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魔王と老人と火炎剣

 炎の精霊術で創り出した炎の大剣を大きく振り上げる老人を前にしたギャレマスは、焦りの表情を浮かべながら声を張り上げた。


「ご……御老人! ――いや、バトシュ殿! 気を静めなされよ! 先ほども申したが、余は貴公と戦う意志など――」

「――バトシュ? 誰の事じゃ、そりゃ?」

「……え?」


 炎の大剣に明々と照らし出された顔に訝しげな表情を浮かべ、首を傾げる老人。

 その反応に、ギャレマスは戸惑う。


「だ、誰の事……って。貴公の名では無いのか、“バトシュ”とは?」

「はぁ? ワシが、そんな間の抜けた名前なはずが無かろうが!」


 ギャレマスの問いかけに、老人は憤慨しながら大喝した。


「ワシの名は、()()()()()じゃ!」

「ヴァ……ヴァートス? だ、だが……スッタバは確かに“バトシュ”だと……」

「舌ったらずな半人族(ハーフヒューマー)の発音を真に受けるなバカタレ! ちいと機転を働かせれば、正確な発音が“ヴァートス”な事くらい解るじゃろうが!」

「んな無茶な……」


 バトシュ……もとい、ヴァートスの怒声に辟易とするギャレマスだったが、同時に奇妙な感覚に襲われていた。


(ヴァートス……はて? どこかで聞いた事がある名のような気が……)


 記憶の糸を辿って、違和感の正体を探ろうとするギャレマスだったが、彼の思索は、


「まったく! 人の名前を間違えるなぞ、失礼極まる男じゃ! その無礼……万死に値するうゎあああっ!」


 嗄れた声と炎の大剣が空気を裂く音によって妨げられる。


「――うおわっ!」


 一種の虚を衝かれたギャレマスは、慌てて身を翻して、炎の大剣の斬撃を躱す。

 炎の大剣が撒き散らした小さな火の欠片がギャレマスのローブと髪を焦がした。


「熱つつつっ!」

「ええい! 上手く避けおったな! だがッ!」


 最初の攻撃を躱された事で、更に頭に血が上った様子のヴァートスは、その禿頭に青黒い血管を浮かしながら、ギャレマスに向かって何度も斬撃を加える。


「うわっとっとぉっ!」


 その激しい連撃を、ギャレマスは悲鳴を上げながら巧みに避け続ける。

 彼の代わりに、周囲に立っていた数本の大木が、ヴァートスの振るう炎の大剣によって、いとも容易く輪切りになった。


「――ッ!」


 三等分されて崩れ落ちる大木たちを横目で見たギャレマスは、思わず戦慄する。


(……何という切れ味だ。これは、一太刀でも食らえばタダでは済まぬな……!)


 ――だが、とギャレマスは、自分を鼓舞するかのように力強く頷く。


(……当たらなければ、どうという事は無い!)


 ヴァートスの振るう剣閃は鋭いが、その動きは見極める事が出来た。高齢の為、衰えたヴァートスの筋力では、炎の大剣は些か荷が重い得物らしい。


「ぜぇっ……ぜぇッ……お、おのれ……! チョコマカと小賢しく避けおって……ゼェ……」


 その証拠に、ヴァートスの息は既に上がっている。

 この分なら、このまま躱し続けているだけで、ヴァートスの体力、或いは理力は底をつくだろう――ギャレマスは、そう踏んだ。

 ――ならば!


「はっはっはっ! もうお疲れかな、ヴァートス殿? あまりご無理をなさらぬ方が御身の為ですぞ! ほれ、『年寄りの冷や水』とも言いますし――」

「だぁまぁれぇ! ワシャ、まだキサマごときに労られるほど弱っとらんわぁっ!」

(……かかった!)


 挑発に乗り、禿頭から湯気を上げながら激怒するヴァートスを見て、ギャレマスは内心でほくそ笑んだ。

 これは、怒りで我を忘れたヴァートスを更に暴れ回らせ、彼に体力と理力を消耗させる作戦である。

 全て、魔王の計算通り――。

 ――否、

 ギャレマスは、ひとつだけ見誤った。


「うおおおおおっ! 燃え散れええええッ! 特に髪の毛ぇぇっ!」

「……どれだけ髪に執着しておるのだ、御老人……」


 更に火の勢いを増した炎の大剣を無茶苦茶に振り回してくるヴァートスに呆れ声でツッコミながら、ギャレマスは軽快に動いて、その剣閃を躱そうとした――()()()()()()


 ――ゴギィ……ッ


「……あ」


 自分の身体の中から、何とも言えない嫌な音が鳴った事に気付いたギャレマスの顔から、一気に血の気が引く。


(こ……この音……つい最近も聞いた事がある……)


 途轍もなく嫌な気のするデジャヴに襲われたギャレマスだったが、すぐにその答えを知る事となる。――腰に走る激痛によって。


「あ……が、ががが……こ、腰ががががが……!」


 先ほど以上の凄まじい腰の痛みに耐えかねて、その場に倒れ込み、地面をのたうち回りながら悶絶し始めるギャレマス。


「な……何じゃ? いきなり……?」


 そんな(ギャレマス)の突然の異変に驚き、思わず攻撃の手を止めてしまうヴァートスであった――。



 一方、その時……。


「むにゃ……ぁ……ん?」


 それまでずっと担架の上で熟睡していたサリアだったが、周囲のあまりの騒がしさに、ようやく目を覚ました。


「ん~……どうしたの、みんな……?」


 寝ぼけ眼をこすりながら、周りを見回すサリア。

 だが、当然ながら、彼女の周囲には誰もいなかった。


「あれぇ……どこ行ったの? スーちゃん? ファミちゃん? ……お父様?」


 意識がハッキリするにつれて、薙ぎ倒された木々、ちろちろと燃えている下草、舞い散る火の粉と、氷の粒などが目に入り、サリアはやにわに不安になる。

 その時、彼女の目に、一際大きなオレンジ色の光が目に入った。


「あ……!」


 彼女は目を真ん丸にして、その光景を凝視する。

 それは、燃え盛る炎で出来た剣を持つ高齢のエルフ族の老人と、その前に蹲り、脂汗を流しながら苦しんでいる様子の父親の姿だった。


「お、お父様――ッ!」


 すぐさま、父の身に危険が迫っている事を察したサリアは、血相を変えて立ち上がった。

 一刻も早く、ギャレマスの前に立ち、彼の命を奪おうとしている敵を止めなければ――!

 彼女は即座に決断し、すぐに人差し指を立てた右腕を頭上に掲げた。

 そして、指先に理力を集中させる。

 すると、やにわに上空に黒雲が湧き出し、そこから一条の雷が放たれた。


 ピシャアアアアン!


 耳を劈く雷鳴と共に、サリアの伸ばした指先へと落ちた雷は、すぐさま拳ほどの大きさの球雷へと形を変える。

 サリアは、球雷を宿した右腕を挙げたまま、悶絶しているギャレマスに近付こうと歩みを進めているエルフの老人の姿を睨みつけた。


「そこのお爺さん! お父様から離れなさい!」


 サリアはそう叫ぶと、左脚を大きく上げながら、上半身を大きく捻る。


「――光球雷起呪術(アサク・サメイブ・ツ)――ッ!」


 彼女はそう叫ぶと、左脚を大きく踏み込み、右腕に掲げた球雷を老人目がけて投げ込――もうとした。

 だが――、


「うわぁっ!」


 サリアは、悲鳴を上げながら大きくバランスを崩した。

 彼女が下した左足は、足元に広げたままだった担架の布地を踏み、その布地によって、サリアは大きく足を滑らせたのだ。

 だが、バランスを大きく崩した体勢で投じられた球雷は、眩い白光を放ちながら森の空気を斬り裂くように飛び――見事に命中した。


「あが! あががががががががががああああ~っ!」


 ――地面の上で四つん這いになって、腰の激痛を堪えていた、ギャレマスの尻へと……!

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