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魔王と小屋と寝床

 「ふぁああぁ……」

「おう、お嬢ちゃん。もうお(ねむ)の時間か?」


 半分瞑った目を擦りながら、大あくびをするサリアの様子に気付いたヴァートスが、からかうように言った。


「……お(ねむ)の時間って……サリアの事を子ども扱い……してません……か……?」


 ヴァートスの言葉に抗議の声を上げるサリアだったが、強い睡魔に襲われているのか、その語尾は不明瞭だ。

 そんな娘をチラリと見たギャレマスが、ヴァートスに向かって口を開く。


「……ヴァートス殿。確かに、もう夜も深い。正直、ここまでずっと歩いてきて、疲れておるのも確かだ。申し訳ないが、そろそろ休ませてほしいのだが……」

「フォッフォッフォッ! そういえばそうであったな。ワシの方こそ、気付かんですまんかったの!」


 ギャレマスの申し出に、ヴァートスは鷹揚に頷いた。

 彼は、「ほれほれ、もう解散じゃ! 早よ家に帰って寝るが良い。明日の朝に起きれなくなるぞ!」と、集まっていた半人族(ハーフヒューマー)たちに声をかけると、ギャレマスたちの方に向き直った。

 そして、


「まあ、既にワシの家の中に、お主らの寝床を用意させておる。ついて参れ」


 と、ニコニコと笑いながら手招きするヴァートスだったが、そんな彼に向かって、


「あ……ええと、すみません」


 と言いながら、スウィッシュはおずおずと手を挙げる。

 彼女は、身軽に大樹を伝い上って寝床へと帰っていく半人族(ハーフヒューマー)たちの背中を見上げながら、躊躇いがちに訊いた。


「あ……あたしたちも、この木を伝って上に? え、枝が折れちゃったりとか……大丈夫ですかね?」


 確かに、彼女の言う通りだった。

 半人族(ハーフヒューマー)たちの家が乗っている大樹は、幹こそ太かったが、その先で分かれた枝の中には、大分細いものもある。

 小柄な半人族(ハーフヒューマー)の体重なら耐えられるだろうが、体格の大きい魔族やエルフ族の体重がかかっても耐え切れるかどうか――甚だ心許ない。


「ひょっひょっひょっ!」


 だが、ヴァートスは、スウィッシュの懸念の言葉を一笑に付した。

 そして、大きく(かぶり)を振ってみせる。


「何を要らぬ心配をしておるのじゃ! このワシの住まいが、あんな木の上にあるはずが無いじゃろて」

「え……?」


 ヴァートスの答えを聞いて戸惑うスウィッシュ。ギャレマスたちも、彼女と同じ表情を浮かべる。

 そんな彼女たちの顔を見て苦笑しながら、ヴァートスは言った。


「ワシの住まいは、木の上じゃなくて、ちゃあんと地面の上に建っとるわい」

「あ……ですよね、やっぱり」

「当ったり前じゃろがい! ワシャ、高い所が苦手なんじゃ!」

「あ……そっちの方の理由でなんだ……」


 何故か誇らしげに言い放つヴァートスに、サリアが小声でツッコむ。

 だが、そのツッコミは、ヴァートスの地獄耳にも届かなかった様子で、彼はおもむろに腕を伸ばし、森の奥を指さした。


「ついて参れ、あっちじゃ」


 ヴァートスは、ギャレマスたちにそう告げると、指さした先に向かって、ずかずかと歩き出す。

 ギャレマスたちは互いの顔を見合わせてから、慌てて老人の後を追うのだった。


 ◆ ◆ ◆ ◆


 「何か、意外と小さいんだな……」


 目的地に辿り着いたファミィは、目の前に現れたヴァートスの住居を見据えながら、思わず声を漏らす。

 そして、ヴァートスがジト目で睨んでいるのに気付くと、慌てて首を竦めた。


「……別に、ワシひとりが住んどる家じゃ。だだっ広くても使い切れんわ」

「そ……そうですね。ご、ごめんなさい……」


 ヴァートスの言葉に、ファミィは恐縮しきりといった様子でペコペコと頭を下げる。

 ――だが、確かにファミィの言う通り、目の前に立つ丸太造りの建物は、正に“小屋”という呼称がピッタリの、小ぢんまりとした佇まいをしていた。

 と、


「……あの」


 不意に、スウィッシュが声を上げた。

 そして、小屋の扉の横にあるものを指さす。


「――あそこにある、大きなズタ袋は何ですか?」


 彼女の問いかけの通り、ドアの脇には、中身が詰まってぽっこりと膨らんだ目の粗い袋が置いてあった。

 小屋の前面には、他に置いてあるものなど無かったので、そのズタ袋の存在がとりわけ異様に感じられる。

 ヴァートスは、ズタ袋を一瞥すると、あっけらかんと答える。


「あぁ、あれは寝床じゃよ――お主のな」

「……ファッ?」


 唐突に話を振られたギャレマスは、驚きで声をひっくり返した。

 そして、ズタ袋を指さしながら、目をパチクリさせる。


「ね……寝床? あ、あれが……?」

「フォッフォッフォッ、安心するがいいぞ! 確かに一見ボロ袋に見えるが、中はしっかりと乾燥させた干し草を詰め込んでおる。お日様の光に包まれたような温かさを保証するぞい!」

「い、いや、そこじゃなくってぇ!」


 ギャレマスは、白髭を撫でながらドヤ顔をしてみせるヴァートスに向かって、思わず声を荒げた。


「そうじゃくって、な……何で余だけ外にッ?」

「あ、すまんのう」


 ギャレマスの抗議に、ヴァートスはぺろりと舌を出しながら答える。


「見ての通り、ワシの家は狭くて、()()()なんじゃ。なので、あぶれたお主は外で寝てもらおうと――」

「ちょ、ちょっと待って下さい!」


 しれっと言い放つヴァートスに声を上げたのは、スウィッシュだった。

 彼女は目を剥いて、ヴァートスに食ってかかる。


「よ、四人用って……何でそれで陛下が外に寝る事になるんですかッ! 陛下は、畏れ多くも真誓魔王国国王にあらせられるのですよ!」

「知るかい」


 ヴァートスは、スウィッシュの言葉をバッサリと切って捨てる。


「ここは、お主ら魔族の真なんちゃら王国ではない。ワシ、ヴァートスとゆかいな半人族(なかま)たちの村じゃい。この場においては、この男は角と翼が生えただけの中年オヤジに過ぎんわ!」

「な――ッ?」

「今この場において一番偉いのは、このワシじゃ! ワシの言う事が絶対正義! ワシこそがルール! 文句あっかッ?」


 ヴァートスはそう言い放つと、誇らしげに胸を張ってみせた。

 その一見無茶苦茶な主張も、彼の堂々とした態度によって、妙な説得力を帯びる。

 彼の論調に思わず圧されたスウィッシュだったが、


「じゃ……じゃあ……」


 キッと鋭い視線をヴァートスに向けると、毅然とした声で言った。


「ならば、陛下の代わりに、あたしが外で寝ます!」

「お……おい、スウィッシュ!」


 スウィッシュの言葉に、慌てて声を上げたのはギャレマスだった。


「よ、余は野宿でも構わぬぞ。何も、お主が余の代わりになろうとせんでも……」

「いえ、大丈夫です! 臣下として、主を野宿させて自分だけ屋根の下で寝る事なんてできませんから!」

「いや……だからといって……」

「は~、ダメよダメダメ! 却下じゃ却下!」


 固い決意を見せるスウィッシュの事を、それでも思い止まらせようと声を上げるギャレマスに倍する声を上げたのは、ヴァートスだった。

 老人は、大きく首を横に振りながら、キッパリと言う。


「誰かひとりを外に寝かせるにしても、か弱き女子(おなご)を外に寝かせるなど論外じゃ。少なくとも、ワシャそんな事はせんぞ。何せ、敬虔なふぇみにすとじゃからのう、ひょっひょっひょっ!」

「……」


 そう言って、したり顔で馬鹿笑いするヴァートスの事を冷ややかな目で見たのは、ファミィだった。

 彼女は眉を顰めて、ぼそりと呟く。


「……そんな事を言っておいて、ホントは若い女と一緒に寝たいってだけなんじゃないのか、あなたは?」

「ッ……」

「……いや、図星かいぃっ!」


 あからさまに表情を変え、つつ……と目を逸らすヴァートスに向かってツッコんだファミィの声が、満天の星空に響き渡った――。

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