第十二章
佐伯さんとデートをしてから一週間後、いつものように空きコマの時間を図書室で過ごしていると、朝野くんがやってきた。
「おつかれ薫~。」
「朝野くん、お疲れ様。」
朝野くんはいつも通り隣の席に腰かけると、ふと俺の足元を見て言った。
「そいや、こないだ買ったシューズ、履き心地どうなんだ?」
「ああ・・・気に入ってるよ。問題なく履けてるし、馴染んできた感じかな。」
「そっか、よかったじゃん。・・・な、そうじゃないとは思うんだけど、こないだ薫好きだった先輩の話してたじゃん?こないだ学食で見かけたんだけどさ、めっちゃ目立ってたから・・・」
「そうなんだ」
確かに先輩がいると近くにいなくとも、周りの席に女性が集まっていたり、こそこそと話している人たちもいるので、何となく雰囲気で気付いてしまうことがある。
「んで、立ち去る時すれ違ったんだけど、めっちゃ顔ちっちゃいし、足なげぇし・・・身長も俺と変わんなかったからさ、おまけにいい匂いしたし・・・薫はああいう絵にかいたようなイケメンが好きなん?それとも高身長な奴が好きとか?」
朝野くんはゴシップに食いつく女子のように楽しそうに言った。
「ふふ・・・いやぁ、どうだろうね。でも確かに最初はその見た目にちょっとびっくりしたし、惹かれたところあるのかなって思うけど・・・。最終的に好きだなと思ったのは、内面的にいい人だなぁって思ったからかな。」
「ほ~~・・・中身もいい人なんか・・・。」
そんな雑談をしていた時、パソコンの脇に置いていたスマホから通知音が鳴った。
確認するとそこには佐伯さんからのメッセージで「明日は天気もいいし、こないだ話したお弁当作ってくるから、中庭で一緒に食べよう!」という誘いが書かれていた。
二人分熱心にお弁当作れるなんて、本当に料理が好きな人なんだなぁ・・・。
そんな気持ちでスマホを眺めていると、朝野くんも同じくスマホをいじりながら言った。
「なに・・・なんかあった?大丈夫?」
「大丈夫だよ。」
明日はお昼何食べようか考えなくていいんだなぁと思いつつも、同時にスーパーの特売日のことを思い出し、講義が全て終わったらダッシュだな、と心の中で意気込んだ。
「そういや~・・・こないだ言ってたデートどうなった?」
「ん・・・ああ、ん~・・・どうというか、少し仲良くなれたのかなぁって感じだったかな。」
俺がキーボードを叩きながら答えると、朝野くんはスマホを眺めたまま言った。
「そうなんかぁ、良かったじゃん。ごく普通のデートだったん?」
「え・・・うん、たぶん?・・・何か期待してたの?」
「ん、いやぁ・・・告白されたりだとか、キスしたりだとか、はたまたセフレになっただとか、そういう展開はあったんかなぁと思って。もしくは薫はそのどれかを期待してたりした?」
「まさか・・・特に何も考えてなかったよ。普通にデートするだけだろうなって思いながら行ってたから。向こうが何かを期待してたとしても、俺は察せてない奴になってたと思うし、それで見限られるならもう連絡こないだろうけど、仲良くやり取りは続いてるから、友達になれてるんだと思う。」
朝野くんがそんなことを尋ねるのは少し妙な気もしたけど、わざわざ隠すことでもないので俺は正直に答えた。
「そっかそっか、それはそれでよかったな。」
その後課題を終えて、買って来たコーヒーをゆっくり味わいながら読書していると、朝野くんは机に突っ伏したまま変な声を出した。
「うえぇ・・・めんどくせぇ・・・」
「・・・なに?」
「ん~・・・母さんに帰り卵買ってきてって頼まれちったぁ・・・。」
「卵・・・。俺講義終わったら駅前のスーパー行くけど、一緒に行く?特売日だから卵もきっと安いよ。」
「え、そうなん。じゃあまぁ・・・一緒に行こっかな。」
朝野くんは機嫌を取り戻したようにニヤリと笑って、スマホで返事を打った。
空きコマを終えた俺たちはその後、16時頃までの講義を受け、二人して足早にスーパーへと向かった。
「売り切れるなんてことある?あるよな?特売なんだから!」
朝野くんは焦りながら校門を抜ける。
「どうかな・・・16時から特売が始まって、卵目当ての人たちが行列を作ることもあるけど、それを見越してたくさん用意してるから売り切れてるのはあんまり見たことないかも。」
「そうなんか!それはスーパー側やるなぁ。とにかく、薫は他にも買う物あるんだろうし、急ぐに越したことねぇよな!」
俺たちは横断歩道をキョロキョロ確認しながらも、少し小走りでスーパーへ向かった。
目の前に着くとやはり特売日だからか、いつもよりたくさんの自転車や車が停まっている。
どやどやと入り口へ吸い込まれるように人が入って行って、俺たちは若干気後れした。
意を決してカラフルな広告に包まれる入り口を抜ける。
日用品も安ければ、値段の変動が激しい野菜も特売中。夕方だからお肉コーナーも割引シールが貼られる頃だ、どこもかしかも人でごった返して、これから大行列になるであろうレジは、たくさんの従業員たちが待ち構えている。
「気後れしてたら買い損ねるな・・・。」
若干の弱音を口に出すと、朝野くんはキョロキョロ辺りを見渡しながら言った。
「人が少なめな所から攻めようぜ!薫の話を信じるなら卵はそうそう売り切れることないとみて、効率よく特売品を手に入れる目的で動くぞ!伊達にT大入ってねぇんだから頭使って勝つ!」
「ふはは!そうだね・・・ww」
やる気な朝野くんがちょっと面白い。
俺は人並みに簡単に飲まれてしまうので、身長の高い彼に向かう場所を決めてもらった。
人込みを避けながら最初は売り切れやすいトイレットペーパーを手に入れ、必要な野菜を手早く取り、突き当り奥にあるお肉コーナーへ向かう。
割引シールが貼られているものはやはり早めに取られてしまったか、ほとんど残っていない。
「お、これうまそ~。薫、このトンテキ用の肉よくね?」
朝野くんは自分が食べたいものに目が行くようだ。
「ん~それはあんまりいつもと値段変わんないかな・・・。まぁいっか、とんかつにでもして今日と明日に分けて食べようかな・・・。そいやパン粉あったかな・・・」
ぶつくさ言いながら彼が手に取った肉をカゴに入れる。
その後もいくつか安くなったお肉を手に入れ、近くの卵コーナーへ向かった。
「お!10個入り99円!?やば!」
目当ての卵をしっかりゲットして、他の食品も見回りながら、スーパーの知識をちょいちょい彼に植え付けていった。
その後一仕事終えたかのようにレジに並び会計を済ませて、達成感を覚えながらエコバッグを抱える。
大きな買い物袋を持ってスーパーを出て、ふと朝野くんが言った。
「薫、荷物持ってやるよ。おかげで安く卵買えたし。」
「ありがとう。今日は得したなぁ・・・。」
俺がそう言うと、朝野くんはまた安心感を覚えるお兄ちゃんな笑みを浮かべた。
「ふ・・・薫あれだな、いい嫁さんになるな。」
「ええ?嫁?・・・まぁ・・・ん~・・・どっちになってもいいけどね。」
「はは!可愛いからどっちにもなれるわ。」
可愛い・・・。何気なく言われたその言葉をむず痒く感じながら、やがて駅に向かう彼と別れた。
友達と楽しくスーパーで買い物なんて初めてだったな・・・。
前も朝野くんとショッピングモールに行って思ったけど、友達とあれこれ買い物するのって楽しいんだな・・・。
きっと誰もが小さい頃から知っているであろうその感覚を、18年生きてきて初めて知った。
「もっと友達出来たりするかな・・・。」
落とすように呟きながら帰り道を歩いた。
幼い頃は考えもしなかったことだった。
友達を作ることも、普通に学校に通って勉強することも、誰かと一緒に遊ぶことも・・・
俺には出来ないと思ってた。
でも今思えば、そのほとんど夢のような普通の生活は、もう叶ってしまっていた。




