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魔王と草原と目的地

 半人族(ハーフヒューマー)たちに温かく見送られ、彼らの村を出たギャレマスたちは、数日かけて森を横断し、遂に踏破に成功した。


「うわぁ……広~い……!」


 鬱蒼と茂る木々を抜け、唐突に目の前に現れた草原を前に、サリアは興奮交じりの声を上げる。

 彼女の言う通り、背の低い草に覆われた大地が、地平線の向こうまでずっと続いていた。


「ここは――ホトタモカヤの大草原地帯だ」

「ああ、ここが……」


 ファミィの説明に、ギャレマスは感慨深げに周囲を見回す。


「ここが、五百年前の“人魔精大鼎戦”の最終会戦の地となった、あの……!」

「そうじゃ」


 ギャレマスの言葉に頷いたのは、ヴァートスだった。


「人精混成軍……つまり、人間族(ヒューマー)とエルフ族の合同軍とお主ら魔族が、雌雄を決さんと集った戦場(いくさば)じゃな」

「へ~、そうなんだぁ」


 ヴァートスの言葉に、呑気な声を上げたのはサリアだった。

 彼女は、目を輝かせながら老エルフに訊ねる。


「ねえ、ヴァートスさん! その時ってどうだったんですか? やっぱり……伝承にある様に、すごく激しい戦いだったんですよね? 戦ってて怖くなかったんですか?」

「し――知るかッ!」


 サリアの問いかけに、ヴァートスは辟易しながら声を荒げる。


「戦いがあったのは、もう五百年も昔の事じゃ! さすがのワシでも、まだこの世界に生まれておらん!」

「え? そうでしたっけ?」

「さすがのワシでも、エルフ族の寿命の二倍も生きてはおられんわ!」

「えへへ……いやぁ、でもワンチャンあるかなぁって……」

「ワシャ妖怪変化(ようかいへんげ)か何かかい……」


 ヴァートスは、無邪気な笑顔を浮かべながら頭を掻くサリアを前に辟易とした表情を浮かべ、大きく嘆息する。

 その一方で、


「ところで……エルフ族が集められているアヴァーシって町は、どこにあるの?」

「……あの丘を越えて、半日ばかり歩いたところにある」


 真剣なスウィッシュの問いかけに、ファミィは北の方向を指さした。

 ――確かに、彼女が指さした先には、小高い丘のなだらかな稜線が見える。


「そんなに遠くないわね。あの丘のところまでなら、真夜中になる前には辿りつけそう」


 スウィッシュは、沈み始めた太陽の位置を確認しながら言った。

 ――だが、


「――いや」


 と、ギャレマスは彼女の提案に対し、小さく首を横に振る。

 彼は、今しがた抜けたばかりの森の方を指さした。


「今日のところは、これ以上移動するのは控えよう。一旦森の中に戻って野営の支度をし、今夜は早めに(やす)むのだ」

「え……? 森に戻るのか?」

「そうだ」


 戸惑うファミィに大きく頷きかけながら、ギャレマスは言葉を続ける。


「一応、これは潜入作戦だ。こんなにだだっ広い草原の中で火でも焚こうものなら、我らがここに居ると人間族(ヒューマー)どもに教えてやるようなものだ。そうなってしまったら、作戦は破綻する」

「でも……こんな僻地で、そうそうタイミング良く人間族(ヒューマー)に見咎められるとは限らないんじゃ――」

「確かにそうかもしれんが、万が一という事もある。用心に越した事はあるまい」

「……確かに」


 彼の言葉に賛意を示すスウィッシュ。ファミィもまた納得した様子で頷く。

 ギャレマスは、更に言葉を継ぐ。


「今からアヴァーシへ向かうと、丘に到る前に日が暮れてしまう。暗闇に覆われた草原を歩いていては、どんな危険に見舞われるか分からん」

「……そうだな」

「おっしゃる通りかと存じます」

「明日の日が昇ると同時に出発し、余人に見咎められぬように隠れ潜みながら進み、一気に丘を越えるのが得策だと余は思う。何か異論はあるかな?」


 そう言って、ギャレマスは皆の顔を見回した。

 そして、特に異論が出ないことを確認し、小さく頷く。

 ギャレマスは咳払いをすると、皆に向かって高らかに宣した。


「善し……。では、直ちに森へと戻り、野営の準備に取り掛かるとしよう」


 ◆ ◆ ◆ ◆


 その日の夜、森の中に半人族(ハーフヒューマー)たちから貰ったテントを張ったギャレマスたちは、焚火を囲んで夕食を摂っていた。


「のう、ギャレの字よ」

「ん?」


 不意にヴァートスに話しかけられたギャレマスは、急いで口に含んでいたスープを喉に流し込むと、ヴァートスに応える。


「何だ、ヴァートス殿? ……というか、その“ギャレの字”という呼び方は、その……ちょっと……」

「何じゃ、不満か?」

「あ、いや、不満という訳では無いのだが……」


 機嫌を損ねたように眉間に皺を寄せるヴァートスに、慌てて(かぶり)を振りながらギャレマスは言った。


「ただ……余には、一応“魔王”という肩書があるゆえ、あまり威厳の無い呼び方をされると……」

「フン! 別に呼び方なんぞ、どうでもええじゃろがい!」


 ヴァートスは不機嫌そうに言い捨てると、手に持った木の匙で焚火を囲む面々の顔を指す。


「第一、今更お主が威厳を取り繕わんといかん相手なぞ、この場に誰もおらんではないか!」

「ま、まあ……それは、確かにそうなのだが……」


 老エルフの剣幕に圧され、しどろもどろになるギャレマス。

 ――と、思わぬ助け舟が。


「――ヴァートス様! そういう問題ではありません!」

「何じゃ、お主には関係無いじゃろう。蒼髪のお姐ちゃんや」

「スウィッシュです!」


 ヴァートスに向かって、憤然と叫ぶスウィッシュ。


「そういう、人を小馬鹿にしたような呼び方はお止め下さい!」

「べ、別に小馬鹿にしておる訳では無いわい! これは……ワシなりのふれんどりーさの表現というか何というか……」

「フレンドリーって……対人関係苦手か、その年齢(トシ)で!」

「う、うぐっ……!」

「ま、まあまあ。スウィッシュ、もうその辺で……」


 容赦の無いスウィッシュのツッコミに少なからぬダメージを受けた様子のヴァートスを見て、ギャレマスが慌てて割り込んだ。

 主に制止されたスウィッシュは、不満げに頬を膨らませたものの、それ以上言葉を継ぐ事は控えて、


「ほ、ほら、スーちゃん! これでも食べて落ち着いて……」


 と言いながらサリアが差し出した干し肉を受け取ると、憮然とした表情のままで口に運び、もしゃもしゃと咀嚼し始める。

 そんな彼女の様子を見たギャレマスは小さく息を吐くと、再びヴァートスの方を見て尋ねた。


「と……ところでヴァートス殿。先程貴殿が言いかけた事とは……」

「あ、あぁ……」


 心なしか安堵の表情を浮かべていたヴァートスは、ギャレマスの問いかけにハッとした表情を浮かべると、頭をポリポリと掻きながら答える。


「いや、何……。明日ここを発つ前に、予め詰めておいた方が良いと思ってのう。――人間族(ヒューマー)に監視されておるエルフ族を、如何にして助けるか……その方法をな」

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