魔王と朝と寝不足
「ふわぁ……あ……」
翌朝、ギャレマスは眩しい日の光によって、目を覚ました。
大きなアクビをしながら、掛け布団代わりにしていた干し草を詰めたズタ袋を捲り、ムクリと身を起こすと、
「うおっ……眩し……!」
横から射してきた強烈な光に、思わず腕で目を覆う。
「な……何だ、この光は……?」
角度的に、昇ってきた太陽からの光ではない。
ギャレマスは手を翳して目を庇いながら、恐る恐る光源の方へと目を遣る。
そして――、
「……何だ、ヴァートス殿か……」
思わず拍子抜けした声を上げた。
彼の目に飛び込んできた光は、隣で寝ていたヴァートスの禿げ上がった頭に反射した日の光だったのだ。
「……んん? 呼んだかぁ?」
彼の声が耳に届いたのか、ヴァートスが目を覚ました。
そして、身体の上に乗せていたズタ袋を勢いよくはねのけると、大きく伸びをする。
「ふああああぁぁ……良く寝た……って、痛ちちちち……!」
「おお……だ、大丈夫か、ヴァートス殿ッ?」
伸びをした瞬間、顔を顰めて肩と腰を押さえるヴァートスに、ギャレマスは慌てて声をかけた。――が、
「い……痛だだだだ……ッ!」
彼も、隣の老エルフと同じような苦悶の表情を浮かべ、背中と腰を押さえた。
「い……いかん……か、固い地面の上で野宿などをしたものだから、背中やら腰やらがい、痛……いだだだだだッ!」
「こ、こりゃかなわ……ががががががッ!」
と、悲鳴交じりの絶叫を上げながら、地面の上で悶絶するギャレマスとヴァートスであった。
――昨夜。
結局、あの後、立ったまま舟を漕ぎ始めたサリアを除いた全員で話し合った結果、女性陣は小屋の中、男性陣は外で寝る事で、話は円く(?)収まった。
その決定に従い、枕を並べて野宿したギャレマスとヴァートスだったのだが、快適な睡眠が取れたとはとても言えなかった。
意外と、干し草を詰め込んだ掛布団は温かく、深夜の冷たい空気からふたりの身体を守ってくれたものの、下は薄布一枚を敷いただけ。
その為、小石が顔を出してゴツゴツした地面の感触を、ほぼダイレクトで背中で感じる事となり、その不快な感触は、夜の間ずっとギャレマスを苦しめ続けた。
その上、横で熟睡していた老エルフの立てるイビキや歯ぎしりも相俟った結果、ギャレマスは明け方近くまでまんじりともできなかったのだった。
それでも、ようやく眠りにつけたと思ったら――今度はこの陽光反射鏡面禿頭攻撃である……。
「とほほ……」
魔王だって、嘆きたくなっちゃう。だって、男の子だもん……。
――と、その時、
「あ! おはよーございまーす、お父様ッ! あと、ヴァートスさん!」
傍らに建つヴァートスの小屋の引き戸がガラリと開き、その奥から朗らかな声が聞こえてきた。
「「――!」」
その声を聞いた途端、何故かビクリと身体を震わせるギャレマスとヴァートス。
ふたりはピンと背筋を伸ばすと、その表情を強張らせながら恐る恐る扉の方に顔を向け、おずおずといった様子で応える。
「お、お、おはよう……サリア」
「おは……よう」
「? どうなさったんですか、ふたりとも?」
あからさまにぎこちないふたりの様子に、サリアは訝しげに首を傾げた。
そして、ハッとした顔になると、両手で口元を押さえながら、心配げな表情を浮かべながら言う。
「あの……もしかして……昨日の夜が寒くて、お風邪を召してしまったのですか?」
「あ……いや」
ギャレマスは、ぎこちなく首を横に振った。
「さ、寒さの方は大丈夫であったぞ。ちゃんと干し草の布団をかけておったからな。だから、風邪は引いておらぬのだが……」
「ち、ちいとだけ寝心地が悪くてのう……。それで首やら腰やらが……」
ギャレマスの言葉に続いて、引き攣り笑いを浮かべたヴァートスも言った。
それを聞いたサリアは、「まあ! それは大変……」と声を上げる。
そして彼女は、少し躊躇う様子を見せつつ、ヴァートスに向かっておずおずと訊いた。
「あの、も……もし、昨日みたいなのをご要望でしたら、やってあげましょうか? うまく調整できるか……ちょっと自信無いけど、昨日より強めの光球雷起呪術で、腰とか首とかを――」
「ひ――!」
サリアの申し出を聞いた途端、ヴァートスの顔から血の気が引く。
彼は、昨夜サリアの放った究極収束雷撃槌呪術の直撃を受け、真黒な消し炭と成り果てて地面に倒れた木の方をチラリと見ると、千切れんばかりの勢いで首を横に振った。
「い……いや、結構じゃ! な、な~に! こ……このくらいの痛み、唾つけときゃそのうち治るわい! そ、そうじゃろ、ギャレマスッ?」
「ファッ? あ……そ、そうです――な!」
突然話を振られて驚くギャレマスだったが、すぐに大きく頷いた。
「さ、サリアよ! お主の気遣いはありがたいが、し、心配は無用だ、ウム!」
「そうですか? でも、大分お顔の色も優れないようですし……やっぱり、サリアの電撃で――」
「そ、そんな事より!」
ギャレマスは必死で話題を逸らそうと、サリアに向かって声を張り上げる。
「お……お主たちの方こそ、大丈夫だったか? ヴァートス殿の小屋の中で寝て……?」
「あ、はい!」
ギャレマスの問いかけに、サリアは満面の笑みを浮かべて大きく頷いた。
「おかげさまで、サリアたちはぐっすり眠れました。目覚めもバッチリでした! ……あ、ファミちゃんは、まだ寝てますけど」
「そ、そうか……それは良かった」
サリアの答えに安堵の息を漏らすギャレマス。……もっとも、その安堵の半分は、上手い事話題を逸らせたことに対してだったが。
そして、ふと気になった魔王は、恐る恐るサリアに訊ねる。
「と……ところで」
「はい? 何でしょう、お父様?」
「い、いや……。さ、サリアは、昨夜の事を覚えておるのか? ……と、思ってな」
「……それが――」
ギャレマスに尋ねられたサリアは、その細い眉を寄せながら、ちょこんと首を傾げた。
「実は……途中から覚えてないんですよね……。みんなと一緒に、この小屋の前まで来たのまでは覚えてるんですけど……そこから先は夢だか現実だか良く分からない感じで」
「あ……そうなのか……」
サリアの答えを聞いて、ギャレマスは小さく唸る。
そして、横たわっている黒焦げの木の幹をチラリと見た。
「じゃあ……あの時のアレは、覚えていないのか……」
「あの……お父様……」
そんな父親の様子に、不安げな表情を浮かべたサリアがおずおずと口を開く。
「もしかして……サリア、また何かご迷惑な事をやっちゃいましたか……?」
「あ! い、いや……」
僅かに目を潤ませながら尋ねてくるサリアを前に、ギャレマスは思わず言い淀んだ。
そして、「は、はっはっはっはっはッ!」と高笑いを上げながら、首を激しく横に振る。
「あ、安心せい! そ、そんな事――さ、サリアが迷惑な事などするはずが無かろう!」
「……本当ですか?」
と、まだ不安そうに訊くサリアを少しでも安心させようと、今度は大きく首を縦に振るギャレマス。
「お、おう! 本当だとも! サリアのような良い娘に限って――」
だが、そう言いかけた瞬間、寝起きばなに無茶な稼働を強いられた首の筋が“びきり”という鈍い音を立てた。
「あ……ぁ」
大きく目を見開いて、まるで石化したかのように動きを止めるギャレマス。
それからすぐに、彼はダラダラと脂汗を流しながら、上下左右に振り過ぎて筋を違えた首を押さえて悶絶する事になるのだった――。