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暗 い鎧の中から

「さすがソフィア様。何をお召しになってもよくお似合いです」

「これに合わない人、いないと思うな」


 メリハリのない、ずどんとでっかいフルプレートを前に賞賛するアモルと、フルプレートの中でげんなり返事をするソフィア。

 どの辺が“さすが”なのか問い詰める気力も最早ない。


 ソフィアが着せ替えられたフルプレートは、姫騎士がまとう、どこか可憐な物でもなければ、女騎士がまとうような快活さが感じられるものでもない。良くて置物、悪くてドラム缶。量産型の鎧でもまだ凝った意匠が施されるだろうという感じの代物だ。当然顔もヘルムで隠されている。顔も体形も隠れるのだから、似合う似合わない以前の問題だ。

 サイズが全くあっていない代わりに、内側はクッション材が貼られていて、楽器の収納ケースのようでもある。


「……アモル、説明」


 ヴァンパイアの筋力があるから着ていられるようなもので、重いし体形に合っていないから動きはひどく緩慢だ。男女の骨格の違いをごまかすためか、足回りの可動域が変に固定されていて動きづらい。これではろくに戦闘もできないだろう。


「変装でございます。ソフィア様の輝くばかりの美しさ、滲み出すオーラは、まるで満月のごとくで、雲に覆われたとしてその明るさまで隠しきれるものではございませんが、本日はお忍びでございます。どのようにして身をやつすべきか愚行を重ねた結果、この鎧が最適と判断した次第で」

 ぺらぺらと流ちょうに言葉を繋げるアモルはいつものスマイルだ。


「ほう、これが」

「はい、それが」


 いい笑顔で答えよるな、こやつ。と、ソフィアはフルプレートの隙間からアモルをにらむ。

 確かに、ズドーンとして武骨なこの鎧を見れば、“中の人”は、きっと実利一辺倒なおっさんに違いないと誰しもが思うだろう。


「それから日中の行動となりますので、その鎧には日光の遮断と行動制限を緩和する魔方陣を組み込んでおります」


 なるほど、そちらが本命か。確かにトゥルーブラッドになったとはいえ、ヴァンパイアであるソフィアに日中の行動は厳しい。日光を浴びても即死はしないが、能力は70%落ちるし、日光を1時間も浴びれば滅びるだろう。確かにもうすぐ夜明けだが、この鎧を着ていると、あの耐え難い眠気を感じない。


「なるほど、それでこれだけ大きな鎧になったのね」

「いえ、サイズは変装ですね。イケメン魔導士の相方は武骨な前衛と昔から相場が決まっておりますので」


 “そんな相場、初めて聞いたわ!”と突っ込むべきか、“ほう、どこにイケメンがいるのかしら?”と突っ込むべきか悩ましい所だが、突っ込んだ時点で負けな気がしたソフィアは、鎧なのをいいことに聞こえないふりをした。

 ちなみにアモルはいつもの格好(スーツ)にフード付きのローブを纏っただけの軽装で、普通に胡散臭かった。


 少なくともイケメンには見えなかったので、たぶん一勝一敗だ。


■□■


 目的の街へはアモルの魔法“夢幻回廊(ドリーム コリドール)”で転移後、歩いて1時間足らずで到着できた。


 パテッサという名の街らしい。魔族が侵入できるというから、村のような場所を想像していたが、思ったよりもはるかに発展していた。大都市といっていい。

 パテッサは山に囲まれた盆地に位置し、運河に沿うように造られていた。運河による交易と豊富な水量がもたらす農地が人口を支えている。囲むようにそびえる山々が天然の要塞として機能しているおかげで魔物は少なく、住人に平穏をもたらしているという。

 夜半から明け方にかけて運河から発生する霧で有名な街でもある。


 堅牢な城壁で囲まれた街は、主に居住区画や商業区画なのだろう。城壁の周りには農地が広がり、すぐ横を流れる運河沿いは倉庫がいくつも立ち並んでいる。これらの農地や倉庫の区画の周りにもちょっとした村にありそうな壁が築かれているけれど、特に目を引くのは居住区画や商業区画を囲む城壁だろう。見上げるほど高い城壁には立派な門があり、入門を求める人々が列をなしていた。


「ようこそ、パテッサの街へ! 身分証と入門料を。この街へは仕事で?」

「えぇ。今夜祭りがあると聞いたのでね。祭りを楽しむついでに一仕事するつもりだ」

「…………」


 機嫌のよい門の衛兵に、アモルは返事を返すと、いつの間に準備したのか二人分の身分証と銀貨を渡す。後ろにたたずむソフィアは鎧の中でだんまりだ。うんうんと小さく頷いても、ドラム缶のような鎧はピクリとも動かない。ちなみに魔獣との戦いで負傷して、声が出ない設定にしている。


「そりゃぁ……。ちょっと来るのが遅かったな。可愛い子たちはとっくに相手を見つけているぞ」


 俺みたいにな! そう続けたそうに、くしで髪をしゅっと整える衛兵。機嫌が良いのは、この後デートだかららしい。


「そうか。では、相棒と楽しませてもらうよ」

「ブッ。相棒って、そいつかい?」

「それがなにか?」


 噴き出した衛兵にアモルが苛立ちを見せる。人間の言動など、本来意にも介さないけれど、ソフィアが笑われたことが気に触ったようだ。


(だったら、こんなドラム缶着せなきゃいいのに)


 こんなところで問題を起こされてはかなわない。ソフィアはよっこらしょっとアモルの肩に手を置く。この鎧、能力低下の著しい日中は動かすのも一苦労だけれど、ずっしりとした手はアモルを引き留めるには効果的だ。


(アモルも絶世の美女(わ・た・し)とお祭り楽しむんでしょ?)


 ソフィアの囁き声が聞こえたのか、アモルは漏れかけた殺気を抑えてくれた。ついでに「はぁ……」と小さく息を吐いていたが、ため息ではなく深呼吸だと信じたい。


 そもそも、これくらいのことで殺気を漏らさないで欲しい。アモルの殺気に当てられて、この衛兵が卒倒したりちびったりしたらどうするのだ。楽しみにしているらしい、お祭りデートが台無しになっては可哀そうではないか。

 殺気は未然に防いだが、デートの危機を救われた衛兵は、不穏な空気を察したらしく、悪かったと手を上げる。


「あぁ、いや、別にあんたらを悪く言うつもりはないんだ。男同士の友情ってのもいいもんだ。仲間思いの奴は、俺は好きだぜ? だが今日の祭りは、いわゆる恋人たちの祭典ってやつでな。野郎同士じゃ居心地が悪いと思ったんだよ。

 外から来た野郎が手っ取り早く楽しむにゃ、大枚はたいて花街の嬢を貸切るんだが、今からじゃ、バァさんしか空いてねぇ。今回は諦めて、今度は早めに来るか、恋人でも連れてくるんだな」

「それはご親切に」


 衛兵は本当にいいやつだったらしく、お勧めの夜のお店を教えようとしてくれたけれど、別の衛兵に「何してる、後ろがつかえてんだ。問題ないならさっさと通せ」と叱られていた。男二人に見えるソフィアたちはスルーだったから、リア充死すべき的なアレでデート待ち衛兵に当たりたかっただけかもしれない。


「本当に入れたわね」


 違う意味でひと悶着はあったけれど、魔族が人間の街に侵入するという意味ではすんなりいった。こんなに簡単に魔族を入れて大丈夫なのかと心配してしまう。

 魔物や多様な種族が生息するこの世界において、人間種というのは極めて脆弱でか弱い存在といえる。中でもただの人間は、身体能力で獣人に劣り、魔力においてエルフに劣り、技術力でドワーフに劣る、割と最弱ポジションだ。哺乳類でいえば兎とかモルモットとか、みんなのごはん的位置付けなので、そういった生き物よろしく数だけはたくさんいて、街で密集して暮らしている。


 そんな人間が存続できているのは、一言でいうなら“神の愛”だ。

 一定の手順や決まりがあるようだけれど、城壁の内側に教会と信者が一定数以上いる場合、その城壁には結界の力が宿るらしい。信者の密度が高いほど結界の強度は上がるので、人間は密集して暮らしている。この街も城壁の内側は4、5階建ての建物が立ち並んでいて、人間がぎゅう詰めだ。様式の揃った建築物の群れは、どことなくパリのアパルトメントを思わせる。


「街の結界、大丈夫なの?」

「この街ほど人間が集まっていれば、あの城壁はドラゴンのブレスさえ防ぐでしょうね」

 ソフィアの疑問にアモルが答える。


「そんなに強固なのに、すんなり入れるのね?」

「結界自体は強固ですから、飛べる魔物であっても見えない壁に阻まれて内部へは侵入できません。そうですね、人間の子供より強い生き物は問答無用で通れない、とお考え下さい。ですが、そう融通の利くものではないのですよ」


 街を守る結界は、住人あるいは人間とそれ以外を判別するものではなく、一定以上の攻撃力を持つもの全般に対して当てはまる。つまり、街が受け入れたい冒険者や街を守るための衛兵も対象となるのだ。

 だから例外が設けられている。それが出入り口である城門で、ここだけは結界が敷かれておらず出入り自由だ。だからこそ、普段は出入りが厳しくチェックされ、特に魔物が活性化する夜は閉ざされてしまう。


「祭りの日に限っては、出入りする人間があまりに多いため、チェックが緩くなります。衛兵もあのような体たらくでしたし。どれほど優れたシステムであっても使う者が無能では、トラブルは生じるものです」


 つまりソフィアたちは、ヒューマンエラーで入場できたというわけだ。


たぶんよくわかるこんかいのまとめ


リア充衛兵「お祭りデートでウッキウキ」

ソフィア 「検問がザル」

アモル  「草」


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― 新着の感想 ―
[良い点] 暑さのせいか伝説の寸胴鍋アーマーが時空を超えてきたのかと一瞬思ってしまいました。 うっかり真夏の着ぐるみアクターを想像して読んでる脳内まで熱くなりそうでしたけどそもそもヴァンパイア体温ある…
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