う つくしき信仰の国 *
4章のあらすじ
スース 「エルフコワイエルフコワイエルフコワ……あああああ!」
赤子蟲 「おぎゃあ(バリバリムシャムシャ)」
ソフィア「昔、血をもらった娘が泣いてるわ。助けたらな。眷属にしたろ」
アモル 「!!! 一番とらないれー!」
ソフィア「と、見せかけて。チュッ」
アモル 「!!!」
ソフィア「うわ、眷属作ったら、魔力めっちゃ流れ込んでくるやん!? って、思い出した!
アモルに自我を与えたん、私やん。あと、やっぱ、私死んでたわー」
――何かが伝わりますようにと、貴女は私の手を握った。
他者と物理的な接触を図る最初の段階。
互いに良好な関係にあることを確認しあう行動。
相手に良好な関係でいたいと伝える行為。
それは同時に自己と他者が別の個体で、どこまで行っても肉体という軛を超えられないまま、けっして混じり合うことはないのだと、真に分かり合う日はこないのだと、知らしめるようにも思えた。
どれほど手を繋いでも思考も感情も伝わるはずはないというのに、湧き上がるこの想いは何なのだろうか。
私のものか貴女のものか、「一緒にいたい」という“感情”が、虚構の孔にわだかまる。
いつしか虚構が現実となり、“感情”というものがただの情報でなくなった時、それがどれほどの劇薬か思い知ることとなった。
激しい執着と、慈しみたいと願う想い。傾慕の情に翻弄される情けない内面を悟られないように、精いっぱい笑顔の仮面をかぶって見せる。
喰らい尽くしこの身の内に閉じ込めてしまいたいなどと心の内を語ったならば、貴女はどんな顔をしただろう。悍ましいと突き放されてしまったならば、御しきれない心中の獣が、貴女を慈しみたいのだと泣き叫びながら、喰らい尽くしてしまうのだろう。
いや、貴女のことだから「逆じゃない? 食べるのはヴァンパイアである私の特権でしょう」と笑ったかもしれない。
一度だってまともに喰らってくれたことなどないというのに、貴女は私を嵐の海に翻弄される木の葉のように弄ぶ。
けれど風のように自由な貴女が、木の葉のごとき私の心をすくい上げて運び去ってくれるお陰で、私は真っ暗な水底へ引きずり込まれずに済んでいるのだ――。
■□■
「立派な人間におなりなさい、マニウス」
母は幼いマニウスに繰り返しそう説いた。
マーテルという街の領主だった父は、民の幸福を心から願い、努力を絶やさぬ人であったと。しかし、父は母がマニウスを身ごもった頃、魔物との戦闘に敗れ、神の御許に召されたという。
叔父をマーテルの後継者に望む声が多い中、後ろ盾の弱い母と胎の中の子供の存在は、マーテルの街にとって混乱をもたらすだけだった。だから母は貴族の位を捨てて、シシア教国の修道院に身を寄せた。
マニウスは自分の境遇を不幸だなどと思わない。
父の後を追うように母もまた、マニウスが幼いころに神の御許に召されてしまったが、母の教えも愛情も、寒い冬の日に抱きしめ温めてくれたぬくもりと共にマニウスの中に残っているし、神の教えと生き方を教え導く師にも恵まれた。
マニウスは高潔な人物として成長したし、若くして高位神官の位を得るまでになれた自分が、恵まれていることを十分理解していた。
そして、だからこそ、彼の元にまで聞こえてくるマーテルの惨状に、彼は心を痛めていた。政争から逃げ延びた自分の代わりに、マーテルの民が苦しんでいるのではないか。そのような思いから逃れられずにいたのだ。
「領主とは民を幸福にする責任があるのだと、母上は言っていました。父上は、いつも民の幸福のために尽力していたと。けれど今の叔父上は……」
出会って間もない修道女にそんな話を口にするほど、マニウスが彼女のことを信用したのは、初めて礼拝堂で出会った時の祈る姿があまりに敬虔で、白百合のように見えたからかもしれない。
ずっと市井で生きてきたとは思えないほど、修道女の信仰心は深いもので、何度か言葉を交わすうちに、気持ちに寄り添ってくれる彼女の言葉にマニウスは自分の生い立ちすら話すようになっていた。
「マニウスさまはお母様の深い愛情と、お父様の領主としてのお心をお持ちになってらっしゃるのですね」
「私など、嘆くばかりで何もできない若輩者です。神の国で両親も情けないとお嘆きでしょう」
「そんなことはございません。思いがなければ言葉は生じず、言葉がなければ行動は起こらず、行動しなければ何事も成りはしないと申します。マニウス様のお心がけこそが重要なのですわ」
修道女の言葉にマニウスの心はほぐれる。
「……やはり、民のために立ち上がるべきなのでしょうか。しかし継承権も持たない私に何ができましょう。いたずらに民心をかき乱し、民の血を流させた先に真の幸福があるのでしょうか」
「マニウスさまのご懸念はごもっともです。ですが、私は為政者だけが民に幸福をもたらすものだとは思えないのです。神の存在、その教えこそ、等しく民に幸福をもたらすもの。少なくとも私はこの国で神の存在に触れ、救われました。高位神官であらせられるマニウス様だからこそおできになる救済があるのではないでしょうか」
「なるほど。あなたの言葉はいつでも私を勇気づけ、背中を押してくれる」
いつもそうだ。この修道女と話していると、心の靄がすっきりと晴れて、なすべきことが見えてくる。心をあるがままに肯定される心地よさは、まるで在りし日の母のぬくもりのようだ。
ならば、立派に成長した姿を彼女を通じて母に見せたい。彼女にひとかどの人物であると認められたい。
心を決めたマニウスは、修道女の手を取り決心を語る。
「マーテルは先の魔物の一件以来、民の信仰が高まっているとのこと。教会としても神官の派遣を検討しているそうです。あなたの言葉で決心がつきました。私はマーテルへ赴きます」
幼くして母を失い、以来神の教えに生きてきたマニウスは、その修道女に母の面影を重ね、同時に恋心さえ抱いていたのかもしれない。
マーテルへ行けば彼女とは会えなくなるだろう。それは心苦しくもある。けれど、彼は神に仕える身。何より、マーテルの前領主の息子として、民に安寧をもたらしたいと願っていた。
「それは……」
マニウスの決意を聞いた修道女が言葉を濁し顔を伏せる。
「どうかなされたか」
「……寂しいと、そんなことを思うなんて許されるはずがありません」
「あぁ、あなたも同じ気持ちを抱いていてくださったか!」
未だ修行中の身であるマニウスに異性と情を交わすことは許されていない。それでも修道女の手を取り相手にも自分と同じ気持ちがあることを喜ぶ彼に修道女は囁く。
「マニウス様のお役に立てるかは存じませんが、私、ここへ来る道中、マーテルで見たのです」
マーテルの街の近くには盗賊が住み着き、通りがかった隊商から通行料を受け取っている。払えなければ代わりに女性が攫われるのだ。攫われた不幸な女性は、おそらくマーテルの夜の街で明けぬ夜に生きるのだろう。
「先の魔物の一件も娼館が発端とか。教会の力を高めるためにも彼女らに救いの手を差し伸べてはいかがでしょう。もしもお許しいただけるなら、私もマニウス様に同行し、お手伝いしたいと存じます」
「まことか!」
恋というのは往々にして判断を狂わせる。
高位神官であるマニウスは、修行が終われば妻帯を許されるが、生まれが良く将来を嘱望される彼の結婚は、貴族同様に政略によって決められる。
今この修道女に抱く思いは、若き日の思い出として消化されるものなのだ。それを分かっているからこそ、気持ちを抑えてきたけれど、それでも同行の申し出と、彼女の掲げた大義名分はマニウスの判断を狂わせるのに十分だった。
もしも、マーテルの街で共に成果を残せたなら、彼女との未来もありうるのではないか。そんな甘い幻想をマニウスは抱いてしまったのだ。
「ありがとうございます。あなたが来て下さるならば何も怖れることはない。ですが、よろしいのですか? 貴女はこのシシア教国を目指して旅をしてこられたのでは」
修道女の身の上話で、そう聞いている。けれど、修道女は迷いのない様子で答えた。
「かまいません。この国に来て、私は神の存在を、神のみ使いたる天使様の存在を知りました。そして同時に、礼拝堂でただ祈りを捧げるだけでは足りないのだということも理解したのです。私は私の願いと祈りの為に、なすべきことをしたいのです」
神への信仰を口にするとき、修道女の瞳に強い光が宿る。その信仰は本物で、だからこそマニウスは祈る彼女に惹きつけられたのだ。
「分かりました。共にマーテルへ行きましょう、プリメラ」
マニウスの言葉に、プリメラは心の底から笑みを浮かべる。これで彼女は望みにまた一歩近づけると。
そう、誰でも入れる礼拝堂で、どれほど神に祈っても、祈りは届きはしないのだ。
シシア教国に存在する天使。それを降臨させうるのは選ばれた教会の上層部だけで、おそらくは、限られた場所でのみ神への祈りは届くのだ。
神への祈りに全てを捧げるプリメラの姿は、マニウスには敬虔な信者のそれに見えていた。
たぶんよくわかるこんかいのまとめ
マニウス「マーテルの街で世直ししよかな」
プリメラ(こいつ、チョロっ)




