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後日談その二  二人、ずっと一緒に

「……そろそろ始まりますよね?」


 式場である広間で椅子に座り、フィアが隣に座っているクレアに聞く。


「ええ。あの二人もこちらに向かって来ている頃じゃないかしら?」


「じゃあ、もうすぐ来ますね」


 フィアとしてはいつも通りに相槌を打ったつもりだった。しかし、フィアがクレアと会ったのは実に久しぶりで、半年ほど前になる。そのため、クレアのネガティブスイッチの入れ方を忘れていたのだ。


「……きっと私なんかの予測は外れるに決まってるでしょうけど。ええ、そうよ。きっとそう。ごめんなさいフィア。お詫びとして今すぐこの命を――」


「わー!! 待ってください待ってください! 誰もそんな事言ってませんから!」


 体に染みついた経験がフィアを動かし、実に滑らかな動作でクレアの両手を固め、取り出したハンカチを口に突っ込んで自殺を封じる。


 え? 今の私の動きですか? とフィア本人でさえ呆れるほどの機敏さだった。


「んー! んー!」


「ダメですよ! 今ハンカチを抜いたら舌噛むでしょう!?」


 クレアの言っている事はただのうめき声に近いのだが、フィアはしっかりとその意味を読み取って反論してみせる。ちなみにこのやり取りを見ていた他のメンバーもうんうんとうなずいていた。


 どうやらこの場でクレアの言いたい事を理解できない輩はいないようだ。彼女も仲間に恵まれている。


「カイトさん!」


「任せてください!」


 名前を呼んだだけで了解の意を示したカイトはクレアの目を手で覆う。


 しばらくもがいていたが十五秒ほど押さえつけていると、手足がダランとなって静かになった。


『ふぅ……』


 全員が安堵のため息を漏らし、各々の席に戻る。


「それにしても……もっと大きな教会とかあったんですけど……。薫さまはやはりそちらに!」


「無理ですよ……。静さんはともかく、薫さんが人前に出られるわけないじゃないですか……」


 リーゼがいきり立つのを、フィアが押さえる。


 確かに世界を救った勇者の二人が結ばれるのだ。もっと大々的にやってもおかしくはないだろう。いや、むしろ今の細々した方が異常と言っても良い。


「まったく……有名なのも困りものですね……」


「その点には同意します」


 全員が重々しくうなずき、同意を示す。


 世界を救った勇者同士の結婚。歴史に名を残してもおかしくない行事であるのに、会場は二人の経営する孤児院で、参列しているのは自分たち仲間と孤児院の子供たちだけ。リーゼが憤るのも無理はない。


 フィアとかは納得しているが、リーゼやキース辺りは未だに納得し切れない微妙な表情をしている。


「いいじゃありませんか。当人たちが気にしていない以上、僕たちが気にしても意味がありませんよ」


 二人のやり取りを見かねたのか、カイトが口を挟んでくる。予想以上に正論なそれにリーゼも黙ってしまう。


「……あの、ちょっと聞いていいですか?」


 内輪での会話で話についていけない地球からの参列者――冬月家の大黒柱である東也がおずおずと尋ねる。


 ちなみに秋月家も招待状は送ったのだが、相変わらず音信不通。静も方々に手を打って探したのだが、見つけられずじまい。そのため、仕方なく家に手紙だけ残して戻ってきた次第である。


「あ、はい。私たちだけじゃ分かりませんよね。何でも聞いてください」


 如才なくフィアが応対する。昨日の内に顔見せは済んでいるため、特に物怖じする事もない。


「いえ……。ウチの娘はいったい何をしたんですか?」


「え……? ご本人から聞いてないんですか?」


 フィアとしても予想外の質問だったため、聞き返してしまう。


「あまり詳しくは……。ただ、この世界で冒険をしてきた事しか……」


「それは……ずいぶんと省略された説明ですね……」


 間違ってはいないが、正しいかと問われれば首をかしげざるを得ない説明だった。


「ええと……。あの二人が、この世界を救ったというのはご存知ですか?」


「そうなんですか!?」


「…………」


 あの二人はどれだけ適当な説明をしたのか、ひどく気になるフィア。他の仲間も同じ気持ちでうなずいていた。


「あはは……過程は省きますが、とにかくあの二人は世界を救ったんです。つまり、私たちの間では英雄なんですよ」


「それは……静くんは何かをやらかすだろうとは思ってたけど……。まさかウチの娘が……」


「そんな事ありません! 薫さまは立派にお役目を果たしました!」


「そうです! あの人こそが真の勇者です!」


 近所で小さな頃から面倒を見ていた少年が世界を救うのには納得するのだが、実の娘がそんな大それた事を成し遂げるのは半信半疑の東也に、リーゼとキースが評価の修正にかかる。


「でもねえ……あの子、物心ついた頃からずっと静くんに面倒見てもらってたから……。実感がないのよねえ……」


「そうなんだ。薫が出来の良い子だっていうのは僕たちだって疑うつもりはないけど、どうしてもあの子は静くんにお世話をしてもらっているっていうイメージが強くてね」


 両者の絶賛を聞いても、冬月夫妻は苦笑いするばかり。自分の娘がそんな立派な風にはどうしても想像できないのだ。どちらかと言えば静が渋々やっている姿の方が想像し易いくらいだ。


 実際のところ、静が薫に面倒を見てもらっているところもあるにはあるのだが、それはどうしても修羅場に限定されてしまう。東也たちが知らないのも無理はない。


「いめーじ?」


 ところが、フィアたちは何気なく東也が使った横文字に反応した。どうやら分からなかったようだ。ちなみに東也たちは静たちが異世界に渡った時と同様に、ある程度の翻訳が自動で行われるようになっている。


「あ、そう言えば分かんないのか……。うーんと……固定観念、かな」


 言い換えた言葉に、フィアは得心がいったようにうなずいた。


「それでしたら分かります。でも……薫さんは私たちとは次元の違う方のような気がしますけど……」


 フィアの言葉にリーゼとキースがすさまじい勢いで首を縦に振って肯定の意を示す。ちなみにフィアは静に関しては常に周囲が騒がしい人という固定観念がある。


「あはは……。まあ、静くんと一緒なら分からなくもないね。あの子、ああ見えて結構寂しがり屋だからさ。静くんがいないと力が出ないんだよ」


 東也の言葉は真実であった。薫は静とほぼ四六時中一緒にいる(静本人にしてみれば不本意も良いところだが)上、プライベートでも彼の家に居着くなど、二十四時間中十六時間ぐらいは静と一緒にいると言っても過言じゃない。


「………………そう言えば、薫さまは私たちだけの旅の時よりも、静さんと一緒の方が強かったですね。……結局、あの人の一番にはなれずじまいですか」


 リーゼは何やら一人でブツブツつぶやき一人で完結したのか、体内に籠った感情全てを吐き出すようなため息をついた。


 そんなリーゼの肩をキースが遠慮がちに叩き、何も言わずに慰める。その気遣いに思わず目頭を熱くするリーゼ。だが、ここはめでたい門出の場。うつむいて必死にこらえる。


「――リーゼさん」


 その時、今まで沈黙を貫いていたカイトが声をかける。


「カイトさん……?」


 リーゼとカイト。非常に珍しい組み合わせの二人にフィアが怪訝な声を出す。


「僕も静にダメだと言われました。しかし、諦めるつもりはありません」


 開口一番、非常に不穏な言葉を吐いた。話のオチが読めたフィアは背筋に冷たい汗を流す。


「どういう事……?」


 リーゼはカイトの言葉に希望を見出したのか、顔を上げる。


 ヤバい、これは止めねばマズイ。平時は常識人であるフィアはそこまで理解していながら制止の声が出せない。理由は簡単。今の彼らはドス黒い瘴気のようなものを纏っているから。


「諦めなければいいんです! 例え彼らにその気がないとしても、僕たちが諦めなければこの想いに終わりはありません!」


「いや、それはどうかと……」


 一見正論のように見えて、実は当人の意向を完全に無視した内容にフィアが首をかしげて冷や汗を流すが、この異常な空間で彼女の意見が聞き入れられる事はなかった。


「カイトさん……。素晴らしいです! なぜ私はそんな事に気付かなかったんでしょう……!」


「たぶん、それは気付いちゃいけない事だと思いますよ……」


 フィアが一々的確な突っ込みを入れているのだが、誰の耳にも届かない。ちなみにこの濃いメンバーと初対面だった冬月夫妻は何やら圧倒されていた。


「リーゼさん!」


「カイトさん!」


 ガッシリと交わされる誓いの握手。彼らの戦いはもうしばらく続きそうで、これから結ばれる二人の受難も確定してしまった。


「……みんな、静かにして」


 場の収集がつかなくなってしまった空間にクレアの落ち着いた声が響く。


 全員が騒ぐのをやめ、クレアの方に向き直る。


「足音が聞こえる……。もうすぐ来るわよ」


 誰が、なんて無粋な質問はない。誰もが素早く元の席に着き、誰も話さなくなる。


 無音の空間内では呼吸すら気を使ってしまう。そこまで徹底した静謐な空間。そこへ響く二人分の足音。




「ええい……っ! いい加減離れろ!」


「つれないな。エスコートしてくれるんじゃないのか?」


「するとは言ったけど手を引くだけだ! 腕を絡めるな!」




 そして非常に騒がしいにぎやかな声。


「……ふふっ」


 どんな時でも変わらない二人のやり取りが目に浮かぶようで、思わず誰もが噴き出してしまう。


 クスクスと暖かな笑みが漏れる室内に、今回の主役である二人が入場する。


 何とか腕を振りほどく事には成功したのか、疲れたような表情で新婦の手を引くのは純白のタキシードに身を包んだ静だ。いつも適当な服ばかり着ていて正装をする事などほとんどないため、着せられている感が否めない。


 さらには照れも入っているようで、視線は遠くを向いている。おまけに耳がやたらと赤い。それでもしっかりと手を握って離さないのはさすがと言ったところか。


 それとは対照的に、新郎に手を引かれて幸せそうに笑っているのは同じく純白のウェディングドレスに身を包んだ薫だ。違う点と言えば、静と違って服に着せられている気配がない事だろう。


 薫も静と同じで正装をした経験など数えるほどしかない。それでも似合うのは風格とかその他の要因が絡んでいるに違いない、と静は内心で歯噛みしながら結論付けた。


 ……神様は不公平過ぎる、という言葉が現在の静の心境を表すのにピッタリだ。


「ん? どうしたんだよ。みんなして笑って」


「ふふふ……。いえ、何でもないわよ」


「何だよ。クレアまで笑ってんだから大事だろ」


 笑いながらごまかしたクレアに、静が訳が分からないといった顔をする。


「ほら、クレアもこう言っている事だし、気にしないで始めようじゃないか」


 首をかしげていた静を薫が引っ張ってみんなの前に歩み出る。


「おっととと……、分かったよ。――メイ。頼む」


 静はバランスを直しながら、タキシード姿からかなり浮いているハーフフィンガータイプの手袋にささやきかける。


「うむ、任せよ」


 そこから出てきたのは静のもう一人の相棒であるメイだ。服装はいつものゴシックロリータから、シスター姿の正装に変わっている。雰囲気に合わせて服を変えたようだ。


 精霊すげえ、と静が唇の動きだけでつぶやく。


 式を挙げるに際して、最も問題となったのが神父役だ。経験のある人など仲間内には当然おらず、だからと言って適当に済ませるわけにもいかない。これには静たちも頭を悩ませた。


 そこで白羽の矢が立ったのがメイだ。海千山千の経験の深さでは仲間内どころか、この世の誰にも負けない。そんな彼女なら問題なく神父役をこなせるのではないか? と静は考えた。


 静がお伺いを立てたところ、さすがに経験はないがやれるだけやってみるという色よい返事がもらえたため、こうして神父役を任せている次第である。


 ……実際は人前式のみで済ませる、つまり自由度の高い式であるため、さほど重要度は高くないのだが。


「では、行くぞ」


「頼む」


 フワフワと浮かぶメイの前に、二人並んで立つ。


「まずは互いの誓いを各々の言葉で表すのじゃ。一人ずつでなく、両方共通でも良いぞ」


 二人は一瞬だけ顔を見合わせ、口を揃えて言った。




『お互いがお互いの半身である事を誓う』




「いや、それは式を挙げる時点で決まった事なのじゃが……。まあよかろう。ある意味、お主たちらしい」


 二人の誓いに苦笑を洩らし、メイはそのまま式を進行させる。


「次に新郎――秋月静」


「はい」


 普段のだらけた表情が微塵も見えない引き締まった表情で背筋を伸ばす。


「汝――、」


 そこで言葉を途切れさせたメイ。形式としての言葉は静が調べて教えてあるのだが、それではしっくり来ないようだ。


「――新婦、冬月薫への永遠の愛を――己に誓えるか?」


 かなり簡略化され、そして自分という“個”が強い静に対してはこの上ない言葉。


「当然。自分に懸けて、誓います」


 メイはこう考えていた。静が何かを神様に誓うのは性に合わない、と。いや、正確に言えば静が神頼みをする姿が想像できなかったのだ。


 ……それに運とかその他もろもろに関しては絶望的な静の事だ。神頼みなんてしたらそれこそ裏切られるに決まっている。


「次に新婦――冬月薫」


「はい」


「汝――秋月静の半身であると誓うか?」


 また別のアレンジが加えられた言葉。その言葉に薫は満面の笑みでうなずく。


「誓います」


 その笑顔の華やかさにメイもわずかに息を呑む。しかし、それをおくびも出さずに式を進める。


「では、誓いの口づけを」


 二人は互いに向き合った。


「静」


 薫が半歩近づき、静の頬に手を添える。


「何だよ」


 静も半歩近づき、薫の腰に手を回す。


「幸せにしてくれるか?」


 お互いの顔が徐々に詰まり、声も目の前の相手にだけ聞こえるような微かなものとなる。


「……いつもいつもお前の望むものを与えてやれるかどうかは分からんが、善処する」


「その言葉が聞けただけで充分だ。……愛してるよ。静」


 その言葉を最後に薫は目を閉じる。そして唇と唇が触れる瞬間、静の唇が微かに動きを見せる。




 ――俺もだよ。




 たった五文字。おまけに唇の動きだけで音なんてほとんどない。目を閉じていた薫がそれを理解できるはずなどなかった。


 だが、薫は目を閉じたまま、唇に幸せそうな弧を描いた。


 そして二人の唇が重なった瞬間、今まで黙っていた仲間からの耳をつんざかんばかりの拍手が狭い室内に響き渡った。


 唇を離した二人は照れ臭そうな笑みを浮かべながらも、握り合った手は離さずにいた。


 二人の誓いはここに成った。お互いの心に決めた事はただ一つ。




 ――ずっと一緒に。何があっても。

最後の最後は全員を出して動かすため、三人称でお送りしました。いかがでしょうか?


……これにてこのお話は本当に終了です。もしかしたら地球での番外編を別に書かせてもらうかもしれませんが、確立としては低いでしょう。

しばらくは次回作の方に専念させてもらう予定です。こちらも読んでもらえたら幸いです。


ここまで読んでくださった読者の皆様には感謝の言葉も有りません。


ご愛読、ありがとうございました!

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