蜘蛛乙女の双子
pocket様リクエストSS(キーワード:「ラーニャ」「ラネア」)です。
リクエスト、ありがとうございました!
「これはまた、随分と優美な蜘蛛ですね」
ソフィアが見ていた魔物図鑑に載っている、美しい蜘蛛を差してアモルがつぶやく。
青や緑の宝石の原石を身にまとう、蝶に生まれそこなったのかと思うほど優美な蜘蛛だ。実際にこの蜘蛛の素材は工芸品の素材として高値で取引されるほど見事なものなのだから、アモルのつぶやきは半分は本音なのだろう。
けれど、綺麗な蜘蛛を見つけるたびに、思わず褒めてしまうのは、この悪魔にとってもはや習慣のようなものだ。
「また、ラネアが聞いたら噛み付いてきそうなこと言って……」
「つい癖で」
蜘蛛乙女のアバターをこよなく愛するラネアとそのサポートNPCラーニャ。他所の蜘蛛を褒めようものなら、「ラーニャが唯一至高の美蜘蛛に決まってんだろ!」と喰いついて来るラネアを、アモルはしょっちゅうあおり倒していたのだ。
それはもう、習慣化してしまうほどに。
■□■
<左:ラネア、右:ラーニャ>
「ありえーん! 『妖美なる蜘蛛の女王』だとおぅ、僕とラーニャを差し置いてっ。奇跡の美蜘蛛は僕らだろうが! 運営め、喧嘩を売る気だな。いいぞ、買ってやる! ソフィア、アモル、行くぞ! 蜘蛛城攻略だぁー!」
あれは『Gate of Gran Guignol~グラン・ギニョルの門』に蜘蛛系モンスターが出てくるアップデートがなされた時だっただろうか。
蜘蛛系モンスターのイベントは結構たくさんあって、ラネアはそのほぼ全てにほぼ同じノリ突撃していたから、毎回付き合わされたソフィアはどれがどれだったのか今一つ覚えていないけれど、蜘蛛系モンスターの物量がとんでもないと不評なイベントだったように思う。
「確かに蜘蛛城の女王は、妖美なアラクネのようですね」
「キサマの目はバグっているのか、アモル! おい、ソフィア、お前のNPCが蜘蛛女に浮気してるぞ、いいのか!」
「いいわよ、別に」
「ラーニャ、兄サマ、一番スキ」
『Gate of Gran Guignol~グラン・ギニョルの門』の画像投稿サイトあたりで、「ナニコレきれい」、「ラーニャたん、ラネアたん、ハァハァ」、「耽美の極み」だとか褒め称えられている、儚さと愛くるしさを兼ね備えた蜘蛛乙女の中の人がまさかコレとは。
静止画は出回っているのに動画が一つも出回っていないのも頷ける。
ちなみにこのラネア、常軌を逸したシスコン属性持ちでもある。
「兄弟ってさ、おんなじ両親から生まれんだろ? もう、遺伝子の類似性ヤベーって。中でも双子! 一卵性双生児なんて100%同じ遺伝子なんだぜ? ヒャクパーだぜ、ヒャクパー。やっば。やっばいわー、そんなんが自然に生まれるとか。生物なんて多様性を獲得してナンボだってのにさ。もー、運命とか奇跡とか、そーゆーのがあるって証明しちゃってるようなもんだろ!?」
子供の大半がAIが選んだ組み合わせで掛け合わされて培養槽で育てられる世の中で、兄弟なんて概念自体が風化しているから、ラネアの双子への憧憬は一種のファンタジーだ。
「あー。双子キャラなんだ?」
「ラーニャと兄サマ、イチランセー」
「一卵性双生児の場合、性別も同じはずですが」
独自の双子論を熱く語りラネアに、だからそっくりな外見なのかとソフィアが問い、ラーニャのNPCらしい回答を挟んでアモルがいらないことを言う。
「アモルはほんっとつまんねーなぁ。ここはファンタジーだぜ、ファンタジー。あと、こんなかんっぺきな造形美のアバター、自分が着ちゃったら鏡ないと見れねーだろ!?」
「あ、それ分かる! 私もアモルの顔より自分の顔見たいもの! 失敗した!」
「……ソフィア様?」
くだらない会話をしているうちに、ようやく日暮れがやってきた。ヴァンパイアであるソフィアが本領を発揮できる時間だ。蜘蛛城を攻めるなら、今からがちょうどいい。
「とにかく行くゼェアオラ!」
「オー」
「えっ、行くの? 予習なんてしてないわよ?」
「ソフィア様はいつも予習なんてなさらないじゃないですか」
会話をぶった切るような、ラネアのいつもの掛け声で蜘蛛城に出発する4人。
割とグダグダした冒険の始まりだが、この4人はいつもこんな感じだ。そして、割と力任せのゴリ押しな感じで、敵を屠っていくのだ。
「<第五の馬蹄>。ラーニャ、右後方に新しい敵が湧いた。ひきつけたまえ」
「アイ、ワカッタ」
「<硫黄と炎は剣に宿る、青白き肌、力の獣>、ソフィア様、黄色いのは炎に弱いです。優先的に攻撃ください」
「オッケー、アモル。炎付与ありがと!」
「あー、さっすが僕のラーニャ。あの動き! 雑魚蜘蛛の中にいると、犯罪的な可愛さが引き立つと思わん? なー、アモルよー」
「そこの固定砲台、詠唱遅い。故障でしょうか」
アモルの補助魔法で幸運と速度を上げた回避タンクのラーニャが、敵の群れに突入してターゲットを取りまくる。百鬼夜行よろしくモンスターをわんさかトレインしているラーニャが倒されないように、あるいはターゲットを取り損ねたモンスターがラネアの方へ向かわないように、ソフィアが蜘蛛を手当たり次第にバカスカ削っていく。
ソフィアもアモルのバフのかさ上げと、弱点を突いた的確な指示で効率の良い狩りようだけれど、ソフィアが倒す数よりラーニャが新たに集めるほうが多い。
通りがかった者がいたなら、今にも崩壊しそうな危うい戦い方に、慌てて逃げ出しただろう。安全マージンをマルッと無視した戦い方だが、離れた場所からそれを眺めるラネアはのんびりと自分の使える最大威力の攻撃魔法を詠唱している。
「僕が魔法職にしたのはさ、まぁ、芸術は爆発で爆破は浪漫ってのもあんだけど、ラーニャのいろんな動きを特等席で観られるからなんだぜ、知ってた?」
「<魔力向上、知力向上、火力向上、溶岩の祝福>」
ラネアの問いをまるっと無視し、補助魔法をかけていくアモル。
「うは、ツンデレ悪魔のバフ来た。じゃーさ、僕らがそっくりなのは何でだと思う?」
「ソフィア様! そろそろ離脱なさってください」
「ツンが強えー」
先ほど言っていたではないか。鏡のように自分にそっくりな姿をいつも見ていられるからだろう。
アモルはラネアに答える代わりに、ソフィアに離脱するよう告げる。
ラネアが詠唱している魔法は、威力がとんでもない代わりに、詠唱時間がやたらと長く、しかも味方への当たり判定があるのだ。離脱しなければ、ソフィアもラーニャも死んでしまう。
「オッケー、分かった! <我が不滅の血族よ、来たれ>」
ソフィアが種族固有の魔法を唱えると、ソフィアの周囲を渦を巻くようにぶわっと黒い霧が立ち昇り、大勢の人間の形をとった。数十体ものヴァンパイアの一団だ。
<我が不滅の血族よ、来たれ>で召喚されたヴァンパイアは、吸血により血族に加えた者たちではない。会ったこともない一見さんの集団だ。ここはゲームの良い所なのだろうが、魔力消費は多いものの何回でも召喚できる使い捨ての軍隊なのだ。
これはヴァンパイアの貴族位に相当するアリストクラットの冠位に上がってようやく使える魔法で、本来ならばその名の通り大隊に相当する人数が召喚されるのだが、脳筋極ぶりで魔力が低いソフィアでは小隊がせいぜいだ。ちなみにレッサー・ヴァンパイアだから、百に満たない少人数では一時の足止めにしかならない。
「ラーニャ、退避するわよ」
「アイ」
召喚されたヴァンパイアの集団をモンスターにぶつけると、ソフィアとラーニャは蜘蛛の群れから離脱する。この一瞬の時間が稼げれば十分だ。
「いいいっけぇっ! <ソドムの滅日>」
ソフィアとラーニャが離脱した瞬間、間髪入れずラネアが広範囲殲滅魔法を発動させる。
蜘蛛の住処に相応しい、葉のないゆがんだ樹木が乱立する森に無数の火球が降り注ぐ。ヴァンパイアの一団に群がる蜘蛛の群れに着弾すると火球は爆裂し、燃え広がった炎は消えることなく蜘蛛を焼き付くす。
地獄のような、絶景だ。
難を逃れた蜘蛛を掃討するソフィアとラーニャに加勢しようと、動き出すアモルの耳に声が聞こえた。
「さっきの答え。僕にはさ、双子の兄弟がいたらしいんだ」
ラネアの声だ。
思わず立ち止まり、振り返ったアモルにラネアは続ける。
「小さい頃はよく、知らない場所の夢を見た。手足の痛みを覚えたのは17歳くらいの頃だったかな。例の病かと検査したけど、発症してなくてさ。不思議な夢を見なくなったのはそれから1年後だ。ちょうど夢を見なくなった頃に、検査の呼び出しがかかってさ。ずいぶんと入念に調べられた。結果は問題なしだったんだけど。
流石に変だと思って、シビュラに協力してもらって調べて、僕が双子だって分かったんだ。
夢のこと、ずっと、何のことだか分からなかったよ。
……双子はさ、稀に記憶を共有するらしいんだ。時には痛みも。きっと僕の片割れは、発病して1年後に……。
もっと早くに気付いてたら、片割れに会えたのかもしれないな。現実じゃ無理でも、ここ、『Gate of Gran Guignol~グラン・ギニョルの門』でなら、一緒に遊べたかもしれないじゃん。
だから、僕はアバターを作り直した。サイッコーに可愛い片割れと遊べるようにさ」
ラネアは一卵性双生児として生まれてきたのだ。けれど、同じ遺伝子情報を持つ双子を一緒に育てるなんてことが、この時代許されるはずはない。同じ環境で暮らしていれば、片方が発症した場合、もう片方も発症する可能性はそれこそ100%に近いからだ。
その判断は間違いではないのだろう、ラネアの双子の兄弟が死んでしまった後も、ラネアは生きていられたのだから。
「なぜ、私にそのような話を……」
「お前、しょっちゅう僕のこと煽って来るし、なんかNPCぽくなくて、お前らと遊ぶの、楽しかったよ。たぶん、これが僕の最後のイベントになるからさ。
……ソフィアには、上手く伝えといてよ」
ラネアはアモルにそう告げると、ぴょーんとジャンプしラネアの方へと駆け出した。
「……うおぉ、ラーニャァ! 今、助太刀いくぞー」
「兄サマ、イッショ、戦ウ!」
「アモルもー。さっさと片付けてボスいくわよー」
先ほどの話が聞こえていたのはアモルだけだったようで、ソフィアが笑顔で手を振っている。
「はい。妖美なアラクネの女王様にお目にかかりに行きましょう」
「むかー、だからアモル言ってんだろ! 僕と、ラーニャこそ至高だって!」
「兄サマガ、一番ノ美蜘蛛ー」
「いいものドロップするといいわねー」
「気が早すぎます、ソフィア様」
それが、双子の蜘蛛乙女たちと遊んだ、最後の記憶だ。
<左:ラネア、右:ラーニャ>
■□■
「前世ってやつだったのよね」
ラネアたちのことを思い出し、少しセンチメンタルになってしまったとソフィアは思う。
この城には、眠り続けるラネアもそれを見守るラーニャもいない。
けれど、ソフィアとアモルはここにいるのだ。だからこの世界のどこかに、双子の蜘蛛乙女が仲睦まじく暮らしていればいいのにと思う。この世界は、本当にあのゲームの世界とよく似ているのだ。
「本当に『Gate of Gran Guignol~グラン・ギニョルの門』と類似点が多いわよね、この世界」
「この世界が似ているのではなく、この世界の情報があのゲームに影響していたのでしょう。同じ魔法も多くありますし」
「ふーん。それじゃあ、しもべ呼ぶ魔法もここで使えるのかしら? <我が不滅の血族よ、来たれ>」
何の気なしに、しもべを召喚しようとしたソフィアだったが、かつてのゲームのエフェクトのようにどこの誰とも分からないしもべが湧いて出たりはしなかった。やはり、全く同じというわけではないらしい。
代わりに。
コンコン。
とても控えめな調子で、ソフィアの部屋がノックされた。
「はい、どうぞ?」
呼ばれてもいないのに、アモルと二人で過ごすソフィアの部屋を訪れる者はいないはずだ。何かトラブルでもあったのだろうか。
ソフィアの声におずおずと言った様子で入ってきたのは、珍しいことにスースだった。
「失礼します、ソフィア様。……あの、お呼びになりましたか?」
「え? 呼んでな……。あ、<我が不滅の血族よ、来たれ>!」
「なるほど、血族を呼びつける効果があるのですか。それにしてもスース一人で大隊とは。赤子蟲まで含めれば、大隊と言えなくもないですか」
なるほどと納得し合うソフィアとアモルを見たスースは、訳が分からないながらも自分が呼ばれた要件が済んだと理解したのだろう。
「おくつろぎ中の所、失礼いたしました。御用がございましたら、また、いつでもお呼びください」
挨拶をして、部屋を後にしようとする。
「あぁ、待ってスース。折角来てくれたんだもの、冒険の計画でも立てましょう」
「冒険の、計画ですか?」
「そうよ、みんなで一緒に。マヤリスとウィオラも戦えるんだっけ? だったら彼女たちも一緒に、みんなで魔物の巣の討伐に行くの。……仲間と遊ぶのはきっと楽しいわ。ね、アモル?」
ソフィアに誘ってもらえてスースはとても嬉しいのだが、アモルは二人で行きたいのではなかろうか。
そう思ったスースがそーっとアモルの機嫌を伺うと、とても珍しいことにアモルはソフィアの提案に心底同意したようで、「仰せのままに」とうなずいていた。
ラネアたちも転生してきている……ハズ!!
画像おまけページは、SSリクエストが落ち着いたらUP予定です。




