、 新たな日常
「よおおっっし、いっくわよ!」
「ソフィア様、まだバフが……!」
「グォオオオオォ」
背後から大急ぎでバフを飛ばしまくるアモルのことは放置して、ソフィアは巨大な地竜に突っ込んでいく。
地竜とは飛べない竜の総称で、トリケラトプスやT-レックスといった恐竜に似たタイプから、亀みたいなもの、果てはほぼ岩なんじゃないか、と言ったものまで多種多様だ。
ちなみに知能も強さもばらつきが大きく、今ソフィアに向かってきているのは獣程度の知性と岩のような体を持つデスタニカ種、いわゆる岩竜というものだ。見た目はトリケラトプスに似ているが、サイズは象の何倍もあって竜にふさわしい重量感だ。
肉は固いを通り越してほぼ岩で、血は鉱毒をたっぷりと含んでいるから、人間には食べられない。ヴァンパイアであるソフィアは完全な毒耐性を持っているから飲めなくはないが、苦くてジャリジャリしているから、ソフィアもパスだ。
竜の肉は美味しいという通説を見事に裏切る岩竜だが、こいつは体内に宝石の原石をこれでもかというほど抱えているから、別の意味で大変に美味しい。
岩竜の餌は鉱石系のエレメンタルだったり、魔石だったり、様々な鉱石だ。要は岩石を喰らって宿った魔力や肉体形成に必要な金属元素を摂取しているのだが、岩を消化するために胃の中には硬質な鉱石がゴロゴロしている。ダイヤモンドの原石や、まれにアダマンタイト鉱石なども出てくる。他にもこの岩竜の不思議な代謝を助けるためか、内臓にはミスリルが多く含まれているし、宝石の原石やレアメタルの宝庫だ。さらには外皮は鉄鉱石に近い組成だから、動く鉱脈と言っていい。
やはり、竜というのは美味しい生き物だ。
そんな美味しい岩竜だけれど、当然ながらメチャ強い。
このデスタニカ種は、とにかくタフで硬く、攻撃が通りにくい。倒せば中流家庭の家族が20年は暮らせる額になるが、通常、討伐は上位の冒険者が多量の爆薬を使うのがセオリーで、コストを考えれば普通に採掘をした方が安いくらいだ。だから、鉱山を岩竜に占拠されたとか、街の近くに現れたなどの事情が無い限り、岩竜は放置される。
「オリャアッ」
「そのような品のない掛け声、おやめください!」
アモルの悲鳴を聞き流しながら、ソフィアはアモルが空中に作った足場を蹴って10メートルほど飛び上がり、岩竜の顔面を尖った刃先でぶんなぐる。
今日の武器は巨大なピックアックス。いわゆるツルハシだ。通常の3倍はあろうかというそれは、成人男性が使うツルハシの数十倍の重量があるけれど、ヴァンパイアの筋力ならばどうということはない。巨大武器はロマンなのだ。アイデンティティーは譲れない。
しかし、それほどの一撃でも岩竜は沈まない。簡単には倒せない魔物を選んで狩りに来ているから当然なのだが、高さだけでも10メートルを優に超え、全長は30メートルに及ぼうかという岩の塊だ。皮膚の硬さも相当で、ただの一撃では岩塊がいくらか散ったくらいだ。
攻撃を受けた岩竜の視線が、鬱陶しそうにソフィアを睨みつける。
ぶん、と頭をふって、鼻先の角を喰らわせようとするが、その攻撃をピックアックスの切っ先を斜めにあてることで跳躍力に変え、ソフィアは岩竜の頭上に着地する。
「えいっ!」
アモルに注意されたので、可愛らしい掛け声で攻撃をお見舞いだ。ちなみに威力はちっとも可愛くないが。
ソフィアの一撃は、岩竜の脳天にクリーンヒットするも、岩竜はこれでも堪えた様子が見えない。
岩竜だけあって、脳みそまで岩でできているのだろう。だとしたら、岩竜の脳みそをうまく製錬すればオリハルコンが取れるのではないか。まぁ、このおバカ加減では、入っていてもほんのちょっとだろうけれど。
ガン、ガン、ガン、と掘削作業のような攻撃を繰り広げるソフィアを、岩竜は頭を振るって落とそうとするが、その程度の抵抗はソフィアにとって単調な掘削作業に変化を付けてくれるサービスに過ぎない。変わらず振り下ろされるピックアックスに岩竜の頭部には次第にひびが入っていく。
「グオォ、グオッ」
ようやく痛みを感じ始めたのか、岩竜が体を震わせると、岩が寄せ集まったようだった皮膚が鋭くとがり、ソフィアに向かって射出された。
「来たわね、ホーミングミサイル!」
余裕をもって避けた岩の弾丸は、ソフィアを追尾して追ってくる。
「あははっ。アモル、撃墜はしなくていいから!」
「ほどほどになさってください!」
岩の弾丸をギリギリまで引き付けてから躱す。それも、岩竜の顔付近で。当然岩の弾丸は、打ち出した岩竜の顔面をしたたかに打ち付ける。さらに隙があれば、ソフィアのピックアックスもお見舞いだ。
そんな攻防を10分ほど続けた後、岩竜の脳天に亀裂が入り、ガラガラと体表にまとった岩石を落としながら岩竜はただの岩山と化した。
「ふー、やれやれっと! 残りは?」
岩竜を斃したソフィアはアモルの元に戻ると、アモルの側にいた男がアモルに何事か告げた後、膝を付いて頭を下げた。
立っていてもアモルの半分程度しか身長がなく、がっしりというかずんぐりした樽型体形の髭男の種族はドワーフだ。
エルフとの絡みがあったのだ。ドワーフともなにか関係があるだろうな、と思っていたらやっぱりあった。けれどドワーフの場合、アモルに目を付けられているのはその技術力のようで、ひどい目には……いや、合っているのかもしれない。
ソフィアが近づくとその姿を見ないように頭を下げたし、現在進行形でブルブルと震えている。
これは、あれだろうか。ソフィアが怖がられているのだろうか。通常ならば、爆薬を使いまくって長期戦で倒す岩竜を、たった一人で、しかも十数分でどつき倒してしまったのだから。それも、今斃した岩竜で、たしか8匹目だ。ゴリラと思われても仕方があるまい。
「鉱山の奥にまだ3体いるそうです。巣穴から出られないほど巨大化しており、連れては来られないとのこと。最深部にいる岩竜の女王と卵を守る夫たちはお目こぼしを。また繁殖してもらわねばなりませんので」
「分かったわ。3体か。ま、イケるでしょ。連れてこられないならしょうがないわね。面倒だけど、行きましょうか」
「お供いたします」
ここは昔、ドワーフたちが管理している鉱山だったそうだ。
とても豊かな鉱脈だったのだけれど、採掘を続けるうちに岩竜の巣に繋がってしまった。岩竜の食糧は岩石だけれど、魔力と水分がたっぷり詰まった人間も果物気分でムシャムシャ食べる。嗜好品の部類で好物だ。
ドワーフの村を丸ごと美味しくいただくために、岩竜たちは自分たちが通れるほどに坑道を広げて地上に現れ、ここのドワーフは全滅の危機に瀕したのだそうだ。
それをアモルが助けたらしい。
岩竜の巣がある場所は非常に深く、地熱によってドワーフでも採掘は困難だ。けれど、表層より鉱脈は豊かだから、その鉱脈を食べて育った岩竜からは、非常に高品質な鉱石が取れる。それゆえ女王竜とその夫は殺さず卵を産ませて、子供の岩竜が程よく育った頃に狩ることで、効率よく鉱石が回収可能な岩竜式鉱山として、今では運営されている。
いい感じに育った岩竜を体を張っておびき出してくれたドワーフたちの顔色を見れば、アモルとの取引がどれだけ偏ったものか想像はつく。
まぁ、アモルは悪魔だから、高利回りにもほどがある感じで、骨の髄まで対価を搾取されるのは仕方あるまい。ドワーフたちの顔色は悪いが健康状態は良いようだし、魂をとられなかっただけましだと諦めてもらいたい。
ファタ・モルガーナ城に戻ってからのソフィアに日常は、本人の希望もあって、狩りや冒険主体の非常にゲームらしいものになっていた。
たぶんよくわかるこんかいのまとめ
アモル 「ヒト狩りしようぜ!」
ソフィア「ボカボカしようにゃ」




