。 花火 **
「あ、ビール美味しそう。ソーセージもあるのね。ヴルストだっけ、血のソーセージ。あれないかしら。あれなら食べられると思うんだけど。ちょっと行って探してくるわ」
「おやめください。その格好で出歩くなど」
「え? おかしくないでしょ? 似た格好の娘、たくさんいるわよ」
「そうではなく、ソフィア様のような方がそのような格好で出歩くなど」
日が落ちて、祭りの本番が始まった。
ルーフバルコニーから眺める街は、たくさんのランプの明かりに照らされて、賑々しく華やいでいる。大通りの両脇にはテラス席が広がっていて、酒や食事を楽しむ人々でごった返しているし、何よりも彼らがまとう衣装が祭りの雰囲気を盛り上げている。
特に女性の衣装がかわいらしい。不治の病が流行する前にあったという、ドイツのオクトーバーフェストというビール祭りの映像を見たことがあるが、それに似ている。ディアンドルというらしいが、その衣装に似た胸元が強調された衣装だ。
襟ぐりの深い白のパフスリーブだけでも罪深いのに、上からコルセットを締めて胸を持ち上げている。そのくせ下はひざ下まであるスカートに日常の代名詞のようなエプロン、白いソックスという、清楚感を合わせた組み合わせだ。上下でギャップのあるスタイルに魅せられずにはいられまい。
ちなみにルーフバルコニーから祭りを眺めるソフィアも、似たような恰好をしている。「あれが着たい」と駄目もとで言ってみたら、侍女たちが手持ちの衣装を組み合わせ、再現してくれたのだ。ソフィアの着ている衣装は高価な素材を使ってはいるが、十分祭りに溶け込める仕上がりだと思う。
「いいじゃない、お祭りなのよ?」
「よくありません。そんな、存在するだけで男を弄ぶような恰好でお出かけになるなど!」
何言ってんだ、こいつ。
アモルの思わぬ発言に、ソフィアは目が点になる。
「いや、似た格好の人、たくさんいるから。ほら、通りにいっぱい」
「……ソフィア様は、ご自分の容姿をもう少し自覚なさってください。誰か! ビールとソーセージを買ってきなさい。ソフィア様が出かける前に早く!」
「は、はい。ただいま!」
ぱたぱたと侍女が通りへ駆けていく。折角のお祭りなのだから、買い食いなどもしたいのだけれど、過保護悪魔の守りが堅くて出かけられない。
(まぁ、人混みは昼間でうんざりだからいいけど)
どれだけダッシュで買ってきたのか、すぐにソーセージとビールが運ばれてくる。皿に移し替えられてはいるが、バルコニーから見た店のものだ。残念ながらヴルストはなかったようだが、骨の付いたものや、スパイスを効かせたものなど、大皿に何種類も盛ってある。どれも赤いソースが薄く掛けられているのは、配下のシェフのプロ意識の表れだろうか。
ビールは瓶と言っても300ml程度の瓶ではなくて、その10倍は入っていそうなガロン瓶のものだ。それを凍らせたピッチャーに一旦移してから、グラスに注いでサーブしてくれる。
手元の取り皿には、当然のようにフォークとナイフが添えてある。お祭りを楽しむ人々のように、木製のジョッキでビールを飲んで口の周りに泡を付け、ソーセージにかぶりついてみたいと思っていたのだが。ビアガーデンに行きたかったのにホテルのラウンジに連れてこられた気分だ。
大通りは人が溢れかえっていて、愛を語り合ったり喧嘩をしたり、悲喜こもごもが繰り広げられている。脆弱な人間にとって夜の闇は恐ろしいものだろうに、皆いきいきとして楽しそうだ。あの喧騒に混ざりたかったけれど、そもそもソフィアは昼に生きる彼らとは異なる生き物だ。ならばここから傍観者としてこの祭りを楽しもう。
眼下に広がる祭りの喧騒を聞きながら、豪華な家具と緑で彩られたバルコニーで粗い作りのソーセージと少し酸っぱいビールの香りを楽しむ。これくらいのバランスが、今のソフィアにはちょうどいいのかもしれない。
街の人族の姿と比べると、魔族という種族は美しい。
美人と言ってもいろいろな種類があるけれど、魔族の美しさは文字通り人間離れしているというか、独特の蠱惑的なものがある。ソフィアはその中でもとりわけ美しいヴァンパイアだ。しかも自分でも会心の出来だと自負するほどにこだわり抜いた造形だ。
アモルの言い分は大げさではない。ソフィアの姿は、月光の下では光り輝くようで、祭りの喧騒の中でさえ、ひときわ目立って一目で人間でないと見抜かれかねない。
(アモルくらいなら出歩けたかしら。外見はデフォルトのままだし)
ソフィアは向かいに座るアモルを見る。
いつも通りの笑顔を張り付けたアモルは何を考えているか分からないし、視線は眼鏡に隠れてどこを見ているのか分からない。
デフォルトとは言え、黙っていればなかなかにいい男だ。少なくとも、ソフィア好みの顔である。動けば途端にうさん臭さが押し出されるが、それもまた性格と非常にあっていて、アモルらしい。きっとこれが彼本来の姿に近いのだろう。変にいじらなくてよかったとソフィアは思う。
「乾杯しましょう。ステキな旅行をありがとう」
「ご滞在はこれからです。どうぞお楽しみください」
キン、と軽くグラスを合わせてビールのグラスを傾ける。ソフィアが現実世界で馴染んだものより濃い黄金色が目に楽しく、酸味が強く癖のある味わいが祭りの雰囲気とあっていて、異国情緒を引き立ててくれる。
口の周りに泡が付かないように、ソフィアが一口飲んでいる間に、アモルはくーっと中身をあおってグラスを開けていた。ビールを好む性格とは思えないが、喉ぼとけが上下して、実に良い飲みっぷりだ。
「ぷは。……と、これは失礼」
「美味しそうに飲むわね」
「ソフィア様といただく酒がまずいはずはございません」
相変わらずの接待トークだ。ビールを飲みほしたのだって雰囲気の演出もあるのだろう。別に食事など彼には必要無いのだから。
しかし、アモルの正直な尻尾はゆるゆる揺れていて、彼なりに楽しんでいるのが分かる。誰かとこうしてお酒を飲むというのは楽しいものだ。
「お代わりは? それとも他のものにする?」
「ではビールをもう一杯」
ソフィアが置かれたピッチャーからビールを継ぐと、アモルはひとくち口を付けてからグラスをテーブルに置く。飲み会っぽい雰囲気になってきた。アルコールで酔える肉体ではないけれど、気分はすっかりほろ酔いだ。
(そういえば、ソーセージを買いに行くとき面白いこと言ってたわね)
ソフィアの服装について苦言を呈していたはずだ。
「ねぇ、アモル?」
「何でしょう」
ソフィアはテーブルの上で両肘を組んでアモルを見る。腕に押し上げられて胸がさらに強調されるポーズだ。女は度胸だ、言ってやれ。
「私って、存在するだけでアモルを弄んでるの?」
ふふん、言ってやったぞとソフィアはほくそ笑む。気分は悪女の端くれだ。
いつも揶揄われているのだから、今日くらいはアモルもドギマギすればいい。
「もちろんでございます。ソフィア様の一挙一動に、私の心は嵐の海に投げ出された小舟のように翻弄されるばかりです」
めっちゃ真顔で返された。
これでは言葉のキャッチボールならぬドッチボールだ。
アモルの放った言葉より、自分で言ったセリフが痛くて恥ずか死にそうだ。何とか玉を投げ返さねば。
「あ、嵐の海の小舟って、ほぼ沈むじゃない」
「溺れて死ぬのも一興かと」
アモルが笑う。ほんの少し開いた口から八重歯がのぞいて、あぁ、本当に笑っているのだな、とソフィアは思う。
どうしてそんなことを言うのか。アモルの例えは、根拠のないただの思い付きなのか。
渾身のセリフを「もちろん」の一言で軽く返されたことよりも、不穏な例えに心は揺れる。
「ヴァンパイアは泳げないから、アモルが溺れる時は、私も一緒ね」
何とか返した答えはそんな陳腐なもので――。
ドーン、バララララ。
広場の方で花火が上がる。広場からあふれるほどに集った人々の歓声もまた上がる。広場の方を振り向いたアモルの後ろ姿からは、先ほどの返事も表情も、何も読み取ることはできない。
「きれいね、まるで、光が降ってくるみたい」
打ち上げ花火の様相に、ソフィアがそうつぶやいた時、アモルがソフィアを振り向いたけれど、花火の光の逆光でどんな表情をしていたのかは分からないままだった。
たぶんよくわかるこんかいのまとめ
ソフィア「花火、ええな」
アモル 「……。ええな」




