勇者は遅刻中
現在時刻午前8時35分。
約束の時刻から5分経過。
「……勇者さん、来ないですね」
「ああ……」
「うん……」
僧侶、戦士、魔法使い。
魔王を倒すと言う名目で集まったこの3人は、勇者と共に旅をしてきた仲間だった。1年前、王様の命から始まったこの旅は、各地の迷宮でのボス戦や行き着いた街の色々な人々との出会い、仲間との衝突などを経て、ついに終わりを迎えようとしていた。
迎えた決戦の日、勇者は来なかった。
1年を共にした仲間だからわかる、勇者は決戦の日に怖気付いて逃げ出した訳でも、使命を忘れて遊び歩いている訳でもない。
勇者は今、寝ているのだ。
初めて出会った日から続く遅刻癖、仲間達は半ば諦めて受け入れていた。 だが決戦の日すら遅れてくるのはちょっと呆れ気味だった。
それから25分経過。
「魔王さんも待たせちゃってますし、そろそろ中入りますか」
「ああ、戦っている間に勇者も来るだろう」
「勇者君がいないと心細いけど、仕方ないか」
魔王城に入り、謁見の間へと向かう。
体よりも一回り大きい玉座に座っていた子供が口を開いた。
「予定よりも30分遅かったが、どうした?」
「すいません、うちの勇者が寝坊していて……」
「そうか、それは災難だったな。それで3人な訳か、大丈夫か? 我は強いぞ?」
「いえ、おそらく大丈夫じゃないです」
「そうか……。じゃあ、勇者のやつが来るまで茶でも飲むか?」
「ほんと、ご迷惑かけてすいません。お茶頂きます」
3人と魔王は、魔王が淹れたお茶を飲み、こたつを囲んで団らんをした。
そして2時間30分後、約束の時刻から3時間後に勇者が到着した。
「チィーッス。遅刻しやした。それじゃ魔王倒しましょう」
謁見の間に気の抜けて間伸びした声が響く。
「チッ」
誰かが舌打ちをした。
それはここにいる勇者以外の全員の心を代弁した物で、それが比較的温厚な僧侶が発した物だとしても、誰も驚きはしなかった。
「勇者さん、どうして遅れたんですか?」
「あははー、寝坊しちゃった」
「勇者さん、謝罪も無しですか?」
「あっ、ごめんごめん。忘れてたわ」
次の瞬間、勇者が吹き飛んだ。
それは1年の鬱憤が爆発した瞬間だった。
今さっき勇者がいた場所には拳を振り上げた僧侶が立っており、拳を強く握りしめた彼女の顔は、その美貌が失われるほど大きく歪められていた。
「クソ勇者がッ」
彼女は吐き捨てるように言った。
それを見て他の面々も、魔王すらも勇者の方に駆け寄り、勇者を吹き飛ばした。この時においては1年を共にした勇者より、ここ数時間を共にした魔王の方が心が通じ合っていた。
こうして勇者の討伐により世界の秩序は守られ、世界は魔王によって支配された。