魔王と彷徨と理由
スウィッシュに叩き起こされて、ようやくファミィも目を覚ましたので、一同は朝食を摂る事にした。
と言っても、元々一人暮らしのヴァートスの小屋に、五人もの大所帯が腰を落ち着けられるようなスペースがあるはずも無く、結局外に出て食べる事になった。
彼らは、家の前に立つ木の下に大きな布を広げ、そこに車座になって座る。
「うふふ! 何だか、みんなでピクニックに来たみたいですねっ!」
と、みんなの顔を見回しながら、ニコニコと無邪気に笑うのはサリア。
だが、上機嫌なのは彼女だけで、後の四人の表情は一様に浮かない様子だった。
「まったく……何でワシが、ワシの家の前で飯を食わにゃならんのじゃい……」
そうぼやきながら、木製の椀に盛られた芋入りのスープを口に掻っ込むヴァートス。
「……ふわぁあああ……」
その右側に座って、さっきからずっと生あくびを噛み殺しているのはファミィだ。
彼女は、せっかくの安眠を乱暴極まる方法で起こされた事で、極めて不機嫌な様子だった。
憮然とした表情のまま、ファミィはアクビで浮いた涙に滲む目を擦り、目の前に置かれた椀に手を伸ばして、
「……ん?」
さっきから、自分の前に座っているふたりの手が止まっている事に気付いた。
ファミィは、軽く首を傾げながら、何気なく彼らに向かって尋ねかける。
「……どうしたのだ、お前たち?」
「ファッ?」
「……え? あ……!」
心ここにあらずといった様子でボーっとしていたところに、急に声をかけられたギャレマスとスウィッシュは、驚いた様子で目をパチクリさせた。
そして、
「あ、い、いや! べ……別に……!」
「な……何でもない……わよ!」
と、慌てながら首を大きく左右に振る。
「……?」
あからさまに不審な二人の反応に、怪訝な表情を浮かべて首を傾げるファミィ。
――と、その時、
「……ところで」
空になった椀を置き、口に付いた食べかすを袖で拭き取りながら、ヴァートスが話を切り出す。
彼は、自分の左に座るギャレマスの顔をジロリと見ると、今度は右に座るファミィに目を向けた。
「――昨日から不思議じゃったんじゃが……何故、エルフ族に連なるお主が、よりによって魔族の王の一行に加わっておるんじゃ?」
「え……?」
ヴァートスに問いかけられたファミィは、その蒼い瞳を丸くすると、躊躇いがちに目を伏せた。
「そ、それは……その……」
「……ワシが、まだ奴らと一緒に居た頃には、なかなか見られる光景じゃなかったがのう。――こんな風に、エルフ族と他の種族が輪になって朝飯を食うなんて事は」
言い淀むファミィに向け、ヴァートスが僅かに顔を顰めながら言葉を紡ぐ。
「同族のワシが見ても、エルフ族は他の種族を『劣等種族』と蔑んで、己らよりも下に見ていたきらいがあったが……。二百年近くの時間の間に、そのあたりの傲慢さはさすがに治まって、人間族や魔族と、少しは折り合いをつけて付き合えるようになったのかの?」
「それは……」
ヴァートスの問いかけに、ファミィはバツが悪そうな表情を浮かべ、「……いや」と、小さく首を横に振った。
彼女の答えに、ヴァートスは意外そうな表情を浮かべる。
「何じゃ、違うのか」
「……確かに、二百年前に比べれば、自分たちよりも他種族を見下す差別意識は薄まっているとは思うけど。それでも、まだまだ……」
「何じゃ、相変わらずなのか、アイツらは」
気まずそうに答えるファミィの言葉に、ヴァートスは露骨に顔を顰めた。
「百年くらい前にタチの悪い疫病が大流行したせいで、エルフ族は大分数を減らしたと風の噂で聞いたが……。それでも、他種族を見下す悪癖は直っとらんのかい」
「……」
「じゃあ……さぞ、お前さんも苦労したんじゃろう」
ヴァートスが、ファミィに気遣う様な目を向けて、静かに声をかける。
ファミィはそれに対して、何も言わずに目を伏せただけだった。
彼女の消沈した様子を見て、一瞬憂いの表情を浮かべたヴァートスだったが、それ以上は言葉をかけず、今度はギロリとギャレマスの事を睨みつける。
「……で、だ。今度はお主に訊きたいんじゃが、リア充魔王」
「り……リアじゅ……? あ、いや……何であろうか、御老人」
聞き慣れぬ単語だが、多分蔑称的な呼ばれ方をされたという事は何となく察したギャレマスは、一瞬不満げな表情を浮かべるが、すぐに気を取り直して応えた。
ギャレマスが浮かべたキョトンとした顔が気に食わなかったのか、ヴァートスはその白眉の間に深い皺を寄せながら尋ねる。
「昨日は、お主らの質問攻めにあって、結局聞けずじまいだったんじゃが……何で、魔族の王であるお主が、こんな深い森の中を彷徨っておったんじゃ?」
「あ……」
「魔王というモンは、自分の城の中で、フカフカの椅子に座ってふんぞり返っておるもんじゃないのか? しかも、ここは魔族領ですらない、人間族領の中じゃぞ? 何をしに、こんなところまで……?」
「ええと……それは……こちらにも、色々と事情がありましてな……」
ヴァートスの問いに、ギャレマスは頭を掻いた。
そんな煮え切らない答えに、ヴァートスは苛立ちを露わにする。
「何じゃ、その“色々な事情”とやらは? ワシにも聞かせてみぃ」
「いや……その……」
詰め寄るヴァートスに、苦笑いを浮かべながら後ずさりするギャレマス。
――そもそも、ギャレマスたちがこんな僻地にいるのは、『人間族によってアヴァーシへと集められたエルフ族を救出し、魔王国領へと引き入れる』という目的の為である。
だが、秘匿性を求められる作戦である為、部外者であるヴァートスにホイホイ喋るのは躊躇われた。
そう考えたギャレマスは、穏やかな愛想笑いを浮かべつつ、ゆっくりと首を横に振る。
「その……大変申し訳無いのだが、余がここに居る理由は、大いに機密性の高い内容ゆえ、今回の件とは無関係のヴァートス殿にお伝えするわけには――」
「無関係ィ?」
ギャレマスの言葉に、ヴァートスは怒気を露わにして怒鳴った。
「お主なぁ! ここまで人の事を巻き込んでおいて、今更無関係もクソも無いじゃろうがぁっ!」
「いや……まあ、それは確かにそうなのだが……」
ヴァートスの剣幕に圧されて、しどろもどろになるギャレマス。
そんな彼に、老エルフは更に言葉を重ねる。
「それに――お主とワシは、枕を並べて一緒に寝た仲じゃろうが!」
「「ブ――――ッ!」」
ヴァートスの絶叫を聞いたスウィッシュとファミィが、思わず口に含んだスープを噴き出した。
「ま……枕を並べて……い、一緒に寝……ゲフンゲフンッ!」
「ぷ……プププフフファッ! ちょ、ちょっと待って……! そ、想像しただけで……う、うぷぷぷ……ッ!」
スープが気管に入って、激しく咳込むスウィッシュと、腹を抱えて大爆笑するファミィ。
「ちょ、ちょっ、ヴァートス殿! い、言い方アアアアアァッ!」
そんなふたりの反応に激しく狼狽えながら、顔を真っ赤にしてヴァートスに向かって絶叫するギャレマス。
――そして、
「……? 何でふたりとも、そんな風になっちゃったの? 今の……面白い要素あったかなぁ?」
ひとり蚊帳の外に置かれた状態のサリアは、皆がそこまで取り乱している意味がまるで解らず、ひとりでひたすら首を傾げ続けるのだった……。




