つ よがる冒険者たち *
「霧の夜には人が死ぬ」
そんな噂がまことしやかにささやかれだしたのは、一体いつ頃からだろう。
依頼を受けた今でも、迷信めいた話だと冒険者の男、ポロスは思っている。
(だいたい、霧なら毎日出てるし、この街に一体何人の人間が住んでると思ってんだ。ジジババなんざ昔っから毎日死んでら)
それでも墓穴を掘る間がないほどというのは異常事態で、明け方に発生する霧の調査が冒険者ギルドに寄せられたのは、自然な流れだったろう。
こういった調査業務は地味ではあるが頭を使う。筋力だよりのバカには解決できない仕事だから、いかに難解で複雑怪奇な事態だったか、尾ひれ背びれに胸びれまでつけて報告すれば、解決した冒険者の評価は大きく上がるに違いない。
そのように考えて、ポロスは依頼を受けたのだ。
(だいたい、この街には、俺の実力に見合った仕事が少ないんだ。俺はこんな平和な街で終わるような男じゃねっつーの。だからって、今のランクで他所へ行ってもつまんねぇ仕事で時間を無駄にするだけだ。この仕事を踏み台にランクを上げたら、俺は世界に飛び出すんだ!)
なかなかに愉快な思考のこの冒険者は、悪魔の城から逃げ出した女冒険者テレイアの元恋人だ。パテッサの街の富裕層の愛人の二男で、本人が思っているほど賢くはない。けれどバカな子ほどかわいいのはこの街でも同じなようで、親の仕事を継げない代わりに冒険者を志したポロスを、装備の面から仕事の依頼まで親は援助してくれていた。
(テレイアの奴、ちょっと浮気したくらいで、悪魔がどうとか取り乱しやがって。悪魔なんてもんが本当にいるなら、ぜひともお目にかかりたいぜ)
魔物というのはそこらへんにいるけれど、悪魔をはじめとする魔族は魔界に、天使は天界に住むというのが通説で、めったにお目にかかれるものではない。シシア教国の高位司祭は天使を召喚しているというが、それこそ神の奇跡の体現だ。誰にでも呼べるものなら奇跡とは言わないし、シシア教国まで出かけても一般人が天使に会えるわけではない。
(むしろ悪魔を倒したら、一気に有名になれンじゃね? うわ、コレむしろチャンスじゃね? 有名になってから謝ったって、知らねーんだからな)
ポロスはテレイアとの喧嘩――、テレイアの一方的な制裁というのが正解だが、を思い出す。あれは、ポロスが負ける前提の物言いだった。そもそもテレイアは、出会った時からどこかポロスを弱い男とみなしている様子があった。浮気がばれてドツかれて、それでもテレイアの実力を見抜けなかったポロスは、彼女が時折見せる強者の仕草を不快に感じていたのだ。
これはチャンスだとポロスは本気で考えていた。
ポロスのチームは通常4人。戦士であるポロスに魔法使い、タンクに弓使いで回復役がいないから、そこはポーションで補っている。ボンボン集団ならではの浪費体質だ。
「霧が出るのは水辺でしょうね」
ポロスのチームの魔法使いが言う通り、運河の上に広がった霧はゆっくりと街へ広がっていった。
「オイオイ、本当に霧の魔物かよ」
声を上げたのは、メンバーではない5人目、助っ人に来てもらった獣人の男、アルセンだ。
狼の顔を持つ獣人で、もともとはランクの高い冒険者だったそうだが、怪我をして前線を退き、パテッサの街にやってきた。駆け出しの冒険者にノウハウを教える教官の真似事をして生計を立てていて、ポロスたちも駆け出しの頃世話になった。
最近は、駆け出しの冒険者の代わりに、女性の獣人と一緒にいる姿をよく見かける。顔まで獣の獣人というのは、獣人の中では優れた容姿に分類されるため、この男はモテるらしい。今は教官もやめてしまって、複数の女性に貢がせて暮らしている。
一線を退いて長い、そんな男に助っ人を頼むなんてと、チーム内で意見が割れたが、安全を期したいポロスが「獣人だったら鼻が利く」と言ってねじ伏せた。テレイアの反応に少しだけ弱気になったのだ。
「広がり方を見る限り、意思はあるんじゃないスか?」
霧に喰われないよう、風上にある塔の上から様子をうかがうポロス達。霧がまんべんなく街を覆うように広がっていく様子は、確かに意思があるように思える。
「どうする? 捕まえるか?」
「霧っすよ? 無理でしょ」
「じゃあ、どうすんだよ!」
いきなりキレるアルセンに、ポロスは「ちょっとは自分の頭で考えろよ、この獣野郎が」と心の中で悪態をつく。
この獣人、ヒモなだけなら羨ましいだけで済むのだが、自分の女たちに麻薬を使っているという噂があるのだ。
獣人というのは“つがい”という生涯ただ一人の相手を持つことで有名だ。もっとも出会える可能性は低いらしく、人間のように何人かと付き合った後、適当な相手とくっつくの場合が多い。それでも、“つがい”への憧れか、それとも種族特性か、同時に複数と付き合うというのはありえないことらしい。パートナーから他の異性の臭いがすることを本能的に嫌がるのだ。
だというのに、複数の女に貢がせているということは、嗅覚か本能が麻痺している状態なのだろう。そんな状態に陥る薬が、この街では出回っている。
(冒険者としても負け犬な上、同族を食い物にするとか、獣人じゃなくてただの畜生じゃないか)
ポロスは、アルセンを心の底から見下しているのだが、手負いの獣は手ごわいと聞くし、なによりぐわっと裂けた大きな口からのぞく牙が恐ろしいので、そんな様子はおくびにも出さずに方針を告げる。
「霧は日の昇る頃には無くなるらしンで、帰る所があるって睨んでるンすよ。街の数か所でギンゴの実を焼いてるんで、霧に臭いが付くはずっす。アルセンさんなら楽勝っしょ? それを追えば奴らの根城が分かるって作戦ス」
「げぇ、ギンゴかよ。あれ、臭っせぇんだぜ」
(知ってるよ。わざわざくさそーなの選んだんからさ)
ポロスは心の中で答える。沈黙は金。金持ち喧嘩せずである。
嫌がる獣人をなだめすかして臭いを追うと、霧は手分けをするように街をゆっくりと移動した後、運河の方へ集まってきた。
「おい、城壁の方へ消えてくぜ」
「あそこは確か、監獄要塞?」
「はっはぁ、見つけたぜ! 監獄に囚われた悪い魔術師かなんかが召喚したんだろう! そうと分かれば乗り込むか!」
根城を突き止めたのはポロスの計画だというのに、まるで自分の手柄のようにアルセンが胸を張る。しかも根拠のない推理付きだ。
だがしかし、アルセンのターンはここまでだ。
「いや、今日はここまでっス。お疲れ様っス」
しゅぱっと右手を上げるポロス。その反応にアルセンはあっけにとられる。
「オイオイ、待てよ、なんでだよ。根城が分かったんだぜ?」
「昼間の方が安全でしょう。それに眠い頭で乗り込んだってうまくいきませんて。ってことで、お前らもお疲れさん。明日……いや、もう今日か。今日の昼過ぎにここに集合ってことで。じゃ、お疲れっしたー」
「お疲れっスー」
「お、おい、待てよ、お前ら!」
ポロスとチームメンバーは、アルセンが何か言うより先に挨拶をすると、あっという間に解散して帰っていく。本当に、いったん休憩をはさむらしい。
「……あいつら、バカじゃねえのか? 折角見つけたってのに。もし昼までに撤収されたら終わりじゃねぇか。………………まぁ、独り占めってのも悪かねぇ」
アルセンは少しだけ考えた後、ポロス達と反対の方、監獄要塞に向かってそろそろと進んでいった。
■□■
「……行ったか?」
「あぁ。ポロスの作戦通りだな!」
「けど、先に行かせていいのか? 手柄取られたりしねぇ?」
「狼野郎にちゃんとした報告書が書けると思うか?」
「ちがいねー」
帰ったはずのポロス達は、離れた風下からアルセンの動向を伺っていた。解散したのも計画のうち。あの獣人の性格は知っている。短気で短慮で強欲だから、ポロス達がいない間に一人でも調査をし、成果を横取りしようとすると踏んだのだ。
その予想は当たり、獣人は一人で監獄要塞へと向かっていった。
あの獣人、頭は弱いが体は強い。怪我で一線を退いていても、生き残ってきた経験は身に沁みついている。何も難易度も分からない迷宮の調査依頼ではない。街の中での依頼なのだ。危険があれば逃げ出してくるだろう。
そのように考えたポロス達は、アルセンを使い捨ての斥候代わりに使ったのだ。
「……出てこないな?」
「監獄だからな、今までの悪事がばれて捕まってたり」
「あー、あり得る」
「騒ぎも起こってないし、飛び出しても来ないんだ。なんもなさ過ぎて手がかり探してんじゃね?」
「あー。じゃ、俺らも行っとく?」
「“帰ってこないから心配してきましたー”とか言って?」
「そーそー。そんなふーに言ときゃOKよ」
「んじゃ、行っときますか」
現実というものは、往々に想像を上回ってくるものだ。
そんな話を、かつてテレイアはポロスにしたことがあるのだけれど、ポロスは当然覚えていない。
冒険者時代の経験をもとにしたテレイアの感覚では、たいていの場合、2割くらいの振れ幅で、悪魔の城でのことは当然ながら埒外だ。
起こってしまえばそれでおしまい。
逃げることも騒ぐことさえできはしない、天災のような存在がこの世界にあるということを、ポロスは想像すらしていない。
たぶんよくわかるこんかいのまとめ
ポロス(テレイアの元カレ)とアルセン(カニスのヒモ男)の愉快な冒険、はっじまっるよー!




