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老エルフと女エルフと正体

 目の前の年老いたエルフが、怖気を振るう程に美しい女エルフの夫だと知らされた兵士たちはしばしの間、羨望と失望と絶望に心を焦がしていたが、ハッと我に返ると、慌てて老エルフに向かって叫んだ。


「そ……そんな事はどうでも良い! 我々は、国王陛下の命を受けて、この大草原に潜むエルフ共を保護して回っている! 最近激しくなってきて危険性を増した、エルフ排斥の動きから貴様らを守護(まも)ってやる為にな!」

「へん! な~にが“保護”じゃ!」


 居丈高に叫ぶ兵士に向け、老エルフは舌をべーッと出して不満の声を上げる。


「危険性を増した? さっきの、まいはにーに対して色んなモンを猛らせとったお主らだって、十二分に危険じゃろうが! 寝言は一人寝の冷たいベッドの上でほざくんじゃな、このドーテーどもめ!」

「ど、どどどどどドーテーちゃうわッ!」


 辛辣な老エルフの言葉に、兵士たちは顔を真っ赤にしながら声を荒げた。


「ど……ドーテーなんぞ、とっくの昔に卒業しているわ! ……地元の娼館で」

「かーっ! 金と引き換えのコトをカウントするんじゃないわい! この哀しき素人ドーテーどもめ!」


 兵士の反駁に、老エルフは呆れ顔を浮かべながら怒鳴りつける。

 そして、おもむろに胸を張ると、誇らしげな表情を浮かべながら言葉を継いだ。


「ワシなんか、お主らくらいに若かったころには、街で毎夜毎夜引っかけた女とベッドの上で組んず解れずの大運動か――へぶぅっ!」

「な、何くだらない事で口喧嘩をしているのだ、ヴァー……ま、まいだーりんッ!」


 思わず、自慢げな口で語り始めようとしていた老エルフの禿げ頭を渾身の力を込めた平手打ちでぶっ叩いた女エルフは、顔を真っ赤にしながら鬼のような形相で老エルフの事をジト目で睨みつける。


「い……今は、そういう話をしている場合じゃないだろうがッ! 本題に戻れ本題に!」

「お……おう。スマン、まいはにーや……」


 眉間に皺を寄せた女エルフに怒鳴りつけられた老エルフは、コクコクと禿頭を上下させると、先ほど尊大な態度で自分に怒号を浴びせてきた兵士をジロリと見ると、スッと手を指し伸ばした。


「――じゃ、続きをどうぞ」

「へ?」


 いきなり“続き”を促された兵士は、何の“続き”を求められているのかが分からず、戸惑いの声を上げる。


「つ……続き……って?」

「いやもちろん、さっきの話の続きじゃ。お主、さっき言うとったじゃろう。自分の事を棚に上げて、エルフを保護するだ何だと偉そうに……」

「あ……ああ、そういえば……」

「じゃから、その話を続けい言うとるんじゃ」


 ようやく合点が言った様子で頷く兵士に、苛立ちを隠しもせずに老エルフは言った。

 兵士は、「わ……分かった」とモゴモゴ言いながら、バツが悪げにコホンと頬を掻くと、躊躇いがちに口を開く。

 だが、今のドーテー論議ですっかり気勢を削がれてしまった為、さっきまでの威勢の良さはすっかり影を潜めてしまっている。


「ええと……そんな訳で、我らは貴様らエルフ共を適時“保護”しておるのだ。お主らも大人しく我らに従うのが身の為だぞ」

「だから、お主らに従った方が身の為にならなそうじゃったろうが……」

()()()()()()ッ!」

「あ、らじゃっす」


 また、先ほどと同じように不満をぶちまけようとする老エルフだったが、女エルフに釘を刺されると慌てて言葉を飲み込み、彼女に向かって目配せをした。

 ――そして、強張った表情を浮かべて武器を構えている兵士たちの方に向き直る。


「――まあ良いわ。お主らの話は分かったわい。じゃあ……」

「て――抵抗するというのならッ!」

「違わい」


 不躾に突きつけられた剣の切っ先を鬱陶し気に手で払いのけながら、老エルフは首を横に振った。


「逆じゃ。大人しく従ってやるから、せいぜい紳士的にワシらの事をアヴァーシまでエスコートせぃ(連れて行けぃ)

「……へ?」


 老エルフの口から飛び出した意外な言葉に、兵士たちは思わず呆気に取られた。

 そんな、ポカンとしている彼らの顔を呆れ顔で見返しながら、老エルフは言葉を継ぐ。


「――いい加減、お主らから逃げ回るのも面倒になったからの。もうまいはにーに妙な気を起こさんと誓えるのなら、ワシらはもう抵抗せんわい」

「ふ、フンッ! 何様だジジイ、その偉そうな口はぁっ!」


 どこか尊大な老エルフの言葉に、兵士たちは思わず反発を覚え、声を荒げた。


「貴様は、今の自分が置かれた立場を分かっておるのかッ? 死にかけのジジイなぞ、れっきとした王国兵士である我らの手にかかれば――」


 と、兵士の言葉は唐突に途切れた。


「え……?」


 そして、ポカンと口を開けて、半分ほどのところでぽっきりと折れて、切断面が真っ赤な炎に包まれた自分の剣を見つめた。

 兵士が呆然としている間にも、切っ先で燃え盛る炎に炙られ続けた鉄剣は高熱を帯び、遂には兵士が握るグリップにまで届く。


「――熱っつうっ!」


 グリップにまで伝わった高熱で掌を火傷した兵士は、悲鳴を上げて剣から手を離した。


「ヒョッヒョッヒョッ! 気安く人に物騒なモンを向けるからじゃ。言うたじゃろ、“紳士的に”と」


 そう言って、涙目で掌に息を吹きかける兵士に冷笑を浴びせる老エルフの右手には、いつの間にか凄まじい勢いで燃え盛る炎の大剣が握られていた。


「未熟者の分際で彼我の実力を見誤ったせいで、剣一本分の余計な出費が増えたのう! まあ、身の程を知る勉強代としてはちょうどいいじゃろうて、ヒョッヒョッヒョッ!」

「こ……この……ジジイ!」


 挑発的な老人の言葉に激昂する兵士たち。だが、彼の右手に宿る炎の大剣を怖れて、誰ひとり斬りかかる者は居ない。

 そんな兵士たちをジロリと睥睨した老エルフは、もう一度皮肉げな薄笑みを浮かべると、おどけた様子で両手を挙げながら言う。


「まあ良いわ。夜の草原は冷えて、腰にクるんじゃ。陽が沈まんうちに、こんな色気の欠片も無いところなぞさっさと退散するぞい」

「……」

「ホレ、さっさとせんかい! それとも、今度はお主らの身体でキャンプファイヤーでもしてやろうか、アァッ?」

「「「「「「ひゃ、ひゃいっ!」」」」」


 凄みながら炎の大剣を振り上げた老エルフに恐れをなして、兵士たちは慌てて得物を納め、各々の乗騎の許に散っていく。


「……あの」


 慌てふためく兵士たちの様子を、仏頂面で見ていた老エルフの背中に、トーンを抑えた声がかけられる。

 その声に鷹揚に振り返った老エルフは、今度は締まりのない笑みを浮かべて答えた。


「……何じゃ、まいはにーよ」

「それは、もういいから……」


 声をかけた女エルフは、老エルフの言葉に渋い表情を浮かべながら、ひそひそ声で訊ねかける。


「本当に……このままおとなしくあいつらに捕まる気なのか、()()()()()様?」

「ああ、そうじゃよ」


 老エルフ――ヴァートスは、半人族(ハーフヒューマー)秘伝の染料で肌と髪の色を変えているファミィに向かってあっさりと頷いた。


「どうせ、ワシらの最終的な目的地は、アヴァーシのエルフ収容所なんじゃ。だったら、あの人間族(ヒューマー)兵たちに“保護”されて、()()()連れて行ってもらった方が、色々と楽じゃろ」

「でも……危なくないか?」

「フォッフォ! さんざん脅してやったから、よっぽどのトリ頭でも無ければ、もうワシらに手を出す事はあるまいて」


 そう言いながら、ヴァートスは右手に宿した炎の大剣を消す。

 そして、ニヤリと笑いながら、ファミィの手元を指さした。


「それに……いざ事が起こっても、ワシとお前さんが力を合わせれば、あんな雑魚兵どもの百や二百、蹴散らすのは訳無かろうて。“夫婦の共同作業”ってヤツじゃな、ヒョッヒョッヒョッ!」

「だから……その“夫婦設定”はもういいって……」


 辟易しながら、戦闘に備えて秘かに掌の中で創り出していた真空の刃(かまいたち)をキャンセルするファミィ。

 そんな彼女に頷きかけたヴァートスは、愉快そうな様子で白髭をしごきながら北の空に目を遣り、ぼそりと呟いた。


「さて……こちらは至極順調じゃが、向こうの方の進捗はどうかのう? あの、へっぽこ魔王どもの方は――」

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