エルフ族と気性と気位
結局、ヴァートスにしつこく問い詰められたギャレマスは根負けし、(まあ……こんな深い森の中に住むヴァートス殿には、話しても差し支え無かろう)と、心の中で正当化しながら、自分たちの目的の事を全て話した。
彼が話している間に、そこかしこの木の上から半人族たちが続々と降りてくる。
彼らは、ギャレマスたちの周囲を遠巻きにぐるりと取り囲むと、めいめいに黒い瞳を輝かせつつ、初めて見る魔王たちの事を物珍し気に観察していた。
そんな、自分たちに集まる幾多の視線に落ち着かない圧を感じながらも、ギャレマスは話を終える。
「ほぅ……」
ギャレマスの話を聞き終わったヴァートスは、長い白髭を手で撫でながら、興味深げに唸った。
「人間族に一所に集められ、拘束を受けながらの過酷な労働が待っておるであろうエルフ族を解放し、魔王国領に引き入れようという企みの為に、わざわざ魔王のお主がこんなところまで出張ってきた……そういう訳か」
「うむ。……もっとも、こんな森の奥深くに迷い込む予定では無かったのだがな」
ギャレマスは、そう言うと苦笑を浮かべる。
するとヴァートスは、そんな魔王の顔をジロリと一瞥すると、大きく頭を振った。
「カ――ッ! 甘い! 甘いのう! お主の考えは、ウチの裏で採れたハチミツよりも甘すぎるぞ、ギャレマスよ!」
「へっ?」
ヴァートスにバッサリとダメ出しされたギャレマスは、思わず戸惑いの声を上げ、首を傾げる。
「そ、そんなに……三回も『甘い』を連呼されるくらいダメか? け、結構、上手い考えだと思ったのだが……」
「……やっぱり、エルフを解放してから魔王国領まで逃がす間の時間稼ぎとして、陛下ひとりに頑張って頂くというプランには、少々無理がありますか……?」
「いやいや! そこではない……いや、そこも確かにザルなんじゃが、ワシが甘いと言うたのは、それ以前の段階じゃ!」
やっぱりと言いたげな表情を浮かべて、おずおずと尋ねるスウィッシュに向かって、ヴァートスは再び首を横に振った。
彼の言葉に、ギャレマスは当惑する。
「“それ以前”……? そ、それは一体、どこが……」
「かーっ! 解らんのか、お主!」
キョトンとした表情を浮かべたギャレマスに、思わず呆れ声を上げるヴァートスだったが、ふと何かに気付くと、気を取り直すように息を吐いた。
「……まあ、魔族とエルフ族は、久しく交流を絶っておったからな。エルフの気性を良く知らぬのも、無理からぬ事か……」
「エルフの……気性?」
「左様」
訝しげな声を上げるスウィッシュに向けて小さく頷いたヴァートスは、傍らの水差しから木製のコップに水を注いだ。
そして、ぐびりと一気に飲み干してから、静かに言葉を継ぐ。
「……さっきもチラリと言うたが、エルフの気位は恐ろしく高いんじゃ」
「ああ……良~く知っておる」
「はい……最近、骨身に沁みて思い知りました」
「ちょ――! な、何じゃお主! ワシを見ながら、しみじみと深く頷きおって!」
「な……す、スウィッシュ! 何でそんなジト目で、私の事を……!」
ふたりの魔族に冷たい視線を向けられたヴァートスとファミィは、慌てて抗議の声を上げた。
そして、ヴァートスは皺だらけの顔を更にクシャクシャに顰めながら、ブンブンと大きく首を横に振った。
「つーかのぅ! わ、ワシなんか比べ物にならんのじゃぞ! “純血思想”にどっぷり浸かったような、血統書付きのエルフどもなんかはのう! あやつらは、自分たちが神の直系の子孫で、他の遍く生き物たちの頂点に立つべき『択ばれし民』なんじゃという古臭いおとぎ話を、本気で信じておるような輩どもじゃからな!」
「あ、それ、昨日も言ってましたよね、ヴァートスさん!」
「おお、覚えておったか、お嬢ちゃん」
ポンと手を叩くサリアにニヤリと笑みかけて、ヴァートスは更に言葉を継ぐ。
「そんな、頭が金剛石よりも硬い奴らが、他ならぬ自分たちが“劣等種族”である魔族のお主の手によって解放される事を善しとすると思うか?」
「そ――それは……!」
ヴァートスの鋭い言葉に、ギャレマスは一瞬言葉を詰まらせた。
だが、すぐに思い直すと、その口を開く。
「だ……だが! エルフ族は、我ら魔族と同様に“劣等種族”と蔑む人間族によって、虜囚に等しい扱いを甘んじて受けたいとも思っておらぬであろう。……であれば、その点を衝いて、きちんと彼らを説得すれば――」
「普通に考えれば、そうじゃろうな」
「だったら――」
「じゃが……あいにくエルフの中では、同じ土地で過ごしてきた分、“劣等種族”の中では魔族よりも人間族の方がマシじゃと考えておる者が殆どなんじゃ」
「……!」
「えぇ……?」
「そんな……」
ギャレマスの言葉に愕然とする魔族の三人。
サリアが隣に座るファミィの裾を掴み、目を潤ませながら訴えかける。
「ね……ねえ、ファミちゃん? ファミちゃんも……サリアたちの事をそんな風に思ってるの?」
「い、いや! そんな事は無い!」
涙目のサリアの問いかけを強い語調で否定しながら、慌てて首を横に振るファミィ。
「た……確かに、あのヴァンゲリンの丘でお前たちと会う前は、当然のようにそう思ってた。でも……魔王の城からここまでの間、お前たちと一緒に過ごしている内に、そんな考えは消え去った。だから――今は、もうそんな事、全然思ってない。信じて、サリア……」
「ファミちゃん……」
「ファミィのいう事を信じてやれ、サリア」
そう言って、震える彼女の肩を優しく叩いたのは、父親のギャレマスだった。
彼は、不安げな表情を浮かべるファミィに、安心させるように小さく頷きかけた。
――と、
「……まあ、話を元に戻すぞい」
何となく沈んでしまった空気を打ち払うように、ヴァートスは大きく咳払いをした。
そして、ギャレマスに向けて厳しい目を向けながら、真面目なトーンで言葉を継ぐ。
「そんな捻くれまくったエルフ族の奴らが、お主に『助けに来たから、ここを脱出して魔王国に行こう』と説得されたところで、聞く耳を持つと思うか?」
「それは……」
「……まあ、無理じゃろうな。たとえ、頭の中では正しい判断が出来ても、神の嶺よりも高くてノミよりもちっぽけなプライドが邪魔をして、絶対に首を縦には振らんじゃろうて」
ヴァートスは皮肉げに口元を歪めると、思案するように白髭を撫でた。
――そして、
「……よし、決めた」
そう呟くと、ギャレマスたちに鋭い眼光を向けた。
「ギャレマスよ。ここでお主らと出会ったのも何かの縁。このヴァートス・ギータ・ヤナアーツォが一肌脱いでやる事にしよう」
「え……?」
ヴァートスの言葉に戸惑いの声を上げるギャレマス。
彼は、老人に向かっておずおずと尋ねた。
「ヴァ、ヴァートス殿? 『一肌脱ぐ』とは、一体……?」
「そんなの決まっておろうが」
怪訝な表情のギャレマスに向かって、ヴァートスはニヤリと微笑いながら答えた。
「このワシがお主らについていって、エルフ族の元族長として、お主らの説得に応じない頑固なエルフ族の若造どもの尻を引っぱたいてやるのよ! ヒョッヒョッヒョッヒョッヒョッ!」




