お おきな街へ *
2章あらすじ
メイプル 「献血痛い」
エリアーデ「がんばり」
メイプル 「献血痛いって」
ヤート 「わんわんわん」
ソフィア 「うわ、こっそり飼ってたん? 返してらっしゃい!」
アモル 「………………チッ」
メイプル 「献血痛いゆーとるやん!」
初めてそれを自覚したのは、祭りで賑わう花火の夜だった。
「きれいね、まるで、光が降ってくるみたい」
「落下物の心配はないと思われます」
嬉しそうに笑う姿に、「そうですね」以外の答えを返したかったのに、浮かんだ答えはずっとつまらないもので、けれどもその答えを聞いた彼女は、一層楽しそうに笑ってくれた。うまく会話は続かなくても、つないだ手が離されることはなくて、二人の沈黙を埋めるように咲く光の華をずっと眺めていたいと思った――。
■□■
「ソフィア様、明日のご予定ですが」
「へいへいほー」
「なんですか、それは」
「古式ゆかしき木こりの掛け声よ。それともこっち? えんやこら」
「そちらは?」
「古式ゆかしき鉱山夫の掛け声。たぶん」
眠る前の団欒のひと時、アモルのいつもの問いかけに、少しむくれてソフィアが答える。
地下室の一件からしばらくの間、ソフィアは平穏すぎる毎日を送っていた。
目覚めて狩りをして眠る。しかも狩場はいつものトレントか、鉱物系のエレメンタル。自分はヴァンパイアではなくドワーフかノームだったのではないかと錯覚してしまいそうだ。素材が手に入るのだから生産でもしようかとも思ったが、ソフィアが向いていないのか、ヴァンパイアという種族が貴族階級設定だからか、早々に挫折した。
侍女たちと交流を図ろうにも、「はい」と「仰せのままに」と「さすがはソフィア様」しか語彙がないのかと思うほどのNPCトークで返される。しかもすべて肯定の言葉なものだから、コミュニケーションが図れず、こちらも小康状態だ
つまり、ソフィアは少々退屈していたのだ。
「ソフィア様は最近狩りに飽きておられるご様子。しばらく街に滞在されてはいかがでしょう?」
思いがけないアモルの言葉に、ソフィアは思わず顔を上げる。
「アモル、いいかしら? アンデッドの住処やゴブリンの巣穴でダンジョン化している場所はあるけれど、人間種の街はダンジョンではないのよ?」
「承知しております」
「本当に分かってる? 住人を狩ってはいけないのよ?」
「もちろんでございます」
本当に分かっているのだろうか。アモルなぶん、信用できない。
「……知ってる? 人間の街では、ショッピングとか食事とか観光したりするのよ?」
「存じておりますとも。ソフィア様はお買い物はお嫌いですか? ちょうどよい街に拠点を設けてございます。人間の街ですが、運河沿いに商業が発達した街で、魔物の脅威が少ないため、日が落ちてからも人が出歩き店も開いております。資金の方も、ソフィア様が倒された素材をもとに十分準備してありますから、しばらく楽しまれてはと思ったのですが」
「旅行!? 旅行なのね、行くわ!」
わかってた! アモル、ちゃんとわかってた!
しかも、お小遣いもあるなんて。
ソフィアはアモルの成長ぶりに驚きながらも、街に行けるという提案に大喜びでうなずいた。
(そういえば、昔、街に連れて行ったら、いきなり街の住人に攻撃仕掛けてたっけなぁ……)
あれには、本当に驚かされた。確か『Gate of Gran Guignol~グラン・ギニョルの門』を始めたばかりで、アモルの悪魔ロールプレイにまだ不慣れだった頃だ。
幸い盗賊のNPCだったとかで、攻撃しても問題はなかったけれど、こちらに盗みを働いたわけでもないから、攻撃する必要もなかったというのに。
「殺しても問題のない人間でしたから」
とご機嫌で語ったアモルにドン引きしたものだ。
あの時ほどアモルの笑顔と尻尾が一致してご機嫌そうに見えたことはない。
『Gate of Gran Guignol~グラン・ギニョルの門』のNPCはその種族設定に忠実で、悪魔であるアモルは残虐というか嗜虐的な嗜好をしている。もっともそれが発揮されるのは味方以外に対してで、ギルドのメンバーに対しては礼儀正しい。なぜかソフィアに対してはからかうような態度をとることもあるが、損になるような行動は決してとらない。
ちなみに、ソフィアたちが利用していた街は、邪教徒たちの街だった。ソフィアたち魔族は人間と敵対している種族なので、普通の街では門を守る衛兵に攻撃されてしまうのだ。善良なヴァンパイアも邪悪な悪魔も、賞金首の犯罪者も普通の街ではまとめて門前払いを喰らう。
その点、邪教徒の街は来るもの拒まずでソフィアたちも入れるのだが、それでも街は法の下に一定の治安が保たれていて、善良な住人を殺すと衛兵に襲われる。万一プレイヤーが住人に攻撃したら、あっという間に衛兵がわらわら集まってきて、サポートNPCともども袋叩きにあうだろう。
けれどそれが盗賊だとか犯罪者であれば話は別で、盗賊を殺しても衛兵に襲われることはないから、アモルが盗賊を殺した時も、一緒にいるソフィアが衛兵に攻撃されることはなかった。
盗賊はソフィアの方に近づいてきていたし、ソフィアから盗みを働くつもりだったのかもしれないが、明確に攻撃行為――この場合は盗みを働く前にアモルが攻撃したのには驚いた。あと、殺した後、なぜか死体をバラバラに解体し、収納にしまい込んでいた。
「HAHAHA」とでも背後に文字が浮かびそうないい笑顔で、尻尾を振っていたのは忘れられない。なんてアグレッシブなサポートNPCだと思ったものだ。
ちなみに人族のNPCを殺したがるプレイヤーは、それなりの人数存在した。というか、そういった者はPK――プレイヤーを殺す行為を好んだりする。
ソフィア自身、一対一――サポートNPCは必ず付くので二対二のPVPはかなり強いほうだ。キャラクターが弱い時に、さんざんPKされ、悔しさのあまり特訓したのだ。 “右の頬を張られたら、左の心臓ねらい打つ”が信条のシビュラさんの特訓と、アモルの非常に嫌らしいサポートのおかげで、下調べもせず襲ってきた数人のPKを撃退した経験もある。
とはいえ、街の住人を殺す趣味は持ち合わせていない。
そもそもただの住人NPCのレベルは低く、経験値も低い。踏めばつぶれるスライムと変わらないのだ。それならば逃げる人間より向かってくるスライムの方が狩りの効率は良いと言える。とはいえ数万匹も倒すような作業を誰が好んでやるだろうか。
いや、この悪魔なら相手が人間であるときに限って、やりそうではあるのだけれど。
「……アモルと街に入ったら、衛兵に襲われたりしないでしょうね?」
昔のことを思い出し、不安がぶり返してきたソフィアが念を押す。
「まさか、そのようなことは」
「さっき、安全な人間の街って言ったわよね? 邪教徒の街にそんなところあったかしら?」
「普通の人間の街でございます。今夜、祭りが催されまして。本日ならば変装すれば衛兵の目を欺いて侵入できるのです。人族の祭りなどお目を汚すばかりの粗末なものでございましょうが、たまには気分転換もよろしいかと」
なるほど、イベントとセットになった特殊設定の一種なのかとソフィアは納得する。お祭りなどのイベントの場合、普段は街に入れないプレイヤーもイベントに参加できるよう、装備など一定の条件を満たせば入場できる場合があった。今回もその類だろう。
「なるほど、本当に大丈夫そうね。お祭りって、花火とかあがるかしら? 楽しみね!」
本当にアモルとは思えない素晴らしい提案だ。
お祭りだ。イベントだ。それも、人間の! 血なまぐさくないお祭りなのだ。
「近くに夢幻回廊の出口を設置してあります。冒険者に扮して街に入りますので、そこからは徒歩で移動いただかなくてはならないのですが」
「気にしないで」
冒険者に扮して、なんて説明をしてくれるなんて、アモルにしては親切だ。“聞いてないんだけと!?”となったことが今まで何回あったことか。
「では、お召し替えを」
「分かったわ! って、え? 今から?」
「はい。さすがに日が落ちてから街に入ることはできませんので」
今日は狩りを終えて今から休もうとしていたのに、今からとは聞いていない。
もう少し詳しい説明を求める前に、アモルは優雅に退出していき、代わりに侍女たちが着替えを持ってわらわらと入室してきた。
「え? それ着るの?」
「さようにございます」
「ささ、どうぞこちらへ」
手際よくソフィアに装備を着せ付けていく侍女たちの様子に、ソフィアは何回目かになる“聞いてないんだけと!?”という叫びをぐっと呑み込んだ。
たぶんよくわかるこんかいのまとめ
アモル 「旅行いこか?」
ソフィア「行く!!!」




