、 聖女の進撃 *
「タイヘンダ。マーテルの支店が壊滅だ。アモル様にご報告。急げや急げ、オコラレル!」
「タイヘンダ。パテッサの支店も壊滅だ。アモル様にご報告。急げや急げ、シカラレル!」
若干懐かしさのある道化の悪魔コンビが、騒がしくファタ・モルガーナ城の廊下を小走りで進む。
かつて城の地下室で“蜜”の“加工”に従事していた二人だ。今は栄転なのか左遷なのかは分からないが、マーテルとパテッサという主要拠点にあるレクティオ商会の支店を切り盛りしている。いや、“切り盛りしていた”が正確か。
道化という特性によるものか、バタバタと無駄な動きの多さから大げさに騒いでいるだけに見えるが、現状はかなりひっ迫していた。
天使を引き連れたプリメラの進撃は目を見張るもので、あちこちの街に配置されたアモルの配下の悪魔たちが片っ端から狩り出され、悪魔たちの勤務先であるレクティオ商会はどこも壊滅状態にある。
この道化悪魔のコンビのように逃げ帰れたのは少数で、配下として貸し与えられた下級悪魔の多くは天使とその加護を受けた聖騎士の攻撃によって消滅させられてしまった。
特に被害が大きかったのは最初に襲撃されたマーテルの支店で、ここの悪魔は道化を除いた全員が天使によって消滅させられた。それでも転移陣が悪用されないよう中継地点ごと破壊した、道化の片割れの行動力と判断力は評価に値するだろう。
転移門が使えないせいで、他の街が襲撃された際にほかの悪魔が逃げまどう結果となったが、ファタ・モルガーナ城への急襲を防いだのだから、悪魔たちの主にとってはこの選択は正解のはずだ。
聖女プリメラの一行は、悪魔がレクティオ商会を隠れ蓑に各街に拠点を築いていること、配置された悪魔にさして高い戦闘力が無いことを知るや、天使の加護を与えた聖騎士隊を複数の街に同時に差し向け殲滅を図ってきた。天使はともかく聖騎士に悪魔か人間かを見分ける能力などないから、捕まったレクティオ商会の店員はその場で皆殺しという状況だ。
相手が悪魔とその関係者なら何をしても良いという考えがまかり通っているのだろう、レクティオ商会の商品も金品も、根こそぎ奪われる徹底ぶりである。
「……というわけデシテ。けれどワタシが! 転移陣を破壊したおかげで! 奴らは地べたをのんびり進むしかない訳で、この城へたどり着くまでの時間を稼いだ次第デシテ、……ゴニョゴニョリ」
「……というわけデシテ。コイツが! 転移陣を破壊したせいで! 街には結界がございますればお借りした下級悪魔は門からしか逃げられず、門は門で検問厳しく誠に誠に遺憾ながら、その大半が、……ゴニョゴニョリ」
「……報告は以上かな?」
「ははぁーっ! 面目次第もゴザイマセンーッ!」
「はひぃーっ! 何卒挽回のチャンスヲーッ!」
報告をする道化の悪魔たちは、アモルの苛立ちを感じ取り、平伏した頭をさらに低くする。
(あの女は殺しておくべきでしたね)
マニウスの魂を手に入れた時、一人生き残ったプリメラがかつてこのファタ・モルガーナ城にいた人間であることをアモルは認識していた。
ソフィアが解放を望んだ者を、アモルが手にかけるわけにはいかない。そう思って見逃したのだが、ソフィアの意に背いてでも消しておくべきだった。直接手を下さなくとも、つぶす方法はいくらでもあったというのに。
「お前たちは天使どもの動向を探れ。戦闘の必要はないが、悟られぬ程度の力を与えておく」
「オッオッオッ、魔力ゥー。パゥワーァァァ……あり?」
「アッアッアッ、魔力ゥー。アァーップゥ……しない?」
「戦う必要はないからな?」
悪魔にせよ天使にせよ、本来が人間の住む世界とは位相の異なる世界――魔界や天界に存在するもので、人間界に肉体を持たない彼らは、本来、甘言を囁いたり宣託をもたらす程度の力しか持たない。ちょっとした悪事や奇跡が関の山だ。
召喚あるいは降臨などによって肉体を得て初めて、人間に物理的に干渉し、圧倒するだけの力を持つが、その力はその存在が本来持つ能力以上に受肉した器の影響を受ける。ようは、本来の力を発揮できるとは限らないということだ。
この悪魔たちの場合は、アモルから受け取った魔力の量だ。
人間界で活動している間に、バレないように魂やら生命力やらをヘソクリできれば自分の力を増やすこともできるが、アモルがそんな甘い管理をするはずはない。
“生かさず、殺さず、やりがい搾取”がモットーのブラック経営だから、召喚目的に応じた低い能力しか持っていない。
残念ながら、依り代であるプリメラと繋がっていて、いくらでも力を得られる天使が相手では、サーチされれば即デストロイだ。
「目立ってナンボの道化の悪魔が、格ゲーじゃナクテ、スニークミッション……」
「バイオレンスな道化の悪魔が、狩りじゃーナクテ、鳥獣観察……」
「理解したなら行きたまえ」
折角生き延びた道化師たちを、悪魔らしく再び窮地に追いやった後、アモルは不機嫌そうに眉を寄せる。
(それにしても愚かな女だ。おそらくは、望まれるままに“祈り”を捧げているのだろう。何を喰われているかも知らずに)
アモルとしてはだいぶ配下の悪魔を消されたが、人間界で肉体を抹消されても存在を消された訳ではない。再召喚は可能だし、店員として呼んだ配下にたいした魔力も渡していないから被害はそう深刻ではない。
(だが、聖騎士とはいえ人間がこれだけの速度で魔族を駆逐するとは、よほど強い加護を与えているのだろう。下級悪魔の再召喚は見送るか。それよりも狩場を荒らされたのは少々癇に障る)
折角、めぼしい街のレクティオ商会の地下室に守護結界をすり抜けて転移できる“門”を作ったというのに。転移門が使えず通常の門も監視が厳しいとなれば、マーテルやパテッサと言った効率の良い狩場は使えない。これは少々痛手といえよう。
(まぁいい。まだ少し猶予はある)
あと少し。あと少しで契約は成る。
そうすれば――。
■□■
世界は弱者にとって生きやすいものではない。そこが過酷な場所であればなおさらだ。
それでも人は生物の本能として、生きる方法を模索する。力あるものに依存するのは、当然のことではないか。
天使を連れたプリメラは、途中幾つもの村や街を回り、神の奇跡を説いていった。
天使という奇跡を目の当たりにし、それを降臨せしめたのが、ただの商人の娘だと知れば、ならば我もと狂信的な思いを抱くものがいてもおかしくはない。同行を申し出る者は後を絶たず、聖女プリメラ一行は千人を超える人数に膨れ上がっていた。
「天使様、我らに御慈悲を」
「天使様、我らに救いを」
「天使様、我らに癒しを」
「天使様」「天使様」「天使様」「天使様」……………………。
数千もの信徒は一心にイズラフィールに祈りを捧げる。
信仰という名の繋がりからたっぷりと力を吸い上げたイズラフィールは、太陽の光の下、大天使と呼ぶにふさわしい強い力を蓄えつつあった。
「もっと祈りを捧げなさい、プリメラ。貴女の祈りこそが私を強くし、貴女の願いを叶えるのだから」
「はい、イズラフィールさま」
プリメラはイズラフィールがプリメラに向ける透明な光のような感情を、うっとりと見つめる。
なんて、美しい感情だろうか。欲望の陰りが一切見られない、人間の持ちうるどんな感情にも当てはまらない、この無色の感情こそが、神の愛というものだろう。
(ついに、ついに私は、あの透き通る紅よりも尊いものを手に入れたのね)
自らに向けられる感情の光に、プリメラは恍惚とした歓喜のただ中にいた。
(それにしても、どうしてイズラフィール様はマニウス様の面影を宿していらっしゃるのかしら。私が出会った人間たちの中で、一番きれいな色を持っていたから?)
「雑念が混じっていますよ、プリメラ」
「申し訳ございません、イズラフィールさま」
プリメラが視るイズラフィールの透き通った感情は、彼女だけに向けられるものではない。行軍を共にする信徒たちにも等しく与えられるものだ。
その様子を見るたびに、プリメラの脳裏にはただ一人に向けられた紅の色がよぎるのだ。
(あれこそ、私を惑わせる悪魔の色よ。あれが邪悪な色であることを暴き、滅ぼさなければ)
あんな色があるせいで、惑わされるのだとプリメラは思う。
イズラフィールは、マニウスの面影を持つこの天使は、プリメラの天使ではないか。
(神の愛、無償の愛を手に入れたのよ。私は、私こそが選ばれたんだわ!)
かつて悪魔が見せた透き通った紅を思い出すたび、プリメラは天使への祈りを強くする。その思いはまさしく信仰そのもので、それ故に捧げる祈りは彼女の魂に根差している。
数千もの信者の狂信、依り代たるプリメラの妄信。
それを捧げられた天使という存在は、プリメラという凡庸な魂を依り代としているにも関わらず、ついに強大な悪魔の結界を見破るほどの力を得た。
「……見つけました。悪魔の城はそこにある」
おぼろげなプリメラの記憶をたどり、悪魔が巡らせた結界さえも破って、天使はついに悪魔の城を見定めた。
たぶんよくわかるこんかいのまとめ
イズラフィール「みいつけた♪」
あと10話です!




