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い せかいの祭り

 兎にも角にもお祭りだ。


(うわ、すごい……)


 ソフィアは人混みというものに慣れていない。現実世界では人との接触で死病が発症したから、人が一か所に集まるなんてありえなかったし、『Gate of Gran Guignol~グラン・ギニョルの門』で人が集まると言えばレイドバトルだけれど、プレイヤー4人、サポートNPC4人の8人集まれば多いほうだった。


 押し合いへし合いなんて状況は初めてで、不慣れなソフィアは人の波に呑まれて流され……たりはしなかった。ドラム缶みたいな鎧が重すぎて、ちょっとやそっと押されても流されようがないからだ。しかもでかくて目立つので、迷子になってもアモルの方から見つけてくれる。ランドマークか。


「この鎧に、こんな効果があったとは……。いや、この鎧を選んで正解でした」

 頭のいいアモルが盲点だったと驚く表情はレアだけれど、まじまじと言わないでほしい。


 ガッショガッショと人波を掻き分け、大通りの端に寄る。

 前後左右を行きかう人の流れから解放され、ようやく一息ついたソフィアは、今が能力の制限される昼間で良かったと思う。

 ヘルムで制限された視界には、数えきれないほどたくさんの人間が現れては消えていく。その一人一人が何かを思考し、それを表情やしぐさに表している。日はまだ高く、祭本番の夜には時間があるからカップルはまだ少ないけれど、出歩く人々の交わす会話がざわざわと耳に響く。意識をすれば、全て聞き分けられるだろう。ヴァンパイア・トゥルーブラッドの能力は、その大半が制限される昼間でさえも人間のそれを凌駕していて、人混みになれないソフィアには情報量が多すぎた。


 視覚や聴覚だけではない。通りには屋台が立ち並んでいて、様々な食べ物が混ざったような臭いがした。大衆料理屋の厨房の換気扇から噴き出すような、胸やけのする匂いだ。

 それが、人間の食料の臭いではなく、ソフィアにとっての食料――つまりは人間の臭いであることにソフィアは気が付いていない。


「どうかなさいましたか?」

「少し人に酔ったみたい」

「それはいけない。すぐに拠点にご案内します」

「えぇ、お願い。……ごめんなさいね、せっかく連れてきてくれたのに」

「何をおっしゃいます」


 先ほどまでは、祭りの飾りが華やかな大通りを進んでいたのに、ソフィアに疲れを見て取ったアモルは人の少ない道を選んで進んでくれた。人気の少ない薄暗い路地に、アモルと二人で入ってようやくソフィアは人心地付けた気がした。それでも大通りの喧騒は、ソフィアの耳まで聞こえてくる。この街には本当にたくさんの人間がいるのに、そこにソフィアたちの居場所はないのではないか。なんとなく、そんなことを考えながら、ソフィアは路地を進んでいった。


 ■□■


「お待たせいたしました。粗末な所ではございますが、こちらがこの街のソフィア様のお屋敷にございます」


 アモルが案内した先は、大通りにほど近い建物だった。外観上はアパルトメントと言ってよい。

 この街は4、5階建てのアパルトメントが通りに面して軒を連ねている。その多くは、 1階にはテナントが入り、2階以上は複数の世帯が暮らすマンションのような造りになっているが、富裕層は1棟丸ごと住居として所有するのだろう。

 この街のソフィアの屋敷とやらもその一つのようで、地下1階、地上は屋根裏部屋を入れて6階建ての建物だった。ファタ・モルガーナ城とは比べるべくもないが、十二分に立派な建物だ。粗末どころか家賃が怖い。


「随分立派なお屋敷ね。トレントやエレメンタルの素材では足りないでしょう?」

「まことに勝手ながら、それを元手に運用いたしました」

「へ、へぇ。さすがはアモルね」

「お褒めに預かり光栄です」


 ソフィアが眠っている間、アモルは一体何をしているのか。そもそも何の運用なのか。どこかの市場に阿鼻叫喚を巻き起こしてなければいいのだけれど。疑念渦巻くソフィアだったが、あえて聞かないことにする。悪魔はルールにこだわる生き物だから、スレスレとは言え合法的な範囲だろう。

 1階の広々としたエントランスに入ると、見知った城の侍女たちがソフィアを迎えた。エルフ襲撃事件の時に魅了にかけたマヤリスと、もう一人はウィオラだったか。


「おかえりなさいませ、ソフィア様」

「おかえりなさいませ、お疲れ様でございました」


 先に入って屋敷を整えてくれていたらしい。出迎えてくれたのは2人だけだが、奥では片づけをしているのか、侍女たちがせわしなく働く様子がうかがえた。


(もう少しゆっくり散歩すればよかったわね)


 昼日中の観光をもう少しする予定だったのだろう。いつもはきちっとしたマヤリスの髪が少し乱れている。


「え……。ソフィア様、何を?」

「いつもありがとう。折角の街だもの、私もゆっくりするから、貴女達も羽を伸ばしてちょうだいね」


 すっと髪を直してやりながら、そう言ってソフィアは微笑む……のだけれど、ドラム缶な鎧兜を纏ったままだから、これっぽっちも決まらない。

 だというのに。


 ぶわっさー。

 髪を整えてやった侍女の背中から蝙蝠のような翼が生えた。


「ちょっ……、ハネ、ハネ出てるっ! あのっ、もっ、申し訳ございません!」

 もう一人の侍女ウィオラが慌てて謝罪する。


「ふふ、本当に羽を伸ばしたのね。さ、アモル、部屋に行きましょう」

 険しい視線を向けるアモルの手前、そう言ってごまかしたけれど、ソフィアの方が驚いた。

(前の魅了が残ってるわけじゃないわよね? それにしても、あんな反応もするんだ……)


「お見苦しいところをお見せして、申し訳ございません。二度とこのようなことが無いよう、教育を徹底いたしますので」


 尻尾を立ててアモルがそんなことを言う。

 侍女が顔を青ざめ震えているところを見ると、アモルの“教育”とやらは、ろくでもない方法で、ろくでもないことを教え込まれるのだろう。本当にろくでもない悪魔だ。

 いつものNPCっぽい言動も、“教育”の一環ではなかろうか。

 アモルの尻尾の立て方から見て、ちょっとご機嫌斜めの様子だし。

 そもそも、自分も感情を尻尾に出しまくりだというのに、部下に対して厳しすぎる。NPCらしくないことはバレてしまったのだから、強制することもなかろうに。


「尻尾をこんなにしちゃって。アモルが言っても説得力がないわ」

 アモルの尻尾の先に指先をつつつっと滑らせた後、先をきゅっと握ってやったら、ビクッとした後、うつむいてちょっとプルプルしていた。


 思わぬソフィアの攻撃に反省してくれたのだろうか、尻尾に元気がなくなったから、あの侍女は大した罰は受けないだろう。

 アモルの“教育”から免れた侍女たちの、ソフィアを見る視線に一層の熱がこもるのを、ヘルムの視野が狭いソフィアは気付いていない。


「ソフィア様のお部屋は5階になります」

「5階」


 この鎧を着たまま5階まで階段で上り下りするのは面倒だな、と思っていたら、階段裏の小部屋に転移の魔法陣が設置してあった。アモルの私室がある4階直通らしい。

 ちなみにこの屋敷、地下は厨房や魔道具(ボイラ)室に倉庫、1階はエントランスに応接室、2階が広間と応接室、3階以上が居室になっている。ソフィアの部屋は5階、アモルは4階。魔法陣の存在を知らない部外者が階段を使って上がっていくと、4階の応接室で行き止まって、アモルに応接されてしまうのだそうだ。


(応接ってなんだっけ。殴殺の親戚だっけ?)

 いずれにせよ、アモル・ホームセキュリティは万全なので、安心して過ごせそうだ。


 ソフィアの部屋は5階だと言われていたが、なんと、ワンフロア丸々ソフィアの部屋だった。寝室に居間、衣裳部屋に浴室にトイレと部屋が分かれているが、一人で使うには広すぎる。10人ほどいる使用人たちの部屋が全て屋根裏部屋にあると言えば、その広さが伝わるだろうか。

 この館でソフィアが特に気に入ったのは、ルーフバルコニーだ。狭い住宅に人間がひしめき合って暮らすこの街において、広々としたバルコニーは贅沢だ。ファタ・モルガーナ城に咲く水晶の薔薇のような特別なものではないけれど、巷ではやや希少なたくさんの観葉植物や夜咲く花にの中心にテーブルセットが設置してあり、祭りで賑わう大通りやその先の広間までが見渡せた。


「外からはこちらの様子が視認できないようになっておりますので、安心しておくつろぎください」

「えぇ。とりあえず、この鎧を脱いで休みたいわ。日が落ちたら起こしてちょうだい」


 この鎧を脱いでしまったら、昼の街の喧騒とはお別れだ。


「この街はどんな夜の顔を見せてくれるのかしら。夕暮れを楽しみに眠るのは久しぶりね」


 そう言って、ソフィアは昼の世界を後にして、束の間の眠りに就くのだった。


たぶんよくわかるこんかいのまとめ


ステイ先の豪邸はアモルホームセキュリティー付きで安心安全

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