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第十一章

以前大学で話した時より派手髪になっていた佐伯さんの隣を歩いていると、時々だけど通りすがる人たちからの視線が刺さることがあった。


「佐伯さん、この前から髪色変えました?」


並んで街を歩きながらそう尋ねると、佐伯さんは嬉しそうに言った。


「そうなの!ちょっと金髪染め直してぇ・・・ほら、インナーカラーをピンクにしたんだぁ。めっちゃ時間もお金もかかったけど、可愛いでしょ~?」


佐伯さんはロングヘアをふわりと浮かせて言った。


「そうですね、可愛らしいです。メルヘンな色ですけど、佐伯さんに合ってますね。」


そう言いながら左手で少しピンクを覗くように触れると、佐伯さんは茶色い目を少し見開いてから、長いまつげをパチパチさせて恥ずかしそうにする。


「え~?良かった・・・薫くんがいいって思ってくれるかちょっと不安だったけど・・・。ほら、髪色派手だとギャルっぽく見えるじゃん?明るい色が好きだからそうしてるんだけど、見た目のせいでよくナンパされるし・・・軽く見られるんだよねぇ。」


「そうですか・・・。でも人目を引くのは・・・佐伯さんが美人だからじゃないんですかね。」


時々刺さる視線を向ける男性は、佐伯さんを派手な子だなぁと軽蔑した目でなく、可愛い子だなぁと見ているように思えた。


「え~!?美人?私あんまそんなこと言われないんだけど・・・。」


「そうなんですか?」


俺からしたら自分を可愛く見せることがとても上手に見えるし、色白でふわふわな髪の毛も相まって人形のように思える。


「きっとあれだね、今日は目一杯メイクに時間かけたし、髪型も完璧にしてきたからさぁ、そう見えるだけだよ。メイク落としたら人変わるから。」


佐伯さんはふざけたように言いながら、時々立ち止ってウィンドウショッピングを楽しんでいた。

その後、突然目に入ったぬいぐるみを追って、佐伯さんとゲーセンに入った。


「やばぁあ!私この子のぬいぐるみ集めてるの!ほしいいい!」


UFOキャッチャーの台を食い入るように張り付く佐伯さんの隣に立って、大きなもちもちしたぬいぐるみを確認した。


「これは・・・ちょっと一筋縄ではいかなそうですね。」


「え、薫くん得意だったりする?」


「まさか・・・こういうのはよっぽどテクニックと根気が必要ですし、無駄遣いすること出来ないので、挑戦したことすらないです。きっとネットで探して購入した方が安く済みますよ。」


俺はそう言いながらスマホで同じぬいぐるみがないか検索をかけた。


「あら、薫くんそんな夢のないこと女の子に言ったら嫌われるよ~?デートで苦戦しながらもぬいぐるみ獲ってくれるってかなり好感度高いと思うなぁ。」


「そうですか・・・。じゃあ生まれて初めてですけど、やってみます。」


「え・・・」


初めてのデートだし、初めてのことにチャレンジしてみるのも悪くないと思った。

両替機でとりあえず20回分100円を両替した。

UFOキャッチャーがどんなふうに並べられて、テクニックを駆使して落とす人たちがどのように攻めていくかは動画で見たことがあった。

少しずつ少しずつぬいぐるみの角度や位置を移動させるには、千円や二千円では話にならないこともある。

ある程度見た記憶を頼りに、俺は台の前に立ってぬいぐるみをよくよく観察した。

佐伯さんが心配そうに隣で何か言っているけど、集中したかったので無視した。


ぬいぐるみは女性が抱きかかえられる程の大きさがあり、俵型をしていて柔らかい素材のようだ。

アームはそれに合わせてかなり大きいものではあるけど、三つ手がついて持ち上げるスタイルはなく、二つアームで強度のないタイプ。

つまり少しずつずらして傾けさせて、隙間に落ちるように動かさなければならない。

ぬいぐるみの重量にもよるけど、そこまでずっしりしていなければわりかし簡単に角度は変わるだろう。

手足がついているぬいぐるみではないので、重心がどこかと考える必要はない。

加えてUFOキャッチャーのアームというのは、プレイヤーがボタンで止めるその時、わずかだけど遅れて止まって位置をずらす仕様になっているものだ。

パチンコなどのギャンブルとは違い確率ではなく、テクニック、根気、そしてお金の勝負。

ある程度挑戦し続ければ、店員さんが有利な位置にずらしてくれるサービスもあるようだし、そこまで無理な挑戦ということでもない。


頭の中であれこれ考えながら、初手は様子見で掴んで動く様子を観察し、アームが遅れて止める速度、揺れによってずれる範囲を計算した。

フィギアなどの箱と違って重さはないようで、そこそこ持ち上げるとコロンと転がった。


「佐伯さん、ちなみにこのサイズのぬいぐるみを正規品で買おうと思うと、いくらぐらいするんですかね・・・。」


俺がアームを淡々と動かしながら尋ねると、佐伯さんは少し戸惑った様子で答えた。


「え・・・そうだねぇ・・・。結構大きいしこれ人気だし・・・3千円くらいはするかな。」


「ですよね・・・。でしたら・・・その半額までで獲れることを理想としましょうか。」


そう言いながら5回目のアームが持ち上がった際、ビギナーズラックか、ぬいぐるみは思った方向へ転がって後一手動かせば落ちる位置についた。


「わ!!すごい!もう落ちそう!」


「これは・・・運がいいですね。」


そこから変にミスった動かし方をすれば悪手、たちまちドツボにハマることも理解してる。

読み誤らないように、慎重にアームを動かして最後の一手を静かに見届けた。


「すごーい!!ホントに獲っちゃったじゃん!!」


佐伯さんは慌てて屈んでぬいぐるみを取り出した。


「すごいすごい!薫くん天才!ありがとーー!」


そう言ってぬいぐるみを抱きしめたまま、俺に抱き着く佐伯さんはキラキラ目を輝かせていた。


「良かったです上手くいって。ビギナーズラックですね。二回目出来る気がしません・・・。」


「ホントマジですごい!こんなちょっとで獲れることもあるんだねぇ。ありがとうホントに・・・いい思い出になったね。この子大事にするね♡」


そう言って愛おしそうにぬいぐるみを抱える佐伯さんを見て、何か少し胸をぎゅっと掴まれるような痛みを感じた。

その後店員さんに大きな袋をもらってぬいぐるみを持ち、雑貨や服を見たり、カフェに入って休憩したり散歩気分で大きな公園を歩いてみたり、あっという間に時間は過ぎて日が落ち始めた。

雑談しながら二人して駅へ向かいながらいると、佐伯さんは締めくくるように言った。


「今日はありがとう薫くん。私はず~っと楽しかったけど、薫くんはどうだった?疲れてない?」


「大丈夫ですよ。俺も楽しかったです。終始お気遣いいただいてたみたいで、ありがとうございました。初めてのことが多くて新鮮でしたし、佐伯さんも楽しんでくれたなら良かったです。」


「ふふ・・・私が楽しいことはもう来る前から決定してたんだよ?」


「・・・というと?」


佐伯さんは尚もニコニコ照れくさそうにしながら、そっと俺の手を繋いで歩いた。


「薫くんさ・・・最初の方から私が手ぇ繋いでも何にも言わなかったけど・・・やじゃない?」


彼女の白くて細い手が、おずおずと力を込めて握りしめる。


「特に・・・。デートなんだから手を繋ぐこともあるんじゃないですかね。」


俺が何でもないように答えると、笑顔の佐伯さんはじっと上目遣いで俺を見た。


「そっかそっかぁ・・・。じゃあまたデート誘ってもいい?」


「はい・・・。」


帰りの電車を待つ間、どこか名残惜しそうに静かに手を取っている彼女を、不思議な感覚で眺めていた。

正解なんてないかもしれないけど、女性とのデートはこれでよかったんだろうか。と言っても、男性とデートしたことがあるわけではないけど・・・。

同じ電車に乗り込んで、荷物を持つ彼女に座席を譲って目の前に立った。


「薫くん、薫くんはまだ成長して身長伸びてってる?」


少し抑えた声でそう尋ねられて、ふとこないだ買ったシューズを見下ろした。


「そうですねぇ・・・。もう止まったかと思ってたんですけど、つい先日靴がきつくなってきてるのに気づいたので・・・たぶん少し伸びてきてるんだと思います。・・・それがどうかしました?」


「ううん、そうなんだろうなぁって思って。身長差広がっちゃうねぇ、私もう伸びないからなぁ。」


聞けば彼女は高校生の頃に身長の伸びは止まってしまって、小さいという程でもないけどすらっとした体型に憧れていたので、後10センチはほしかったと、ないものねだりだとわかりながらも思っていたらしい。


「155センチは女性として可愛らしいサイズじゃないですかね。・・・失礼だったらすみません。」


つり革を持ちながら佐伯さんを見下ろすと、彼女はまた屈託ない笑みを浮かべた。

やがて佐伯さんが下車する駅について、彼女は満足そうに笑顔で手を振って別れた。

一人になった電車の中、すぐ2駅程で最寄りに着くのだけど、余韻に浸って少し寂しい自分がいた。

世話しなくまた電車のドアが開閉するたび、知らない人たちが戸口から吐き出されては乗り込んでくる。

最寄り駅のホームで降り立った足が、まるで歩くのが久しぶりのように感じさせて、見慣れていた駅構内が何だか、自分を受け入れていないような居心地の悪さを覚えた。

改札を抜けた時、その日初めて先輩のことを思い出した。

いつも目を覚ましてから何度も、何かと関連付けて思い出していた先輩を、その時までは忘れていた。

先輩は大学から徒歩圏内に自宅があるけど、実家からこちらに来ていた俺を、いつも駅まで送ってくれていた。

別に先輩にとっては、さして特別なことではないと思う。

けどわざわざ友人の俺を駅まで見送ってくれるのは、果たして特別扱いではないんだろうかと、いつも考えていた。

考えていただけで・・・きっとそうではなくて・・・。

けどもう、それを寂しいと思うこともきっとない。

そんなことを淡々と考えながら歩いていると、いつの間にかマンションについてドアの前で鍵を回していた。

バタンと玄関に入ってドアを閉めると同時に、ポケットからスマホが鳴った。

何気なしに開くと、佐伯さんからお礼のメッセージが届いていた。


『今日はホントにありがとう!今日から毎日この子の寝る~♡』


そんな文章と共に、ぬいぐるみと一緒に自撮りした写真が添付されていて、思わず顔が綻んだ。


「可愛い人だなぁ・・・。」


それが佐伯さんに対する素直な感想だった。


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