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魔王と雷と禁止

 「――で、あとはですねぇ……」

「ま……まだあるのか……?」


 ホクホク顔で、再び紙面に目を落とすエラルティスに、ギャレマスはうんざり顔で訊く。


「ええ。あと5項目ほど」

「ご……5項目も……」


 エラルティスの答えに、ギャレマスはガックリと肩を落とした。

 そんな魔王に冷笑を向けながら、エラルティスは言う。


「まあ……あまり時間も無いので、要点だけを掻い摘んでお話ししますわ。――ちなみに、今回指摘された点に対する反省と改善策を述べたレポートを作成して、次回会戦時に提出しろとの事です」

「レポートの提出て……私塾の宿題か何かかい……」


 ギャレマスは、思わず顔を引き攣らせながら、口の中でこっそりと愚痴った。

 幸い、その愚痴はエラスティスの耳までは届かなかったようで、彼女は紙に書いてあるふたつ目の指摘事項(ダメ出し)を読み上げる。


「えぇと、2点目は……戦いの終盤でシュータ殿が放った超加重魔法術(マキ・グラヴィ)を、貴方が生意気にも躱し、その上極龍雷撃呪術(デスト・ラディ)とかいうオリジナル術で反撃してきた事ですね。『俺様の攻撃を躱して、俺よりも派手な技で反撃してくるんじゃねえ!』――だそうです」

「い……いやいや!」


 エラルティスの伝えてきたシュータの言葉に、ギャレマスは激しく首を横に振りながら抗弁する。


「あ……あの時の超加重魔法術(マキ・グラヴィ)は、躱さなければ致命の一撃となるレベルだったぞ!」

「シュータ殿は、『ちゃんと死なない程度に強さを調整してるんだから、安心して食らえ。俺は詳しいんだ』って言ってましたわ。次は避けないで下さいね」

「詳しいって……何がっ?」


 エラルティスの言葉に、ギャレマスはツッコんだ。

 すると、彼の問いに、エラルティスも少し困った様な表情を浮かべながら答える。


「さあ……? 何か、“えいちぴー”が見えるからとか何とか言ってましたけど、良く分かりませんわ」

「え……“えいちぴー”? な、何だそれは……?」

「知りませんって。――とにかく大丈夫らしいんで、お願いしますね」

「……いや、死ぬ云々以前に、単純に痛いんだって、アレ……」

「何を甘ったれた事言ってるんですか。我慢なさい、魔王でしょ?」

「……」


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()に、哀れな魔王は思わず絶句する。

 と、呆然とする魔王の様子はナチュラルに無視しつつ、エラルティスは更に言葉を継いだ。


「あと、『今後、あの雷の術の使用は禁止』って言ってました」

「えっ?」


 エラルティスの通告を聞いたギャレマスは、愕然として金色の眼を大きく見開いた。

 そして、慌てて抗議の声を上げる。


「いや、それは承服しかねる! 極龍雷撃呪術(デスト・ラディ)は、余自らが編み出した最大必殺技のひとつで、余の持つもうひとつの二つ名である『雷王』の由来でもあるのだ! その使用を禁じられては、余のあ、アイデンティティが……」

「魔王のアイデンティティなんて、こちらとしてはどうでもいいんですけどねえ。……ていうか、アイデンティティって……自意識高い系魔王ですか何それジワる」

「……」


 エラルティスに嘲笑されて、怒りと羞恥でギャレマスの顔は真っ赤になる。

 そして、魔王は訝しげな表情を浮かべ、首を傾げた。


「……というか……なぜ禁止なのだ? 極龍雷撃呪術(デスト・ラディ)が……」


 と、彼の頭に、稲妻の様な閃きが走った。


「まさか……実は、雷属性攻撃がシュータの弱点だという事か? だから、苦手な攻撃を封じる為に……。であれば、次の戦いで極龍雷撃呪術(デスト・ラディ)を中心に攻撃を組み立てれば――」

「あ、全然違いますよ、ソレ」


 魔王の心に芽生えた微かな希望は、聖女の一言によって、あっさりと摘み取られる。


「え……?」

「シュータ殿がその気になれば、あの程度の雷、たちまちの内に無効化できますわ」

「そ……そうなのか……?」

「あの方の事です。あの雷攻撃を禁止したのは、単に『自分の持ち技よりも派手でカッコいいからムカつく』ってだけだと思いますよ」

「……」


 身も蓋も無いエラルティスの言葉に、思わずギャレマスは顔を引き攣らせる。

 そして、気まずそうな顔になって、


「……さっきから、薄々と感じていたのだが――」


 と、尋ねかける。


「ひょっとして……お主は、シュータの事が、そんなに好きじゃない?」

「――好きそうに見えました?」

「――ッ!」


 問いかけを聞いた瞬間、エラルティスの顔に現れた変化を目の当たりにしたギャレマスの背筋を冷たいものが走った。

 そして、エラルティスは露骨にその美しい顔を歪めながら、吐き捨てるように言った。


「あんな青臭いドーテー男……正直言って、一緒に戦うどころか、一緒に歩くのもイヤなんですの、わらわ」

「ど……どうて……」


 仮にも“聖女”と呼ばれる立場の美女が口にした、清廉高潔とは対極に位置するようなワードを耳にして、ギャレマスは滝のような汗を額に浮かべながら赤面すした。

 彼は、微妙に視線を泳がせながら、おずおずとエラルティスに問いかける。


「じゃ、じゃあ……なぜお主は、勇者シュータに従っておるのだ?」

「そりゃあ……もちろん、名誉とコレの為ですわ」


 魔王の問いに、エラルティスは親指と人差し指をくっつけ、輪っかを作ってみせた。


「シュータ殿と一緒に居れば、わらわは聖女としての名誉に加えて、“伝説の四勇士”のひとりとしての栄誉をも享受できるのです。それに、各地の領主さまや神殿から『神に選ばれし聖者』という扱いをされて、援助や寄付寄進もガッポガッポ……うふふ」

「……」

「それに、シュータ殿自身も、ちょっとおだててあげるだけで、鼻の下を伸ばしながらお小遣いやプレゼントを贈ってくれますし。――まあ、わらわは聖女ですから、身体には指一本触れさせはしませんけどね。おーほっほっほっほっ!」

「……」


 さも愉快そうに高笑いするエラルティスを呆れ顔で見ながら、ギャレマスは不思議と納得していた。


(……ああ。だからシュータは、この女を余への伝令役(メッセンジャー)に選んだのか――)


 と。


(この女の行動基準は、金だ。金さえ与えておけば、決して裏切る事は無い。情や愛を行動基準に置く者などより、よほど計算ができると踏んで、自分と余の密約を明かし、片棒を担がせたのか……)

「……何ですか、その目は?」

「ヒェッ!」


 考え事をしていたギャレマスは、トゲを感じさせるエラルティスの声に、思わず飛び上がった。

 顔を上げると、眉間に深い皺を刻んだエラルティスが、彼の事を睨んでいる。


「……あ」


 ギャレマスは、気まずそうに目線を逸らすと、


「あ……そ、その……変な事を訊いて、すま……スミマセンでした……」


 と、ペコペコと頭を下げた。

 ……そして、


(ふ、不憫な奴だな、シュータ……)


 ほんのちょっとだけ、シュータに同情したのだった。

 一方のエラルティスは、


「……フンッ!」


 と、不機嫌そうに鼻を鳴らし、まるで汚物を見るかのような目で魔王の事を一瞥すると、口をへの字に結んで、手にした紙を広げ直す。


「くだらない事を言ってないで、先に進みますね!」

「あ……ハイ。お願いします……」


 険のあるエラルティスの言葉に、ますます身を縮こまらせながら、魔王は従順に頷く。

 そして、


「ええと……3点目はですね――」


 と、彼女が話し始めようとした寸前、その表情が変わった。


「――チッ!」


 忌々しげに舌打ちしたエラルティスは、即座に紙を投げ捨てると、真横に跳んだ。

 一瞬遅れて、彼女が立っていた絨毯張りの床に蒼い光を放つ魔法陣が浮かび上がり、その直後、ビキビキと音を立てながら、夥しい数の氷筍が屹立する。


「――どうやら、長居し過ぎたようですわね」


 間一髪のところで、氷筍に串刺しにされる運命を免れたエラルティスは、片膝をついた体勢で、部屋の入口の方を憎々しげに睨みつけ、ギャレマスもまた、慌ててそちらに目を移した。

 ――閉まっていたはずの大きな扉は、いつの間にか開け放たれ、その前に、蒼く美しい髪を怒りで逆立たせた魔族の女が立っている。


「あ……」


 その姿を見たギャレマスは、思わず驚きの声を上げた。


「す……スウィッシュ!」

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