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第十四章

「もうすぐ夏休みだなぁ・・・。」


いつものように空きコマを図書室で過ごしていた時、キーボードを弾く俺の隣で朝野くんが言った。


「そうだねぇ・・・。」


「・・・薫なんか予定あんの?」


「予定・・・バイトがいっぱい入ってるかな・・・。」


「そうなのかぁ・・・。んであれだろ?空いてる日は家で勉強~って言うんだろ?」


朝野くんは何故か不貞腐れた子供のように、机に突っ伏したまま言った。


「ん~そうだね。知識とお金は裏切らないからね。いくらあっても困らないんだよ。」


「・・・その通りだわぁ・・・。」


「・・・朝野くん、夏バテ?」


「いんや・・・俺もちょっとバイト続きで疲れてた。どっか遊びに行きてぇなぁ・・・。」


夏休み、というワードだけで学生なら浮かれるものなのかもしれない。

けれど俺にとっては、朝から晩まで働けたり勉強出来たりする長期休暇、というイメージしかない。


「海とか行きてぇな・・・。可愛い子ナンパしてさ・・・」


やっぱり夏季休暇ともなれば、朝野くんでも羽目を外したいと思うのか。


「・・・それは、一時のアバンチュール的な?」


「・・・久々に聞いたわ『アバンチュール』って・・・。なかなか使わない英語だし死語な気がするぞ。」


「朝野くん、アバンチュールはフランス語だよ・・・。」


「げ・・・外国語苦手なのバレた・・・。ん~・・・まぁ別にそういうのでもいいんだけどさ、可愛い子と知り合うきっかけなんだったら何でもいい気がするよな。」


「そっか。じゃあ・・・今どきはマッチングアプリとかなんじゃないの?」


俺の提案に朝野くんは渋い顔で俺を見た。


「それはそうなんだけど、やっぱネットからだとどうしても慎重になっちゃってさぁ・・・。何回か試しはするんだけど、なかなかデートするまでは至らないんだよなぁ。」


「そうなんだ。じゃあ朝野くんは今好きな子を探そうとしてるってことか。」


「ん・・・まぁ・・・。っていうか・・・何となく気になってる子はいるんだけどさ。」


「そうなんだ。じゃあその子をデートに誘わないの?」


パソコン画面に向き合いながらあっけらかんと言ったものの、朝野くんは黙って答えはしなかった。


「薫こそどうなんだよ・・・誰か意中の相手いんの?」


体を起こして足を組む朝野くんは、いつもと変わらないのに、どこか落ち着かない様子にも見えた。


「意中・・・」


進めていた課題を終えてファイルを保存し、何となくボーっと考えた。

先輩の顔が思い浮かぶものの、何だかもう関わりのない遠い存在でかつ、恋人がいる幸せいっぱいな先輩は、もう自分とは別次元の人にすら思えた。

恋焦がれても仕方ない存在。

先輩のことが浮かんで消えると、デートしたこともあって佐伯さんの顔も浮かんだ。

可愛らしい笑顔を向けて、美味しいご飯を作ってくれた一つ年上の女性。


「いるにはいる感じか~?」


考えあぐねていた俺に、朝野くんはニマニマしながら言った。


「ん~・・・どうなのかな・・・。わかんないや。」


「そうなんか・・・。んじゃあさぁ~・・・どっか空いてる日に遊びに行こうぜ。」


「どっかって、海?」


「いや・・・何となく薫あんま海好きそうに見えないな・・・。」


「まぁ・・・好きかどうかは行ったことないしわかんないね。子供の頃は病気してたから運動も不得意だったけど、別に今は問題ないかな、たぶん・・・。」


何気なくそう言うと、朝野くんは一瞬黙ったのでチラリと伺うと、随分心配そうにしていた。


「なにそれ、大丈夫なのか?別に無理に運動するようなところ連れて行こうなんて思ってねぇから・・・。俺は別に図書館で勉強会したり、家で映画観たり・・・とかでいいぞ。」


「・・・ふ・・・さっきまで海行ってナンパしたいって言ってたじゃん・・・。」


「いやそりゃ・・・まぁ可愛い女の子の水着姿は目の保養だって意味で・・・。まぁ免許持ってる友達に頼んで行くからさ。」


朝野くんは気遣いがさり気ない人なのに、その時ばかりは何か慌てて言い訳するように目的地を定めようとしていた。


「まぁ・・・朝野くんがそう言うなら海じゃなくていいけど・・・。友達と夏休みに遊びに行くっていうこと自体したことないから、付き合ってほしい場所があるなら行くよ。」


「そっかそっか・・・。ん~~・・・んじゃあ~買い物行って~俺ちょっと気になってる洋画あってさ、映画館行かね?」


「うん、いいよ。」


俺が了承すると、朝野くんは嬉しそうに詳細な予定を立て始めた。

そして彼はスマホに予定を書きこみながら、読書する俺に声をかけた。


「なぁ・・・中高の時に友達と遊んだことないって、親がめっちゃ厳しかったからとか?」


「いや・・・単純に自分で人と関わること避けてたっていうのもあるし・・・何となくクラスとかで話す人はいても、遊びに行くほどの関係性にはなくて、疎外されてたこともあったからかなぁ。」


ページをめくりながら言うと、また朝野くんから沈黙が返ってきたので、静かに視線を合わせた。


「疎外って・・・いじめってこと?」


「ん~・・・まぁそれもあったね。そこまでじゃないかなぁって程度のこともあったけど。でもあれだよ、いじめられてるって周りの大人も何となく察したら、保健室登校して勉強してても何も言われないし、静かに一人で勉強出来てたよ。それに生死に関わるような目に遭ってたわけじゃないから、その都度対処してれば何ともなかったね。」


朝野くんはそこまで聞くと、その目は少し不信感を抱いて俺を見ていた。


「・・・例え生死に関わる目に遭ってなかったとしても・・・嫌なもんは嫌だろ・・・。皆から無視されたり、笑われたり、辱められたりするんだろ?それでどうやって気持ち切り替えてたんだよ・・・。」


「どうって言われても・・・。」


そう言われて少し考えた。


「集団の中で生活してる人間は、結束力や団結力を高めるために、異分子を皆で攻撃しようっていう本能的なものがあるんだよ。もしくは憂さ晴らしだったり、家庭環境が悪くて精神的に不安定でかつ、脳が未発達な子供っていうのは、自分の存在や力を確かめるために、弱い物を虐げようとする人もいるんだ。俺は人間が本能的にそういうものだって入院してた頃から本で読んで知ってたし、そういう考えからどういう行動に移すかっていう研究をされてた人の本も読んだんだ。それで自分が実際そういう目に遭って、やっぱりこういうものなんだなぁって理解してたというか・・・。学校から支給された物を壊されたり捨てられたりするのは困ったけど、いじめだとわかるように被害者ぶってれば大人は同情してくれるし、特にそこまで学校生活に支障なかったんだよね・・・。」


朝野くんは俺の説明をじっと聞いていたけど、そこまで納得している様子もなかった。


「ごめん、具体的な答えになってなかったね・・・。気持ちの切り替えは、将来のために勉強しなきゃなぁって思って日々を過ごしてたから、淡々と生活してたかな。後・・・親は厳しいというか家に帰ってこない人たちだったから、そういう意味では干渉されることなく楽に過ごせてたかな。まぁ人並みに寂しいなって思うことは多々あったけどね・・・。」


「そっか・・・。薫がそういう風に思ってたっていうのはわかったけど・・・。子供ってさ、多感な時期で頭で理解してても厳しい環境下だと、つらいって気持ちが強くなっていくと思うんだよ・・・。俺はいくら将来が明るいことを信じて、自分の頭がめっちゃよかったとしてもさ、友達いないと寂しくてつらいし、学校行きゃ疎外されるなんてわかってたら行きたくねぇよ。薫は俺が思ってたよりすごい奴なんだな・・・。ごめん、俺の語彙力ゴミだわ。」


朝野くんは少しおどけながら苦笑いした。


「ふふ・・・。まぁ・・・何だろうなぁ・・・。いじめられてても酷い目に遭っててもさ、いつか学生時代は終わるってわかってたし、自分はどうなっちゃうんだろうとか、このまま誰にも見向きもされないままなのかなとか、そんな風には思わなかったんだよね。生きてりゃ何とかなるからさ。一度幼い時に病気で死ぬかもってなって、助かった後は、それ以外のことを怖いと思わなくなっちゃったんだよ。」


「なるほどぉ・・・。いやぁ・・・ハードだわぁ・・・。」


「そうかもね・・・。でも・・・」


本を閉じてその表紙を撫でた。


「どれだけ厳しいことがあっても、感動することはたくさんあったんだよ。数学とか法律とか医学のこととか、勉強するのは楽しいし、文芸部の先輩たちによくしてもらって、色んな小説を紹介されてハマったし、ドラマや映画を観るのも、博物館とか美術館とかコンサートに行って芸術に触れるのも好きだし、世の中に溢れてる刺激的なもので視野が広がったというか・・・。それに・・・高校生の時、一世一代の恋をして振られて・・・でもそれからもずっと引きずってて、どんな人にも淡泊に接してたのに、こんなに自分の思考も態度もコントロール出来ない程、誰かを好きになったこと・・・今は少しずつ、過去の自分として眺められるようになったんだよね。結局は色んな人にお世話になってさ、昔よりずっと前向きになれてきたんだ。」


そこまで話して、ハッとなって改めて朝野くんの顔を見た。


「ごめん、なんか自分の話ばっかりになっちゃって・・・」


「いや、俺が聞いたんだからいいんだよ。・・・そっか・・・薫が今を前向きに考えてるなら、それはいいことだな。」


彼は安心したような笑顔を見せると、また興味深そうに俺に質問を続けるのだった。


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