も れ聞こえる噂 *
「本日のドレスも、よくお似合いです」
「本当に! その紫紺の薔薇がソフィア様のお美しさに華を添えるようです」
「やはり、ソフィア様は何を着てもお似合いですが、今日は紫紺が! 特にポイントかと!」
ソフィアがドレスを着替えるたびに、アモルが賞賛し、メイドたちは今日のオシャレポイントを挙げたうえで同意する。
……当然指摘はしないけれど、薔薇の紫紺はアモルの尻尾と同じ色だ。
またある日は。
「本日の装いも、夜に輝くようです」
「本当に! シックなデザインにシルバーの装飾がソフィア様の品の良さを引き立てています」
「月のような銀もですが、その装飾とのハーモニーが素晴らしいかと!」
……当然気付いているけれど、装飾のシルバーはアモルの眼鏡と材質どころかデザインさえも似ている。
またある日、ソフィアが自分で青や緑を選んでみると、その日のアモルのタイやタイピン、ポケットチーフはなぜか同色だったりした。人目のある場に出かける時は、尻尾の色のような分かりにくい物でなく、もっと分かりやすいコーディネートを選んでくる。
ソフィアがスルーし続けていると、リンクコーデはどんどん露骨になっていき、商会がらみのパーティーに行く日など、ほんの少し挨拶をするだけだというのに、アモルの髪色の黒のドレスを着せられた。
「本日は、また一段とお美しい」
「本当に! やはりその黒! 夜の闇を凝縮したようなその黒こそがソフィア様にはお似合いかと!」
「濡れたようなつややかな黒がソフィア様のお美しさを引き立てます!」
これは、アレか。ツッコミ待ちというやつか。
特に侍女。マヤリスやウィオラが「気付いて! お願い! 何か、ツッコミ入れたげて!!」と視線で語りかけてくる。
彼女はアモル配下の悪魔だから、ソフィアと念話などできないが、あまりに圧がすごすぎて心の声が聞こえるようだ。以前アモルの“再教育”から助けて以来、アモルの目を盗んではNPCめいた言動の合間にちょいちょいサインを送って来るのだ。
(「なんでアモルとオソロやねん」とか言わなきゃダメ?)
絶対に嫌だ。
(それとも侍女より先に「ワァー、アモルの髪と同じ色だー、ってこれじゃカップルやん」とか言うべきかしら? この場合は、語尾は「やないかーい」が正解?)
おかしな関西弁が出てくる時点で、ソフィアにノリツッコミは無理だろう。
これは、アレだ。“ツッコんだら負け”というやつだ。
そう理解したソフィアは、完全にスルーすることにした。
アモルの機嫌を気にする侍女たちは、その後もあわあわしていたが、アモルの尻尾の揺れ方は“嬉しい”よりも“愉しい”だったから、ソフィアが頑張ってスルーし続けていても問題は無いだろう。
ちなみにソフィアの戦闘装備は70%のソフィアの好みと30%の実利でできていて、アモルカラーは入っていないし、アモルにもソフィアカラーを着けさせてはいない。
ギルドメンバーの中には、サポートNPCと衣装のコンセプトを合わせる者もいた。極めつけは、アバターから衣装までそっくりな蜘蛛乙女でそろえた、自称男の娘のラネアさんだ。
蜘蛛幼女の双子コーデを見た時は、可愛いがすぎると悶絶したが、ソフィアとアモルでカップルコーデはないだろう。特にこの悪魔の場合は、からかいのネタにしてきそうだから、戦闘装備をそろえるつもりはソフィアにはない。
(アモルには、そういう趣味は無さそうなのにな。もっとビジネスライクな感じだと思っていたけれど)
アモルがソフィアを揶揄って愉しむのはいつものことだが、毎回となると気になってくる。部屋着に黒のアクセントがあるだけで、もしやと思ってしまうのは気にしすぎだろう。
(アモルのことだから、揶揄う以外に目的があるはずね。まぁ、虫よけでしょうけど)
レクティオ商会の実権をアモルが握っていることは、パテッサの街の有力者の間で周知だったが、破竹の勢いで成長するレクティオ商会の令嬢という肩書と、レースのヴェールで顔を隠していてさえわかるソフィアのたぐいまれなる美貌に目がくらむ男は多いのだ。だから、アモルとソフィアがリンクコーデで出歩くことは、レクティオ商会が名実ともにアモルのものだと知らしめ、ソフィアに群がる羽虫を避けるのに役に立つ。
それでも諦めない愚か者も存在したが、そういった面倒ごとは表ざたになる前に全てアモルが握りつぶしている。何割かは物理的に。
ソフィアに近寄る男は皆無で、街の人間とのコミュニケーションなどは挨拶程度だ。そのようにアモルが調整してくれるので、面倒が無くて助かる反面、パーティーは少々退屈だ。
しかし、今日は少々勝手が違った。
「ごきげんよう、レクティオ商会のご令嬢でしたわよね。わたくし、アルマリウム商会のルイーザと申しますの。殿方のお話は退屈でしょう? こちらにいらして。庭園を案内いたしましてよ」
この街の有力者主催のパーティーで、アグレッシブな令嬢がソフィアに声をかけてきた。後ろで兄弟らしき男性が焦っているから、止めるのも聞かずに特攻をかけてきたようだ。素晴らしき蛮勇だ。声をかけるタイミングも完璧で、アモルが即座にブロックしに来られないベストを狙ってきている。スナイパーかアサシンか、商会の令嬢にしておくのはもったいないほどの素質である。
「まぁ、嬉しいわ。すぐ、いきましょう。さぁさ、はやくなさって」
ぐいぐい来る令嬢以上の喰いつきで、ソフィアはルイーザとかいう令嬢の方へ進む。引っ張られるどころか、むしろ先頭を進む勢いだ。
あと数秒でもためらっていたら、アモルが引き留めに来てしまう。急がねば。
煌びやかなパーティーは初めこそ物珍しかったが、最近は飽きてきていたのだ。何しろ四六時中アモルがぴったりガードして来るし、もともと人間の食事は必要ないとはいえ、自由に飲食もさせてもらえない。最低限の挨拶を済ませれば、“ソフィアの体調不良”を理由にさっさと退席するとはいえ、おっさん臭い商売の話なんて、楽しいはずがないではないか。
街の人間たちと、血なまぐさくはないコミュニケーションをとることで、アモルの人間に対する嗜虐性がましになってくれればいいと思って付き合っているが、毎回似たような挨拶と御世辞に、うんざりしてしまう。
だから、ルイーザという令嬢の呼び出しは、ワクワクするイベントだった。
(一体どんな難癖をつけられるのかしら!?)
ご機嫌で付いて行った庭園は狭くて、庭と言ったサイズだったが、薔薇のアーチや小さいトピアリーもある手の込んだ場所だった。このパテッサの街では庭があるだけも豪邸と言える。狭い庭に、ソフィアとルイーザ、そして取り巻き令嬢が3人が集うと、なかなかに窮屈だ。
「単刀直入に申し上げますわね。わたくし、アモル様をお慕いしておりますの。この気持ちをお伝えしたのですが、そちらの商会の仕事があるからとおっしゃって……」
(この娘、スゴイ! ものすっごい、男を見る目が腐ってる!!!)
ソフィアのテンションが爆上がりする。
取り巻きに囲ませ4対1のシチュエーションに持ち込んだ卑怯さもさることながら、まさかのアモル狙いとは。なんて奇特な令嬢だろう。
(まぁ、でも、見た目は悪くないからね!)
うん、うんと頷くソフィア。ソフィアも初めはカッコイイと思ったのだ。この令嬢とは趣味があう。同士の到来に、レースのヴェールで隠れたソフィアの瞳は爛爛と輝くようだ。
「な……なんですの!?」
つい先ほどまで、自分の弟とソフィアがくっつけば両商会は安泰だとか、腕利きの番頭を代わりにやるとか好き放題言っていたルイーズが、ソフィアの異変に怖気ずく。興奮したソフィアから魔力でも漏れだしたのかもしれない。
(いけない、いけない。アモルのどこが好きかとか、もっと聞きたいのに! あ、そうだ、魅了しよう)
そんなことを考えて、ヴェールを上げて素顔をさらしたのがソフィアの運の尽きだった。
「美しい方! どうぞ、わたくしをお側においてくださいまし!」
「わたくしも!」「わたくしも!」「わたくしも!」
なぜかソフィアにアタックし始める令嬢集団。
アモルにモーションをかけたりソフィアを呼び出したりと、もともとアグレッシブな令嬢だ。魅了によってそのタガが外れてしまった今はその圧がとんでもない。どっちが捕食者か分からないほどグイグイ来る令嬢たちがソフィアの手を握ろうとした瞬間、糸の切れた人形のように、その場にぐらりと崩れ落ちた。
「……何をなさっているのですか、ソフィア様」
「ア、アモル……これはね?」
困った時に現れるのがヒーローで。
「まさか、日々のお食事では足りず、拾い食いを……?」
更なるピンチを演出するのがラスボスだ。
「拾い食い!? いや、違うし。あ、そうだ! あのご令嬢、アモルに気があるみたいよ?」
「ほう。今は、ソフィア様しか目に入っていないようですが。ソフィア様が召し上がられないなら、魅了が解けた後ででも、魂をいただきましょうか」
ソフィアの苦しい話題転換に、いつもの笑顔で不穏な返事返すアモル。令嬢に向ける視線は虫でも見るかのように冷ややかだ。蟻のような昆虫を飼う人間もいると聞くが、そのような慈しみに満ちたものでさなく、自分で置いた角砂糖に群がる蟻をいつ踏みつぶそうかと観察しているように思える。
(あー……。この街に、あまり長くいるのは得策ではなさそうね。アモルも、……私も)
街の住人たちの平穏の為にも。
人間たちとにこやかにコミニュケーションを図っていても、アモルが人間と本当の意味で友好関係を結ぶことはなさそうだ。そして、あろうことかソフィアもまた。
(女の子に迫られて、“美味しそう”と思うなんてね)
かつてのエルフに感じたような、渇望するような感覚ではなかったけれど。
「……ホールに戻りましょう、アモル。エスコートして」
「仰せのままに、ソフィア様」
令嬢たちを庭園のベンチに座らせたあと、ソフィアとアモルはホールに戻る。
ホールには所狭しと人間がひしめいているのに、ソフィアとアモルにとってはお互いしかいないように感じられる。
(二人きり……ね。私はアモルを選んだけれど、アモルはそうじゃないからね。もっと他の誰かに興味を持って欲しかったんだけれど)
この場にそういう人物がいればいいのにと、意識を周囲の会話に移したソフィアに、そこここでかわされる会話が聞こえてくる。ひそひそと交わされる会話だけれど、ヴァンパイアであるソフィアの聴力から隠すことなど不可能だ。
きっとアモルもそうなのだろう。彼の場合は商売に有益な情報でも集めているのだろうか。商会がらみのパーティーだからか話題は商売に関する物が多い。
ソフィアにとっては面白くもない仕事の話の合間に聞こえてきたのは。
「……今日も、人死にがでたらしい」
「霧の出る夜はいつもそうだ」
「弱い者から死んでいく……」
そんな不穏な情報だった。
たぶんよくわかるこんかいのまとめ
ソフィア「あかん、アモル、人間と仲良くできへん。誰かおらんの?」
噂話 「霧の夜に人が死ぬらしいで……ヒソヒソ」




