ってしまった。


「・・・えっと・・・映画館とピクニック以外は経験ないので、行ってみたさはありますけど、あまり運動が得意な方ではないので、疲れてご迷惑かけないか心配です。」

「そっかそっか!そうだよね、体調悪くしちゃったら大変だもんね!・・・そうだ・・・私のうちの近くにね、市立図書館があるの、結構おっきいとこ。図書館デートはどうかなぁ。」

「・・・俺はいいですけど・・・」

「けどぉ?」

「・・・その、アクティブな場所が好きな佐伯さんからしたら、図書館はつまらなくないですか?」

「え~?そんなこと気にしなくていいのにぃ。私だってそれなりに読書くらいするし、図書館ってまったりゆっくり過ごすデートとしては最適かなぁって思ったの。それに、薫くん本が似合いそうだし・・・」

「まぁ・・・文芸部でしたけど・・・」

「そうなんだ!じゃあ図書館デートにしよ?薫くん勉強したいなら勉強道具持ってきていいし。」

「・・・わかりました、じゃあ図書館にしましょう。」

「わ~い♡」


佐伯さんはそれから嬉しそうに、甘えた声で日程を決めるためにあれこれ俺に質問した。

来週末に決まったデートを、楽しみにしてるねと弾んだ声で言う彼女の、可愛らしい笑みが浮かんだ。

通話を終えてスマホを眺めながら、朝野くんも佐伯さんも随分自分に対して気を遣ってくれる人だな、と思う。

遊びであろうとデートであろうと、どこに行くかより、誰と行くかが重要な時がある。

一抹の不安であるのは、果たして二人とも、俺と一緒に行って楽しいのだろうか、というところだ。

お世辞にも明るい性格というわけではないし、そこまで相手に合わせることが得意な方でもない。むしろそれは二人の方が得意だろう。


知り合ってからというもの、二人が向けてくれる好意について、俺は度々考えていた。

朝野くんに関しては、何となく性格上、他者への興味が尽きない子に思える。

その気遣い屋なところと、友達や知り合いの多さは、彼が偏見無く仲良く出来る理由があるはずだ。

その一つが、相手に対して興味を持って接していること、だろう。

ただの友達であっても知り合い程度であっても、興味を持って質問されたり話をしてもらえるのは、悪い気はしないものだし、上手く会話が運べば急速に関係性が深まる。

朝野くんは愛想もよく会話も上手で、相手との距離の測り方もさることながら、持ち前の人の好さで誰とでもすぐ仲良くなれる人だ。

俺とも友達になろうと思ってくれたのは、朝野くんの中で俺のようなタイプの知り合いがいなかったからだろう。


初対面の時に話していた、何度か講義室で見かけたから気になって声をかけようと思った、という発言から考えると、ある程度は感覚で動くタイプのようにも思えるけど、そこまで俺に対して特別な意識があるようには思えない。


対して佐伯さんはどうだろう。

思い上がりや失礼な勘繰りは捨てようと思って接していたけど、何か作為的な思惑がない限り、彼女は恋愛的な意味で俺に好意を抱いているように思える。

彼女が発することの全てを鵜呑みにするなら、だけど・・・。

今まで生きてきて人に好意を持たれることがなかったので、何かと疑惑を抱いてしまう癖がある。

けれど素直に楽しそうに接してくれる佐伯さんを見ていて、最近は疑うのが失礼のように思えて来た。

例え彼女の中で、俺への好意が恋愛対象のそれでなくとも、一緒に過ごしていて楽しいのは事実だし、佐伯さんの望む関係がハッキリしていなくとも、それに応えてあげられたらなと思う自分がいる。


何はともあれ、二人に共通して言えることは、「優しくていい人」だということ。

心の中で予防線を張るならば、扱いやすくてからかいやすそうな俺を、何を勘違いしていたのかといつか嘲笑う意図があって、おもちゃのように気分で弄んでいるのかもしれない。

そんな風に考えてみたりもする。

けれどもしそうだったとしても、それまで過ごした時間がとても貴重なもので楽しかったので、俺としては何も後悔することはないな、と思えた。


最悪の展開を想定してしまうのは、今まで直面してきた現実を味わってきたからだけど、不幸を受け入れる覚悟より、幸せな時間に足を踏み入れようとすることの方が、人間尻込みしてしまうものなんだと思った。

俺は変化していく自分の人生が怖いのかもしれない。

達観して色んなことを受け入れて来たつもりでいて、まだただの18歳の子供だから。


週末の日曜日、以前朝野くんと出かけたショッピングモールで待ち合わせて、映画館へと向かった。

予想通りの人の多さだったけど、事前にチケットを購入してくれた朝野くんのおかげで、行列に並ぶことなく余裕をもってパンフレットを眺めることが出来た。

ふかふかの赤い絨毯が敷き詰められた広々とした空間で、予告が流れるスクリーン、大きないくつものソファに腰かける人に紛れて、独特の高揚感に溢れる空気にワクワク感が増していく。


「楽しみだな。」


同じくワクワクを隠しきれない様子の朝野くんを見上げた。


「そうだね。映画館自体すごく久しぶりかもしれない・・・。前いつ行ったか思い出せないもんなぁ。」


「そうなのか。俺は先月も友達と行ったかも・・・。まだ15分くらいあるし、なんか飲み物とか食べ物買う?」


「そうだね、買っとこっか。」


ポップコーンのいい香りに包まれる売店に足を運び、映画とコラボした限定商品もあって、色々と目移りさせた。

カップルが仲睦まじく二人で大きなポップコーンを選ぶ姿や、小さな子供たちを連れた家族が、嬉しそうに飲み物を手にして談笑している。

俺と朝野くんはベタだけど、炭酸ジュースとキャラメルポップコーンを頼んだ。


「ポップコーンってさ・・・普段売ってても買わないけど、映画館来た時はなんか、めちゃくちゃ美味しそうに見えるから買っちゃうよなぁ。」


朝野くんはそう漏らしながら、頼んだ二つ分の会計をしれっと払おうとするので、俺は慌ててその手を避けた。


「チケット代払ってくれたからここは驕るよ。・・・こういうお店でさ、ポップコーンメーカーで作ってるの見るとテンション上がるもんね。」


「ありがと。尋常じゃないくらいいい匂いすんもんな!」


「何でも出来たてのおいしさには抗えないからねぇ。」


大きなポップコーンメーカーから次々吹き出すように弾ける様子を二人で眺めた。


「そいや思い出したわ・・・。こないださ、人違いじゃなけりゃ・・・薫、大学の中庭で、なんか女の子と弁当食べてなかった?」


怪しむようににやけて言う彼に、少し笑みを返した。


「ああ、佐伯さんだよ。こないだデートに行った2年生の・・・。」


「ああ・・・ちょっと仲良くなったって言ってた人か。」


出来上がったポップコーンと飲み物を受け取って、俺たちはまたソファへ戻った。


「あれかぁ・・・薫、向こうからガンガンモーションかけられてる感じか。」


気だるそうに言いながら、朝野くんは一つポップコーンをつまんだ。


「モーション・・・・・。そう・・・なんだろうね。」


同じく俺も一口食べて、来週末にデートの約束をした彼女を思い浮かべた。


「薫はあんま気にしてない感じ?」


「ん~・・・・・・わかんないなぁ・・・。まだそこまで親しいわけじゃないからね。」


「・・・そっか。」


その後5分ほど黙って二人でポップコーンを食べて、劇場へと入った。

スクリーンでまだCMが流れる前、どやどやと人が次々入ってきて空間を埋めていく。

飲み物を一口すすりながらいると、隣に座った朝野くんは、少し頭をもたげて俺にそっと声をかけた。


「あのさ・・・こないださ、ちょっと言ったかもしんないけど・・・『朝野くんはいい人だよね~』って言われて、意中の人からしたらいい人止まりになるって話」


俺は思い出して相槌を返しながら聞いていた。


「でもさ・・・俺・・・もう『良い人』でいるのやめようと思って。」


朝野くんはその決意の一言と一緒に、何故か恥ずかし気にはにかんで見せた。



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