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ド リーマー

 時は、少し遡る。

 ヤートというエルフの青年が、ソフィアたちに矢を射かける前の話だ。


 長命な――老人ばかりが幅を利かせるエルフの里は、血気盛んな若者にとって、生き難い場所だった。

 里の外で狩をするのも採取をするのも、稀に迷い込む商人と取引を行うのだって、全部若者の仕事だというのに、里の老人たちは若者たちの話に耳を貸そうとはしない。代々伝わるとかいうカビ臭い知識やエルフという種族の尊さ、他種族の愚鈍さを繰り返し説くばかりだ。

 保守的で閉鎖的な里の空気を変えたくとも、里の方針を定める長老会は、その名の通り老人ばかりで、いつまでたってもヤート達若者に席が空きはしないのだ。


 たった一つの方法を除いては。


 エルフがこれほど穏やかな生活を営んでこられたのは、世界樹の恩恵が大きい。子株とはいえ、村の中心にあるこの木のおかげで森に住む魔物は里を襲わないし、エルフ以外の人間は森で迷って里まで辿り着けない。本来は森の生命にとって完全に中立なはずの世界樹が、エルフに都合の良い効果を発揮するのは、この辺りの里で暮らすハイエルフのおかげだった。

 ゆえにハイエルフの権力は絶大だ。老獪なエルフの長老会はエルフの里がハイエルフの独裁国家にならないよう、けれどハイエルフが里を愛し平穏を望むよう、いくつもの仕組みを整えていた。その一つにハイエルフが里に滞在する間、その里の若者を一人“恋人”としてあてがうというものがある。


 ハイエルフは一つの里に十数年間滞在し、世界樹の子株に祈りを捧げる。十分な祈りを捧げれば、その後百年余りの間、世界樹の子株はハイエルフの願いを忘れず里を守ってくれる。

 ハイエルフが滞在している間、彼女の望みを叶え、快適に過ごしてもらうために尽くすことが“恋人”の役割だ。

 “恋人”は里に住む独身の希望者の中からハイエルフによって選ばれる、大きな名誉と権力を与えられる役職だ。ハイエルフの意向を伝える“恋人”は、古参の一人と入れ替わり、新たな長老になれるからだ。


 ヤートが今代のハイエルフ、エリアーデの“恋人”に立候補したのも、長老の座を狙ってのことだった。

 ヤートに特定の恋人はいなかったし、自分が子供のころから今の姿であるとはいえ、エリアーデは他のエルフと比べて美しい。性格上、大きな欠点があるとも聞き及んでいなかったから、十分に“恋人”の役割を全うできると思っていた。


 それがまさか、こんなことになろうとは。

 悪魔が隣の里を襲ったのは、“恋人”を引き継ぐ儀式を終了し、自分の村へと旅立つ前日のことだった。

 たった3人の悪魔を相手に、エルフの里はなすすべなく蹂躙され、エリアーデと里の若い娘が連れ去られた。

 ヤートが無事だったのは、客人であったため、前線に加わらなかったからだ。ヤートが駆け付けた時には、エリアーデは連れ去られた後だった。


 ハイエルフであるエリアーデが悪魔と“これ以上殺さない代わりにおとなしく付いて行く”という取引を行ったため、里が壊滅を免れたと聞いた時、ヤートは“なんと早まったことを”と憤ったものだ。自分が駆け付けるまで待っていれば、たった3人の悪魔など、この手で追い払ったのに、と。

 この里を襲った悪魔たちがどれほど圧倒的な力を持っていたかなど、その場に居合わせなかったヤートは知らなかったし、己を過信する若者の考えが及ぶところではなかったのだ。


(僕がエリアーデに選ばれるために、どれだけ苦労したと思っているんだ。何度偶然を装って会い行き、どれだけ貢いできたことか。今の“恋人”に口を利いてもらうのだってタダじゃないんだぞ。ようやくここまで来たというのに。あぁ、くそ、なんてついてないんだ!)


 ヤートがこんな欲に囚われていなければ、もっと冷静な判断ができただろうに。


「ハイエルフを! 我々の里を守るエリアーデを取り戻すのだ!」


 攫われたエリアーデとエルフたちの救出を求めるヤートの意見に、周囲の里のエルフは二つに割れた。


「ハイエルフはまた生まれる。あのような恐ろしい悪魔とことを構えるなどもってのほかだ。まだ効力のある世界樹の元に集まって、新たなハイエルフが生まれてくるまで耐え忍べばよい。せっかく命が助かったのだ。悪魔の居城に乗り込もうなど、正気の沙汰ではない」


 そう主張する老人たちに、ヤート達若者の不満は爆発した。


「ならばお(じじ)殿だけでそうすればよろしい。エリアーデがいらぬというなら、我らだけで取り戻す。そして新たな里を築くのだ!」


 老人たちに支配されない、新しい里。

 それはエルフの里の若者たちにとって、ひどく魅力的だった。

 誰よりも、ヤートにとって。

 エリアーデを取り戻せば、次の“恋人”であるヤートが新たな里の長となれるだろう。

 成功だけを信じたヤートには、この世界に、己の理解の及ばぬほどの強者がいることなど、考えもしなかった。


「森の木々に“聞いて”みたの。男の悪魔と女ヴァンパイアの二人がこの辺りの森によく来ているみたい」

「偵察か?」

「それがトレントを狩っていたみたいで……」

「なんだ、それは。採取か、訓練か? いずれにせよ、我らの里の近くでとは、なめられているとしか思えん」

「おとりではないのか?」

「何のおとりだ? 奴らは結界を超えて里に侵入したと聞くぞ」

「それよ、それ。同胞の誰かを捕まえて案内させたのではないのか?」

「なるほどそうか」

「なぁ、そいつら逆にとっ捕まえて、女たちと交換させないか?」

「こんなところでうろうろしている悪魔にそんな価値があるだろうか」

「それに、相手は里を一つ滅ぼしかけるような悪魔だぞ。殺さず捕らえるのも簡単じゃないだろう」

「それはエリアーデ様を人質にされて、手が出せなかったからだ。たった二人でトレントというのは確かに手ごわい相手だが、手段を選ばなければ何とでもなる」

(手段をえらばない……か。ふむ、なるほど)


 それまで若者たちの意見を聞いていたヤートは、何かを思いついたのか、仲間たちに向けて声を上げる。


「諸君、慎重に行こうじゃないか」

「だが、ヤート。奴らはエリアーデ様を攫ったんだぞ?」

「わかっているとも。だが、奴らの力は未知数だ。策を弄せず突っ込んでいくのは、愚か者の所業だよ。……もっとも、今回はそれで奴らにしてやられたのだがね。僕に策があるんだ。最初は任せてくれていい。君たちは戦う準備を整えて、僕の合図を待ってくれ」

「一人で行くつもりか、ヤート。危険だ」

「危険は承知の上さ。だが、エリアーデ(・・・・・)は僕の“恋人”だ。彼女を取り戻すのは僕の役目さ。それにね、気持ちを同じくしてくれる君たちを危険にさらしたくはない。本当は力を借りるのは心苦しい。だが一人では成し遂げられないだろう。だから、成功すると確信が持てたなら、きっと君たちに助けを求めよう。その時こそ、君たちの力を貸してくれ」

「おぉ、わかったぞ、ヤートよ」

「さすがはヤートだ。我らの新たなリーダーに相応しい」


 ヤートの元に集まった若いエルフたちの推論は、明後日の方向に深化していった。村の老人たちを保守的だとあざける彼らもまた、エルフこそが優れた種族であるという認識のもとに思考する、保守的なエルフの一員に過ぎない。だから、彼らの実力で対処可能な都合の良い解釈を真実だと思い込んでいることに、誰一人気付かなかったのだ。


たぶんよくわかるこんかいのまとめ


捕まる前の男エルフヤート「ひ ら め い た !」

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