魔王と老エルフと野宿
ファミィの鋭い指摘にタジタジとなったヴァートスだったが、それも束の間だった。
「と……とにかくじゃ!」
彼はすぐに立ち直り、誤魔化すように声を張り上げる。
「ほ、他に選択の余地は無いぞい! ワシの家の寝床は四床! それ以上は、絶対に無理じゃ! 誰か一人が外で寝る必要がある!」
彼はそう叫ぶと、彼は枯木の枝のような指を伸ばし、スウィッシュたちの顔を順々に指しながら言葉を継ぐ。
「――じゃが、さっきも言うたように、お主ら娘っ子を外に寝かせるのはナシじゃ! 何か異論はあるか、ギャレマス!」
「ちょ! ちょっとアナタ! この半人族の村長だか、昔はエルフ族の族長だったか知らないけれど、陛下の事を呼び捨てにする事は許しませんッ!」
「あぁ、良い良い、スウィッシュ。余は、別に呼び捨てにされようが構わぬ」
主を呼び捨てにされた事に激昂し、ヴァートスに掴みかからんばかりの剣幕だったスウィッシュを押し止めたのは、他ならぬギャレマス本人だった。
「別に、この半人族の村は我が魔王国の領内である訳でも無いし、ヴァートス殿が余に臣従しておる訳でも無い。いや……今この場においては、むしろ余の方が立場が弱い。呼び捨てにされたからといって腹を立てるのは筋が違う」
「ですが――」
「ふぉっふぉっ! そうじゃそうじゃ、そのチョビ髭魔王の言う通りぞ! さすが、腐っても国の頂点に立つ魔王じゃ。まだ色々と青いお姐ちゃんよりも、よっぽど分別が分かっておるわい!」
「……っ!」
ヴァートスの挑発するような言葉にも、握った拳をブルブルと震わせながら堪えるスウィッシュ。
主が「構わぬ」といった手前、臣下である自分も従わねばいけない事をギリギリで弁え、ようやくのところで耐えていた。
そんな彼女の様子を見て、ニヤリとほくそ笑んだヴァートスは、ギャレマスの方にしたり顔を向けて言った。
「――女子らを外に泊められんとなったら、必然的に、男のお主が外って事になる。……それも異論無いな?」
「……まあ、そうであるな……」
ヴァートスの問いかけに、ギャレマスは不承不承頷いた。
「ヴァートス殿の言う通り、若い娘を空気の冷えた屋外に寝かせるのは、ひとりの男として到底看過できん。ならば、余が外で――」
「で、ですから、それはダメですって!」
ギャレマスの言葉を聞いたスウィッシュが、血相を変える。
「陛下が、男として看過できないって言うのなら、あたしも臣下として、主を外で寝かせる事なんか絶対に看過できませんッ!」
「そ……そうは言っても……」
「そうじゃぞ、蒼髪のお姐ちゃん! 何せ、他に方法は無いんじゃからな!」
猛り荒ぶるスウィッシュにドヤ顔を向け、高らかに言い放つヴァートス。そして、彼は横目でギャレマスを見ながら言葉を継ぐ。
「って事で、ここはひとつ、魔王殿に器の大きさを誇示してもらう方向で――」
「いや、もうひとつ方法があるぞ」
と、彼の勝ち誇った声は、落ち着いた声に妨げられた。
声を上げたファミィは、その白魚のような指を伸ばして、ヴァートスを指さしながら言葉を続ける。
「ヴァートス様……あなたが小屋の外で寝ればいいんじゃないか?」
「はぁ――?」
ファミィの提案に、ヴァートスは顎が外れんばかりに口を大きく開け、驚愕の声を上げた。
そして、目を飛び出さんばかりに剥きながら、ファミィに向かって声を荒げる。
「な……何を言うとるんじゃ! この家はワシの家じゃぞ! 何が悲しゅうて、家の主のワシが家から追い出されて外で寝なきゃならんのじゃ!」
「いや、だって……」
喚き散らすヴァートスに辟易しながら、ファミィは言葉を継ぐ。
「あなたの主張によると、外に寝るのが女なのは論外で、男でなくてはいけないのだろう? でも、男である魔王が外で寝るのは、スウィッシュが頑として許さない。――そうなったら、消去法で、この場に居るもうひとりの男であるあなたが、外で寝る者になる。……そうじゃないか?」
「そ……そうじゃないに決まっとるじゃろがぁッ!」
ギャレマスは、顔を真っ赤にしながら叫んだ。
「お……お主は鬼かッ? まだ冬にはなっておらんが、もう夜明けはめっきりと冷え込むんじゃ! そんな中、ワシみたいな老人を外に寝かせてみたら、翌朝、冷たくなって発見されてやるぞォっ! そしてお主らは、か弱い老人を死に追いやったという良心の呵責に苦しみながら、この先の長い人生を過ごす事になるんじゃぞ!」
「か弱いって……」
嵐のような勢いで一気に捲し立てるヴァートスの言葉に気圧されつつ、半ば呆れるファミィ。
「それでもええのかッ? おおぅ!」
「い……いや……その……」
「……でも、あなたさっき、あのズタぶく――寝具は『お日様の光に包まれたような温かさを保証する』って言ってましたよね?」
「……んん?」
と、更に凄んでくるヴァートスと翻弄されるファミィの間に割り込んできたのは、スウィッシュだった。
彼女は、顔を朱に染めながらも怪訝な表情を浮かべるヴァートスに向かって、小悪魔のような笑みを浮かべながら大きく頷きかける。
「そんなに温かい寝具にしっかりと包まっていれば大丈夫だと思いますよ、一晩くらいお外で過ごされたとしても。だって、お見受けしたところ、ヴァートス様は三百歳とはとても思えない程にお若くて矍鑠となされていらっしゃいますから」
「ファッ? わ、若い……ワシが? そ、そうかのぅ……?」
スウィッシュの言葉に一瞬気を良くするヴァートスだったが、ハッと気が付くと、
「え、ええいッ! そんなあからさまなおべんちゃらに、ワシが騙されると思うたのかぁっ?」
と、激しく頭を振って声を荒げた。
そして、再びギャレマスに指を突きつけ、有無を言わさぬ声で叫ぶ。
「えぇい! 四の五の言わんと、お主が素直にハイと言って外で寝ぇい! これは、もう確定事項じゃ! この村の長であるワシが決めた事に、異論も反論も認めんぞ!」
「だからぁっ! 陛下を外に寝せるなんて事、たとえ陛下が赦しても、このあたしが赦さないって言ってるんですッ!」
「い……いや、スウィッシュ。余は別に……」
「陛下は黙ってて下さいッ!」
「アッハイ」
「……やっぱり、ここはヴァートス様が外で寝た方が円く収まる――」
「い~や~じゃ~ッ!」
まったくの堂々巡り。
これでは、いつになっても結論は出ない……。
――と、その時、
「う・る・さ・ああああああいっ!」
ピシャアアアアアアンッ!
ベキキイイイイイッ!
どしゃあああああっ!
甲高い絶叫と共に、轟音を立てて落ちてきた雷の直撃を受けた木が、乾いた音を立てながら真っ二つに裂け、土埃を巻き上げながら地面に転がった。
「「「「ッ!」」」」
その凄まじい音と現象を目の当たりにした四人は、思わず身を竦めた。
「「「「…………」」」」
そして、おずおずと絶叫の上がった方に目を向ける。
そこには――、
「みんな……もう……いつまで……やってるんですかぁっ?」
クセのかかった赤髪をゆらゆらと逆立たせ、幽鬼のような形相で立っているサリアの姿があった。その右手には、先ほど放った極大の雷撃の残滓がバチバチと音を立てながらまとわりついている。
彼女は、剣呑な光を宿した紅い瞳をギロリと巡らし、四人の事を睨みつけた。
「「「「……ッ!」」」」
サリアの放つ凄まじい殺気に中てられ、本能的に生命の危機を感じた一同は、慌てて姿勢を伸ばして畏まる。
それは、ヴァートスすら例外ではなかった。
そんな彼らを睨めつけながら、サリアはドスの利いた低い声で言う。
「……サリアは、眠いんですよ。とっても、とっても……。だから、早く寝たいんです。分かります? お父様……」
「アッハイ」
「ハイじゃないが」
「……す、すまぬ、サリ――」
「すまぬでもないが」
「も、申し訳ございません……サリア……さん」
いつものふんわりのんびりした雰囲気はどこへやら。娘の放つ、魔王も裸足で逃げ出しそうなオーラに慄きながら、魔王はペコペコと頭を下げる。――他の三人も同様だ。
平身低頭の体の四人の事を半目になりかけた目で見ながら、サリアは言葉を継ぐ。
「何でもいいから、早く決めて下ふぁい。……サリア、もう立ってるのも限界なくらい……眠いんで……」
「は、ハイッ! か、かしこまりました、サリア様ッ!」
「す、すまない、サリア! 了解だ!」
「お願いね、スーちゃん、ファミちゃん。……で、ヴァートスさん」
「ひぁ、ヒャッ! な、ななな何じゃろう、お嬢ちゃん……?」
名を呼ばれたヴァートスが、青ざめた顔を引き攣らせながら答える。
サリアは、カクンカクンと首を上下に揺らしながら、ほとんど開かない目をヴァートスに向けて言った。
「……あんまりワガママばっかり言ってると……今の究極収束雷撃槌呪術をお見舞い……しちゃいます……から、ね……」
「――ッ! わ、分かった! 分かったから――」
先ほどの究極収束雷撃槌呪術の直撃を受けた大木の残骸を、目の端でチラリと見たヴァートスは、その威力と破壊力にゾッとしながら必死で首を縦に振るのだった――。




