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け つべつと出立と

 朝日が昇ると同時に、パテッサの街を旅立つ一団があった。


 マーテルという街へ向かう隊商と、護衛として同行する冒険者たちだ。その中に、女冒険者テレイアたちの姿もあった。

 この街に4人で辿(たど)り着いた彼女らは、今はもう3人しかいない。テレイアに商人プリメラ、そしてダークエルフのスースだ。


 マーテルへ向かう隊商に同行できるよう話を付けたのはプリメラだ。テレイアたちの最終目的地はシシア教国だけれど、シシア教国は遠く、出立を急ぐテレイアたちは、途中にあるマーテルに向かう隊商を見つけるのが精いっぱいだった。

 気持ちの上では、一秒でも早くこの街から離れたかったが、こうして集団に紛れたほうが目立たないぶん安全に思えた。


 この街で大した仕事をしてこなかったテレイアたちは護衛としては不適格で、何かあったら戦う代わりに同行を許可されている状態だ。自分の身を自分で守れる程度の駆け出しの冒険者が、格安で移動する時によく利用する方法だ。依頼料は支払われない代わりに、道中の食費や立ち寄る街での宿泊費は格安になるから乗り合い馬車に乗るよりも安くつく。隊商側も戦力としては乏しいながらも、正規の護衛に加えることで、野営や雑魚魔獣の襲撃に対して余裕が持てるし、冒険者の人数が多ければ夜盗に襲われにくくなる。

 テレイアたちの場合は、実績はないが実力があるからか、それともプリメラの交渉力によるものか、かなりの破格値で同行できた。


 マーテルまでは距離がある。十分な蓄えなどないテレイアとスースには破格な旅費でも厳しかったが、3人分の旅費はプリメラが用意した。「パーティーのお金ですから」と笑うプリメラに、スースはいつものごとく意識が曖昧な様子で空を見上げているだけだったが、テレイアは「シシア教国に着いたら働いて返すから」と担保として2本ある剣の1本を差し出した。

 商人に借りを作るのは良くないことをテレイアは知っていたのだ。特に、どうやって調達したか分からない金を借りる時は。


 隊商はゆっくりと街の門をくぐる。

「随分早い出立だな、気を付けてな」

「あんたこそな」

 気さくな衛兵の挨拶に、テレイアが返事をする。


 ――この街には、悪魔がいるんだから。

 そんな言葉をテレイアは飲み込む。


 教えてやる義理などない。あの悪魔の意識がこの街に向いている間は、テレイアは安全なのだ。見知らぬ誰かが犠牲になっても、自分だけは助かりたい。それは当然の思考ではないか。


 テレイアたちの目的地であるシシア教国は、商人プリメラが信奉する神に最も近いとされる国だ。この国には神の使いである天使さえ存在しているのだという。

 悪魔から逃げる先として、それ以上の場所をテレイアたちは思いつかなかった。


(カニス……。達者でな)

 この街まで共に来た獣人カニスは、一人、この街に残ると決めた。

 もともとあの悪魔の城から共に逃げてきただけの間柄だ。カニスがこの街を終着点と決めたなら、それ以上テレイアたちにはどうすることもできないだろう。


(シシア教国まで無事に辿り着けるか、辿り着けたとして、シシア教国が本当に安全なのかも分からないしな)

 それでも無事に到着できたなら、カニスの幸運を神とやらに祈ろう。

 細い糸にすがるように、テレシアたちはシシア教国を目指した。


■□■


 その日から数日のうちに “霧の魔物”によって監獄要塞が落とされたという噂が、パテッサの街を駆け抜けた。


 ことの発端は、ポロスたちのチームに同行した獣人アルセンの情婦の一人が、アルセンが帰ってこないと冒険者ギルドに駆け込んだことだった。迷子の子供でもあるまいし、冒険者が数日帰らないくらいで冒険者ギルドが動くことなど、通常ならばありえない。

 けれど、駆け込んだ女性が明らかに麻薬の禁断症状を示していたことから、アルセンから事情聴取するために捜索隊が組まれたのだ。アルセンが複数の獣人女性に麻薬を斡旋していたことは、一部では知られていたことだった。事情聴取など建前で、冒険者ギルドとしては素行の悪いアルセンを切り捨てる算段だった。


 根回しのため収監予定の監獄要塞に遣いをやってみればもぬけの殻で、囚人はおろか看守も含め、生きた者は誰一人いないという。

 代わりに広場には大量の血痕と、ポロスたちのチームのタンクが持っていた盾がひしゃげて穴が開いた状態で転がっていて、近くには未開封のポーション瓶さえ転がっていた。


 定期的に食料品を配達している業者は、「昨日も確かに配達し、いつもの職員に代金をもらった」と証言したし、行政府に定期的に送られる報告書類にも不備はなかった。まるで一夜のうちに監獄の人間が消え去ったようにしか思えない状態だったが、食糧庫や地下室からは水分を失って石のように固くなった大量の食糧と、同じく水分を失ってミイラのように干からびた200体を超える遺体が見つかった。

 一体どんな死に方をすれば、こんな遺体が出来上がるのか。少なくとも人間の仕業でないことだけは、明らかだった。


 霧の調査に出向いた冒険者チームの失踪と、失踪先での不可解な死体の山。

 余りに不可解な事件は、“霧の魔物”の仕業としてさらなる調査が行われたが、その頃を境にパテッサの街を包んだ異常な霧は発生しなくなったから、真実は霧とともに消えたと言えよう。


 不可思議な事件の噂が、街中に広まらないはずがない。

 獣人アルセンの悲報は、一人パテッサの街に残ったカニスにも伝わっていた。


「ど、どういうこと? アルセン、アルセンは無事なの!?」

 事情を聞こうにも、それを知る者は誰もいない。

 この街に共に来た仲間、人間の冒険者テレイアに商人プリメラ、そしてダークエルフのスースの3人は、この街を旅立ってしまった。一緒に行こうという誘いを断ったのは、他でもないカニスなのだ。


 コツ、コツと足音が聞こえる。

「ひいっ。まっ、まさか、まさか、悪魔が……」

 すくみあがったカニスは、しばらくしてそれが石畳を行きかう誰かの靴音だと理解する。


 コツ、コツ。コツ、コツ。

 この街には恐ろしくたくさんの人間がいて、靴音は絶えることが無い。


 こわい、こわい、こわい、こわい。

 その靴音に交じって、あの悪魔が再びカニスの元に来るのではないか。そんな恐怖に支配されたカニスは、女4人で暮らした――今はもぬけの殻となった部屋へと駆け込んで、ポツンと残された自分の荷物を漁る。


(薬……薬……。まだ一つ、残ってたはず。あった……)

 紙に包まれた白い粉を、ズーと片鼻から吸い込むと、不安は嘘のように消え多幸感に包まれた。


(部屋、広くなっちゃった。でも、アルセンに来てもらえばいいか……)

 足を床に投げ出し、壁にもたれてカニスはぼんやりと考える。アルセンがいなくなるなんてよくあることだ。カニスの薬が切れる頃合いに、いつもひょっこり顔を見せてくれるじゃないか。


 ドカドカと安アパートの階段を上がって来る音がする。ついでドンドンと扉をたたく音。この荒っぽいやり方はきっとアルセンだ。薬で朦朧としたカニスの五感は、足音が複数であることも、その音がアルセンでの物でないことも聞き分けられはしなかった。肝心の鼻は薬を始めた頃にとっくに駄目になっている。


「アルセン、無事だったんだね! ……誰?」

 なんの警戒もなく開けた扉の向こうに立っていたのは、とてもまっとうな職に就いているとは思えない二人の男で、どこを探してもアルセンの姿は見当たらなかった。


「アンタがカニスかい?」

「そうだけど……」

「ついてきな。今日からの職場に案内してやる」

「ちょっと待って、どういうこと!?」

 乱暴に腕を掴む男にカニスが喰ってかかる。カニスもいっぱしの冒険者であるが、相手も荒事になれた連中だ。麻薬の回った体で太刀打ちできるものではない。


「証書ならちゃんとある。その寝ぼけ眼でようく見な。アンタがサインしたんだろうが」

 男が取り出した書類は多額の借用書で、描かれたサインは間違いなくカニスのものだった。


「そ……んなの、しらない。知らないよ! あたし、アルセンを待たなくちゃ。アルセン、アルセン!」

「おい、この女……」

「あぁ、アルセンってあの獣人の売人か。じゃあ、もう出来上がって(・・・・・・)んな。心配すんな、これから薬は新しい職場が用意してくれっからよ。とりあえず追加で吸わせとくか」

「やっ、やだ、や……。アルセ……ン」

 カニスの鼻に、白い粉が載せられた布があてがわれる。

 追加で吸わされた麻薬に、カニスの意識は朦朧として、どちらが上か下なのかさえもはや分からない。


(どうして、こんなことに……)

 アルセンがろくでなしだということは、プリメラたちに言われなくても分かっていた。だから、サインなんてしたことはない。そもそもカニスは読み書きが苦手で、細かく書かれた書類など理解することができないのだ。そういう仕事は商人のプリメラの仕事だった。

 この部屋を借りる書類だって、プリメラがちゃんと読んで説明してくれたから、しぶしぶサインしたくらいだ。


(あ……れ……? サイ、ン……した?)

 何か大事なことに気が付いた気がしたのに、麻薬のせいで思考がまとまらない。ふわふわとしてとてもいい気分なのだ。カニスを乱暴に担ぐ男の体温さえも心地良い。


「お前が働いてた方が、アルセンもしょっちゅう来てくれるだろうぜ? お得意様にはマメな男だからな」

(あるせん、きてくれる……?)

 男の言葉にカニスが答えることはない。ただ、半開きで唾液を垂らす口元を幸福そうに歪ませる。

 そんなカニスの容姿を見た男たちは顔を見合わせ楽な仕事だったと笑い合った。


「獣人の鼻を潰す効果もあるなんざ、ほんっと便利な薬だぜ。人間顔の獣人は需要はあるが臭いに敏感でシラフじゃ客をとらねぇからな」

「アルセンも、最後はこうやって売り飛ばすつもりで漬けてんだろ。ま、今回は先に唾つけたやつがいたってだけだ。可愛い顔して、ほんっと女は怖いねぇ……」


 一体誰の話をしているのか。

 カニスには、もはや分からなかった。


 すべてはパテッサの霧に呑まれて、何も見えない。




たぶんよくわかるこんかいのまとめ


プリメラ「シシア教国に出発! 旅費なら任せて! (昔書かせた書類があるから)」

カニス 「え? ちょ、待って。どゆこと?」

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― 新着の感想 ―
[良い点] プリメラの強かさ。もう何か羨ましさを感じてしまうくらいに強かに生きていますねプリメラʘ‿ʘよーし!この調子でどんどん生き残っていってくれ〜い! [一言] 「で」!
[良い点] 商人らしくドライな計算で生きるための犠牲をソフィアよりためらわないプリメラ。友人だったとしても売った気がするしそもそも友人要らないのかも。 この先もさらに不穏な旅になりそうなのでテレイアは…
[良い点] 売ってたー!? そうか前半にちゃんとどこから調達したか分からないってあるわ [一言] だけ。 だけれど うーん… 7/26『。』
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