た ぐいまれなる美少女と巨大武器 *
「本日は何をなさいますか?」
吹き込む夜風のおかげですっかり目が覚めたソフィアに、アモルが尋ねる。
「レベル上げをするわ。早く陽光のダメージを無くさなくちゃね。どの辺りが狙い目かしら?」
「北がよろしいかと」
「またトレント狩り? なんだか、樹木系ばっかり倒してる気がするんだけど。木こりになったつもりはないのよ? それに北はそろそろエルフたちの領域じゃない? 今の戦力でぶつかりたくないわ」
この世界『Gate of Gran Guignol~グラン・ギニョルの門』には様々な種族がいて、NPCは同じ種族でコミュニティーを築いていた。グラン・ギニョルの名の示すように、登場する種族やモンスターは地域も出典もまちまちで節操がなく、そして血生臭く暴力的な要素が多い。そのため、NPCも好戦的で、その領地に踏み入って敵対行動をとると、戦闘になるどころか場合によってはこちらの領地やギルドハウスに攻めてきたりする。
シビュラがいたならば、どんな集団に攻められても落とされる気はしないが、今のソフィアは昼間の行動に制限がある。そんなリスクは極力避けたい。
「あの森のエルフごとき、どれだけ束になろうとこの城に近づけはしませんよ。ですが、ソフィア様はまだまだか弱くていらっしゃいますからねぇ。その麗しい柔肌に、毛ほどの傷でもついたらと思うと……。ふむ。私が行って滅ぼしておきますか」
「いや、待って。私のレベル上げだから。それに、私ヴァンパイアだから傷なんてすぐ治るわよ」
天蓋の薄布を開けてソフィアはアモルの顔を見る。
口角がクッと上がった作り笑い。目は眼鏡の反射で見えなくて何を考えているのかわかりにくいけれど、この悪魔はソフィアに対して驚くほど過保護だ。
(最近のアモルは、私が安全に狩りをするためだったら、集落を滅ぼすくらいやりかねないのよね。実際、眠っている間に、消えた集落は一つや二つじゃないし。……あれ? サポートNPCってプレイヤーがログアウトしている間に勝手に行動なんてしたっけ?)
プレイヤーの数の減少に伴い、自律思考するNPCが導入された記憶はある。引退したプレイヤーの外装や行動パターンをもとに構築された彼らは、過疎化したゲームを賑わせる要員だ。けれどアモルはサポートNPC。エンキドゥスではあるが、そんな要素はなかったはずだ。
(そういう“設定”をしゃべっているだけよね)
ベッドから起き出たソフィアの前で、アモルの尻尾はゆったりと満足げに揺れていた。NPCにゲームの仕様どうのと言った、いわゆるメタ的な質問をしても答えないようになっているし、そもそも、この悪魔が何を考えているかなど、考えても仕方ない。
アモルはNPC。AIゆえに学習能力は備わっているが、思考回路はプログラムに過ぎない。
――そのはずだ。
「着替えるわ。支度が済めば出かけるから、アモルも準備をしておいて」
「仰せのままに」
着替えるとソフィアが言うとアモルは一礼して部屋を出る。入れ替わりに入室した青白い顔色をした侍女たちが、ソフィアの支度を整える。彼女らは、ギルドハウスでもあるこの城で働く侍女NPCで、アモルの配下に当たる悪魔らしい。一言の言葉も発さず、淡々とソフィアの身支度を整える様子は、実にNPCらしいとソフィアは思う。
支度が整うと、部屋の扉が開かれる。外にはジャケットを羽織った以外は変わらぬ装いの悪魔が待っている。
「お待たせ、アモル。行きましょう」
アモルに比べればソフィアの衣装の方が戦闘服っぽい。薔薇の意匠をあしらった裾の短いドレスに、銀の脛当て、紅金の髪を結いあげた可憐な装備がソフィアのいつもの戦闘服だ。
「今日も大変にお美しい」
「ありがとう」
アモルのいつものお世辞だけれど、これだけは素直に受け止める。
この姿は自分でも可愛らしいと思うのだ。特にふわりとしたスカートと厳ついグリーブの組み合わせがいい。グリーブの上からのぞくガーターストッキングも気に入っているし、この格好をした少女がハルバード――槍と斧を合わせたような巨大な武器を振り回すアンバランスさはソフィアの好みだ。胸の双丘が少し邪魔に思えるが、薔薇の飾りのせいだろう。カワイイは実用性に勝る。
リアリティーを追求する『Gate of Gran Guignol~グラン・ギニョルの門』で重量のある武器を振り回すには、人間種であれば相応の筋肉があるマッチョか、魔法で補助する魔法戦士になる。魔法戦士はゴリラというほどではないが、戦士職ゆえに女性であってもそれなりに筋肉質な見た目に変わる。
フォークとナイフより重い物を持ったことがなさそうな、ソフィアの見た目でこんな装備が可能なのは、ソフィアの種族がヴァンパイアだからだ。
自画自賛をよしとするなら、絶世の美少女がフェミニンさと武骨さを併せ持った衣装で、巨大な武器を振り回す。――浪漫だ。
昼間のペナルティーが激しい種族だが、この格好をするたびに、ヴァンパイアを選んでよかったとソフィアは思う。
「さて、今日も狩りますか!」
「はい。お供いたします」
ソフィアは侍女たちによって開かれた扉の向こうへ歩みを進め、その後をアモルが付き従った。