兵士たちと草原と女エルフ
アヴァーシの南方――馬で一時間ほど離れた丘の麓に、ホトタモカヤの大草原で放牧した羊の肉や毛皮を売る事を生業とする、“コナウカマイ”という名の村があった。
村人の数は百数十人ほどで、人の数よりも飼っている羊の数の方が多い程の小村だったが、住人たちは穏やかで心優しい者ばかりで、互いに助け合いながら穏やかに暮らしていた。
――だが、半月ほど前から、そんな村の情景は一変した。
突如として、村に隣接する形で軍の中継基地が設けられたからだ。
中継基地には、常に数百名の兵士たちが詰めており、主にふたつの任務をこなしていた。
ひとつは、各地から集めたエルフたちを、アヴァーシに作られたエルフ族収容所へ移送するまでの間、一時的に留め置き監視する役目である。
人間族領の各地から続々と送られてくるエルフ族を一気にアヴァーシの収容所に詰め込んでは、現場が混乱をきたすのは明らか。それを防ぐ為に、一旦コナウカマイ村や他の数村に設けた中継基地にエルフ族を収容し、アヴァーシの収容所の所員の業務がパンクしないようにしたのだ。
もちろん、ただただ監視するだけではない。
『各地から集める』と、一言で言うのは簡単だが、集めたエルフ族の管理を実際に行うのは大変だ。ただでさえ、日々増えていくエルフ族を監視しつつ、その頭数を管理するには、アヴァーシの人間族兵だけでは、あまりに荷が勝ち過ぎる。
その為、中継基地において、数日おきに数両の馬車に乗せられてやって来るエルフ族ひとりひとりの名簿を作り、アヴァーシへスムーズに移送する為の各種手続きも、彼らを留め置いている間に併せて行われていたのだ。
――そして、もうひとつの役割とは、『ホトタモカヤの大草原周辺に点在するエルフ族を見つけ出し、適時“確保”して、人間族の管理下に置く』というものである。
ホトタモカヤの大草原には、少数ながらエルフ族の家族がポツポツと居住していた。エルフ族の中でも孤高意識が高いエルフたちであり、当然のように人間族の王が布告した、アヴァーシ収容所への移住命令にも従おうとしなかった。
その為、コナウカマイに駐留する人間族兵たちは定期的に大草原へ小隊を派遣し、隠れ住むエルフ族を見つけ出し“回収”していた。
口の悪いコナウカマイの駐屯兵たちは、その任務の事を“エルフ狩り”と呼び、いつしかゲーム感覚で捕獲数を競い合うようになっていったのだった……。
◆ ◆ ◆ ◆
そして、この日も。
「――おい! そっちに行ったぞ!」
「回り込め! 如何にエルフでも、馬の脚には敵わん!」
「矢は放つな! 出来る限り無傷で捕らえるんだ!」
夕暮れの草原に、人間族兵たちの野太い声が響き渡る。
そして、背の低い草々を踏みつけながら駆けてくる馬の蹄の音が、周囲の地面を小刻みに揺らした。
「ハイヤーッ! もっと速くだ!」
「畜生、ちょこまかと! もっと気張って走れよ、オイ!」
そう、愛馬を叱咤したり毒づきながら、馬上で手綱を繰る人間族兵たちが追っているのは――フード付きの粗末なマントを羽織ったひとりの女エルフだった。
「はぁっ……はぁっ……はぁっ!」
褐色の肌をした女エルフは、フードから零れた長い黒髪を揺らし、荒い息を吐きながら、何とか馬たちから逃れようと必死で走っていた。
だが、騎馬とエルフの距離は、無情にも徐々に詰まっていく。
そして、
「――うっ!」
疲労のせいで足を縺れさせた女エルフは、遂に前のめりに倒れ、草の上をゴロゴロと転がってしまう。
「ひゃっはー! もう鬼ごっこはおしまいだぜ!」
「まったく……手こずらせやがって!」
「任務とはいえ、割に合わねえなぁ。ここまで手間をかけて、やっと捕らえたのが女エルフ一匹とはな……」
やっと女エルフに追いついた人間族兵たちは、疲労と苛立ちでうんざりした表情を浮かべながら馬を操って、転倒した女エルフの周囲を取り囲んだ。
「うぅ……」
うつ伏せに倒れていた女エルフは、微かな呻き声を上げながらゆっくりと上体を起こす。
そして、フードの奥の顔を絶望で歪めながら、馬上の兵たちを見上げた。
そんな彼女に油断なく馬上槍の穂先を向けながら、兵たちのひとりが居丈高な声をかける。
「これ以上、余計な手間をかけさせるな、エルフの女! おとなしくしろ!」
「……!」
尊大な兵の声に、女エルフは観念したように首を縦に振り、両手を挙げながらゆっくりと立ち上がった。
彼女が抵抗する様子が無い事を確認した兵たちは、安堵の表情を浮かべて馬から降りると、各々の得物を構えながら、慎重に近付いていく。
そして、
「おい、女。そのフードを取って顔を見せろ」
兵のひとりが、女エルフの頭を指さし、低い声で命じた。
その命令に、女エルフは一瞬躊躇う素振りを見せたが、兵たちの構える剣が夕暮れの光を反射してギラリと光ったのを目にすると、細く息を吐いて小さく頷く。
そして、頭をすっぽりと覆っていたフードに手をかけ、しゅるりと捲った。
彼女の顔が夕日に照らされ露わになった瞬間、兵たちがどよめく。
「……おぉ」
「え……えれえ別嬪な女だ……!」
「か……可憐だ……!」
元々、エルフの女性に美人が多い事は有名で、コナウマカイの駐屯地で様々なエルフの女の顔を見飽きるくらい見てきた兵たちの目にも、フードの下に隠れていた女エルフの顔はずば抜けて美しく映った。
褐色の肌に、黒鵜の羽毛のように艶々しく輝く長い黒髪。
その瞳は青水晶のように鮮やかな青で、キラキラと輝いていて、穏やかなカーブを描いた鼻梁やぷっくりとした唇の瑞々しさも相俟って、震え立つような色気を感じさせる。
更に、豊満に膨らんだ胸と締まった腰が、兵たちの視線を釘付けにした。
「……」
ゴクリと、誰かが生唾を飲み込んだ音が聞こえた。
「おい……」
「あ、ああ……」
兵たちは、誰ともなしに互いの顔を見合わせる。
「こ……こんないい女を、そのまま大人しくアヴァーシに送り込むのは……も、勿体なくねえか?」
「あ……あぁ、そうだよな……」
「……たまには、ご褒美ってヤツも欲しいよな?」
「ど……同意……!」
そう言い合いながら、彼らは濁った目を怪しく光らせ、大きく頷き合う。
そして、血走った目を、一斉に眼前の女エルフに向けた。
「――ッ!」
彼らの卑欲に塗れた視線を一身に浴びた女エルフは、その意図を察して表情を引き攣らせ、思わず身を強張らせる。
それでも、その眼は輝きを失わず、彼らの下卑た目を真っ直ぐに見返した。
だが、そんな女エルフの反抗的な反応も、兵たちの嗜虐的な劣情を更に煽るだけだった。
「うぅ……たまんねえな、その眼……!」
「うひょひょ……そそるねえ」
「その生意気な態度が、あられもなく乱れるのを想像するだけで……オレの中のオレが元気になっちまうよ~」
だらしなく口元と下衣のベルトを緩めながら、女エルフにじりじりと近付いていく人間族兵たち。
「……ッ!」
怯えた表情を浮かべながら、じりじりと後ずさる女エルフだったが、背後からも兵が近づいて来るのに気付いて青ざめる。
その反応に、兵士たちの欲情は更に膨張する。
「へっへっへ……そんなに怯える事ぁねえよ、エルフのお嬢さん。楽しい思いをさせてやるからよぉ」
「怖がるんじゃねえよ。すーぐに気持ちよくしてやるからな、ぐふふ……」
「いっしょにお肌とお肌のお突き合いしようぜ、ひぇひぇひぇ……」
にじり寄る兵たちの前に、女エルフの操が風前の灯火となったかに思われた――その時。
「――ヒョッヒョッヒョッ。お主ら、揃いも揃って痛々しいのう! さては童貞じゃなオメーら!」
唐突に上がった、しわがれた老人の嗤い声が兵たちの耳朶を打ったのだった――!




